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一句一遊劇場 哀傷のやませ篇


我が家は貧乏である。しかし、貧乏には貧乏なりの、幸福がある。

例えば我が家では、家の裏手で筍が採れる。その筍を使った炊き込みご飯は、何よりのご馳走なのだ。今夜も母はその仕込みに追われている。

父はどの仕事にも馴染めず、職を転々としてきたが、家計の足しになればと、数年前に家のそばで家庭菜園のようなものを始めた。その裏手に竹林があり、筍は今年もたくさん採れたのだが、家庭菜園の方はめっぽう不作であった。

筍のアク抜きをしながら、母はいつもと同じ事を呟く。

「お父さんったら、また舌打ちばかりして…」

父には、すぐ舌打ちをする癖があるのだ。

山の方から冷たい風が吹いてくるのだが、今年はそれがかなり酷くて、作物に影響を及ぼしているらしい。少ない金額とはいえ、収入を補う目的があるのだから、父の機嫌が悪いのも頷ける。

しかし、母は何かを感じ取っているようだ。最近は舌打ちの数があまりにも多すぎる、冷害の他にも、何か嫌な事でも起きるのではないか…と懸念しているのだ。母は趣味で俳句をやっていて、たまに感想を求められるのだが、そういえば最近、その作風もなんだか不穏なものが多くなってきている。

我が家にとっては、筍飯が美味しいだけでも充分幸せな事だと思う。しかし、日常が崩れる時というのは、いつも突然だ。あって当然のものが、唐突に奪われる。

窓から吹き込んで来る隙間風が、いつもより半音低いような気がした。母の俳句ノートのページがめくれて、一行の詩が目に飛び込んで来る。

『舌打ちはみづの死ぬ音やませ来る』


一句一遊劇場 哀傷のやませ篇 【完】

企画・執筆・俳句 … 恵勇

画像提供 … 森中ことり
(敬称略)


一句一遊劇場 運命のミサンガ篇


☆過去作品のご紹介☆

【句養物語 流れ星篇】
没句を編纂した物語の起点


【句養物語リプライズ】

作品の読後企画の返礼ショートショート
※全5話の目次にあたるページ


【巣立鳥】
鳥とか俳句とか出てくる嘘みたいな実話


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