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MATERNITY-YELLOW【短編小説】

ゆうちゃん
ゆうちゃんはね、あたしをサンタクロースにしてくれた。
先生にしてくれた。
神様にしてくれた。

1才3ヶ月のとき、ゆうちゃん、あたしのこと"ママ"って呼んだよね。それなのにすぐ"おかあさん"に直して御免なさい。あたしね、少女のときから、自分の子におかあさんって呼ばれるの夢見てたのよ。許してね。

今日はね、ゆうちゃんにひとつ言わなくちゃいけないことがある。

ゆうちゃんが小学校にあがったとき、だから2年前ね、ゆうちゃんのお父さんは、ゆうちゃんが生まれるまえに交通事故で亡くなったってお話したでしょう。でもね、本当は、ゆうちゃんのお父さんは死んでない。いまもどこかで、生きてると思う。

ゆうちゃんの魂があたしの胎内に咲いたと知ったとき、全てが、うん、全てが、収まるべき場所に収まった気がしたの。ゆうちゃんがいればあたし、全部完璧に思えた。そうね。だからあたし、ゆうちゃんのお父さんのこと必要なくなっちゃったの。あたしの胎内にゆうちゃんという存在が誕生した瞬間、それまで深く深く愛していたはずの彼が、急に味気のない他人のように思えた。

あたしはあなたと2人、まだそのときは1人だけど、新幹線に飛び乗った。そのときお付き合いしていた彼を置いてね。そう、あたしたちはまだ婚約すらしていなかった。だから彼もあたしを探すに探せなかったのね。あたしは絵描きだから、世界中どこへだって行くことができたのよ。

酷いって言われるかもしれないけれど、その決断はあたしにとって自然すぎるくらい自然なことだった。川の水が上流から下流に流れてゆくのと同じように、あたしの本能はゆうちゃんと世界で2人だけになることを求め、あたしはそれに従った。それだけよ。あたし、あのとき新幹線の窓から見た景色を忘れられない。世界が見たことないくらい鮮やかで、可笑しくてクスクス笑っちゃったんだから。

そしてあなたが産まれた。神様って意地悪ね。あたしゆうちゃんに会いたくてたまらなかったのに、出産予定日から10日も遅れたのよ。でも、それから毎日、本当に毎日あたし幸せだった。

いま振り返るとね、あたし、ゆうちゃんは彼とのセックスで産まれたんじゃないかもしれないと思ってるの。あたしが、あたしの強烈な思いがゆうちゃんという生命を作り出した。ゆうちゃんは特別な人間よ。きっとそんな風に産まれた子ども、世界にあなたしかいないんだから。

さあ、世界に1人しかいない特別なゆうちゃん、今日もがんばって行ってらっしゃい。愛してるわ、心から。


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