見出し画像

一句一遊劇場 最終話 灼然たる生命篇


俺は刑事として、数々の事件に挑んできた。その内容は多岐に渡り、詳細に覚えていないものも多いが、その中の一つの事例は、俺にとって生涯忘れ難いものとなった。

とある企業から内部告発があり、新しい商品開発に違法薬物を使用しているという情報が入った。自生している植物を集めて、成分を抽出しているらしいのだが、その原料となる植物はその企業が直接手配しているのではなく、元締めとなる人物が横流しをしているらしいという疑いがあった。

違法薬物を扱う事例で最も危険なのは、ターゲット自身が薬物を常習し、凶暴化しているパターンである。場合によっては危険な武器を携帯しているケースも想定される。だから、こちらも銃を使用するかもしれないという心積もりが必要だった。


あの日も俺は新米の部下一人を連れて、ターゲットが潜んでいるという家の前に来ていた。もう季節は夏だと言うのに、暑い日、寒い日が交互に訪れるような毎日で、あの夜は山の方から吹き降ろす風が、肌に冷たかったと記憶している。

意を決し、部下を従えて突撃した俺だったが、ターゲットのいるリビングに到達すると、そこにあったのは緊迫感の欠片もないような、至って平和な一家団欒の光景だった。ターゲットを誤ったのではないかと自分を疑ったが、結果的には正しかった。この家の父親にあたる人物は、自宅の裏手に自生していた植物を企業側へ提供し、見返りとして多額の金銭を受け取っていたのだ。彼がその真相を吐露するのにかなりの時間を要したが、その結果分かった事は、本人が全く薬物の知識を持っておらず、企業側が扇動して、彼を唆して進めていたという事である。彼は元締めでもなんでもなく、どちらかというと企業側に利用されていたというわけだ。しかしだからと言って、罪が軽くなるわけではない。違法薬物の原料と引き換えに、金銭を得ていた事実に変わりはない。

取り調べが進み、彼が多額の金銭を必要としていた理由が分かると、俺は途端に激しい自責の念に駆られた。俺は一人の刑事として、正義心を持ってこの事案に臨んだつもりだったが、結果として、一つの罪が暴かれただけでは済まなかったのだ。

彼の目的は、難病を患う娘の手術費を確保する事だった。即ち、俺が彼を検挙した事は、その娘が助かる可能性の芽を、間接的に摘み取ってしまったに等しかった。さらに悪い事に、父親に課せられるであろう刑期は、娘に示されていた余命の期間を上回ってしまっていた。つまり、俺はこの事案を解決したことによって、一つの家族の幸せをこの手で奪ってしまったのだった。


夏が終わりかけて、秋になろうかという時期に、俺はあの家族の元を訪ねた。責務に従って行った事とは言え、どうしても罪滅ぼしがしたかったのだ。最初に話してくれた母親は、俺が家族の幸せを壊した張本人であるにもかかわらず、優しく受け入れてくれた。そして、娘が色盲を伴う難病であり、その余命は一年、なおかつ段階的に病状が進行していき、最終的には寝たきりの状態になる見通しなのだという事を教えてくれた。それを聞いた俺は、胸が張り裂ける思いで、次の瞬間には思わず、娘に会わせて欲しいと懇願していた。

俺に何かできるとは思っていたわけではない。しかし、何もしない訳にはいかなかったのだ。母親は本人に確認を取った上で、俺と娘を引き合わせてくれた。この頃には、父親の罪状や動機は明白になっていたから、家族にもそれらは周知されていて、彼女もまた、それを正確に理解していた。

彼女はまだ少女の域を出ない若さにもかかわらず、非常にしっかりした考え方を持っていた。父親が自分の生命を救う為に、犯罪に手を染めた事も、既に心の中で消化されているようだった。俺が彼を検挙した事により、家族の未来が変わってしまった事を詫びても、敵対心を顕にする事もなかった。それどころか、最初は刑事という職業を面白がって、執拗に質問攻めをしてきたくらいだ。一通り刑事の話を聞き出すと、今度は彼女の方から色んな話が次々と飛び出した。中でも最も熱量が高かったのが、母親から教えられたという俳句についてだった。

「余命って、残酷な言い方をするなら、死の宣告をされているに等しいと思う。でもそれって、残りの人生を諦めなさいと言われているんじゃないと思うの。むしろ逆なんじゃないかしら。少なくともお母さんは、私にこう言ってたわ。人生はいつ終わるか分からないのだから、毎日を楽しみなさい。見えるものを愛しなさい。風の匂いを、鳥の唄を、土の感触を、せせらぎの呟きを、あなたの言葉に置き換えて、人生に刻みなさい。あなたが捉えた世界を言葉にしなさい。それは必ず杖になるから…。母はそう言って、私に俳句を教えてくれたのよ。」

余命一年の境遇にある者から、まさかこのような言葉が飛び出すとは…。彼女の心の芯の強さにも驚かされるが、この言葉によって、彼女のポジティブさは母親譲りのものであり、母親もまた、芯の強い人間なのだと思い知らされたのだった。


夏が終わり秋になる頃には、通院する回数こそ増えてきていたが、彼女はまだ自分の足で歩くことができていた。これは、彼女が話してくれた、その時期の印象的なエピソードの一つである。


病院からの帰り道、彼女がいつもとは違う道を通ってみると、知らない神社があり、その境内には、水琴窟と呼ばれるものがあった。水琴窟とは、地中に作りだされた小さな空洞の中に水滴を落とし、その水が滴る音を空洞内で反響させて、そのなんとも言えない音の素晴らしさを味わうものなのだそうだ。音が小さいものには、それを聞くための竹筒などを設置してある場合もあり、彼女が神社で見つけたものも、筒に耳を添えて音を楽しむ構造になっていた。

筒の中から聴こえてくるのは、水が滴る音そのものであり、そこには狭い空間があるだけなのだが、彼女の感性は少し違った捉え方をしていた。それは、彼女がその時の事を詠んだ俳句を見てみると、よく分かる。


『白帝や水琴窟に地の鼓動』


白帝というのは、秋を司る神様の名だと、彼女は教えてくれた。秋という季節は、空気や水が澄んで、より美しく感じられるものらしい。水琴窟の音は、耳のすぐそばで鳴っている水の音なのだが、筒を介して聴いている事もあって、あたかも地中深くから大地の鼓動が届いたかのように、彼女には感じられたのだ。この澄んだ空気の中には神様が潜んでいて、視覚や聴覚を明瞭なものにしてくれる。神様は水琴窟の筒の中にも入ってきて、普段は到底聴こえないような音も伝えてくれているのだというのが、この句の本意であるらしい。俺はこの説明を聞いて、心底驚いた。その感性も然ることながら、季節の中に溶け込んでいる「生命力」のようなものを、彼女が捉えていたからだ。その研ぎ澄まされた五感が、彼女とこの世界を深く繋げているようだった。

その力は彼女の言葉に宿り、沈んでいた俺の心を元気づけた。この家族に対する後悔と自責の念が、彼女の言葉に触れる事によって浄化されていくかのようだった。


季節が流れて冬になっても、俺は尚、足繁く彼女の元を訪ねていた。この頃になると、彼女は投薬の影響から髪の毛が抜け落ちるようになり、体力も著しく低下してきていたので、入退院を繰り返すようになっていた。彼女に会いに行く度に、進行していく病状を目の当たりにすることになるのだが、その生命力は削がれるどころか、むしろ増幅しているようにさえ感じられた。

俺は彼女がしてくれる俳句の話に、真剣に向き合っていたから、段々と自分の感想や意見を言えるくらいにはなっていた。だからこの日も、彼女が披露してくれた冬の句を巡って、病室でディベートのようなものが繰り広げられていた。


『裸木のそうして鳥を待つ仕草』


裸木とは、冬になり落葉を済ませた木を、一糸まとわぬ姿に擬えた言い方である。

「そうして…というのは、要するに葉を全て落として、枝だけになって…という事を指しているんでしょうか、先生。」

俳句は素人同然なので、俺は彼女を『先生』と呼ぶようになっていた。彼女もそう呼ばれるのがまんざらでもないようで、少しふざけながら、わざと鼻につくような話し方をしていた。

「まあ、そう捉えて頂いて結構かと思います。ただ、俳句は余白の文学ですからね…。裸木の仕草を一つに断定するやり方でもいいんでしょうけど、『そうして…』とぼかして書く事で、読者の想像に幅を持たせる事ができていると思います。」

お互い少しずつふざけたまま、内容的には至って真面目なディベートか続いていく。

「なるほど。では、その『仕草』についてですが。主体は人ではなくで木ですから、『仕草』というよりも『姿勢』の方が相応しいのではないかと感じましたが、如何でしょうか。」

「はい。実は私も、最初は『姿勢』にしていたんです。でも、『待つ姿勢』は普通すぎて面白くない気がしたので、『待つ仕草』に変えてみました。どちらも擬人化ではありますが、『姿勢』はなんとなく想像の範囲内というか。『仕草』は一見してすぐには伝わらないけど、『そうして』という言葉から、少しずつ動きが想起されていくようになっているかと思います。それに…」

と、彼女は続けた。

「木って、生まれてから死ぬまで、そこから動くことができないでしょう。それを不自由と思っているかどうかは分からないけど、せめてゆらゆらしたり、もじもじしたり、少しくらい動いていたいものなんじゃないかしら。」


裸木という言葉からは、イメージとして枯木に似た寂しさや、虚しさを感じる。極端な言い方をすれば、生命の終わりすら連想させるモチーフだと思うのだが、彼女はそこに生命の揺らぎのようなものを見出していたようだ。木は裸になり、本当の自分を曝け出す事で、全身で他者を受け入れようとしている。彼女の感性が捉えた「仕草」には、まるで木が本当に意思を持って、鳥がやって来るのを待っているかのようなリアリティがあったのだろう。或いは、この木が抱いているであろう、生き存えてこの世界と繋がっていたいという願いのようなものを、彼女は感じ取っていたのかもしれない。

見舞いを終えて帰る際に、母親と二人になったので、この件を話した。すると、母親はこんな風に話してくれた。

「あの子、病状が進んで薬も多くなってきたから、毛髪が抜けてきたでしょう。もしかしたら裸木というものに、自分を投影しているのかもしれないわ。そう考えると、私やあなたは、あの子にとって鳥みたいな存在なんでしょうね。特にあなたといる時は、あの子たくさん喋るから…。そう、だから、あなたには感謝しかしていないの。本当にありがとう。」

謙遜している俺に、母親は少しいたずらっぽく続けた。

「今のあの子の状態で『待つ姿勢』といえば、横になるか、身体を起こしているか…くらいのものだけど、『待つ仕草』となると、どうかしら。あの子は窓越しに裸木を見ていたんでしょうけど、その窓はあの子が無意識にしていた『仕草』を、映していたのかも。男の人には分からないかもしれないけど…年頃の女の子って、そういうものなのよねぇ…。」

俺はなんだか急に小っ恥ずかしくなって、咄嗟にこう返すのがやっとだった。

「女子の事はよく分からないんで、ちょっとお兄ちゃんと話して来ます…。」

お兄ちゃんの方はサッカーに明け暮れていたから、病院で会う事はなかったし、この日も不在だった。しかしこの時ばかりは男子の味方が欲しくなって、ついつい冗談が口を突いて出てしまった。今度からは後輩を連れて来ようかと、本気で考えたものだ。

これは後になって気づいた事だが、俺が生きているこの世界は、彼女が繋がろうとしている世界でもあるのだ。そう考えると、彼女と話をするというこの単純な時間も、非常に意義深いものであると感じられた。

それからまた季節は流れて、この病院にも春が訪れた。病状が進行し、寝ていることが多かった彼女だが、車椅子を使い、中庭を散歩する事はできた。この日はお見舞いのタイミングが遅れてしまい、日も暮れかかっていたのだが、『先生』たってのご希望により、夕方の車椅子吟行に付き添うことになった。

ずいぶんと体力が落ちているようだったから、以前のようにたくさんは喋れない様子だったが、表情は相変わらず明るく、その眼はこの世界を強く見据えているように感じられた。

春になるまで気がつかなかったが、施設の西側が桜並木になっていて、中庭から一望できるようになっていた。彼女に先導されるようにして車椅子を押していくと、ベンチへ腰掛けるよう促された。彼女は黙って、春の夕焼けに映える桜の影を見遣っている。

しばらく桜を見ていた彼女だったが、徐ろにノートを取り出し、ペンで想いを書き留め、いつものように俺に差し出して来た。


『存へて、存へて、また夕桜』



俺は思わず天を仰いだ。

この句には、彼女の闘病への強い想いが込められている。俺は今にも零れ落ちそうな涙をぐっと堪え、再度視線をノートに落とし、再びその想いへ正対した。そして、なんとかして彼女の想いに応えようと、震える口元を極力落ち着かせながら、自分の想いを声に変えた。

「『存へて』のリフレインが効いてますね。昨日を存え、今日を存えた…と読む事もできるし、桜が存えて、私も存えた…と読む事もできる。そして『また夕桜』と続いていきますから、季語がちゃんと主役になれているんですよね。一回目よりも、二回目の『存へて』がズシリと効いてきます。昨日目にした夕桜を、今日もまた見ることができた。日が沈み、一日が終わるという物悲しさを受け入れつつ、明日もまたきっとこの夕桜に出会えるのだと、強く信じられる句です。」

俺の言葉に耳を傾けながらも、彼女は桜から視線を逸らすことなく、力強い眼差しのままで言葉を返してきた。

「そうですね。来年の夕桜にも、きっと出会えることでしょう。」

その瞬間、俺は自分の言葉の選択を悔いた。彼女のこの言葉は、時間を巻き戻しででも、俺が言ってやるべき言葉だった。『存へて』が指し示す時間軸を、俺が引き伸ばしてやるべきだったのだ。医学的見地から示された期間だけが、彼女の余生なのではない。

以前母親は、「私の役割は娘の余生をできる限り長くする事だ」と話してくれた。

我々にできるのは、残された時間の密度を上げ、心理的に長く感じさせるという事かもしれない。そうすることで、本人が前向きになり、逆境に打ち克とうとする意志が強まり、結果として示された期間を超えて、生き存える事ができるのではないだろうか。

もちろん、人生は永遠ではない。しかし同時に、決して一瞬でもない。彼女はこの状況にあって尚、余命の先に巡る季節を見つめている。眼の前にある世界が湛える生命力を、ことばの杖に置き換えて、彼女は生き存えているのだ。だからこそ、最も近い他者である我々が、心理的に彼女の意志に寄り添うべきなのだ。それこそが彼女の余生を引き伸ばす手助けとなるはずなのだ。俺はここに通い続ける事で、自分もその目的に貢献できているのだと、感じ始めていたところだった。

だが、医者が弾き出した期間と、日に日に進行していく病状を顧みれば、願望と現実の乖離を思わずにはいられない。俺は彼女に訪れるべき次の一年を、本人の意志と同じ熱量で想起できていなかった。だから明日の夕桜は想起できても、来年の夕桜を想う事はできなかったのだ。

彼女にポジティブさを植え付けた母親でさえ、裏ではその葛藤を口にしている。

「医者の余命宣告通りに、娘の人生が終わるわけがないですよね。でも、それを心理的に否定することはできても、物理的に跳ね返すだけの根拠はない。来年も再来年も、娘は歳を重ねていくと信じたい。しかしその心情とは裏腹に、立ちはだかる現実という大きな壁に向かって、つい悲しげな俳句を詠んでしまうんです。そんな自分が悔しいんです。」

我々は皆、本人の強い意志に反して、迫りくる運命を跳ね返す自信を持てないでいる。心底不安で仕方がないのだ。


(どうか存えて、存えて下さい。私の代わりに、またこの夕桜を見て下さい。)

もし、この句にそういう意図があったとしたら…と一瞬考えてしまい、俺は激しい自己嫌悪に苛まれた。

運命の下書きに沿って、車椅子を押しているだけの自分が腹立だしい。余命というくだらない概念の端っこを、すぐ隣の季節まで引き寄せているような気がしたからだ。



一年という余命宣告を受けてから、彼女は二度目の夏を迎えていた。幸いにもその生命が費える事はなかったものの、病状は悪化の一途を辿っており、病室のベッドから一歩も動く事はできず、声も出ないので話もままならない状態となってしまっていた。

身体の不自由さに比例して、心も病んでいくのが普通だが、彼女に関して言えば、むしろその逆だったと思う。確かに外見は弱々しく感じられたが、その眼の奥に秘められた、生き存えようとする意志は、去年の夏を凌駕しているように見えた。

いつものように病室へ入ると、彼女はなんとかして上半身を起こし、窓の外にある真っ青な空と、真っ白な入道雲を見遣っているところだった。青と白の鮮やかなコントラストが、この夏を彩る象徴のようにも思えた。彼女の眼前にある窓に、我々が見ているのと同じ世界が映っている。

部屋に入ってきた俺に気がつくと、途端にその表情が綻ぶ。そして一生懸命に何かを伝えようとして、両腕を伸ばして前に突き出している。口の動きに注目すると、声にならない言葉が、心の奥から漏れてきているのが分かった。


「ねぇ、見て。片腕だけこんなに灼けちゃったのよ!」

窓は、彼女の左側にあった。だから、病衣から覗く左腕だけが綺麗に灼けて、右腕は白いままだったのだ。両腕を並べてこちらへ突き出しているから、色の違いは一目瞭然だった。彼女は色盲だが、そのコントラストは理解できる。腕が片方だけ灼けてしまった可笑しみを、俺と共有したかったのだろう。俺は黙って頷き、彼女へ微笑み返してから、訊ねた。

「先生。きっと、素晴らしい『日焼け』の句ができたんでしょうね。」

すると、彼女は何やら不敵な笑みを浮かべている。俺はその表情の裏にある意図を察すると、傍らのノートを指差し、「見せて」と呟いた。彼女は笑ったまま、強く頷いている。


彼女がまだたくさん喋れていた頃、俺にこんな話をしてくれた事がある。

「闘病は、死から逃れるためのものではないと思う。むしろ近づいて来る死という概念を忘れてしまえるほどに、生を味わい尽くす事なんじゃないかしら。生きるという事は、自分を知る事、そして自分の生きる世界を知る事。幸い私は、残された全ての感覚を使って、季節を感じ取る事ができる。それを詩に乗せて、私が生きている世界を証明できる。

私の見ている世界は、みんなが見ているものとは違う色合いなのかもしれない。だけど、言葉を使って自分の世界を彩る術を、私は知ってる。詩を紡ぐ事で、世界という画用紙に色を差す事ができる。そうして、私と世界が繋がって、それがまた、誰かの見ている世界と重なるんだと思う。」



片腕を灼く太陽の光に、強い生命力が満ち溢れている。窓という小さな世界に、彼女の腕が一つのコントラストを生み出していた。

彼女は理解している。この太陽も、いつかは必ず翳るのだという事を。だからこそ、その光を自分の腕に集め、その記憶を詩に封じ込める。

言葉だけが永遠だと、知っているからだ。

俺はノートに目を移し、そこに記された一番新しい句と向き合った。灼然たる生命の結晶が、刹那の輝きをもって封じ込められている。彼女は自身の言葉で、その生命とこの世界の接点を証明したのである。

再び顔を上げるとそこには、表情の全てに夏の陽の光を湛えた、満面の笑みがあった。

力強く、尊い、太陽のようなあの笑顔を、俺は生涯忘れる事はない。




『灼けた病窓に差し色めく腕』

































一句一遊劇場 灼然たる生命篇【完】


企画、執筆 … 恵勇
画像協力 … 森中ことり(敬称略)


一句一遊劇場 物語の起点はコチラ↓


 ☆過去作品のご紹介☆


【句養物語 流れ星篇】

没句を編纂した物語の起点

【句養物語リプライズ】

作品の読後企画の返礼ショートショート

※全5話の目次にあたるページ

【巣立鳥】

鳥とか俳句とか出てくる嘘みたいな実話


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?