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お姉ちゃんは汽車に乗った【短編小説】

お姉ちゃんが使ったあとの脱衣所は桃の香りがする。
扉を開けた瞬間、薄桃色の空気がくすぶり出してくるのが見えるみたいだ。
僕はいけないことをしているみたいな気持ちになったから、急いで歯ブラシを取って扉を閉めた。

僕は16でお姉ちゃんは25。
お姉ちゃんは、もうすぐ結婚する。

お姉ちゃんはいつも優しかった。僕からしたら、まるでお母さんが2人いるみたいだったんだ。

お姉ちゃんが婚約相手を家に連れてきたとき、お姉ちゃんは、僕の知らない顔で婚約相手を見上げていた。その瞬間に、僕とお姉ちゃんの16年が、出会って3、4年しか経っていない男の人に超えられてしまったことを知った。だからといってお姉ちゃんを恋愛的な意味で好きなわけじゃないことはわかってほしい。でも、僕の知らない間に、僕のお姉ちゃんの人生が進んでいたこと。それに初めて気づいた衝撃は、結構大きかったんだよ。僕は鈍感だから、お姉ちゃんに彼氏がいることだって知らなかったんだ。

お姉ちゃんはもう、“ウチの人間”じゃないらしい。それを聞いて僕は、お姉ちゃんが婚約相手と一緒に、汽車に乗って遠くに去っていく様子を思い浮かべた。大きな汽笛。別れの合図。鉛色の煙。戦争映画の見過ぎかな。本当は汽車になんて乗らない。乗るのは婚約相手が運転する軽自動車だから。

お姉ちゃん、そっちでも幸せになってね。僕はお姉ちゃんの幸せを心から願っています。
そうだ、僕は18になったら自動車の教習所に通おうと思う。そのためのお金を貯めはじめているよ。お母さんはアルバイトに反対しているけど、目標があるから楽しい。
それじゃあ、またね。

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