見出し画像

映画『マイ・ブックショップ』

2017年/製作国:イギリス、ドイツ、スペイン/上映時間:113分
原題 The Bookshop
監督 イザベル・コイシェ



予告編(日本版)


予告編(海外版)


STORY

 1959年、イギリス東部の、小さな海辺の町。
 町に越してきたフローレンス・グリーン(エミリー・モーティマー)は、戦争で命を落とした最愛の夫との「」であった、「書店」を開く。
 しかしロンドンから遠く離れた田舎町には、まだ新たな時代の息吹は届いておらず、人々は昔ながらの保守的な因習の中に生きており、ガマート夫人(パトリシア・クラークソン)を始めとする有力者達はフローレンスの書店を快く思わず、書店を潰すべく、なにかと嫌がらせを繰り返すのであった。

 そのような状況を抱えながらも書店は、老紳士ブランディッシュ(ビル・ナイ)や、お手伝いの少女クリスティーン(オナー・ニーフシー)等に支えられながら、徐々に軌道に乗り始めるが・・・

 

レビュー

 映画冒頭、遠い記憶を辿るような深遠な雰囲気と哀愁を含む音楽が流れ始め、同時に積み上げられた沢山の古書が映し出されて、

 「彼女は私に言った《人は本を読んでいる時、物語の中に住む。本という家の中で暮らしているのだ》と。そして彼女が何よりも愛したのは、読書の後にも続く鮮明な夢を見ているようなひとときだった

というナレーションが、高齢の女性の声で静かに語られてゆきます。
 その間、映像は徐々にぼやけてゆき、最終的には涙により何も見えなくなってしまったときのように画面全体は鮮明さを失い・・・
 すると「海鳥の鳴き声」と「波の音」が聞こえてきて・・・
 画面は切り替わり、手前から「植物」「スカーフにて頭部を覆い座っている女性の後ろ姿」「ピントの合っていない砂浜と海」の順に構成された、その光の印象から曇り空であるとわかるシーンが立ち現われます。
 画面全体の色調はしっかりと意図を持って構成されており、鑑賞者の視線は女性の頭部を覆う、白地に赤や黄色、又は青色の羽根を持つ鳥の描かれた絹のスカーフへと導かれます。と、同時に

本がもたらした感情に浸りつつ、散歩をするのも好きだった

というナレーションが付与され、座ったままの後ろ姿の女性がスカーフをスッと手で外し、物語の幕は上がります。

 1分にも満たないその冒頭のシーンにより、鑑賞者は、「この物語はナレーションの高齢の女性が過去に出会った一人の女性を回想する、本を巡る物語である」ということを、理解します。

 本作においては、全ての要素は丁寧に配置&コントロールされており、その調和は終始保たれます。
 白眉であると感じたのは、主人公とナレーションの女性の情動を反映する(と同時に物語自体の感情の流れをも刻印してゆく)、自然描写のみのシーンの素晴らしさです。タイミング良く挿入されるそれらは、心地よいリズムやを生みながら、言葉や演技だけでは表現しきれない心のひだを描いて見事でした。
 また衣装は何れも素敵で、スカーフの色や柄の変化による心理描写には特に心惹かれましたし、ウィリアムモリスデザインの壁紙をはじめ、家具や雑貨もいちいち素敵で、とりわけ主人公の使用するティーカップには目がハートになりました。
 それから重要なキーワードとして目立つ形にて登場する「本」達(『華氏451』『たんぽぽのお酒』『ロリータ』『ジャマイカの烈風』)は、この物語の内容や登場人物の行動等に深く影響するため、読むと、より深く作品の世界を味わうことが出来ます。

 少し夢想家なひとりの女性の勇気ある行動は、閉鎖的な海辺の町の人々にどのように作用し、何を変えられず、何を変えたのか。
 そして本の持つ素敵な力とは。

 本と人を愛する気持ちが繋がり、やがて強く結ばれてゆく。
 儚くも力強い物語。



※以下、少しネタバレを含みますゆえ、本作未見の方はスルー推奨


 色について、もう少し記します。
 主人公の名前はフローレンス・グリーン。ゆえに、彼女はグリーン(緑)を好み、ブックショップでは殆どの場面にてその色を身につけています。そしてそれは主人公の性格や生き方にも、とてもマッチしています。
 また、植物にあたる光や風の強弱や、その質感等を駆使して主人公の心理描写はなされていますけれども、グリーン(主人公)の目に見えない心の内を、グリーン(植物の緑)にて表現する心憎い演出は、素敵だなぁと思いました。
そういえば、彼女が勝負に出る『ロリータ』の初版本の表紙もまた、グリーン。
 大抵の人はグリーンという色のイメージとして、森や植物の葉の色を思い浮かべるかもしれません。安心感やリラックス効果もあり、目にも優しく、癒し効果バツグンの色。そしてグリーンは黄色と青の合わさった色。レオ・レオニの絵本『あおくんときいろちゃん』は有名ですよね。グリーンと青と黄とは相性が良いため、本作ではその二色も良い感じにて使用されております。
 あと、グリーンは爽やかで清潔な香りを連想する色でもありますよね。例えばミントの香りとか。


 『タンポポのお酒』を読むことを、ある人がとても楽しみにしていたのに、永遠に手渡すことが出来なくなってしまい、主人公が本を抱きしめながら泣くシーン。
 本の表紙の写真と色彩、主人公の衣装と色彩が、見事にその感情や思いを表現しており素晴らしくて、心に残りました。
 泣きながら抱きしめた本はただの本ではなく、届けるはずだった人からの主人公への思いや、その本自体への思い、そして主人公からその人への思い等、様々な気持ちがギュッと詰まった結晶のようなもの・・・
 せつなくも温かく、大好きなシーンです。


 風や植物と同様に、水による「雲」「雨」「波」の表現も良かった。
まさに詩情。


 ナレーションを担当したのは、フランソワ・トリュフォーが映画化した「華氏451度」の主演女優を務めたジュリー・クリスティなのだそうです。コイシェ監督からトリュフォー作品へのオマージュ。
 本でも、映画でも、「勇気」は脈々と引き継がれてゆくものなのですね。
とても素敵なエピソードと思います。
 
 


 
 
 

この記事が参加している募集

#映画感想文

66,467件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?