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【5日目】ママチャリで四国ひとり旅 禊ウォーキング

禊ウォーキング

 朝9時、オンタイマーによって自動でテレビ電源がつき、情報番組が流れる。アナウンサーやコメンテーターの声で徐々に目を覚ますのは、案外気分が良い。俺は先輩の部屋で起床した。この旅で一番ぐっすり眠れた夜だった。俺も先輩も寝起きが良く、二度寝をすることもなくムクッと起き上がって活動を始めた。先輩は俺の服をついでに洗濯しておいてくれると言う。夕方までには乾くから観光でもしておいで、桂浜が綺麗やで、とのこと。社会人の先輩のせっかくの休日を邪魔するのも申し訳ないし、早めに家を出てしまおうと思う。桂浜までは13kmほど。バスで行くのが良いと聞いたのだが、俺の中にはひとつ引っかかりがあった。

「ママチャリ旅でもなんでもねえなコレ。」

 元から「記事を書く」ことに重点を置いた旅ではあるけれど、高知県までバスで来てしまい、少なからず負い目を感じていた。

「歩くか。」

 誰に責められたわけでもないけれど、神様、僕は禊ウォーキングをします。大した距離でもないですが、こんな僕を許してください。先輩は「え?チャリ貸すで?」と言ってくれているが頑なに遠慮し、「行ってきます!洗濯お願いします!」と家を飛び出た。徳島駅に帰るバスは17時半。なんとかそれまでに帰ってきたい。

ひろめ市場で指をくわえる

 きっと3,4時間歩けば桂浜に着くだろう。桂浜に何があるのかは知らない。ただ、海があることは確かだ。海に沿って歩けばいつかは着くだろう。ひとまず、その前に市場を見に行くことにした。『ひろめ市場』は高知駅近くの海鮮市場、観光客で賑わっていた。

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 市場内の食堂では「鰹のタタキ定食」「ウツボの唐揚げ丼」の看板に目を惹かれるが、お金がないのでご飯は1日2食に抑えたい。ここでの朝ごはんは我慢。アワビのお造り、サザエのお造りや、変わったお酒のアテが市場には並んでおり、朝ごはん飛んで飲酒欲まで湧き出てきたが、贅沢していられない。この旅、俺はほとんどの食事を安い牛丼で済ませている。徳島では性欲と戦い、高知では食欲と戦う。そろそろ坊主の一次試験くらいは通るんじゃないかと思う。結局ひろめ市場では何も食べず、鰹のタタキを食べている観光客を見ては、昨日先輩にご馳走してもらった鰹のタタキの面影を探して、歯の裏など口内をただ舐めていた。

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横山隆一記念まんが館

 桂浜へ向かう道へと戻ると、今度はある看板が目に入った。この絵柄、懐かしい。西原理恵子だ。小学生の頃から『毎日かあさん』が大好きだった。そういえば西原理恵子は高知県出身だった。高知県時代のエピソードをいくつかエッセイで読んだことがあった。『横山隆一記念まんが館』がこの近くにあるらしい。横山隆一は存じ上げなかったが、立ち寄ってみることにした。

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 横山隆一という有名な古い漫画家の展示がメイン。古い漫画ねえ、センスが合うかしら、とあまり期待せずに入ったものの、これがシンプルで中々面白い。1コマの漫画もあり、撮影可能だったのでいくつか載せておく。

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 期間限定で、4コマ漫画の公募作品の展示もあり、植田まさしの4コマ漫画を狂ったように読んでいた小学生時代を思い出す。『かりあげクン』『コボちゃん』『おとぼけ課長』『フリテンくん』。俺が人と話をする上で大切にしている「起承転結」を刷り込んでくれたのは4コマ漫画だったように思う。その後、漫画図書館コーナーで藤子不二雄Aの『魔太郎がくる‼︎』と西原理恵子の『毎日かあさん』を読みふけり、気づくと2時間くらいが経ってしまっていたので、急いで桂浜への道のりに戻った。

バックドラフトの恐怖

 桂浜もいよいよ、3km手前まで来た。既に2時頃になっていたので、どこかで鰹のタタキ定食を食べたいと思い訪れた、『かつお船』という施設。お土産や食堂がいくつか集まっている。その中で、鰹のタタキ作りが体験できる『土佐タタキ道場』に入店した。生の鰹が刺さった串を選んで手に取り、藁の上にスタンバイすると、タタキストのおじさんがバーナーで着火した。藁は一瞬にして大きな炎を上げて燃え盛った。鰹はもはや炎で見えない。顔の皮が焼けるくらい熱い。

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 USJのバックドラフト(今でもあるのか?)を彷彿とさせる。あの、炎が立ち上って迫り来る、命知らずのバカしか喜ばないアトラクション。幼い頃、両親に連れて行ってもらったUSJのバックドラフトで「二度とこんな所に連れてこないで!」と泣き叫んだことを思い出す。それくらい火ってのは本能的に怖いものなのである。というか怖くあるべきなのである。立ち竦む俺は、バックドラフトにぶち込まれた鰹をどうしてやることもできず、俺の選んだ鰹はコンガリとタタかれてしまった。非常に美味しかった。

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 桂浜はそこから歩いて長い橋を渡り、アスレチックコースを通り、のらりくらりたどり着いた。帰りのバスの時間が迫っていたので砂浜まで降りることはなかったが、坂道を登り歩いた先に見えた景色には、珍しく素直に心を動かされたのだった。

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先輩との別れ

 高知駅に帰って先輩の家に戻る。洗濯物を受け取りに行く。本当に昨日から1日、図々しく甘えさせてもらった。せめてものお礼に、とスーパーでビールを買って帰った。インターホンを鳴らし、部屋にまた入れてもらった。夕方でもう暗くなってきているのに電気も点けずテレビを見ていらした。「休みの日やのにほんとありがとうございました!」と言うと「いつもと変わらんから大丈夫やで。」と寝転がる先輩。なるほど、社会人の休日というのは電気も点けずに寝転がってテレビを見ていることが多いんだな。リアルな社会人の休日を垣間見た。

 社会人の「ダラダラ」は、俺が毎日している「ダラダラ」とはわけが違う。ダラダラできる家の家賃、電気代、食費、全てを稼いで勝ち取る「ダラダラ」。結局のところ人間はダラダラするために生きるのである。それは生き物として立派なことだ。俺もダラダラできる社会人になりてえな、きっとそれが難しいんだろうな、と思った。洗濯済みの服を受け取り、「そんなんいいのに。」と言う先輩にビールを押し付けるように渡し、お邪魔しましたと家を出る。先輩はバス停まで見送りに来てくれた。先輩という存在の優しさと、リアルな社会人生活に触れた1日間。高知はいい土地だった。高速バスに乗り、ラーメンと風俗しかない街、徳島駅に帰ってきたのであった。

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徳島強制送還

 これを読んでいる人間の中に、徳島出身の人間がいたら非常に申し訳ないが、もう徳島は結構だ。観光スポットの少なさに対して、風俗が盛んすぎる。遊んで性欲を紛らわす事ができず、意識が嫌でも風俗に向いてしまう。徳島市を挙げて性風俗産業に力を入れているのか?とにかく、この街で意識を保っていてはいけない。早急に飲酒し、眠りにつくべきだ。本日のゲストハウスはバスの中で予約した。就寝スペースが多少窮屈なものの、安さが一番。内装も綺麗にしてあるし、スタッフも親切だった。

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 シャワーを浴びて、コンビニ前でチューハイを買って飲んだ。ツマミはおやつカルパス。ひもじいが、ないよりマシだ。コンビニ前で騒ぐ土着のヤンキー達。お前達は、徳島に留まらずもっと広い世界を見たほうがいい。コロナなんかどうでもいいから明日でも東京に行ってこい。俺は明日、ママチャリでこの街を出る。ペダルを漕ぐ覚悟が出来た。遂に復路につく。じゃあな、徳島。次来る時までには四国のエースに成長していてくれ。俺はゲストハウスに戻り、2回シコって寝た。

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サポートして頂いた暁には、あなたの事を思いながら眠りにつきます。