季節ズレのブラウス
再会っていうほど大袈裟なもんじゃなくて、まあ言ってしまうと、ただ出先で会っただけなんだけど。普段学校でしか会わないから、どんな風に話していたっけとかどんな風に声かけようとかそんな初歩的なところで悩んでしまう。
そうしているうちに、さっき野菜売り場にいた彼はどこかへ行ってしまった。さっさと声をかければ良かった。
「やっぱり売り場は寒いよねえ」
隣で母が腕をさすりながら言う。だから一枚着た方がいいよって言ったのに。そう言って羽織っていた白い薄手のブラウスをこれ見よがしにひらひらさせると、母は貸してよと引っ張った。
どれだけ外が暑くても室内は、特にスーパーの売り場なんて寒いに決まっている。一枚着ていても冷えるのに。早く買い物終わらせて帰ろうと母は私に野菜と肉を任せて、自分は寒いからとパン売り場に逃げて行った。
数分前の母みたく腕をさすりながら肉売り場に向かっていると、「お前暑くねえの」と後ろから声をかけられた。振り返ると、予想通りタンクトップに半パンの彼が立っていた。
さっき見かけた彼が私に都合のいい幻覚じゃなかったことに少し安堵する。
「全然……むしろ寒いくらい」
そう返すと、彼はいつものようにうげえと顔をしかめた。ちょうどいい涼しさやんか、と。
暑がりの彼と寒がりの私の季節感が合わないのはいつものことで、例えばセーターもブレザーも着ているのに向こうはシャツしか着ていなかったりとか、カイロを握る私の横で平気な顔してアイスを食べていたりとか。
ブラウスの端をつまむように持つと、「こんなんよう着れるわ」と嫌味ったらしく言ってくる。
「そんな嫌そうな顔しないでくれる?」
「お前見てるだけで暑いねん」
「じゃあ見なけりゃよくない?」
「はあ? 私服とか貴重やん、見るわ」
言い負かせたような気がして笑っていたのが、ひゅっと止まる。何かとんでもないことを言われた気がする。顔とか耳が熱を持っていくのがわかった。え、と私の声が漏れると彼はさっきよりもっと顔をしかめて、「じゃ」と魚売り場の方へ消えて行った。
買うべき物をカゴに突っ込んでパン売り場へ向かった。未だ腕をさする母の肩にブラウスをかけてやる。
もう全然寒くなくなっているのが、少し悔しい。
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