見出し画像

影を演ずる者


それは闇から浮かび上がるように姿を現わした...
まるで魔王のように目を光らせている。

わたしを見なさい… と彼は言った...
わたしはあなたの中にいる… わたしは影の主であると...

その目は私のすべてを見透し、その手に握られている手綱は私の足枷となって私を繋ぎ止めていた...

影の主がわたしを動かし、まるで操っているかのように私のなかで生きている...それは影絵のように巨大な姿となり、私を支配しているかのように迫ってくる...

逃れようとすればする程どこまでも追いかけてくる影...それは何処を向いても私の前に現れてくる...姿は前に在っても、その声は私の背後から響いてくる。

わたしはあなただ… 光と影はひとつのもの...
それは彼の声であると同時に、私の声でもあるという現実感を伴って響いている。

繋がれた綱を手繰り寄せると、それは私が押し込めていた過去の残骸だった...見たくないものを無かったことにして隠してきた私そのものだった...影は… わたしが奪った私の半身だったのかもしれない...

わたしを観なさい… わたしを呼吸しなさい…  と彼は言った...
差し出されたた手綱はまだ幽かに脈打っている...鈍い痛みを伴いながらそれは確かに私の心臓と同調していた。認識の光りを当てれば硬直して破裂してしまうような弱々しさのなかで、それはかろうじて生きていた。

忘れたふりをして生きてきた私の代わりに、彼は重荷を担ってくれていたのだろうか...自己を認識するには他者を必要とするように、ひかりの姿を観るためには影の力が必要なのかもしれない...

わたしを呼吸しなさい… と彼は言う...
足枷と思っていたものは、ひかりを送るための導管だったのかもしれない...光と影との循環...記憶を目覚めさせずにひかりを与えること...光を当てれば壊れてしまいそうな記憶に、ひかりを浸透させること...

その導管の存在を教えてくれたのは彼だった...影の主はもはや魔王ではなく私の友となった。影に背を向けて本当の自分を生きることはできない。
表側だけのコインなど何処にもないように、魂の姿である光を知るために… 影を引き受けてくれた彼の存在が必要だったのかもしれない...

自身のひかりを呼吸し循環させること...悲しみや痛みにひかりを浸透させること…  水のように...風のように...歌のように...
わたしはあなただ...と言った彼の言葉はいまでも波紋のように揺らめいている...わたしたちは明滅のなかに生きるひかりの曼陀羅なのかもしれない...




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?