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「陰陽師ゼロ」二次創作、大人向け!

「陰陽師ゼロ」公開初日後にすぐ途中場面を書いて、数ヶ月放置していた二次創作です。先日、「原稿ばかりで飽きた!!晴明×博雅描きたい!!」と、二時間くらいで仕上げました。

あっ、そうだ。偶然7月31日から「陰陽師ゼロ」が有料配信されます。映画が早々に上映終了しちゃったから、早かったですねえ……。どうしようかな〜、染谷翔太くんの素晴らしい源博雅のためだけに、¥2500払うか〜。


「博雅、お前の笛に助けられた。…………ありがとう」

八月初旬、この数日の都内は40度の記録に達する酷暑続きだ。

不安定ない気圧のせいか、軽い偏頭痛と倦怠感が身体から抜けない。
ヨーロッパの乾いた空気の中で育った源博雅にとって、故郷独特の熱帯夜は
体力底にも精神面においても、音楽への創作意欲を大きくすり減らしている。

遠くから、ドラムのような雷鳴が響き渡る。今夜は大規模な夏のイベントが
開催されるはずだ。

「今夜も雷か……、花火大会はどうなるだろう」

久しぶりに、あの夢を見た。親友と出会ったばかりの頃に、二人で巻き込まれた事件の
中で、博雅の笛の音が窮地から救い出してくれた思い出。

一日中、エアコンを快適に使っているが、つい換気を怠りがちになりで酸欠を
起こしかける季節。

「Siri、窓を開けてくれ」

寝室東側の大きなサッシとシャッターが上昇し、眩しい青空が視界いっぱいに広がる。地上26階建ての駅前総合マンションは、両親が一人息子へ購入してくれた不動産で、現在は世界的な音楽家となった博雅が、光熱費と生活費用全てを賄って暮らしている。

いや正確には現在、ここで彼は親友兼恋人と同棲中なのだ。正確には、先月正式に結納を交わした婚約者。三歳年下の青年の名前は、安倍晴明。
夢で再会した四年前の姿は、まだ陰陽師高専に通う高校生の面差しが幼かった。



「忠行様、博雅です。今朝、朝顔が届きました。毎年お心遣いを本当に
ありがとうございます。早速、蒼と紅と……、團十郎でしょうか?
渋茶が大輪に咲いていて癒されます。保憲殿に、くれぐれもおよろしく。
また、ご連絡させて頂きます」

婚約者と血縁のない義理の父となる人は、日本国内の陰陽師連盟を牛耳る大物で、大抵電話はいつも繋がらない。ずっと外交官勤務で世界中を転々としている父や、楽器の師匠でもあるバイオリニストの母とも、なかなか話ができないので
慣れてはいるが、家族関係を円満に進める為にも一度、直接お礼に行かなければ。

パジャマ姿のままiPhoneをタップすると、その婚約者からメッセージが四件。相変わらず全く装飾の無いぶっきらぼうな文面から、今日はいつにも増して苛立ちが伝わってくる。

『現場に着いた、京都はクソ暑い』
『早く帰って、会いたい。欲しい土産を教えてくれ』
『保憲殿が』
『保憲殿が、博雅に会わせろとしつこい。ウザくて暑い』

赤坂御用地を一望するベランダに出ると、ムンワリとした熱波が全身にまとわりついてくるきて、確かに苦しいほど暑い。東京がこの状況だと、京都はもっと過酷だろう。

なるべく日陰に身を置きつつ、外のシャワー栓を全開にして薔薇や、椿、件の朝顔にたっぷりと水をかけてやる。午前中と夕方の習慣は欠かさないが、雷雨の日は雨ざらしにならないよう、屋根の下にこれらを避難させなければならない。

クリムゾン・レッドに咲き誇るルージュド・ピエールロンサール、上品な黄色のエリナ、密やかな紫のルシエルブルー。そして博雅が一番愛している、淡やかな白とクリームピンクが混ざり合う「初恋」……。

いずれもガーデニングを趣味とする母が集めた苗木だったが、この新居に移り、子供の頃からした親しんできた色彩が懐かしく。祖父の代から長年世話になっていた庭師経由で、譲ってもらっている。

「初恋」、そうだ初恋……、安倍晴明はまさしく源博雅にとって初恋の相手で、生涯ただ一人の運命の伴侶だった。

子供の頃から、なんとなく憧れたり尊敬する音楽家や演奏者はいた。だが、具体的にどうこうする想像は全くできず、何より音楽の世界に魅了され溺れている博雅に、恋愛を深く掘り下げる意欲など持てない。

きっと自分は、色恋とか結婚などとは無縁の人間なのだろう。ずっとそう、自己判断してきた。

「さて、晴明は……、何時に帰って来るかな。汗だくだろうし、風呂の準備をしておこうか」

明るい洗面所で顔を洗い、簡単にスキンケアを終えて広く空間を取るキッチンにて、適当に素麺を茹でる。婚約者がここに入り浸る前には通いの家政婦がいたが、彼が人嫌いなので今は二人だけ。

生まれたのはフランスのマルセイユだったし、中等部からは寄宿舎で育った。
大抵の料理は作れるし、洗濯も掃除もほぼオート電化で困らない。

一度、音楽作業に入ると博雅は熱中して他のことが頭が全て消えてしまう。
そろそろ、年末のクリスマスライブコンサートに向けての練習と、なるべく新曲を早めに仕上げたい。12畳のレッスンルームに鎮座する慣れ親しんだスタンウェインと向き合うと、博雅は音楽の世界にただ一人、君臨する王となった。

「お前、女の扱いが通常の三倍は粗雑なったな」

自分より目線が僅かに上の兄弟子から、ニタニタと下品な視線を浴びせられた晴明はウンザリと何度目かのため息をついた。

「早く東京に戻って、博雅に何か食わせてやりたいんです。今頃、あいつは適当に素麺だけで済ませて作曲に熱中してるでしょうから」

離れている話題の主がくしゃみを落として、「エアコン、効かせ過ぎたか?」と
天井を見上げているとも知らず。肩甲骨まで伸びた黒髪をハーフアップに結えた長身が、帰りの荷造りを確認していた。

今日は、師匠である賀茂忠行に依頼された仕事で、兄弟子と二人で京都にいる。
朝イチの新幹線で来たから、熟睡している婚約者と言葉を交わせなかったストレスが重い。しかもこの、アスファルトを燃やし尽くすような酷暑。既に天災としか表現不可能な異常気温に、晴明のフラストレーションは最高値に達しようとしている。

そのうえ、依頼者が公家の血を引く大物政治家とあって、しつこく博雅のことを聞かれた。
二人の婚約については、忠行に関係する多くの人間に知られているし、博雅に手出しされないよう婚約について拡散させたのは、晴明本人。
だから文句を言う筋合いは持っていないのではあるが、その政治家の娘がねっとりと付き纏ってきて、危うく暴言を放ちそうになった。

「あ〜、良かった。お前が『放せ、ブス』とか言い出さなくて」
「それを止めるのに、わざわざご多忙な兄弟子がいらしたのでしょう。ああ、保憲殿は俺に気兼ねなく、嵐山やいつものお座敷で好きなだけ遊んでいらして下さい」

聡明な頭脳の中に、生八橋や有名な老舗和菓子店のメニューとマップが高速回転していく。博雅は、食べ物以外に何があれば喜ぶだろう。

明治維新以前から、嵐山に大きな土地を所有する老舗旅館。賀茂一族が本拠地とする京都陰陽師陣のを根城の特別室で、二人はようやく一息ついている。
すぐに東京行きの新幹線で帰宅する晴明は、新品のシルクシャツに腕を通して
サマーウールの蒼いスラックスを履き、同色のベストを羽織る。

適温に保たれた室内では問題ないのだが、移動距離間にまた汗をかくと考えると
気が重い。十代のほとんどをここで過ごしたが、四十度超えは初めてだ。

夕方には仕事を終えた晴明と賀茂保憲は怨霊の穢れを落とし、二時間ほど仮眠を済ませた。保憲は高層階のラウンジでディナーを取るべく予約をしたが、一刻も早く博雅を求めている晴明は、新幹線にて食べる駅弁を脳内選別する。


「全く、二人で不特定のお姉さん方と散々悪ふざけをしたってのに。こんなに身持ちの固い男になるとは、考えもしなかったぜ」

ラフなスポーツラインのニットを着ている兄弟子の言葉に、「それが問題なんですよ……」とつい愚痴が溢れてしまった。それを聞き逃す昔馴染みでは無い。

「お、どうしたどうした? お前が女慣れし過ぎていて博雅様が泣いちゃったとか?」
「…………え、嘘。マジ?」
「参りました……、あの時は、ホームから飛び降りて誠実に謝罪する他はないかと」
「ちょちょちょ、待て待て。お前、何があったのかクワシク!」

疲れているのだ、朝イチで大切な婚約者と離れて、気乗りしなかった仕事先で
ネトネトと女に触れられて。普段ならば、後々笑われる恋バナをこの人に晒す「天才陰陽師、安倍晴明(26歳)」では無い。



「なあ、博雅。そんな下らない事を気にするなよ」
「くだらな、なくない……」
「勘弁してくれ、頼むよ。……過去の女なんて、おれ達には何も関係ないだろ。
どうしろって言うんだ」
「…………」
「おい、泣くなよ……。頼む、おれはお前に泣かれると、堪えるんだ」

おそらく、自分の為に晴明が買い揃えてくれただろうバスボムと、ハイブランドのボディソープやシャンプー、フランス製のヘアバターが揃えられているユニットバス。温かな水蒸気に包まれて、博雅は溢れる涙を止められなかった。

ゆうべ、初めて晴明と一つに交わった。文字通り身体の深くまで繋がったのだ。

出会ってから親友になるまで、どれくらいだったか博雅は覚えていない。気が付いたらいつも一緒に行動していて、晴明の陰陽師としての任務にも度々同行していた。

年下の叔父であり日本の最高峰に君臨する帝は、そんな甥にあまり良い顔はしていなかったと思う。海外を拠点に働く両親の代わりに、博雅の後見人となっている最高権力者遠誤魔化したり適当な嘘をついたりしても、常に監視されている被保護者の様子は筒抜けだ。

ましてや、正直さを看板に描いたような青年が、親しい血縁を欺けるはずがない。

「例の陰陽師であるが、あまり羽目を外さないように。あくまで、其方は皇孫の立場であると忘れずに」

そんな説教めいた口調で嗜められたのことはなく、博雅は咄嗟に怯んだ。

精神的ショックが引かずに会った晴明には、すぐ見破られて。

「あの男はな、博雅と親しくなった下賤の陰陽師に、妬いているのさ」

と、訳ありに背中を撫でられたのを覚えている。

音楽留学をしつつ、主に先進国を中心にライブ活動を広めていた数年。ゲイやバイセクシャルの友人はたくさんいたし、実際に迫られた体験も多い。
戸惑ったが、博雅にその気が全く無いとわかると相手は諦めたし、何より帝の存在が脅威だったのだろう。源博雅の生活や暮らしに、大きく関与してくる人間は今までいなかった。

親友から他の、もっと親密な関係になったのは、あれは何がきっかけだっただろうか。

元々、純粋培養の一人っ子だった博雅には性的な知識も不透明で、知ろうと思う意欲も持たない。それでも、他人からの好意を人一倍の感受性が敏感に察知する。逆に、裕福な家庭環境と生来穏やかで大切に育てられた環境下で、彼を手の届かない天才として嫉妬羨望の対象にしたり、行き過ぎたファン行為には疎く。

それらの危険から、主に帝が中心となって博雅を守護してきたのだ。

年下の男に両腕で囲われるように護られるなど、普通なら異常な事態に感じるなだろうが、 それを空気や水のように受け入れてしまう源博雅本人も、特異な貴人であったから。

だから、晴明と初めて一つになった夜には、大きすぎる衝撃が待ち構えていた。
幸せなだけのはずだったそれは、博雅を一瞬にして大人に成長させたのだ。

何もかも手慣れている夜の行為に、晴明の過去を渡り歩いてきた多くの女達の
影を、白くて長い指や巧みな舌使いに覗いてしまったから。
何もかもが初めてで最中はひたすら声を抑えようと必死に、激しく熱い晴明の愛撫に飲み込まれるだけで確認などできなかったが、きっと、彼の自分よりずっと大きく長く質量がある性器は、たくさんの柔らかな子宮口を知っているに違いない。

激しく求められるままに身を任せてしまい、我を忘れたまま親友だった男に翻弄され、初体験を捧げてしまった。
その恥ずかしさからとても確認は出来なかったが、まだ少し幼く淡やかな色の博雅とは違いきっと晴明のそれは、精液に焼けた赤黒さだったろう。

そういう現実感が一気に押し寄せてきて、熱帯雨林を思わせる浴室のバスタブに
浸かったまま、博雅は涙と鼻水で頬を濡らし声を殺して泣いた。

「……博雅?」

軽いノック二回の後に、常に頑強なメンタルを持つ男には、珍しくも弱気な呼び声。

「おい、まさか泣いてるのか」
「…………」
「博雅、開けてくれ。気分が悪いんじゃないよな」
「……違う。知らない風呂場で、勝手がわからないだけだ。すぐ出る」
「なあ、おまえの顔が見たい。開けてくれ」

咄嗟に浴室の鍵をかけてしまったのが、功を制した。こんな情けない姿を
元親友にとても見せられない。優しい晴明はきっと気を遣って、一晩中宥めてくれるに違いないのだ。

「博雅、痛くはなかっただろう? 怪我をさせたなら大変だから、俺に見せてくれ」
「大丈夫だから、放っておいてくれよ」
「そんな鼻声で、大丈夫なはずないだろうが。博雅、なあ頼むよ」

焦る晴明の声音など初めて聞いた。仕方ない、ドアを蹴破られる前にとお湯に頭ごとザブンと浸る。これで言い訳は立つだろう。
バスルームの半透明なガラスドア越しに、晴明へ声を掛ける。

「晴明、喉が渇いた。水が飲みたい」
「わかった、冷たいのでいいか?」
「うん」
「取ってくるから、鍵を開けておいてくれよ」

相変わらずスレンダーな長身は、足音をさせずにリビングへと移動していく。
まだ親友だった頃には大学の夏季休暇で源家の別荘に泊まり込み、二人で海水浴や温泉を堪能して彼の裸体も見た。一見して細身の体格のはずが鍛えられた薄い筋肉に硬く包まれていたと知ったのは、ついさっき。ベッドの上でだ。

下腹の奥が甘く痺れて痛むが、ガラス張りのシャワーボックスで柑橘系の
ソープを落とし、分厚いディープブルーのバスローブに袖を通す。
晴明は青が好きだから、ペアで揃えてくれたのだろう。彼には、瞳の色と合わせて青がとてもよく似合うのだ。

「博雅」
「うん」

浴室のドアを開けると、不安気な表情で同じ青を着た長身が立っている。
戸惑うように差し出されたグラスを受け取れば、柳眉と切長の目がスッと
潜められた。

「泣いたのか? 痛かったか?」
「違うよ、平気だ。ただなんとなく……」
「なんとなく?」
「……、わからない。なんで俺は泣いていたんだろう」

最初にキスを交わしてから、晴明に告白されて三ヶ月。彼は熱烈に博雅を口説いてきたが、けして乱暴に行為を進めるようなことはなく、無垢で何も知らない博雅を怯えさせないように、とにかく丁寧な触れ合いから始めた。

案外、節の大きな長い指が体内の奥深くに入れられた夜も、入念に温めたローションで愛撫されて。緊張と怖さと、それから体感したことのない大きな快感で涙が止められなかった。

晴明は博雅の太ももで凶暴な熱を処理し続け、本当は入れられる場所ではないそこを、一ヶ月に渡って柔らかく広げたのだ。あの賀茂泰典が知ったら、弟弟子の健気さに胸を熱く激らせるだろう。

大切に愛されているんだ、と大量の汗を流しながら自分の身体を作り替えてくれる男に、他の誰にも覚えなかった「恋情」らしき灯火が瞬いたのはその頃。

執念深さとしか表現しようのない、その馴染ませが快感に変換されるようになって、博雅はとうとう自分から脚を広げて男に泣きながら強請った。

だから、身体を開かれた痛みというものを、ほとんど知らずに婚約したのだ。

「軽いキスくらい、誰かとしたことはあるんだろ?」
「………………」
「いや、やっぱりいい。聞いたら、お前を俺は許せなくなる」
「……多分、お前が想像する通りだよ」

「博雅」
「……なんだ、俺は眠い」
「俺と、結婚しないか」

一日にたくさんの肉体と精神的ショックを受けただけでなく、恥ずかしい泣き顔を親友にも見られて立ち直れないくらい弱っているところへ。その衝撃の言葉に、博雅は内蔵の痛みも忘れて起き上がった。

「と、突然どうした……」
「突然じゃない。お前と出会ってから三年四ヶ月十一日、ずっと考えてきたんだ俺は」
「そんな、……ウッ、」
「博雅、大きな声を出すな。痛むんだろう」

ううう、と涙目になって前屈する親友兼恋人の、細い肩から薄い筋肉が乗る背中を晴明が優しくゆっくりと撫でる。

「俺は無神論者だし、たかだか契約書の紙切れに名前を書き込むイベントなど
どうでも良い。でも、お前が俺の過去に煩わされて俺の気持ちを信じられないと
思い詰めるのなら、それにも縋る」

二時間前まで裸で抱き合っていた男が、突拍子もなく「結婚」などとビッグワードを発したお陰か、博雅は、真剣極まりない親友に冷静さを取り戻していく。親友……、そう、関係を持ったがやはり、この男は何にも変え難い親友だ。
落ち着いた二人は、それでもまだ神妙にリビングのソファへ移動した。
博雅の祖父が引っ越し祝いに贈ってきた、ゴルビジュの二人掛け。


「晴明、俺はその、お前は大切な一人だけの親友だし。そのなんだ、こういう間柄になってまだ、お互い話していない事がたくさんあったとわかったんだ。
今までは気兼ねなく話せた内容も、こういう友達との秘密のアレみたいな、ああ〜、なんというか」
「セックスフレンド?」
「……んん、うん。それになったみたいで、なんだか不安で……」

黙っているが、真摯な眼差しで博雅の言葉が終わるのを待っていた晴明は、
滑らかな皮膚のまろやかな音楽家の指を爪で撫であげながら、「はぁ……」とため息をついた。博雅が叱られた子犬のように大きな潤む瞳で、長いまつ毛をぱちぱち弾けさせる。

「くそ可愛い……、博雅のくせに……」
「なんだ? 聞こえない」
「お前は、いい加減にしろよ。おれをそんなに振り回して楽しいのか」
「呆れたか?」
「呆れるも何も、お前は俺の初恋をなんだと思ってる、ん? 俺は博雅が生きてきて初めての、真剣な相手だと聞かせただろうが」

「晴明、そのなんだ。大変だったんだなお前も。いやはや、本気で尊敬するよ」
「当然ですよ、オレ自身がこんなに自分を褒め称えたいのですからね」

スーツケースを宅配の時間指定でロビーに預け、フロントスタッフの「安倍晴明様、お車が参りました」との耳打ちに、スレンダーな長身がカウンターシートからすらりと立ち上がる。

久しぶりに兄弟弟子二人での怨霊祓いだったが、前にも増して晴明の法力波動は成長している。施設育ちの彼が、幼くして賀茂家に引き取られてきた頃も驚異的なそれは底が見えなかったが、今は、以前のような揺らぎが全く感じられず、深く安定していた。

安倍晴明という恐るべき妖刀に源博雅という名前の鞘が、相応しく現れたからだろう。

「それでは、保憲様。お先に」
「おう、博雅様にくれぐれもよろしくな。また、お宅に伺うと伝えてくれ」
「嫌です」

しつけの行き届いたボーイが数人頭を下げ、続いた女性スタッフが頬を赤らめて
名残惜しそうにその後ろ姿を眺めている。

ホテルから車内へ移動する数メートル、息が止まりそうな暑さに眉を顰めながら、「京都駅へ、急ぎで頼む」と言伝て、晴明は深くため息を落とした。

あと四時間弱で、やっと博雅に会える。辛く長い一日だった。入浴後の独特の倦怠感が、瞼に重くのし掛かる。安倍晴明は懐かしい記憶の中へ、心を解放していった。

初めて並んで眠ったのはいつだったか。そう、確かまだ自分が全寮制の高専に
いた頃だ。二人が出会い半年は経過していたはず。

その日は、博雅が当時住んでいた鎌倉の高級住宅地周辺で起きた怪事件の調査に、陰陽生全員が駆り出され、晴明もそこに参加していた。
普段であれば無視を決めてサボるはずだったのに、博雅から「二人で解決しよう」とLINEが届き、慌てて電車に飛び乗ったのだ。

晴明もまだ18歳、初めて一緒にいて心が踊らされる相手への気持ちにはしゃぎつつ、頭に響く、「親友」とは違う気持ちへの違和感をなるべく無視しようとしていた。

梅雨の六月、紫陽花寺を訪れる大量の観光客に埋もれながら、なんとか
事件収束まで落ち着けたのだが、下着まで濡れた冷たい雨。
鍛えていた自分はともかく、お坊ちゃん育ちの博雅は真っ青になってガタガタ震え、とても一人で帰せる状態ではなく。濡れ鼠の晴明もまた、電車で寮に戻れるような状態ではなかった。

「うちに泊まっていけば良い。晴明の好きな食事を並べるぞ」

出会ってから初めて足を踏み入れた源邸は、予想通りの広大さを誇る日本庭園を
持ち、玄関では博雅の乳母、その息子達が若き当主とその友人に頭を下げる。

気軽に会話できる相手といえど、やはり博雅は別次元の資産家なのだ。誰かを従えるのに、当然とした所作を身につけている。

中庭を堪能できる檜風呂に二人で浸かって、温まったままに三浦半島で朝獲れたという新鮮な魚料理と、ぼんたん鍋に舌鼓を打った。
満腹になれば自然と眠気が襲ってくるものなのだが、幼い頃から施設に預けられて過酷な環境で育った晴明は慢性的な不眠症。しかも慣れない空間の中でどうにも落ち着かずに、青く匂う畳敷きの広い客間にて、羽毛敷き布団に寝返りを繰り返していたところ。

「晴明、眠れないのか」

軽いノックに続いて、博雅が入ってくる。淡いグリーンの上質なパジャマを着た友達は、ズルズルと自分の部屋から布団一式を運び出して来たようだ。

「気にするな、おれは昔から眠れないんだ。博雅こそ、疲れているだろう」
「少しな。でもまだドキドキして興奮が収まらないよ。お前が鬼退治をしたのを見たのは三回目になるが、やはり晴明は凄い男だ」
「結局、最後はおまえの笛の音に助けられただろう。お前こそ、凄い男だ」

お互いに真っ直ぐな賞賛を受けた体験が無かったので、照れ笑いをして
それから眠るまで、博雅の家の話を聞いた。

外交官の父と公家の血を引くバイオリニストの母。そして大財閥のグループ企業経営に立っている祖父がいる。そして、博雅の人生全体に覆い被さっているのが、この国の頂点に立つ一人の王。
年下の叔父らしいが、一般庶民の観念しか持たない晴明に、貴族社会はよくわからない。

両親が不在なので、ほとんど乳母とその息子達と共に育てられたこと。
ヨーロッパを拠点に働く叔父を頼って、ウィーンに短期留学していたこと。
大学は、また向こうの学校へ進みたいという夢について。

博雅が夢を叶えてウィーンやパリで音楽活動をする将来には自分はいないだろうと思ったし、仕方ないのだと納得したはずだった。
だが、確かに寂しさを覚えた自身の気持ちに、晴明は驚愕したと同時に生まれて初めてのときめきのような感情に包まれたのだ。

親を知らず、幼年施設でも狐の子と恐れられ阻害され。孤独の中で生きてきた身は愛を知らず、他人を誰も信じられなかったのに。

幸せそうに眠ってしまった友人の肩に額を擦り寄せながら、ふっくらとした優しい頬になんとなく指を滑らせてしまったあの想いは、間違いなく初恋だった。

金の心配を知らず、血は繋がらないとはいえ多くの家族に愛されて育った博雅は、警戒心がまるでない裕福層の子息そのもので、何事にも真正面から飛び込んでいく姿勢と気性は、度々晴明を呆れさせた。
しかしその何も疑わない純粋な善意や、感受性の塊のような繊細な優しさには、
心底驚かされる。

晴明の周囲にいたそれまでの人間と違って、色眼鏡で判断したり差別や偏見を
持つ事なく、真っ直ぐに目の奥を覗き込んでくるのだ。

何の為に生まれたのかわからず、流されるままに呼吸をしてきた晴明は、
その時に初めて「博雅の隣に、相応しい大人になりたい」と願った。

源博雅は安倍晴明よりも三つ年上だったが、色々な事件現場においてあくまで晴明の補佐に回る立場が多く、けして前に出過ぎず。
必要とされる時に、理論派の晴明が思いもしない目線で、感性のままに
意見や質問をくれる貴重な人材でもあった。

時々、怯えて身を寄せてくれる博雅の、見事な楽器演奏を奏でるその手を包むように握ってやると、安心しきった瞳で微笑んでくれる。
晴明が弱っている状態では、背中を支えて自分ができうる限りのサポートを
全力で遂行してくれた。まさに無償の愛を与えてくれる、世界でただ一人だ。

どうやら自分は、博雅に初めての恋心を抱いているらしいと自覚してからは、
自分の顔やスタイル目当てで言い寄ってくる年上の女達と縁切りをし、私生活でも常に身綺麗とする意識した。
まだ友人であった頃に、数人の女達と肉体関係を持て余している現場を博雅に数回見られてしまったせいで、女であれば所構わずだと誤解されている汚名も返上したい。

何せ博雅は究極の箱入り息子で、若くして世界に名前を知られる演奏家なのである。わずかなスキャンダルでも許されない、将来を期待される日本音楽界の星だ。

色浴に全く疎い未成熟な男に、自分だけを意識させるようにするのはどうすべきか。大人になってからもずっと、博雅の一番近くにいる為にはどんな男に成長すべきなのか。そればかり考えて道を選んできたのである。

だから、まだその時は博雅へ流れる自分の熱い感情に気がつかないよう蓋をして、これだけは真摯に伝えた。

「俺なら、博雅の一番が音楽でも全然構わない。笛やピアノの次でも良いから、ずっと一緒にいるよ」


「ただいま」
「おう、おかえり。暑かっただろう、風呂に……」

土産袋を受け取った博雅が言い終わる前に、長身が廊下を広い歩幅で通過し
洗面台へ向かう。博雅に触れる前、入念に手洗いその他諸々を終えているのだろう。

「生八橋、ありがとうな。冷蔵庫に入れておく。他は、急ぎのものはあるか?」
「ある、お前」
「それは……、溶けたり無くなったりはしないよ。食事は?」
「弁当」

普段は足音を立てない晴明には珍しく、ドタンバタンとぶつかり合う気配が響く。全自動洗濯機に、汗でたっぷり濡れたシャツとアンダーを突っ込んだらしい面長の端正な顔が、親友兼恋人、そして婚約者となった存在に軽く口付けを落とした。

「ちくしょう、すぐにでも抱き合いたいのに。まずは風呂だ」
「わかった、俺はピアノ室にいるから」
「ああ、駄目だ。お前、一度作曲モードになるとしばらく戻らないだろ」

連続してリップノイズが破裂する。……いや、それにしてはいくらなんでも音が大きい。

「晴明、花火だ! 良かった、開催されたんだな!」
「俺はそれどころじゃない。さっさと汗を流して、博雅を堪能したいんだ」
「離れたのは、一日だけだったじゃないか」
「一日中もだ、すぐに出る」
「いや、ゆっくり風呂に浸かれよ。お前、眠そうだぞ」

ドォン、ドンドン……、眼前に広がる七色の点滅をよく眺めたくて、博雅はルームライトを消した。

今夜は、長くなりそうだ。

終わり



(当日の、後描き)

これは、「陰陽師ゼロ」を初日に観て、大人買いした原作を少し読んでからすぐ、途中場面のみ書き上げていた小説です。
主に博雅が一人で悶々とするシーンを、数ヶ月放置していました。

現在、漫画の新人賞応募締め切り修羅場なのですが、なんだか猛烈に晴博雅が
書きたくて。でも流石に漫画に時間は避けないので小説にて。

晴博雅って凄いカップリングですね。映画新作のおかげもあるだろうけど、いまだに二次創作の更新が細かくある。

今日は、遠くから響く隅田川花火大会の音を聴きつつ。
七月最後の土日ですね。早く家の画面でゼロ版を見返したいな。


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