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英語学習の中休みに!宮脇孝雄『翻訳地獄へようこそ』

最近読んで目から鱗が落ちた本、宮脇孝雄先生『翻訳地獄へようこそ』を紹介いたします。宮脇先生はミステリをはじめ数々の翻訳書を手掛けてらっしゃる文芸翻訳家ですが、翻訳についてのエッセイも多く、本書もそのうちの一つです。なんと今はKindle Unlimited対象なので、Unlimitedメンバーなら無料で読めます!

私も無料で読み、あまりにも面白いので紙の本も購入しました。

本書は、翻訳するうえで間違えやすい英語表現についてのエッセイ集です。以下の3つの章で構成されており、それぞれの章につき13個ずつエピソードが収録されています。

第1章 翻訳基礎トレーニング:注意深く読み適切な訳語を見つけ出そう

第2章 翻訳フィールドワーク:背景となる文化や歴史や地形を徹底調査せよ!

第3章 翻訳実践ゼミナール:「表現」の翻訳を目指し試行錯誤の日々を送ろう

株式会社アルクの発行する雑誌に連載されていたエッセイということで、各エピソードの分量も短く読みやすいですが、複数の意味をもつ単語や、文化的背景、歴史によって意味の変わる単語など、奥が深い!以下、少しですが、私の目から鱗知識をご紹介します。

「ナース」とは何者か?

日本語にもカタカナ英語として定着している "nurse"。中学校くらいで習うのでしょうか。ぱっと頭に浮かぶのはこの職業でしょう。

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しかし、メアリー・ポピンズの登場シーンではこのような英文が。

This is your new nurse, Mary Poppins.

メアリー・ポピンズは皆さんご存じ、「ナニー(家庭教師)」です。(ちなみに「ナニー」はただのベビーシッターでなく幼児教育の専門家で、教育を行います。)

つまり、英文は「こちらが新しい家庭教師のメアリー・ポピンズ先生よ」という紹介する1文なのです。

本書での説明は以下の通り。

たとえば、ご存じかと思うが、nurseという単語。今なら「看護師(看護婦)」だが、昔の小説では、1・乳母、2・保母の意味で使われることも多い。混乱しないように、1の意味ならwet nurse、2の意味ならdry nurseということもある。しかも、2の保母には子守り・家庭教師も含まれる。
(宮脇孝雄『翻訳地獄へようこそ』p.102)

nurseが "wet" か "dry" かは、世話をする子供に「乳」を与えるかどうかのようです。wikipediaでは、同じ乳をのんだ血のつながっていない子供は "milk-siblings" (乳きょうだい)と呼ぶそうです。

知っている単語ほど、誤訳しやすい、というのは常々感じていることです。もう一つ、知っている知識が邪魔をするのが、次に紹介するイギリス英語とアメリカ英語の違いです。

「ジャンパー」はイギリスでは「セーター」

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「jumper ジャンパー」と聞くと、このような服を思い浮かべませんか?「革ジャン」「スカジャン」とか、アウターとして一番外側に羽織るもののイメージ。

もしくは、「ジャンパースカート」として、オーバーオール型のスカート。

これがイギリス英語では、「セーター」になるそうです。Google(日本語版)で画像検索しても、セーターばかり出てくる!

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なまら知っている知識が邪魔をする、ということがあるんですね。

そういえば、『ナルニア国物語 ライオンと魔女』の翻訳練習をしていたとき、間違ったのがこの単語。

dresser

ルーシーがフォーンの家に招かれたときの、フォーンの家の中の描写で出てきます。何にも考えずに「ドレッサー」=「鏡台」と訳していたら、それはアメリカ英語の意味だったのです。イギリス英語では「食器棚」の意。確かに、男のフォーンの一人暮らしの家に、鏡のついた鏡台があるなんて変だな、とは微かに思ったのですが、完全に鏡台だと思い込んでいたので、別の意味があるなんて考えもしませんでした。思い込みほど危険なものはありません。

アベラールで「削除」された部分とは?

文化的背景も翻訳には超重要です。宮脇先生の本書を読んでいて、「知らないと怖い」と思ったのがこの箇所。少し長いですが引用します。

 このあいだ読んだ翻訳ミステリは、大学内で殺人事件が起こり、教授や講師が容疑者になる話だった。その中の一人、文学部の女性教授が、犯人に心当たりはないか、と訊かれて、こんな返事をする。
 「(学者はみんな自分の研究が忙しくて、他人のことなどかまっていられないという発言のあと)たとえばわたしだってそう。中世文学が専門のわたしには、アベラールの削除部分の研究のほうが殺人事件よりよっぽど気になるの」
 「アベラール」には「中世フランスのスコラ哲学者」という訳注がついていて、『アベラールとエロイーズ』(岩波文庫)のアベラール」か、とわかった。
(中略)
 かいつまんでいえば、スコラ哲学者アベラールは、弟子である二十歳以上も年下の女性、エロイーズを妊娠させ、怒り狂ったエロイーズの叔父によって局部を切断されたのである。
 上の訳文にある「アベラールの削除部分の研究」の原文は、The Cestration of Abelard。Cestrationにはもちろん「削除訂正」という意味もあるが、第一義的には「去勢」のこと。
 もうお分かりですね。中世哲学を研究するこの女性教授は「アベラールが去勢されたいきさつが気になって気になって、殺人事件などに関わっていられないの」といっているのである。これは発言者の性格(学者とはいえ、男女のことに興味津々)を表す会話なので、おろそかにはできない。
(宮脇孝雄『翻訳地獄へようこそ』pp.98-99)

「アベラールとエロイーズ」についての知識がないとキャラクターの理解がおろそかになってしまうのですね!たしかに示されている訳では女性教授の性格が分かりづらいかもしれませんが、背景知識を知ったあとでは、「アベラールの削除部分の研究」という訳もなかなか趣があるように感じられます。

おしまい

というわけで、以上、宮脇孝雄『翻訳地獄へようこそ』の紹介でした。とにかく読みやすく、ひとつひとつが短いので、ちょっとした空き時間(電車に乗っているときやトイレの中とか?)に軽く読めます。選ばれている表現も、中途半端に知っていた表現が多く、そんな意味もあったのか!と目から鱗です。そして、何より、英語の様々な側面が見えて、英語学習が楽しくなります!外出自粛でなかなか外に出られない今だからこそ、息抜きにいかがでしょう?Unlimited会員なら無料ですから!

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