見出し画像

品格や礼儀正しさを感じる瞬間

紳士淑女(しんししゅくじょ)
→ 品格があって、礼儀正しい男性と女性のこと。

私は移動することが多いという自負があるのだが、その都度、たくさんの人とすれ違っている。

もちろん、大半の人は知らない人で二度と会うこともないわけだが、実に様々な人がいることを実感する。

そして、ときに出会うのが品格があるなという人だ。

言語化することが難しいのだが、ただただ私が個人的に感じ取る雰囲気によるものなのだが、なぜそんな風に感じさせてくれるのだろうか。

その雰囲気を醸し出すことにある意味で憧れがあるのだろう。

だからこそ感じ取る空気感について、語ってみようと思う。

品格とは?

とその前に、そもそも品格とはどういうものなのだろうか。

品格とは、一般的には人の内面的な資質や性格を表す言葉で、倫理的な価値観、思考パターン、行動様式などを総合的に指す。

その人がどのように行動し、他人に対してどのように振る舞うか、またはどのように自己を表現するかといった要素を含んでいるものだ。

また、品格は見えない部分も大切な要素で、その人がどのように世界や他人を見て、どのような価値観を持ち、どのような感情を抱き、どのような道徳的判断をするかも含まれる。

それから、品格にはその人がどのように挫折や困難に対処するかといった、レジリエンス = 逆境に強い心も含まれる。

さらに、品格はその人の雰囲気やオーラといった抽象的な部分にも関わってくる。

品格のある人は、その思考や行動、感情が一貫性を持っており、その結果として特有の雰囲気やオーラを放つことがあるわけだ。

そのため、品格は行動や振る舞いだけでなく、人を取り巻く抽象的な雰囲気にも影響を与える。

つまり、品格があるという一言にはパッと見てそう感じさせる部分とその裏側の部分があるわけだ。

品格があるという評価基準

それでは、具体的に人はどういう基準で品格があると判断するのだろうか。

誠実

まず筆頭にくるのが、人々が語ることを信じ、約束を守ることは、誠実さと品格の象徴だろう。

また、嘘をつかないという行動も誠実さを示すのに欠かせないはずだ。

敬意

そして、他人に対する敬意を表現することは、品格の一部だといえるだろう。

人々の意見を尊重し、適切にリスペクトを示す行動がこれに該当するが、リスペクトを自然にできる人は案外少ないのも事実だ。

自己制御

感情の自己制御も品格の一部だ。

困難な状況でも冷静さを保つ能力は、自己制御力と成熟した品格を示すのに欠かせない。

公平性

公平に行動し、自分自身に都合の良い状況だけでなく不利な状況でも公正な判断を下すことは、品格を感じさせる。

つい人は自分を優位な立場に持っていきがちだが、そこを抑制するという感覚もなく自然に公平性を保てる人は品格があるひとだろう。

感謝

小さなことでも感謝の意を表現することは、謙虚さと品格を示す行動だ。

ありがとうの一言が自然に出るだけで、その人の品格が評価されることは間違いないだろう。

援助

当然だが、他人が困っているときに手を差し伸べる意思や行動は、思いやりと共感心を表し、品格があると感じさせる。

また、ただ援助するだけでなく、その方法によって品格を感じ方が異なってくるだろう。

責任感

自身の行動に対する責任を認め、必要な場合には謝罪することも、品格の一部だ。

素直に謝ることができるということも品格においては重要な要素というわけだ。

そして、もっと純粋に外見についても、清潔感があり、適切に身だしなみを整えていることは、自分自身に対する尊重と品格を示すことができる。

注意深く服を選び、体調管理をきちんと行うなど、自己管理に努めることも重要で、最低限のマナーと言っても過言ではないかもしれない。

こういった要素が、品格を感じさせる内面的な要素と外見的な要素を両方カバーしているということになる。

品格が積み上がるとき

より具体的に品格が積み上がっていく場面を想定しておこう。

過去の行動

私は過去にとらわれず、未来を楽しむために現在を大切に過ごすことの重要性は何度も説いている。

ただ、人は過去の行動によって評価される場合が多いのも事実だ。

その人が過去にどのような行動を取ったか、どのような決断を下したかを見ることで、その人の品格をある程度理解することができるとなるわけだ。

現在進行系の部分はなかなか評価されにくいところがあるということは理解しておいた方がいいということを伝えたい。

困難な状況での振る舞い

人の真の品格は、困難な状況やプレッシャーがかかったときに最もよく現れる。

そのような状況でどのように振る舞うかを観察することで、その人の品格について深く理解することができる。

ピンチのときの方が本音が出るといったところだろう。

他人への接し方

他人とどのように接するか、その人の品格を示す重要なエビデンスになる。

特にその人がサービス業者や部下など、自分よりも社会的地位が低いとされる人々に対してどのように振る舞うかを観察することは、その人の真の性格を理解する良い方法だ。

ふとした瞬間にその人の本質が出てしまうというわけだ。

自己開示

自己の欠点や過去の失敗を他人に対して開示する勇気は、高い自己認識と誠実さを示し、品格があると評価されることが多い。

自分の弱点というか汚点だと思っていることを包み隠さずに話してくれる人は信用されるだろう。

コミュニケーションスタイル

話し方やメッセージの伝え方も、その人の品格についての手がかりを提供しているといえる。

尊敬の念を示し、他人の視点を理解し、対話を通じて解決策を見つけようとする姿勢は、品格があると評価される。

言葉のチョイスも重要になる部分だろう。

品格があると感じた瞬間

ということで、私自身が品格があると感じた瞬間を書いていこう。

一般的に品格を感じる場面は大人に対してだと思うのだが、私は子どもから品格を学んだ瞬間がある。

それは、◯◯さんという名前を会話の節々に入れることだ。

例えば、私の名前は植田 振一郎なので、植田さんという名前を会話の中に入れ込むことで、その人は私と会話しているんだということを自然と意識付けられるというわけだ。

これが最も効果を発揮する瞬間が、挨拶の場面だ。

ただただ「おはようございます」とか「ありがとうございます」というだけでも十分に品格があるの分野に当てはまると思うのだが、その前に◯◯さんを入れるのだ。

つまり、「植田さん、おはようございます」とか「植田さん、ありがとうございます」の言葉になるだけで、全く印象が変わるというものだ。

これが当たり前のようにできている人は、愛嬌があるという印象を与えるし、なによりも育ちがいいと感じさせてくれる。

私が得たこの学びは比較的最近のことで、しかも小学生からだということは書いておきたい。

そして、それからというもの、私も極力そうするように心がけている。

まとめ

この人は品格があるなと思わせてくれるエピソードは他にもある。

それは、私のような人間であっても気さくに話しかけてくれる人に遭遇したときだ。

私はよく話しかけるなというオーラを出していると言われる。

もちろん、あえてそうしているときもあるのだが、そんなに四六時中気を張っているはずがない。

見た目も別に品格がある方ではないし、言葉遣いだってキレイではない。

育ちがいいとも思えないし、交友関係が広くもなく、むしろ閉鎖的な部分も大いにある、まあ言ってみればどうしようもない側の人間だ。

そんな私にも飛行機や新幹線の移動中に笑顔で話しかけてくれる人はいる。

そういう人はなんの損得勘定もなく、当たり前にただただ私に他愛のない話をしているだけなのだろうが、私にはそれができなかったりする。

「その靴、可愛いわね」とか「その服、オシャレだね」といった感じで全くの初対面にも関わらず、なんの嫌味もなくスッと入ってこれる人がいる。

誤解なきように書いておくが、別に自分を褒めて欲しいとかそういうことを言っているのではない。

品格があると思わせてくれる人は、嫌味なく誰にでも愛情を注げる人なのではないかということを主張している。

なぜなら、品格がない私にとって、そういう人はどこか憧れの目で見ているところがあるから、返ってそういう人たちの言動は目立つし、そういう人たちに触れるのが心地良いからだ。

後発的に品格がある側にいけるのであれば、そうありたいものだ。


【Twitterのフォローをお願いします】

植田 振一郎 Twitter

株式会社stakは機能拡張・モジュール型IoTデバイス「stak(すたっく)」の企画開発・販売・運営をしている会社。 そのCEOである植田 振一郎のハッタリと嘘の狭間にある本音を届けます。