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曇天の朝は静けさとともに

今日は日曜日。だけど天気予報はあいにくの曇りのち雨。晴れじゃないことは予報で知っていたけど朝起きてカーテンを開けた時にどんよりとした空を見るとやっぱりため息が出てしまう。

本当は今頃京都撮影旅行をしていたと思うと(マンボウが出されたことで旅行は中止に)ボクのため息はより深くなる。
最初から京都旅行なんていう楽しい予定がなければ、こんなどんより天気の空でもここまでのため息が出ることはなかったんだろうな。「当たり前に感謝しなきゃ、ダメダメ」と首を振って落ち込む気持ちを諌めたり。

せっかく休日に早起きしたんだし、名古屋の朝といえばモーニングなんだからと、近くのコメダ珈琲まで歩いてく。
名古屋のモーニングシステムは偉大だと思う、けど朝からがっつり食べたい人にとって、ちっちゃなトーストとゆでたまごのモーニングはちょっと足りない気分。でも追加で注文するとちょっと多い。そんな中途半端な狭間で揺れ動く心を問答無用に殴り倒して玄関のドアをあけた。ボクの愛機X100Vと共に。

外は少し暖かくて風もない。部屋から見た景色と同じ、影がない曇天。ISO400、F4、SS1/500の世界。全ての生き物が目を覚まし活動的になる朝、ではない曇天の朝。霞んで動きのない空気。少ない人の流れ。
曇天の朝はなんともいえない静けさに包まれてた。しんしんと雪が降りしきる夜みたいに周りの音が吸収された静けさじゃなくて、そもそも音が存在しないような、そんな朝。それが曇天の朝だった。

ボクはいつもよりゆっくり歩きながら曇天の朝を満喫する。手にしたX100Vは出番がないかもしれないけど、それもいいかもしれない。
曇天の朝は何もしなくてもいい、ぼーっとすることを許してくれる雰囲気がある。ただその空気の中に身を置いて、静かに呼吸しながら一歩ずつ歩みを進める。プールの中を歩くように。

例年よりも少しだけ早い桜の時期も終わり。なんだかんだ行って今年も、桜の開花状況に振り回されながらヘトヘトになって写真を撮っていたような気がする。その反動で昨日のボクは身体中が悲鳴を上げていた。
そんなボクの身体を癒すわけでも壊すわけでもないけど、ただそのからに寄り添うように存在する曇天の朝がとても気持ちよくて、心地よくて。今この瞬間、この空気を吸えていることに心から感謝した。思い出したようにそっと空を見上げたボクの鼻頭に、小さな雨粒が落ちてきた。


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