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【感想1】螢・納屋を焼く・その他の短編

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村上春樹(1987、2010改版)『螢・納屋を焼く・その他の短編』新潮文庫 を読み終わりました。実際に私の手許にあるものは青くて、無地に金文字の表紙のものです。画像は、本のご紹介のみを目的に、新潮社さまの公式サイトのものをお借りしています。

本書には、作家の初期の短編である
・ 螢
・ 納屋を焼く
・ 踊る小人
・ めくらやなぎと眠る女
・ 三つのドイツ幻想
 ・ 冬の博物館としてのポルノグラフィー
 ・ ヘルマン・ゲーリング要塞 1983
 ・ ヘルWの空中庭園
が収録されています。

やはりもっとも印象に残ったのは『螢』だったでしょうか。高校生のころ、学生寮で相部屋だったうちのひとり、ツヨシくんがもっていた『ノルウェイの森』(確か講談社文庫版の黄色い本)を借りて読んだのを思い出しました。文庫本にして二分冊になる『ノルウェイの森』をぎゅっと圧縮したような小品でした。このころには既に「ち、ち、地図の勉強をしてる」突撃隊の原型になる人物も登場しているのですね。楽屋裏を覗かせてもらったという感じのする文章です。ついでに『ノルウェイの森』を読み返してみようかなとも思ったのですが、どうやら、どこかに行ってしまったようで、なぜかドイツ語訳だけが本棚から見つかりました(Amazonのドイツ語版から画像をお借りしています)。

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『納屋を焼く』は不思議な読後感でした。…というより、私にはもうひとつよくわかりませんでした。「納屋」はいったいなにを意味していたのでしょうね。

『踊る小人』は私が読んだことのある村上作品としては珍しいテイストだったように思います。どちらかといえば、この作家の作品では、現実の街の情景が浮かぶことが多いのではないかと思っていたのですが、本作はまるでだれかが見ている夢のなかを覗いているかのような作品です。そういえば『納屋』もそんな感じがするかもしれません。寝起きに、見ていた夢を思い出せず、やっと思い出してもそれに置いて行かれているときのような、そんな感覚です。

『めくらやなぎと眠る女』は途中に出てくる表題の挿話が何とも不思議な味わいです。女性が書いていたという「めくらやなぎ」の詩の全編が読んでみたくなります。実はこの短編集そのものが、「めくらやなぎ」の花粉に眠るうちにだれかの見た夢であるような気もしますし、或いはその間に「むしゃむしゃ」と読者は生きながら少しずつ蝿に食われているのかもしれません。友人が途中から「むしゃむしゃ」と云いつづけるのが、私には少々不気味でした。

『三つのドイツ幻想』のなかでは『ヘルWの空中庭園』が好きでした。「ヘルW」というのはたぶん Herr W(英語で云うところの Mr W)なのでしょう。秘密基地みたいな空中庭園でヘルWとお茶を飲むのも良いのですが、彼は「僕」を「夏にまた来なさい」と誘います。

「夏のベルリンは素敵だよ。夏になるとこのあたりはトルコ料理の匂いと子供のざわめきと音楽とビールとでいっぱいになるんだ。ベルリンだよ」

正直なところ、春や夏よりも秋や冬の方をふだんの私は好むのですが、このことばにはやられてしまいました。きっと夏祭りといった陽気な風情で、麦酒が美味いのでしょうね。風景画のような素敵な小品でした。

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