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STAY TUNED!! 99.9MHz COLUMN SERIES Vol.2「Asian Summer Dream」


少し前になるけれど、Twitter上で誰かがこう言うのを見かけた。世界の終わりはもっと劇的で絶対的なものだと思っていた。日常生活を維持したまま緩やかに衰退していくなんて想像したこともなかった、と。4月に緊急事態宣言が発令されて以来、僕もずっとまったく同じことを考えていたので、みんな思うことは一緒だな、と共感したのを憶えている。

瞬く間に世界を飲み込み、多数の死者を出したコロナウィルスの脅威は言うに及ばず、日本の現政権に向けられる不信感、アメリカの警察の圧政や人種差別に対する戦い、昨年から続く香港政府と市民の衝突、中国のウイグル人弾圧……となにかとニュースが騒がしく、胸が痛むような話やぞっとする話がひっきりなしに耳に入る。

とりわけアメリカの現状はかの国で幼少期を過ごした僕にとって衝撃が大きく、見過ごしがたいものだ。これについては少額ながらBlack Lives MatterBlack Table Arts(芸術や文芸を通じて黒人コミュニティの連帯を目指す組織)に寄付を行い、いまも状況を注視している。

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しかし、悲惨なニュースが世界を駆け巡る一方で、僕個人としてはなぜかいままでにないくらい健やかな生活を送っている。
4月に勤め先がリモートワークに切り替わって以来ずっと自宅勤務が続いているのだけれど、身支度や通勤を必要としないのが性に合っているらしい。10時前に起きてすぐに始業の連絡を入れ、自分のペースで仕事をして、終業後すぐにプライベートに突入。従来の通勤時間が浮いた分ほかのことに使える時間が増え、自炊や運動の習慣が身についたおかげで体重は4月から4kg近く減少。

本業(だと自分では考えている)の音楽でもバンド活動こそできないにせよ、ソロ・プロジェクトLetters To Annikaの本格始動やエイプリルブルーのリモート録音作品のリリース、外部から依頼された歌詞の翻訳(YuckのMax Bloomのソロ・アルバムを対訳させていただいたのは光栄の極みだった……)など自宅ベースでできるだけのことはしており、停滞しているという感触はない。静かながらも充実した日々だ。


コロナウィルスの大流行という人類の危機が、健全で穏やかな生活をもたらすとはなんたる皮肉だろう。そのあまりの皮肉ゆえに、自宅の平穏と外界の嵐の落差に心が追いつかなくなってしまい、それが冒頭で述べた違和感に繋がる。

なにひとつよくなる兆しのない世界で、なぜこんなにもふつうの生活を送れているのか、考えれば考えるほどわからなくなるのだ。

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そんな暮らしのなかでたびたび思い返すのが、For Tracy Hydeの昨年9月のアジア・ツアーや、今年1月のバンコクでのライブ。1月の時点でもタイではすでにコロナウィルスの感染者が出ていたけれど、僕らは気にも留めていなかった。それがたったひと月後には世界中を巻き込む事態になるとは。旅先で演奏して、余暇で現地の空気を満喫する、あの時間がこんなに得がたいものだったとは。海外ツアーはおろか、都内ですらこんなにも長いあいだライブができなくなってしまうとは。


9月のアジア・ツアーのラスト、ジャカルタ公演を終えた僕らは、ホテルの外のテラス席で共演者のみんなと遅くまで談笑していた。そこで聞いた話は、僕らにとっては信じがたいものだった。

曰く、東南アジア諸国は日本のライブハウスのような固定のライブスペースが少ない(実際にツアーの4会場のうち、いわゆるライブハウスは台北のRevolverだけだった)上に、娯楽に厳しい風土があり、ライブをひとつ行うのにいちいち地方行政や警察の承認が必要なのだそうだ。シンガポール公演はいちど警察に却下され、あわや会場変更かという事態になっていた。ジャカルタ公演もぎりぎりまで警察の承認が下りず、その影響で情報解禁が遅れてしまったため主催が想定していた動員に届かなかった。マニラ公演も直接介入こそされなかったものの会場近辺を警察が巡回していたらしい。

「奴らは僕らみたいな若者たちが楽しく過ごすのが気に食わないんだ」

シンガポールで共演し、その後もツアーに帯同してくれたSobsのラファエルがそう言っていたのが忘れられない。

その場にいた全員が口にしていたのが、日本のライブ・シーンへの憧れだった。設備の整ったライブハウスが街にいくつもあり、オペレーターを連れてこなくても優秀なスタッフが音響や照明を操作してくれる。自由に演奏ができて、いちいち行政や警察が口を挟んでこない。日本にいる僕らにとっては当たり前のように思えるこの環境が、彼らにとっては信じられないほど恵まれたうらやましいものなのだ。

そう知った僕は改めて自分が身を置いているシーンを誇りに思うとともに、この環境を活かしてアジアの仲間たちのためになにができるだろうか、と深く考えさせられたものだ。

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その後日本のライブ・シーンになにが起きたかは言うまでもない。パンデミックのさなかで明確な支援策もないままライブハウスは営業自粛を余儀なくされ、いくつものライブハウスが閉店。感染者が出れば糾弾され、支援を求めれば娯楽の分際で、と非難される。緊急事態宣言の解除後も明確な営業や活動の再開の目処がなかなか立たずにライブハウスもバンドも頭を抱え、大型フェスも中止に追い込まれている。

僕らは本質的に自由だったのではなく放任されていただけで、なにか起きればこの自由はたやすく奪われてしまうのか、と痛感した。For Tracy Hydeもエイプリルブルーも3月から6月までのライブがすべて中止になり、いまは7月のライブの行く末を見守っている。

果たしていつステージに戻れるのかは誰にもわからない。

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コロナウィルス以降の数か月は、一方では僕から日本とアメリカという2つの祖国への誇りを奪い、一方ではこの上なく穏やかな日常をもたらした。こうして自分を取り巻く世界を整理してこの原稿を書いているあいだも、僕の部屋は不思議と静かで、嵐の実感からは切り離されている。

この実感のない日々が向かっていく先にあるのがいつも通りの夏(甲子園や夏フェスのない夏を「いつも通り」と呼べるのか、という問題はあるにせよ)なのか、それとも正真正銘の世界の終わりなのか。

そんなことを考えながら、今回『Asian Summer Dream』というプレイリストを組ませていただいた。アジアのドリーム・ポップやインディ・ロック、それから僕の知る夏の空気感をテーマに、これまでに共演してきた友人たちやまだ見ぬ友人たちの楽曲をコンパイルしたものとなっている。

かつてともに過ごした素晴らしい時間を忘れないために。そしていつかまたともに素晴らしい時間を過ごせると信じ続けるために。

- PLAYLIST -

来たるべき夏の、あるいはもう来ないかもしれない夏のためのサウンドトラックとして、このプレイリストをお楽しみいただきたい。遠からずまたどこかでお目にかかれますように。

by 管梓 a.k.a. 夏botFor Tracy Hyde/エイプリルブルー/Letters To Annika

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