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初めての、晴博小説。


「晴明、帝の御前にてまとう新しい狩衣などはあるか?」

何やら、大きな紙堤を両手で持った源中将博雅公が、いそいそと陰陽寮の奥深い
縦長の書庫へ現れた。上質な深翠の直衣に、梔子の花が咲く冠。
相変わらずの御曹司っぷりだ。

「いや、これから仕立てを頼もうかと思っていた」
「そうか、ちょうど良い。これを合わせてみてくれ」 

ヨイショと、博雅が書物で溢れかえる長机の上にそれを広げると、白い紙の中から蒼い狩衣が顔を現す。


「なんぞ、出世祝いをと思ってな。おれも新しいのを一着作ったから、
昔馴染みの職人に頼んでおいたものだ」
「……そうか、わざわざすまないな。ありがとう、博雅」
「気に入れば良いんだが」

仰ぎ見る長身を誇る晴明の肩に、博雅の手が届くよう少し屈む。

「おまえは殊更背が高いからなぁ、大きめに頼んだのだ」

まるで直接測ったかのように、両肩と腰にピタリと形が重なる。
生地も滑らかな正絹で、羽根のように軽く色彩も深い海のように美しい。

「……おう、美丈夫っぷりが上がるな。おまえはまるで、抜き身の太刀のようだ」
「お褒めをありがたく。烏帽子に花でもつけてみるか」
「これ以上、蝶を誘い出してどうする。既に宮中は、おまえの噂で女房達が
浮き足立っているよ。おれに直接聞き出そうとする方々もおられる」


ふっ、と晴明の沈黙を見上げた博雅は「そう言えば、ふふふ……」と
袖で口元を隠した。

「なんだ、思い出し笑いとは見逃せないな」
「うん、ふふふ……。おれは誰かに狩衣を贈るなど初めてだったからな。
洒落者で有名な公達に、どこか勧めの店はあるかと聞いてみた。皆、おれと違って歌も上手く、どこぞの女御や更衣と浮き名を流す面々でな」
「それで?」


肩から落とした絹を、晴明は丁寧に折りたたみ紙の中へ仕舞う。
ぱちぱちと長いまつ毛を瞬かせる博雅の頬に、長い指を滑らせてみた。
瑞々しくうっすら浮かぶ汗が、梔子の香りの中に混ざり合う。 

「源中将殿には、女子との歌合わせは聞かねど美しい陰陽師に贈り物とは、
やれそちらの笛がお得意でしたかと。全く、姫の閨に入ったこともないおれにそれかと。なんだか腹が立つ前に呆れたよ。一年中、春のように色ばかり話題にしている男衆が、何もわかっていないのだと愉快になってな。笑いを抑えるのに苦労した」

まだ楽しそうに笑う博雅を自分の胸に抱えて、晴明が長机の上に腰を
下ろす。二人が身につける蒼と翠の絹が重なって、海と空のようにさざめいて
いた。  

「そうだろうな、皇孫の中将殿が成り上がりの狐の子に衣を当て買うなど、
情夫か愛人かと注目の的だ」
「おい晴明、自分で狐などと言うな。迷惑だったのなら、次からはきちんと
否定するが」


大きな色素の薄いひとみが、丸く年の近い友を見つめる。その輝きの中には
ひたすら、純朴な憧れや尊敬、親愛と友情が乱反射していて、晴明は眩しさに目を細める。

「迷惑なわけがないよ。いっそ本物の深い関係になって、連中を泡吹かせて
やるのも面白い」
「おい、嫌味はやめろ。おれと晴明では、光る君と末摘花になってしまう」
「……博雅、おまえはおれに狐と言うなと叱るくせに、自分を
そんなふうに考えているのか?」


珍しそうに、晴明の書き綴った走り書きを覗く博雅の両肩を背中から支える。
一見、その顔つきから丸々とした体格に思えるのだが、実際は鍛え上げられた
晴明と比較にもならない華奢な骨格だ。屋内と夜道でばかり笛を吹いて過ごす
せいか博雅は肌も白く、透明感が高くて白桃のような頬が童のようだった。


「博雅は気立も造りも綺麗な漢だぞ。せめてそこは、光源氏と藤壺くらいは
自慢にしてみろ」
「うん? おれが晴明の義母になるのか? なんだかな」
「例えだ。おれは博雅を他の男に渡す気はないからな」

一瞬、ポケッと大きな瞳を回すと、博雅は顔を赤らめてハハハと
今度は声を出して笑った。  

「わかったよ、おれもそんなに早死にしたくはない。そうか、ふふふ……。
源博雅が安倍晴明の愛人か……。宮中の女子達にそれこそ呪布されそうだ」


時々、こうして楽の神子に自分の気持ちをを奏でようとするのだが、恋愛朴念仁の笛の名手にはまるきり伝わってくれない。意図的に触れているのが、この殿上人には友愛の行為としか受け止められないのだ。
 
「ああ、晴明。帝から賜った土御門の邸宅はどうだ?」
「まだ内装の改築中だ。……博雅、今日はもう上がりか?」
「うん、おまえにこれを渡したら、帰ろうと思っていた」
「牛車でか」
「うん」
「土御門まで足を伸ばして、様子を見に行かないか? おれと」

断られるとは全く考えず、晴明は胸の下に咲く梔子を撫でた。
梅雨前の、独特な花の匂い。

「行きたい! そうだ、ついでに我が家で晩を食べて行け」
「夜は笛を聴かせてくれるか」
「もちろん」
「よし、では行こう」
「うん、行こう」

確か、源博雅中将大輔は安倍晴明よりも三つ年上のはずだが、童顔と小柄さからそれは判別できず、世間からは奇妙な組み合わせだと奇異の目で眺められているだろう。

それで良かった。初めて誰かに信頼と友愛と、そしてそれ以外の淡く切ない想いを奪われたのは、晴明にとってこれからの生きる指針となっている。
怨念入り乱れる京の真っ只中で、この漢とならばどんな関係になっても、
楽しく人生を重ねていかれるはず。

まだ若い二人の進む道に、遥かなる可能性への道が広がっていた。


「晴明、この庭に……、本当に何も植えないのか」

「うん、このままがいい」
「まるで、荒野だぞ」
「そこが良い」
「そうか、う〜ん」
「なんだ、博雅様は不服か」
「そうではない。……うん、次は紫と白を合わせた狩衣が似合うかと
思ってな。全く、おまえは嫌味な程に映える陰陽師だよ」


終わり


pixivに更新した、「陰陽師ゼロ」の二次創作小説です。

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