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自分が培ってきた価値観と、変革する社会

映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』を観た。
それ以来、三島由紀夫という人の事が頭から離れない。

ぼくはインテリでもないし、三島由紀夫の文学も有名なもの数作程度しか読んでいないので、とてもじゃないけど三島由紀夫という人を捉えられているとは思っていない。

ただ、三島由紀夫という人が抱えていた葛藤の中に、今現在ぼく自身が感じている問題意識に通じている点がある様に思えた。
もちろん、それは同じ次元で語るにはあまりにレベルの違うものだとは認識している。

三島由紀夫という人の抱えていた葛藤

これはこの映画やその他の書籍、資料でもよく語られている事である。
彼はその青春時代を太平洋戦争と共に過ごしている。
1945年に終戦を迎える年に20歳になった。
当時の様子を振り返って彼はこう話している。

https://www.youtube.com/watch?v=C5Y3fpHg45U

「今まで自分の生きてきた世界が、このままどこへ向かって変わっていくのか、それが不思議でたまらなかった。
 そして戦争が済んだら、あるいは戦争に負けたら、この世界が崩壊するはずであるのに、まだ周りの木々の緑が、濃い夏の光を浴びている。
 これからも何度も、あの8月15日の夏の木々を照らしていた激しい日光−その時点を境に一つも変わらなかった日光は、私の心の中にずっと続いていくのだろうと思います。」

実際はもう少し長いインタビューだが、これだけ抜粋しても美しい言葉だと思う。

彼が青春時代を過ごした戦時中、男子の若者たちは、天皇と御国の為に戦い死ぬ事が名誉であり、それ以外に自分の命を消費する道はないのだと教えられていた。
そして、周りの同世代の若者たちは実際に命を散らして行った。
三島氏本人は、出征できず、これがまた本人の人生に暗い影を落とした要因になっている。

「自分は死に損なった」
という思いと共に戦争が終わり、日本という国は今まで受けてきた教育や文化とは全く違った方向へ舵を切っていく。

自我を形成する青年期に培ったものが、全てひっくり返されていく事の戸惑いと葛藤は想像を絶する。
これは三島由紀夫だけでなく、当時の日本に生きていた人々全員に当てはまるものなのだと思う。

三島由紀夫のもがき

これは映画でも言及されていたが、そんな葛藤を抱えながらも、三島由紀夫は必死で現代社会に適応していこうと、もがいていたのではないかと思われる。

「二十歳ではやくも 時代おくれになつてしまつた自分を発見した」
                       ー「私の遍歴時代」

日本は戦後から、経済復興が急速に進み、経済大国への道を進んでいた。
三島氏もそんな中で多くの名作を生み出していく。

ただやはり文字通り、8月15日のあの日光は三島氏の中で消えてはいなかったのだと容易に想像がつく。
もちろん、その道中で一体どれほどの葛藤や思索があったのかは、ぼく程度ではわかるわけもないのだけれど、変わっていく日本という国を受け入れられずに危機感を膨らませて行ったのは間違いない。

40歳くらいを境に大きくまた舵を切っている様に感じる。
そして民族派の学生たちと触れる事で、覚悟を固め、民兵組織“楯の会”を設立する。
学生たちの覚悟や思いの中にかつての自分を重ねたのかもしれない。

三島氏はその後、日本という国に檄を届けるため、自らの腹を斬った。

現代のぼくたち

ぼくはこの三島由紀夫の葛藤を、他人事として見れなかった。
全く次元が違うけれど。

ぼくは1984年生まれだ。
団塊ジュニアだとか就職氷河期だとか言われる世代の最後だと言える。
父は団塊世代の少し下で、高校時代に学生運動に憧れ、大学生になる頃にはすでに運動が下火になっていた。
そこで燃焼しきれなかったせいなのか、父は15年ほど前に仕事を辞め、働きもせずに新聞に投書をしたり映画を観たりしている。
母も当時は多少運動に参加していた時期もあるらしいが、看護学校に通い成人後は看護師として毎日真面目に働いて今に至っている。

ぼく自身は、若い頃は毎日まじめに会社に勤めるなんてクソだ、と思っていた。
映画や映像関係の仕事をし、親からは「水商売だ」と言われて心配かけたが、気にもしていなかったしそうする事がカッコよいと思っていた。
でも現実はそう甘くはなかった。
やはり会社に所属して働く事でしか生きて来れなかったし、それで母が安心したのを感じた。

よくよく考えてみると、母の影響は強いのだと思う。
特に父が仕事をしなくなって、母に苦労をかけはじめてからはそういう思いが強くなった。

いつの間にか自分の価値観は、
「毎日会社に勤めてまじめに働く事」
「労働者として、お金はなくても人を騙したり利用したりせずに生きる事」
「仕事こそがその人の価値であり、働く事が生きる事である」
というものになっていた。

しかし、その感覚がどこか時代遅れなんだろうという事は感じていた。
でもそれでもまぁ良いと開き直っていたのかもしれない。

だが、新型コロナウィルスが発生した事で、世界は加速度的に変革を余儀なくされ、ぼく自身も大きな岐路に立たされていると感じる。

「イノベーション」だとか、
「会社組織という物への幻想は崩壊した」だとか、
「これからは真面目である事よりも面白い事が大事だ」的な、
言葉が溢れ出している。
というよりも、ぼく自身がそういう言葉に触れる機会が増えたのだと思う。

ぼく自身は、決して保守派ではないし、そうありたいとも思っていない。
社会は変わっていく物だし、そうする事でより便利で楽しい時代が来る事を望んでいる。
そして出来れば自分もそれに合わせて変わっていきたいと思っている。

だが、何かぼくをつなぎ止めている見えない鎖があるのを感じている。
それは変わることへの恐怖なのかもしれないし、不安なのかもしれない。

いずれにせよ、人格を形成してきた時代に教えられてきたものとは全く違ったものが求められている様に感じているのだ。
真面目に学校に通い、宿題を誰よりも頑張り、先生や友達や親に認められる事が喜びだったし、それが価値だった。
その感覚は多分、今はあまり役に立たなくなった。

今はむしろ、
「誰に変だと言われても恐れずに自分を信じて新しいことをせよ!」
という方が価値のある時代だと思う。

幼少期や青年期に培った感覚や価値観がこれほど重くのしかかってくるとは思っていなかった。
歳を取るというのはこういうことなのか。
これまで培ってきた物は「古い」とか「間違っている」とかって簡単に斬って捨てられるものではない。
それはイコール自分の人生を否定することになってしまう。

三島由紀夫は変革していくこの国を憂い、自決を選択した。
ぼくの思いはそれに比べれば圧倒的に自己の粋を出ないものだし、次元も違うけれど、今の変革に同じ様に着いていけていない人たちがいるのではないだろうか。
そういうぼくの様な人間はこのまま時代の敗者として消えていくしかないのか。

例え必死に自分を変えて社会に適応していったところで、果たして年齢を重ねた時にそのままで入れるのだろうか。
行き着く先は10代の頃の自分、という結末が待っていそうな気がしている。

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