物語を作るのが好きな大学生。課題で書いた文章や短編・SSなんかをここで供養していきます。

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最近の記事

この世の一歩手前で

「どうして死んだの?」 「ええと……何だったっけ」 「覚えてない?」 「どうやって死んだかは覚えてるよ。ビルの屋上からさ、こう……」 「そこの詳細はいいよ、知ってるから。なかなか酷かったよ、ぐちゃぐちゃでね」 「そこの詳細はいいよ、聞きたくない」 「それで、どうして?」 「さあ……どうしてだろう、何だか起伏のない毎日だった気はするけど」 「起伏?」 「興味を持てず、興味を持たれず。非常に虚しい日々だったんだ。生きてるっていうか、生かされてるっていうか」 「要領を得ないね」 「

    • 潜在的共依存

       一眞くんとは中学二年のときに出会った。  当時の彼は、顔が隠れるほど前髪が長く、縁なしの眼鏡をかけていた。授業が終わっても塾の教室から出ていかず座っていた彼に話しかけたのは、ただの好奇心からだった。夏休み最終日のことだった。  どうしたの、と聞くと彼は驚いて私を見た。「学校が始まってしまう」  私に向けて言ったにしてはやけに遠い目をして呟いた。 「行きたくないの?」  黙りこくる彼にポケットに入っていた飴をあげた。握り締めるだけで口にしてはくれなかったけど、隣に座ってその

      • 傾慕の夢

        「夢に誰か出てきたら、その人があなたのことを考えている証拠なんだって」  幼い頃、楽しそうに声を弾ませてそんなことを言っていたのは誰だったか。それが好いている相手なら何と幸せなことだろう。夢みたいな話だと思った。今となっては、なんて都合のいい話だと思うけれど。    そんな話を思い出した、翌日のこと。 「あんまり覚えてないんだけどね、昨日夢に君が出てきた」  何ともない感じで言われて、途端に脈が速くなったのを感じた。出てくるはずだ。だって私はあなたのことを考えている。もっと早

        • 毒漬けの夢ひとつ

           泣いても許される気がする。誰に許されるのかはわからないけど。  数年前私を盛大に振った人間が隣で笑っているので、これは夢だとわかる。以前なら飛び上がるほど喜び、一生目が覚めなければいいと思い、目が覚めた途端もう一度同じ夢を見たいと願っただろう。今は駄目だ、タイミングが良くない。 「久しぶり」  ベンチに並んで座っている彼は、いつぶりだろうねと何だか楽しそうにしている。直前まで、中華街みたいなところで友人と見知らぬバンドの路上ライブを見ていたはずなのに、場面が変わった時には神

        この世の一歩手前で

          季節ズレのブラウス

           再会っていうほど大袈裟なもんじゃなくて、まあ言ってしまうと、ただ出先で会っただけなんだけど。普段学校でしか会わないから、どんな風に話していたっけとかどんな風に声かけようとかそんな初歩的なところで悩んでしまう。  そうしているうちに、さっき野菜売り場にいた彼はどこかへ行ってしまった。さっさと声をかければ良かった。 「やっぱり売り場は寒いよねえ」  隣で母が腕をさすりながら言う。だから一枚着た方がいいよって言ったのに。そう言って羽織っていた白い薄手のブラウスをこれ見よがしにひら

          季節ズレのブラウス

          季節違いと隣り合わせ

           背中を伝う汗が体を急激に冷やす。だから、夏の電車は嫌い。  夏風邪は馬鹿だから引くんじゃなくて、電車に乗るから引くんだと思う。気合の入りすぎた冷房に文句を言うのはいつものことながら、実は、今日は自業自得でもある。  学校からその最寄り駅まで十分歩いた私は、着いてすぐにトイレへ駆け込んだ。シャツに滲むほど汗をかいていたからだ。個室の中で首、腕、脚、脇を汗拭きシートで拭いた。スカートにインしたシャツをわざわざ引っ張り出すのは面倒だったから、お腹や背中には触れていない。とにかく

          季節違いと隣り合わせ

          ある雨の日の一幕

           息がしづらいな、と思った。  静まり返った空間じゃ自分の声が無駄に大きく聞こえてしまう気がして、さっきからずっと黙りこくっていた。 「すごいね、これ」  ハハ、と笑いながら夕貴が窓を指差した。直接ホースで水を吹きかけたかのように窓は濡れている。いつもの、つうっと雫が流れていくようなやつとは違っていた。 「今年もすごい豪雨らしいね、梅雨来ないんじゃないかと思ったのに。もう七月だよ、いいじゃんね、そのまま夏になれば」  気温は三十度、そのままでいればTシャツが張り付いてしまうほ

          ある雨の日の一幕

          パンは武器には向かない

           何か新しいことがしたいな、とホームベーカリーを買った。パンを食べたいなと思って。そう、ふわふわのパンが食べたかった。あの、フランスパンみたいな、硬いのじゃなくて。  それを使ってあいつを殴ったのは二日前の話だった。  あいつが、シチューが好きと言ったから。そしてその日はあいつの誕生日だったから。私はアパートの近くにあるいつものところじゃなくて、駅前の百貨店にある少しお高めなパン屋に行ってそれを買った。その店一番人気の馬鹿みたいに硬いフランスパン、一本。  本場の人みたいに

          パンは武器には向かない

          独白

           あ、私、今から泣く。  心臓と胃の間。わかんないけど多分そんな位置から、ズクズクと何かがせり上がってくるのを感じた。鼻がぴくりと動いて、視界が軽く霞がかる。  悲しいことなんて何も無いけど、嬉しいことも何も無いけど、時たまこんな現象が私には起こった。隣の部屋から聞こえてくるバラエティ番組の笑い声が余計に涙を誘う。多分、孤独が助長されて。スピーカーの音に呼応するように、家族の笑う声がする。  途端、ボロボロと涙が溢れていった。どうせ聞こえないのだからと開き直ってわんわん泣けた

          独白

          勘違いすら

           叔父が離婚したのは五年ほど前のことだった。  夫の親族つまり僕達と上手く関係を築けないでいた奥さんが、耐えかねて出て行ってしまった。当時三歳だった幼い一人娘を残して。  叔父は僕からすれば祖父母にあたる人達に娘を預けて働いた。凛は祖父母に懐いていたし、片親とはいえそれほど寂しくもなかったんじゃないかと思う。僕もよく遊んだ。年の離れた妹のような存在だった。  凛が叔父のことをお父さんではなく、文則くんと呼ぶようになった頃、叔父は家にいても凛に構わなくなった。祖父母も僕の両親も

          勘違いすら

          惜春

           もう緑になったよ、と打ってから消した。  送っても意味なんて無い。きっと返信だって来ない気がしていた。  彼がこの部屋を出て行ってから三ヶ月が経っていた。  小さい炬燵で向かい合って餅に包まれたアイスを食べていた。彼はふと手を止めて、 「少しの間家を空けるね」  と言った。  友人が心の病に罹り、家から出てこなくなって一月が経つのだという。学生時代仲良くしていたのもあって放っておけないんだ、大学を卒業してから様子がおかしくなっていったのには気付いていたから罪滅ぼしみたいな

          惜春

          朱色を引き継ぐ

           最初にそれを着たのは、私の祖母だった。  夏祭りに行きたいと言う祖母に、曽祖母が繕ってくれたらしい。くすんだ白地に朱色の大きな椿が散りばめられたその浴衣は、当時七歳だった祖母には少し大きくて、 「母は直そうとしてくれたけれど、長く着られるならとそのまま着ていたの」  と、祖母は語った。  祖母が二十二歳になった冬に、私の母は生まれた。仕事ばかりの祖父は家を空けがちだったけれど、母と祖母は全く気にせず、二人で楽しく過ごしていたらしい。 「おままごともお姫様ごっこも、女二人だ

          朱色を引き継ぐ

           本を開いて、単語を探していた。  何でもよかった。使えそうなものなら、何でも。なぜ探していたのかといえば、課題だったからだ。小説を書く課題、四〇〇〇字の。それのテーマにする単語を探していた。  最初は余裕だと思っていた。いやいや四〇〇〇字なんて、ねえ、たかだか原稿用紙十枚でしょ、と。 「で、今この状況?」 「言わないで」  本棚の中身をひっくり返して早一時間。決めきれずに本棚前に座り込んでいる。そんな私を見下ろす彼は、もう三五〇〇字を超えたらしい。少し休憩、とパソコンを閉

          明晰夢

           映画が終わって視界がはっきりして、気付いてしまった。  明晰夢、というらしい。君が教えてくれた。 「お腹空いた。どこか食べに行こう」  映画館を出て、右手を握られた状態で、ショッピングモールの中をぶらぶら歩いている。ここは学校に近いから、誰かに見つかってしまうかもしれない。……見つかりたい、二人で歩いているところ。 「あ」  君が声をあげて急に立ち止まる。勢いでこけそうになる。 「どうしたの?」 「ここ入ろう。オムライス、好きだろ」  店のショーケースに並ぶ食品サンプルの

          明晰夢

          季節が一枚ずれている

           電車から降りて、ど田舎行きのバスに乗り込んだ。後から乗ってきたのは部活終わりの彼。陸上部で年中腕が黒い。その手にはコンビニのビニール袋。私の視線に気付くと、今日暑くね? と言って襟元をバタバタさせた。暑くないよ。  私はまだセーターを着ている。五月。私がブレザーとセーターを着ているとき、彼はセーターだけだった。私が長袖のカッターシャツを着ているとき、彼は半袖のポロシャツだった。  バスの一番奥、五人掛けの座席の一番左が彼の指定席。先に座っていた私は一度席を立ってそこを譲

          季節が一枚ずれている