朱色を引き継ぐ

 最初にそれを着たのは、私の祖母だった。
 夏祭りに行きたいと言う祖母に、曽祖母が繕ってくれたらしい。くすんだ白地に朱色の大きな椿が散りばめられたその浴衣は、当時七歳だった祖母には少し大きくて、
「母は直そうとしてくれたけれど、長く着られるならとそのまま着ていたの」
 と、祖母は語った。

 祖母が二十二歳になった冬に、私の母は生まれた。仕事ばかりの祖父は家を空けがちだったけれど、母と祖母は全く気にせず、二人で楽しく過ごしていたらしい。
「おままごともお姫様ごっこも、女二人だからできたのよね」
 と、母は言った。
 暇を見つけては曽祖母と同じく裁縫に興じていた祖母は、母のお姫様ごっこのためにと、羽織のようなものを数着繕った。それに合わせた浴衣も作り、日や気分によって羽織を変えて遊んだのだそうだ。


 つい先月、母の実家の荷物を片付けていた時、和式お姫様ごっこの名残は押入れの奥から見つかった。それは大切そうに大きな竹行李の中にしまわれていた。母と祖母は中身を取り出しそれらを広げると、懐かしいわねと昔話で盛り上がっていた。
「ここにはないけど、椿が描かれたやつだけは特別だったの。私が着たいって言っても、夏祭りの時しか出してくれなかった」
「だってエリカ、あなた、作ったそばからすぐに汚してしまうんだもの。せっかくお母さんが作ってくれたのに汚されたらたまらないと思って」
 しかし、母が七歳の時の夏祭りで人にぶつかり、持っていたかき氷で汚してしまったのだという。甘いイチゴの匂いをさせながら大声で泣き喚く母、エリカに祖父はタジタジだったそうだ。祖母が水道へハンカチを濡らしに行って戻ると、母の手にはブルーハワイのかき氷があった。
「きっとそれ以外に子どもの機嫌の取り方がわからなかったのね」
 祖母はこの話を、なぜか嬉しそうに語った。
 この椿の浴衣は、母が高学年に上がる頃まで活躍した。他の兄弟は兄しかいなかったので、それ以降十数年は押入れに眠っていた。


 私がそれを初めて着たのも七歳の夏祭りの時だった。私が初めて友達と夏祭りに行くと母から聞いた祖母が、わざわざ田舎から送ってきてくれたのだった。周りの子のものよりレトロな柄に「これやだ、新しいの買って」と駄々をこねたものの、「よく似合ってる」とこれまで見たことがないくらい嬉しそうに笑う祖母の気持ちを無下にするほど薄情ではなかった私は、その浴衣を渋々着ているうちに自然と気に入っていくのだった。

 この浴衣は祖母にとって、相当思い入れのあるものらしい。
 祖母の家を訪ねた時、これが庭に干されてあるのを幾度となく見た。幼い頃に一度、影に干していても乾かないだろうと善意で庭のど真ん中に物干し竿を移動させたことがあった。普段は温厚で落ち着いている祖母が家の中からすっ飛んで来て、「なんてことするの!」と大きな声で怒った。優しいはずの人に怒鳴られたことと善意が報われなかったことのショックで号泣する私を、
「あれはおばあちゃんの宝物だからな、ちょっとカッとなってしまっただけだ。お前のせいじゃないよ」
 と、祖父が宥めてくれたことを覚えている。それから、「あんな椿は初めて見た」と喜んでいた。
 そのあと祖母は教えてくれた。これはもう古いから天日干しをすると色がすぐに褪せてしまうかもしれないこと。だから、日陰で扇風機を当てながら乾かすのだということ。その時は理解できなかったし、すぐに忘れてしまったけれど、今年になってもう一度聞いた。今年からそんな風にこの浴衣を手入れするのは私になるからだ。


 今年の二月、祖母が入院した。ちょうど娘のナズナが七歳を迎えた頃だった。昨年末に病気で亡くなった祖父を追うように体調を崩し、ついには倒れてしまったのだ。

 それから二ヶ月ほど経ったある日、慣れないスマートフォンで一生懸命に打ったのであろうメッセージが祖母から届いた。今日は気分がいいので病院に来て欲しい、と。両親と夫、ナズナと共に駆けつけると文言通り祖母はピンピンしていた。
「夏が来る前に渡そうと思ってねえ」
 そう言うと、いつの間に用意していたのか、あの浴衣を取り出してナズナに手渡した。
「きっと、ナズナちゃんにも似合うわ」
 その言葉が嬉しかったのか、ナズナは「今着る!」と駄々をこねた。軽く羽織らせてやると、まだ大きな椿を纏うナズナを見て、祖母は大変満足したようだった。
 病院から電話があったのは、安心しきって帰宅した時のことだった。


 昨晩は賑やかだった。
 花火まで打ち上げるような大きな祭りに行くのは、ナズナにとって初めての経験だった。誰かみたいにこぼしたりしないよう、慎重にかき氷を運ぶ姿が愛らしくてたまらなかった。
 射的、金魚掬いに輪投げ、遊びに遊んだナズナは太陽が高く昇って来てもまだ寝ている。
 あの浴衣を着たナズナに母は何度もシャッターを切っていた。朝から写真屋に出かけていた母が帰ってきてすぐに、現像してきた一枚を部屋に飾った。隣には、二十年ほど前、それを着ている私の写真が並んでいる。

 庭の隅の方、家の影では、椿の浴衣がはためいている。


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