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THE BLACK PARADE - My Chemical Romance

 まずは

 最近祖父の葬儀があって、それとこのアルバムを聞き込み出した時期が重なった。思うところあり、カッコいいロックなので紹介したいと思ってこうして書いている。(ここまでは2020年の下書き。PUNK SPRINGでMCRが日本に来るので意を決してこれを書き上げ、公開することにした)

 アルバムの話をするにあたって世の中には二通りの○○が〜という定型文を用いるとしてそれでロックを説明するならば、名盤とクソ盤あるいは芸術(作品)と資本(商品)だとか関係は様々作れることと思う。しかし個人的な鑑賞のスタンスとしてはそこに「コンセプト」があるかないかというのは無視できないファクターだと思っている。

 ロックが退潮し、ストリーミングサービスの普及によって完全に実体のないデジタル媒体上で、しかもトラック単位まで細分化して楽曲の販売がなされるようになり、音楽鑑賞の主体がリスナーに寄った結果、ある調査によればギターの音が鳴った途端にスキップされるに至った今日では、ロックバンドが一つのコンセプトを打ち出し、一時間を使ってそれを表現するという手法は不利、というか端的に言えば不毛だ。商業的には全く価値のない行いだと言える。
 そう考えるとSoundCloudラッパー的な、簡単にアクセスできるところにクールな音楽を置いておくやり方が一番クレバーなのかもしれない。しかしHip-Hopシーンでもコンセプトを大事にするアーティストはいるし、まぁこれはそんな簡単な問題ではない。詳しく知らないし。しかし作品の完成度を語るときその「作品」という語が指す対象はアルバム総体よりもトラック単体へフォーカスされている印象は全体としてその影を強めつつある。

 しばらく幼稚なことを述べさせてほしい。ロックというのは思想だ。それは政治であり宗教であり生き方だ。もちろんそれはジャズでもラップでもブルーズでも同じことだろう。そうして吹き出させることでしか表現できない激情、ネガティヴなもので言えば怒りや不安や戸惑い、ポジティヴには愛や喜びや願いを、音に言葉に織り込んで表現するという手法は同じで、要はそのガワが違う、それだけの話なわけだから。そのことを踏まえた上で僕にとってロックは大切なのだ。なぜならそれが僕の宗教だからだ。僕の福音はディストーションで、天使のラッパはマーシャルだ。一番肌に馴染むのはロックだ。だからそれがただ時の流れに削られ消えていくのを眺めるのは忍びない。
 一人でも愛聴する限りロックは死なないと信じて、さらなる信徒獲得のためにも良いものは良いと言わねばならない。
 というわけで旧時代の産物となりつつある大作ロック、それを紹介したいと思った次第だ。これを聴いて救われる心もあると信じる。

ある時代についての憶測

 昔々アメリカに、My Chemical Romance(以下マイケミ)というバンドがあって、そして彼らはキッズの心を粉々に粉砕した後にガッチリと握り込んで離さなかった。
 アホくさい大袈裟な衣装とメイクで人々の目を惹き、そしてロックした。トランプを先取りした真っ赤なネクタイや、白黒に塗られた顔にナポレオンジャケットだ。2000年代に入っても依然ロックは馬鹿馬鹿しくて、死んでいなかったのだ。

 良識ある成長した大人たちやロックなんて聞かない子供たちは、おおかたこの馬鹿らしさに耐えきれなかったのだろうが、そんな彼らにマイケミは常に馬鹿にされてきたと思う。そのファンも漏れなくEmo Kidsの蔑称を頂戴し、そんな鼻つまみ者たちは一丸のカルトとなって駆け抜けた。幸せな時代があったのだ。踊るも見るも阿呆の群れじゃ石を投げたって仕方がない。

 ある人のマイケミを馬鹿にして曰く、「中二病」と。そしてそれは間違った評ではないと思う。そして同時に「それが一体なんだというんだ?」とも思うのだ。中二病(Emo Phase)と言われる人生の一時期を人は馬鹿にするけれども、それはとても大切な時間なのだ。世界が白黒になったり極彩色になったり、どこまでも透き通る世界がぐるぐるとやってくる時間は人生で何度も訪れてくれはしないのだ。中二病とはそういう時間なのだから、少年少女は存分に「俺だけの苦しみ」とか「私だけの孤独」を抱え込んで暴走すれば良いのだ。安心したまえ、そこは誰かが開いた道で、これから誰かが進む道だから。そういう青さを削ぎ落としてオトナになって、創作活動なんかできるのだろうか? 

 長すぎる前置きだった。

THE BLACK PARADE 〜52分間の生と死に関して〜

 まずは収録曲リスト。
1. The End
2. Dead!
3. This Is How I Disappear
4. The Sharpest Lives
5. Welcome To The Black Parade
6. I Don't Love You
7. House of Wolves
8. Cancer
9. Mama
10. Sleep
11.Teenagers
12. Disenchanted
13. Famous Last Words
  52分のアルバムだ。

 それでは本題としてさっきからやかましい「コンセプト」の部分について。このアルバムのコンセプトは「死」だ。この死という一つ大きなテーマの下にストーリーがあって、癌を患い死の床にある主人公が父との記憶(走馬灯)をみてついに死ぬ、まずこの記憶がタイトルでもあるブラックパレードであるわけで。そんな主人公から発せられる語りかけ、問いかけや回想が歌詞になっている。ダークでシニカルでところどころ投げやりで、少しでも共感ができれば悲しくなるくらい心を掴まれる。
 人は生まれて死ぬ。その間には苦しんだり傷ついたり愛されたり、またそれらをひっくり返した行いが挟まったりしてよくわからないまま連綿とその行いは続いてきた。

さて

 一曲目からいきなりタイトルは'The End'だが、これは面白くてピッ……ピッ……といういかにも死の床を連想させる心拍数モニターの音から始まる曲だ。そしてシンプルなアコギの伴奏と絡むゆったりとした歌い出しからピアノとギター一本の伴奏で歌を聞かせてくる。丁寧で美しいメロディが沁みる。そして中盤以降はコーラスも加わり、Queenを彷彿とさせるゴージャスな流れでバンド全体で大きな盛り上がりを作る。そして一番盛り上がってきたところでシームレスに次の曲へ繋がる。二曲目、これが'Dead!'だが、こんな直球に暗いタイトル(死んだ!)なのに曲調は明るい。ハネたリズムにエスプリの聞いた歌詞が載っていて非常に聞いていて楽しい。'Have you ever heard the news that you are dead?'なんてシビれた。
         「お前死んだってさ。聞いたか?」
 ギターソロがかっこいい。この曲はアルバム全体を通して特にギターが仕事している曲ではなかろうか。リズムワークやオブリに小技を聴かせたリフ、尺をしっかり取ったギターソロとかっこいいギターロックのベーシックなところを抑えている。良い。
 三曲目から四曲目にかけてでは一転して深刻な、ダークな音が展開されていく。歌詞に関しても'Without you is how I disappear' や'You're the one that I need' 'Can you hear me crying out to you?' というような切実かつ明確に第二者の存在を希求するメッセージ、死に際しての後悔や恐怖から「俺を救ってくれ」というメッセージを持っている。決して明るくない、むしろ陰鬱でしかしアグレッシヴな曲調と取るほうが穏当だろう。実を言うとあまりここに関しては書くことがない。個人的に好みの曲調ではないからだ。よくあるアメリカンロックのかっこよさではあるがそれは僕のあまり好むところではないし、後ろに控えている曲が良すぎてあまりキャラ立ちしていない、要するにパッとしない歌に聞こえるのだ。悪い曲ではないんだけどね。捨て曲なんてないアルバムだから。
 そしてブラックパレードが始まる。ここでは主人公の幼少期の、父との記憶が歌われている。頭からノンストップで曲が繋がってきたこのアルバムにここでしばしの無音が挟まれる。そして繊細な、というよりギリギリ必要最小限くらいの、抑えたピアノとボーカルが歌を始めていく。そこにアンサンブルが加わっていくというのは王道の展開ではあるが、一曲目との曲調的な繋がりもあると捉えられる。マーチ調のドラムとメロウなギターに歌が乗り、裏ではベースが控えめながらも奥行きのある副旋律を添えるこの冒頭は、すでに非常な名曲の気配を孕んでいる。実際にそうなのだけれど。そして一分半と少しばかりするとここまで溜められてきたエモが爆発する。驀進するドラムにパワーコード。一切捻りを加えないカノン進行だが、ストリングスやパーカッションも効果的に使われており、目まぐるしく変化していく展開はメロディアスなので一瞬も退屈しない。一度聞けば、魂が驟雨に洗われるような爽やかな感動がある。飽きるほど聞いたが今でも時折この曲を聞いて涙を流すことがある。終盤には'Carry On' と何度も繰り返される。そこには「お前は一人じゃないんだ、」と背中に感じる手がある。一瞬で終わってしまう。「名曲とは終盤が近づくと巻き戻してまた頭から聴きたくなるような曲のことだ」という存在しないアメリカの格言があるが、全くこれはそれに当てはまる。この喜びを終わらせないでくれ、この感傷にまだ浸らせてくれ、この焦燥にまだ追われていたい、もう居ても立っても居られない、こんなにも強く心に訴えかけてくる表現があるのか?これは奇跡ではないのか?そしてしめやかに5分11秒の感動は終わっていく。
 そして泣きのスロウナンバー 'I don't love you'に繋がり、前半が終わる。
 ここでは聞き手に「もう行ってくれ。行ったほうが良い」と言い、「行く時は振り返って、もう昨日のようには愛してないって教えてくれるかい」と呼びかける。曲のテンポそのものはゆっくりだが全体としてバンド演奏がシンプルにまとまっているのでもたつく印象はない。歌に寄り添う。盛り上げるところは盛り上げる。キメははずさない。こうした基本に忠実な伴奏が届ける歌を聴いて、思い切り感傷に浸れる。これは一貫してYouと呼びかけられる対象として、この歌詞のメッセージを受け取り悩みつつ、しかもそれを発する者としても悲しみに共感できるからだろう。僕たちは皆愛を切り離そうとして、しかしそれに縋っている。首に絡んだ臍の緒のような愛を、身を斬るような苦しい愛を、投げかけ受け止めどうにかこうにか生きている。
 ここに歌われているのは苦しみを生きることに投げやりになりつつも絆を断ち切れない愛別離苦だと思う。
 ここまででアルバムの前半は終わる。
 
 後半は'House of Wolves'から始まる。これは悪意を伴う感情や悪意を持った人の集まりを指す慣用句だが、不信心と悪行を指すこともあるようだ。悪魔や罪との追いかけっこを歌ったような歌詞だ。曲調を語る上での特徴といえばボディドリービートだろうか。これはジャングルビートとも呼ばれるリズムパターンなのだけど、数いるロックの神様たちの中でも割と初めの方にヒストリーとレガシーを打ち立てまくった神様たちの一柱で、板みたいな四角いギターとか持って歌ってたおじさんであるところのBo Diddleyの曲に特徴的なパターンがクリシェになったものだ。
 まぁそんな適当な紹介は良くて、歌詞に話を戻せばここでは生前の自分の行いや死後の処遇に関する話が進む。死が迫るとやはりこんなことを考えるものなのだろう。俺が死ぬとき何考えるかな?逃れられない'SIN'を抱えて懊悩する、投げやりにすら見える怯えの姿勢がここには見える。
 お次は'Cancer'と。癌だ。身近にも癌で亡くなる人は多いと感じるが、まぁ現代第一の死病ではなかろうか。これは思い切りテンポを落としたバラードで、一曲前がかなりアップな曲調だっただけに急停止感がある。歌詞は情景としては病とその治療でボロボロになった自分の体を描写しながらも、メッセージとしては前半部でのバラード、'I don't love you' とのつながりを感じる、近親者との別離への思いが込められている。姉妹、兄弟、叔母、恋人。'The Hardest part of this is leaving you'
 誰も愛する人を残していきたくない。醜い姿を見られたくない。孤独にするのも、なるのも嫌だ。だから小さな嘘をつき、積み重ねて強がってしまうし、最後くらい本当のことを言って欲しい。我儘になってしまう。悲しいけれど、そうしてしまう。
 次は'Mama'だ。ママってのはあのお母さんのママだ。「僕たちみんな死んじゃうよ」と、まあ醜いくらい思い切りのメッセージだ。でも'I hate to see you cry'なんだ。みんなお母さん好きだろ?
 安っぽく説明するとディズニーやなんかのサントラっぽいというか、グロッケンが裏でチロチロ鳴ったり(オルゴールか?)、ちょっと唐突なくらいの雰囲気の移り変わりがあったりと、全体的にふわふわと地に足のつかない不安感がある。
 頼りたいが心配かけたくない。助けて欲しいが助けてやりたい。そんな普段から抱えているアンビバレンスは不安の中で先鋭化する。結局もうダメだ。'Mama, we all go to Hell'
 それから'Sleep'だ。これは最後の眠りだ。ただ目を閉じて眠りたい。もう醜い物事を見るのにも疲れた。君にももう僕を忘れて欲しい。醜い怪物の姿を。でもさよならのキスがほしいんだ。
 SEも挟まれ、ピアノから始まる曲はスネアが響いてからかき鳴らされるエレキギターで点火して、歌がはじまっていく。みんなで歌いたくなるようなシンプルなサビがあって、泣けるような熱い気持ちを掻き立てられる。歌詞を見ていくと'The hardest part~'や'Three cheers~'といったここまでにMCRが使ってきたフレーズが出てきて、過去を踏まえて彼らが見ているこの先へ、という時間のつながりを感じる。寝る前っていうのは過去のことを思い出して辛くなる時間だから、僕はよくこれを聞いている。
 次の'Teenagers'は毛色が違って、メンバーもこのアルバムにこれを入れるかどうかは迷ったようだけど、曲としては良い曲で、ノリのいいロックチューンだ。
 ティーンエイジャーたちに語りかける強いメッセージがここにはある。音の後戦え、監視されるな、管理されるな、そういうロックの定番のメッセージだ。歌詞のユーモアとミドルテンポでのノリやすさでぐいぐいいける曲で、フェスなんかで聞けたら最高だろうな、そういう曲だと思う。というか聞きたいんだ。もう僕のティーンエイジは終わってしまったけど、でもMCRはそこにいて、思い出させてくれる。'Maybe they'll leave you alone but not me!'
 そしてDisenchantedという名曲がアルバムの終わりがすぐそこにあることを知らせてくれる。美しいアコギのアルペジオ、剥き出しのジェラルドの歌声が聞き手を引き込む、そしてバンドの音が爆発する。'It was a roar of the crowd that gave me heartache to sing'
 心の痛みを歌い、僕たちの歓声に応えるために彼らはそこにいた。再びそこにいる。クライマックス感のあふれる曲だ。
 歌詞は不本意な10代を通じて味わった苦味を歌い上げ、僕たちはそこに自分たちの敗北を投影して辛くなる。でも諦めや解決されない怒りではなく、振り返ってそれを冷静に眺めるような心情が伝わってくる。自嘲的なユーモアをそこに感じる。そして聞き手に対する信頼も。
  勝てなかった部活の試合、大嫌いだったあいつ、実らなかった恋、教師に不本意に下げた頭、場に合わせるために賛成した納得できない提案、始められなかった戦い。でも大丈夫なんだ、僕たちにはこの歌がある。そんな思い出も過去のものにしていいんだ。僕はそう思って救われる。
 最後はFamous Last Wordsで締める流れだ。Disenchantedのあの雰囲気で終わらないんだ……と思いつつこの意外性を持つ流れが、フルアルバムという形式ならではだよなとも思う。
 ミディアムテンポでどっしりと進んでいく曲調は明日へと進んでいく足取りだろう。主人公はここで'I'm not affraid to keep on living'と歌っているのだから。生に帰ってきた主人公が、生きていくのだ、生き抜いていくんだ、そう決意した歌だと思っている。終盤のギターソロもいい仕事をしている。
 最後の最後の、明るく荘厳で力強いパートを聞いてほしい。大サビになるのだろうか。大袈裟だけど生きる希望、みたいなものが湧いてくると思う。僕はそうだ。僕は救われた。この曲を聞けてよかった。このアルバムを聞けてよかった。
 アルバムの持つ物語が生と死なのだけど、それは僕たちみんなが持っている(持つことになる)物語でもあるから、だからこそそれに同調しながら、聞いているうちにこのアルバムの物語に参加するから、だからこそのこのフィナーレなのだろうとも思う。僕たちはみんな生きていく。


 ここまで、歌詞はざっくりと触れたり触れなかったり、曲調についてもふんわり語りつつまあ何がしたかったのだろう、これはきちんと紹介になっているのかな、というような何かが仕上がったが、ここまで読んでくれた人にBLACK PARADEが良さそうなアルバムなのは伝わったかな。それさえ伝われば、いやもう興味を持ってもらえればもう満足なんだ。

まとめとして

 じゃあここまでのぐちゃぐちゃの僕の気持ちの先走りをひとまずまとめにかかろう。このアルバムは総体としてはピアノやブラス、ストリングスも効果的に混えることで5人のアンサンブルによるバンドサウンドだけに偏らず、かといって盛り込みすぎて聴き疲れがするほどうるさくもないという絶妙な仕上がりだ。
 歌である以上は無視できないファクターでもある歌詞に着目すると、全編を通して誰かに語りかけるような歌詞が特徴的だ。「お前」に話しかける、問いかける、そんな歌詞だが、一貫してそのクエスチョンは自分自身にも返ってくる設問だ。 
 作り手側は苦しみ、惑い、しかし生きる苦しみや惑いを歌にすることを望み、行い、そして僕たちはそれを受け入れた。音を通して僕たちは共に同じ苦しみを苦しみ、同じ池から汲んできた涙で夜半の枕を濡らしている。そうやってたくさんの人に馴染むような作品に仕上がったのがこの'THE BLACK PARADE' なのだろう。
 このアルバムを聴いて感動する、好きになる、みたいな流れは音楽の持つ力、物語の持つ力みたいなものを感じさせられる体験だと思う。

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