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誰だって魔法使いになれると思う 〜マーガレット・マーヒー著「魔法使いのチョコレート・ケーキ」のこと

梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」の中で、主人公のまいは魔女であるおばあちゃんに魔女になるための基礎トレーニングとして、「規則正しい生活をすること」と教わります。

魔法、というのは不思議なこと、現実離れしたことですが、逆に言うと魔法が使える、ということは現実をちゃんと分かっている、ということでもあるからです。

子どもというのはよく不思議なことをするものですが、彼らは魔法使いではありません。というのは、子どもは何が不思議で何が不思議じゃないか、分かっていないから。

この短編集の最後のお話で、幽霊の女の子と出会う男の子が登場しますが、幽霊の女の子はこう言うのです。

「かんじんなのは、あのひとが、幽霊を見ても、それが幽霊だとわかるかどうかってことだわね」

もしも幽霊に出会っても、それが幽霊だと分からなければ別に怖くもなんともないでしょう。

魔法だって同じ。魔法って不思議だねって分かる人は、何が魔法で何がそうじゃないかをちゃんと分かってる人です。だから、多くの物語で魔法使いというのはおじいさんやおばあさんなのですね。


さて、この本にはいろいろな不思議な話、楽しい話、ちょっと悲しい話があり、いろいろな魔法使いや魔女や不思議なものたちが登場します。

中でも僕のお気に入りは表題作の「魔法使いのチョコレート・ケーキ」。魔法使いのお話や魔法のお話というのは本当にたくさんありますが、僕はこの物語の魔法使いと、彼の魔法がいちばん好きです。

それは、こんなお話。


あるところに魔法使いがいます。彼はあまり腕のよくない魔法使いなので、周りから悪い魔法使いだと思われています。

彼はチョコレート・ケーキをつくることが得意だったので、チョコレート・ケーキをつくって町の人々をお茶に招待します。

ところが彼はみんなから悪い魔法使いだと思われているので、誰も来てくれません。

仕方がないので彼はリンゴの苗木を植え、その木の下で一人でお茶会をします。

そのとき彼はふと思いつくのです。「そうだ、この木にちょっと肥料でもやろうか」と。

そこで彼は肥料の粉でケーキを作ります。そしてそれを木にやって、「もう一ぱい、つぎますかな?」なんて言いながら木に水をやるのです。


えっと、どこで魔法が出てきたの? って思うかもしれません。

「魔法使いのチョコレート・ケーキ」は、魔法使いが作った肥料の粉のケーキのことです。

それが、この物語に登場する魔法使いの魔法。

木に肥料をやり水をやる、というのは当たり前の、普通のことだと思うでしょう。

でもね、肥料の粉でケーキをつくり、「お茶でもそうぞ」と言いながら水をやるだけで、その当たり前のことが少しだけ素敵なことに変わるじゃないですか。

そんな些細なちょっとした不思議なことが、やがて世界中に広がってゆくのです。

そうすると、その小さな不思議なことはいつの間にか、普通のことになってしまうかもしれません。

そういうのって、不思議じゃないですか。

この物語の魔法使いは、箒で空を飛ぶこともなければ火や水を自由に操れるわけでもありません。そういう「腕のいい」魔法使いならできるはずのことを、彼は何一つしないのです。

ただ彼にできることは、チョコレート・ケーキをつくることだけ。

でも、魔法とはそういうことだと思うのです。そういうことが言いたかったからこそ、作者はこの物語のタイトルを「おじいさんのチョコレート・ケーキ」ではなくて「魔法使いのチョコレート・ケーキ」にしたのだと思うのです。この物語の主人公は、「魔法使い」じゃなきゃダメだったのです。


だからね、僕は思うんですよ。魔法ってきっと、誰にでも使えるものだって。

でも、それは、とてもとても難しいことだって。

だからきっと、魔法なんだって。


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