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そして記憶は天へと還る



石の内部を伝って一滴の意識体は下りて行った...

様々な振動が織り成す記憶の色彩に震えながら、一滴は眠れる記憶の息吹きを感じていた。微細な起伏に刻まれた記憶は、水に溶けるようにその姿を一滴に映しゆく...それは微かに彩られた揺らぎが見せる幻影にも似て仄かであり、産まれ行く時間が見せるかぎろいの姿のようでもあった。

やがてそれはとりどりの色彩を絡めとりながら発光し、白い焔となって姿を現わした...記憶の蘇りのためにこの一滴が必要だったのだ。
一滴の意識体は自身が燃えてゆくのを見ていた。それは記憶の息吹きを思わせ、時間が燻らせる微かな香気を纏った記憶の蒸散とも言えるものだった。

記憶の息吹きは焔となって新たな時間を生きていた。焔のなかに一滴は踊り、その揺らぎのなかに立ち昇る歌を想い出していた。その匂い立つような幽かな音楽は、広大無辺な時空を満たす霊妙な気息とでも呼ぶべき気配を漂わせていた...

揺らぎのなかに立ち現れる記憶の舞い姿のなかに、一滴は言いようのない悦びが震わす深い振動として生きていた。それは遠い遠い故郷の香りにも似て、吸い寄せられるような上昇気流となって運ばれてゆく感覚へと誘っていった。

あらゆる色彩を内包した絃のように、白い焔は微細な螺旋を描きながら何処までも昇ってゆく...それは暗闇を照らす炎のように暖かで柔らかく、なにものにも堰き止められることのない命の無限軌道とでも言えるものだった。

やがて焔は次元の水底を抜け蒼い海を浮上していった。記憶の歌はその旋律を変え、自らの意思を想い出したように歌っている...螺旋は緩やかに解かれ蒼い海に安らいでいた...

海のなかに灯る青い瞳...幽かな歌を漂わせていたのは記憶を誘ったブルーレイの瞳だった。記憶の歌はその旋律に漂いながら青い瞳を旋回し渦を創っていた。解かれた色彩の絃は幾多の新たな螺旋となって舞踏を演じてゆく...一滴はその渦のなかで青い瞳の言葉を聴いたような気がした。もはや一滴である必要もない安堵感と透明感のなかに意識は融けていった。

渦はそれぞれの螺旋の絃を束ねて海を浮上してゆく...それは新たな記憶として生まれゆくための上昇だった。極限まで絞られた渦は時空を超え、虚空のなかに「歌の一滴」を産み落としたのだった。

浮遊感のなかに目覚めた記憶は、温かな風のむこうに微笑んでいる誰かのまなざしを感じていた...その時一滴は想い出した… あの青い瞳のことを...一滴はいま、金色の風に揺れる花の上にあった。それは暗闇の水底から伸びてきた蓮の花だった。

一滴が辿った旅は、刻まれた記憶を蘇らせるいのちの旅だったのかもしれない...一滴のなかであの青い瞳は静かに微笑んでいた。ブルーレイの記憶を歌いながら、一滴は金色の風のなかに溶けていった...誰かのまなざしのなかで...








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