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エスケイプ



夥しい言葉の群れが空に舞った...

空への飛翔でありながらも
それはまた水脈を求めた地下への沈潜でもあった

鋭敏な嗅覚で風を捉え
闇を射る眼で水脈を聴く… それはことばの本能でもあった

偽りの口を見限った言葉はいま人心を離れた
やがて人は知るだろう… 己がいのちを失くしたことを...

渡り鳥が磁気を読むように言葉は風を読む
新たな水辺を求めて言葉は旅立った...

知の瓦礫で埋め立てられた泉に
もはや風が訪れることはない

ことばの脱け殻だけが甲高く響く知の荒野に
虚ろな眼をした者たちが彷徨っている

言葉に棄てられた者たちは
己が姿をまだ知らない...

ある者は風を追って旅に出た
またある者は脱け殻を集めて神を造った

男は風に尋ねた...
風はなにも答えなかった

男は石に訊いた...
石は答えた… 己が内に井戸を掘りなさい...と

男は脇目も振らずに井戸を掘った
ひとは笑った… 愚か者だと...

やがて男は己が手に水の香を聴いた
人びとは井戸に石を投げつけた

男の手の中で水は笑った...
埋められた井戸のなかで男は水を飲んだ

飲んだ水のなかで男はひかりを見た...
呑み込んだのは男ではなく水の方だった

浮上した男が見たものは
水辺に憩う言葉の群れだった...

岸辺に立った男の傍らには
あの石が変わらずに在った

人びとが去った偶像の下には
一輪の花が添えられていた...



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