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【2日目】ママチャリで四国ひとり旅 寂しさと本

うどんバカの国

 朝11頃、目を覚ますとネットカフェの個室にいた。早朝の5時にジャンボフェリーが高松の港について、ほとんど寝られなかった俺は町の中心部に行く体力すらなく、すぐ近くにあった快活クラブに逃げ込んだのであった。確かモーニングが無料だったような気がして受付に行ってみたが、モーニングは10時半で終わりのようだった。ネットカフェで食べる朝ごはんなんかこっちから願い下げだ!と意地を張って、荷物をまとめて外へ出た。海が近くて寒い。

 とりあえず高松の中心街に行ってみようと自転車にまたがりペダルを漕ぐと、左膝が既に痛い。きっと、大阪ー神戸間をハリキリすぎたんだろう。先は長いんだから、急ぎ過ぎないペースを保ちたい。しかしそれにしてもさっきから飲食店がうどん屋しかない。進めど進めど、うどん屋。知らないうちに元来た道に戻ってるのか?RPGによくある、迷いの森みたいな感覚になる。「もうお昼の時間だしここはひとつ、讃岐うどんを食べに行ってみるか。」と思い、ネットでうどん屋を探すと、ものの2kmほど先に『手打十段うどん バカ一代』という有名店があることを発見した。あなたら香川県民がうどんバカなのはよく分かりました。

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 店の前に着くと、ランチタイムピークなこともあってか、少しだけ列ができている。中を見てみると、うどんバカ達がひしめき合ってうどんをすすっている。芸能人のサイン色紙も、驚くくらいの量が飾ってある。最後尾に接続して、ネットで口コミを見ていると、「ここの一番人気メニューは釜バターうどん」と書いてある。美味そう!食べたい!読み進めると「しかし釜バターうどんを注文するのは観光客ばかり。通は冷やかけうどん。」と書いてある。う、うん、俺もそう思うぜ。コシが命の讃岐うどんだろ。冷たいの食わなくちゃ。俺はその辺の観光客とは一味違うぜ。我が物顔で「冷やかけうどん、一つください。」と注文した。

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 出てきたうどんを見て驚いた。量が多すぎる。写真じゃ量が伝わりづらいかもしれないが、どんぶりに箸を入れてみると、俺がいつも家で食ってる冷凍うどん3玉分くらいの重量がある。中サイズでこれ?周りを見てもみんな、俺と同じサイズ、もしくはそれ以上の量を食べている。この量を食べるうどんバカ達にも驚きだし、一体どれだけのマンパワーを使って、この量のうどんを踏んでいるのかと疑問に思った。このうどん屋の厨房奥に、大量の香川県民が強制収用されていて、劣悪な労働環境でうどん生地を踏み続けているのだろうか。いつかうどん一揆でも起きるんじゃないかと心配になった。冷やかけうどんはすごく美味しかった。やっぱり冷やにしておいてよかった。強いコシと、モチっとした食感が両立している。だらしない彼氏を甘やかし過ぎず、時には「しっかりしてよ」と喝を入れることもあるが、おっぱいを吸う時は頭を撫でてくれる彼女、みたいなうどんだった。しかしやはり、両隣の観光客が食べている釜バターうどんも美味しそうな匂いだなあ〜。小さな後悔が残る。

寂しさと本

 さて今からどうしたものか。特にこれから一週間の予定があるわけでもない。今日は膝も痛むことだし、高松市を観光してみようかなと思った。ネットで軽く調べたところ女木島の「鬼ヶ島大洞窟」が気になった。桃太郎伝説で有名な洞窟らしい。冒険っぽくていいじゃん。ただいま1時前。2時に港から、高松→女木島→男木島、を進む船が出る。それに乗ろう。来た時とは違う港に向かい、自転車を置く。

 荷物が多いからどこかに預けたいな、と思った。一週間分の衣服を背負っている。港にいたジジイに「荷物を預けるところはありますか?」と聞いたところ、「あそこを曲がって入った待合所にコインロッカーがある。だけどその大荷物じゃ入らない。」と言われた。なんか歯抜けのジジイにそう言われてムッとしてしまった俺はコインロッカーに向かい、試行錯誤して荷物を押し込んだけれど、やっぱり入らなかった。入らないと言われたんだから入らないよな。背負って行くしかない。

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 船に乗りこむ。15分ほどで女木島に着くだろう。俺は座席に座って、大阪でスマホにダウンロードしてきた『Mー1グランプリ2018』を見はじめた。霜降り明星が優勝した年の。見取り図、スーパーマラドーナ、かまいたちのネタを見てクスクス笑う。続いてジャルジャルの出番、この年の1回戦のネタ『国名分けっこ』はすごく好きだった。漫才というスタイルに囚われないネタで、案の定、上沼恵美子からは酷評を受けていて、それもまた面白い。

 ジャルジャルの漫才は常に新しいよな〜。と思って窓の外を見ると、船は鬼ヶ島大洞窟のある女木島から少しずつ離れ、男木島に向かい始めていた。ハッ。乗り過ごした。

 一瞬焦ったけれど、特に予定のない旅だし、まあいいか。すぐに切り替えて男木島の事をネットで調べると少し困った。「猫の島」らしい。猫がそこら中にいる。猫とは触れ合えない。俺は猫アレルギーなのだ。どうしたもんかなあ、と思う俺を乗せて船はグングンと男木島へ進む。一旦、考える事をやめてMー1グランプリの続きを見た。

 男木島で船を降りた。何にもないなあ。やっぱり女木島の方が観光地向けな雰囲気はあった。帰りの船は2時間後。どう時間を潰そうか。地図を見てみると、30分ほど歩いた向こうに海水浴場があるらしい。その方向に歩き始めた。道中、至る所で猫が丸まっている。陶器の箸置きみたいになっている。ごめんな、お前のことが嫌いなわけじゃないんだけど、体質のせいで近寄れないんだ。でもよく見ると別に、近寄って欲しくもなさそうだな。

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 何もない道を歩いて行くと、波が打つ砂浜が見えてきた。波の音はやっぱり落ち着く。俺は海に入るのが好きじゃないんだけど、海の近くは好きだ。海が見える場所でボーッとするのが好きだ。潮でベタベタする髪も悪くない。ちょっと、自分に酔ってるかも。海でボーッとしている俺を、知り合いが見たら「酔ってんなあ!」と笑うかもしれない。でも俺が俺に酔っていることを、目の前の大きな海は気にしない。

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 海岸に座ってボーッとしていると、もの凄く寂しかった。あれだけ人が嫌い、集団行動が苦手、人を見たくない、と言っていた俺はどこにいったのだろうか。するとバイトの先輩からメッセージが届いた。

「旅の道中のところ申し訳ないけど、朝井リョウの『時をかけるゆとり』読んでみて」

 あ!そういや俺、一冊だけ本を持って来てた!先輩のメッセージで思い出しました。その本を先に今、読んでから『時をかけるゆとり』に手をつけようと思う(12月3日現在、本屋の前を通るたびに入っては探している)。

 持って来た本はオードリー若林の『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』。ずっと前から友達に借りていたんだ。ひとり旅の本らしいから、ちょうど良い。岩に打つ波しぶきがかかりそうなくらい、出っぱった海岸で、その本を読みだした。海の目の前で本を読む俺、ちょっとアンニュイでいいな、と思った。

 本を読みだすと、寂しさが薄れていった。若林と二人きりで話している気分になった。本って得てして、そういうものなのかもしれない。昨日だって俺は寂しくて誰かに連絡したくなったけれど、いつ何時でも俺の相手をしてくれる人間なんかいない。みんな自分の人生に精一杯だ。人に甘えてばかりいられない。それがすごく寂しかったんだけど、本にはいつでも頼ってもいい。俺が本を買った時点で(借り物だが)、その本は俺にだけ語りかけてくれる。一対一だ。本に気を使う必要はない。面白くなかったら読まなきゃ良いだけ。好きなら何回読んでもいい。俺は読書が苦手だけど、寂しい時間が足りなかっただけなのかもしれない。「読書家は、みんな寂しい人間たちなんだなあ」と曲解した。俺は見知らぬ海の前で、寂しさを紛らわせるために集中して本を読んだ。その瞬間、俺はひとりではなかった。そして自分に酔いしれた。俺が苦手な読書に勤しむには、自分に酔える場所が必要だということも、よくわかった。

 17時、高松に帰る船に乗った。鬼ヶ島大洞窟はこの島にはなかったが、一つ、読書に対して理解を深めることができた。戻って来た高松は、俺が住む大阪ほどではないが、煌びやからな街の光を発していた。

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翌朝、君は先に出て行った

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