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「陰陽師ゼロ」晴博、オガバース二次小説。

「陰陽師ゼロ」の晴明×博雅、オメガバース二次作品になります。

現代編、オメガバース晴博

「忠行さま、失礼致します。こちらを……」

本家のある京都から離れ、東京の陰陽師専門術式学校にて学長を務める賀茂忠行は、「失敬」と地方に点在する分校リモート会議の席を中座した。

信頼のおける秘書で、自分の愛弟子である中肉中背のスーツ姿の男が、師匠の耳元で声を顰める。

「……また女絡みのトラブルか。美麗な顔の天才にも困ったものだな」
「如何致しましょう、学長。我が校の最優秀卒業生が、推薦先の大学を単位不足で留年ともなると、これからの印象に悪影響がありますが」
「仕方ない、私が直接指導しよう。アレの後見人でもあるしな」

中継されている大画面前のオフィスチェアに戻ると、かつて忠行本人と修行を共にした
同世代の白髪を晒す陰陽師達が、苦笑いをして彼を迎えた。

「また、あの狐か」
「賀茂の親父さまもご苦労な話だ。いくら天才のアルファとはいえ、素行が悪過ぎなのでは」
「孤児院から引き取られ、育ててもらった恩義も忘れたらしい」

半ばアルファとして生を受けたエリートへの嫉妬と羨望、そして令和の世界で
ビジネスを大規模に展開させようとする陰陽師としての不安。
混濁した視線の中で、賀茂流呪術の頂点に君臨する学長は肩を落とすしかない。

「やれやれ、晴明め……。いい加減、この年寄りを安心させようとは思わんのか……」

地球の人類には、かつて三つの性別属性が存在した。

類稀なる美貌と頭脳を保有するアルファ、平凡な最も多くの人口比率を割り当てられるベータ。そして、アルファの対として、彼ら彼女達の子孫を唯一残せる非力なるオメガ。

令和の世界的病気感染にて、多くのベータが死亡。激減した人間は、なんとか
その数を増やそうと努力はしている。しかし、先進国でさえ圧倒的な経済不況と政治不信などの危機に陥り、
いかんせん出生率は低下し続けて、少子化の勢いは止まらない。

「産む性」と蔑められたオメガの人々も生来、虚弱体質が多く。優秀なアルファを後継させるにも全く数が足りないのが現実だった。

そこへ希望を掲げて登場したのが、「クスィー」と呼ばれる新しいオメガ、正確にはアルファとオメガの良質な部分のみを受け継いだ新人類。

男性と女性の内蔵器官を体内に共有して、一人だけで妊娠と出産を可能にした
人々は、オメガのように欲望のままに狂う発情期も無く、ただ一人の「運命のアルファ」のみに、反応する。

三十万人に一人と言われる奇跡の種族は、都市伝説として語られるだけ。それが学術的にも、いまだに一般的な認識であった。

「晴明、電話。着信きてるぞ」
「ああ、別にいいよ。いつものお見合いコールだから」
「お見合いコールって……。育てのお義父さんからだろ、ちゃんと話さないと」

神楽坂にある中階層の鉄筋マンションは、義理の父親で後見人でもある賀茂忠行が多く持つ不動産の一つだ。

新築だったここに、二十歳の安倍晴明が家賃も気にせず住めるのも、毎月の食費や光熱費に困ることもなく生活を続けられるのも、彼のおかげだ。

その代わり現代を生きる陰陽師としても、貴重種アルファである男としても、
近い将来は全面的に業界の為に働く条件付き。

今は海外に留学している賀茂家の長男、かつ兄弟子の賀茂保憲を支えて、やがては国内の陰陽中枢に立たねばならない。それは拾われた幼少期から理解してきたし、晴明の人生を早くに左右した宿命でもあった。

衣食住に不自由することなく、この歳になるまでそこそこ裕福に暮らせてきた。
その負債を返却するのは仕方ないとして、最近は「同じ賀茂流のオメガかアルファと婚姻して、後継ぎを数人残せ」という、忠行以外からの老人達からの圧力が煩わしい。

自分は、間違えようのない「運命の相手」と出会ったのだから。

湯上がりにしっとりと濡れる癖毛を肩まで伸ばした青年が、「心配してくれる家族がいるんだから、大切にしろよ」と晴明の座るソファに腰を落とす。

源博雅、日本国の帝一族の直系で、まだ世界的にその数を一桁しか認知されていない、希少種クスィーセクシャル。

「博雅こそ、来週はパリでソロリサイタルだろう。俺なんか気にしないで、体調に注意しろよ。最近、生理周期が遅れてるだろ」
「……そんなこと、お前に話したか?」
「言わなくたってわかるんだよ、俺にはな」

ヴァーベナのボディーソープが香る細い肩を抱きしめ、まだ自分が残した鬱血痕をもう一度噛み締めると、「こら、誤魔化すな」と柔らかく抵抗された。気に入らない。

博雅は晴明より三つ年上の23歳。元々は外交官だった父親と、ヴァイオリニストだった母親の間に、フランスのマルセイユで生まれた。
成人するまで日本には帰国せず、ヨーロッパで基礎教育と音楽の英才指導を受けて育った少年期。母方の祖父がミナモト・バイオテクスの創立者というサラブレッドの経緯もあり、本人を含め誰もが、博雅をアルファエリートとして疑う人間はいなかった。

17歳の春に初潮を迎えるまでは。

「大統領や首相連中の前で演奏するのは、初めてじゃないだろ。緊張してる?」

顔色が少し青ざめているのは、昨夜の激しい行為のせいだけではない。 
博雅は口にはしないが、貧血気味なのだろう。いつもは豊かな表情も、なんとなく冴えない。

「まあな、向こうの貴族にはアルファも多いし。社交界に顔出しするのもプレッシャーがキツいんだよ。俺のこと、オメガじゃないかって疑ってる人もいるし」
「俺がそばにいる。博雅に手出しはさせない」

番の男の長い脚と腕に包まれ、鳥籠のカナリアと化した博雅は、優しく啄んでくる長い黒髪をゆっくりと撫でた。基本的に伴侶を守ろうとするアルファは、自分の住処にクスィーやオメガを閉じ込める傾向が強い。
安倍晴明も例外ではなく、この四日間は誰にも邪魔されず二人きりで過ごした。
義理父から「大学に出ろ、単位が足りない」とひっきりなしに着信が届くのはそのせいだ。

まだ誰にも秘匿しているが、婚姻相手と結ばれたアルファやオメガ、クスィーセクシャルには、特例として「ハネムーンホリデー」が適用される。
既に晴明の種を胎の中に受け入れられる準備をする博雅を放置して、とてもではないが下らない通学などできなかった。

発情期前のクスィーは、いつもより体力も落ち免疫力も低下している。精神的にも不安定で、「学校に行け」と言いつつも強気になれないのは博雅の生物本能が晴明を束縛しているから。そして何より、晴明が博雅を少しでも離したくなかった。

チュッチュッと濡れたキスで柔らかな頬を愛撫しながら、晴明の長い神経質な指が借り物のシャツを余らせる身体を滑り落ちる。外は湿った六月の雨、長い夏季休暇の前に、世間へ二人の心を知らしめなければ。

「なあ、博雅」
「ん?」
「俺たち、結婚しようか」
「うん。……んんん!?」

気持ち良さそうに逞しい筋肉にもたれていた博雅が、大きな瞳を瞬かせて
晴明の蒼い視線を見上げる。

「俺もお前も、良い加減しつこいアルファ貴族やら王様から離れたいだろう?
俺たちが番になれば、誰も文句を言わなくなる」

博雅は、選ばれし皇族や上級貴族の後継者を産む為に、一般社会から隔離され続けてきた新種のオメガで、貴重種であるクスィー・セクシャル。
いくら天才と謳われた安倍晴明といえど、たかだか二十歳の陰陽師に許される伴侶ではない。

しかし、ただ一人と認められたアルファのみを受け入れる性、クスィーが
こうして独特の匂いで誘い導く相手は、運命の番以外あり得ないのだ。

……博雅を贔屓する帝や側近にバレたら、冗談ではなく打首獄門だろうな。

うっすらとその危機感が脳裏をよぎったが、「晴明……?」と不安に見上げてくる
甘やかな視線に、晴明は「なんでもない」となす術もなく溺れた。

賀茂忠行は、結局連絡のつかなかった天才である弟子に気を揉みつつも、
その日は珍しく多忙極める生活に一息つけて、私室にて寛いでいた。
一人息子である保憲が「何があっても、観てくれよ」と何度も確認してきた
世界中継が13時からライブ配信されるのだ。

「音楽の寵児、パリ五輪の前奏曲を歌う」

大袈裟なタイトルだが、世界的な音楽家であり奏者でもある源博雅の
ヨーロッパツアー最終日。

彼の祖父である源会長と同世代で古い付き合いが深い忠行にとっても、
いつも素直で心優しい博雅は孫同然の存在だった。

保憲も弟のように可愛がっていて、年下にも関わらず敬語で話す身分差があっても、博雅に対しては常に気遣いを絶やさない。

「大きくなられたものだ。源の親父さまもさぞ安泰であられるな」

オペラ座に設営された夜のコンサート会場には、博雅の親戚である日本の皇族を筆頭に、大企業のトップや文化人らが豪華な顔を並べている。
パリで開催されるオリンピックの開幕式にも呼ばれている源博雅が、フランス文化庁たっての願いで催された夢の宴。

VIP席では厳重な警護に守られる各国の首脳や、ヴァチカンから法王までもが
招待されて、その神音が奏でるピアノに酔いしれていた。

超絶技巧を得意とした自作の協奏曲から古典代表作まで、相変わらず全く揺らぎのない芳醇な演奏が繊細に流れていく。
今夜の博雅は、オートクチュールであろう立体裁断の深い紺地のロングスーツを纏って、肩まで伸ばした癖毛をオールバックに後ろでまとめ、一輪の白い花を挿していた。

その清楚さがまるで本人そのものの空気感を思わせて、一人の青年の大人への成長を強く引き立たせる。

……そろそろ、博雅さまも伴侶をお迎えになる頃。
果たして、お祖父殿やご両親は如何されるのだろう。
名門のアルファとなれば、どの国の王家と婚姻で結ばれても不思議ではない。

何十年と樽の中で熟成されたアルコールと、今映像の中で微笑みながらピアノを
響かせる姿を重ねて、老人は甘い想像を燻らせた。
常に汚れた仕事に手を汚してきた人生で、稀なる宝石を眺めている気分だ。

やがて軽やかな音が消え、一瞬世界が静寂に包まれたかの錯覚に陥る。
息を呑むと、ドッと地面が割れるような喝采と拍手の嵐が画面越しに
振動する。

「素晴らしい……、幼い頃も神童であられたが、まるで恋を知った
乙女の歌声だ……」

胸を熱く涙ぐんでいると、画面の中で観衆に応える日本人青年に、幕間からゆっくりと近付く長身の影が映った。

「…………、まさか、」

老眼鏡を掛け直した賀茂忠行は、信じられない光景を目にする。

漆黒のオーダースーツを183cmのスタイルに包んだ年少の弟子、「狐の子」と
幼い頃から蔑まれてきた陰陽の修道生、安倍晴明が、源博雅へ大きな花束を手渡しつつ、その手に口付けを落としている。

これは、イベントの企画の一環なのだろうか。息子の保憲は何も言っていなかった。

『親父、昼過ぎには必ず家にいてくれ。いや、朝から外には出るなよ。
面白いものが拝めるぞ』

てっきり面白いものとは、成長した博雅の御曹司が世界でその天才的な演奏を披露する出世の姿だと思い込んでいた。

「あ、あやつら……」

喜びと安堵でにこやかに笑っている博雅の前で、流麗な美丈夫が膝を折る。
中継しているアナウンサーもゲストも、多言語でシチュエーションに対し
疑問を繰り返しているようだ。

「まさか……、まさか……!」

ワナワナと全身を震わせる老人の不安を具現化したように、やがて博雅の顔が
驚きから静かな微笑みに変わり、ふっと、無言で彼に応える。

ワアアアッ、と地響きのように盛り上がる観客の興奮、純粋な祝福に世界が溢れかえる。

「やりおった!」

抱き合う二人を確認するよりも早く、陰陽師の棟梁は息子へ問いただす為に通話を開いた。

繋がらないと、理解していながらも。

終わり


安倍晴明……賀茂高専学園の総代卒業生。施設出身の変わり者で一匹狼。
      身長182cm 寮ではなく、毎回違う年上の女性の部屋に入り浸っていた。二十歳になり、両親を下級貴族に持つには珍しいアルファで、気難しいがナイーヴな一面を持つ。郊外土御門通りに邸宅を構えている。

源博雅……某巨大カンパニーのCEOを祖父に持つ御曹司。高専と真向かいにある
     国立音大大学院生。音楽でウイーンに留学することが決まっている。

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