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呼吸で今を繋ぐ。

“呼吸ができるのはなんと気持ち良いのだろう〜!”

今日もヨガにてそんな体感を味わっていたら、呼吸について改めて書きたくなったので今日は私の解釈で呼吸の話しをしていきたいと思います。

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「ヨガは呼吸ができてこそのもので、
呼吸が止まったらそれはもはやヨガではない」

と私は思っています。
(厳密にいうと呼吸がコントロールできなくなったら)


ヨガでは呼吸のことを “プラーナヤーマ”と呼び、ヨガの大事な概念の一つであり実践であると考えられています。


プラーナは “生命エネルギー”という意味があり、この世の全てのものを作る元(素、もしくは力)みたいなもので、そのプラーナが停滞することなく巡るからこそ万物が存在することができるといわれています。

もちろん人間も例外ではなく、人間はこのプラーナの循環を呼吸で行なっています。そのプラーナの循環がうまくいくようにコントロールすることがこのプラーナヤーマ(呼吸)というものなのです。

なので、呼吸が止まるような(コントロールが奪われるような)激しい運動や動作を私は基本的にヨガのクラスでは採用していません。呼吸ができることが大前提だと思っているからです。

これは流派の違いや好みもありますので一概に正解というものはないのかもしれませんが、私はこの解釈が好きでこれを基にヨガを行っています。

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「心が乱れると呼吸が乱れる」というのはみなさんよくご存知のことかと思いますが「呼吸が乱れると心も乱れ」ます。

心(感情)は呼吸を変化させますが、呼吸もまた逆に心を変化させます。これは精神論的な話ではなく、人間の身体の仕組みとしてそうなっています。

ヨガの目的はそもそも「チッタ・ヴリッティ・ニローダハ:心の作用を止滅させる」ことであり、上に書いたように「呼吸を整えることで心を整える」ことがヨガのとても大きな柱の一つとなっています。


さてさて、ちょっと堅苦しく?呼吸について語ってきましたが、みなさんは今ちゃんと息をしていますでしょうか?

思考・心・身体。

思考や心は過去や未来に行ったり来たりできますが、身体だけは今にしか存在できません。

呼吸に意識を向けていくことは、
身体に意識を向けていくことであり

身体に意識が向くことは、
今に意識が向くこと。

今に意識が向いている人は、
この瞬間、確かに強く存在できます。
確かに強く存在していると感じられます。



四六時中呼吸に意識を向けろ
と極端なことを言っているのではなくて、

オートマチックな呼吸への信頼ももちろん大事ですが、たまにミッション式に息をして思考や心が生み出す波を凪にするといいのではと思います。


そしてやっぱりその凪の中で、自分で自分を強く感じられたら、もっと毎日楽しい気がするのです。

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