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後世の幻視者たちに愛された元祖ファンタジー 〜ウィリアム・モリス著「世界のかなたの森」のこと

ウィリアム・モリスとは

19世紀の建築家・デザイナーであり、社会主義の運動家でもあったウィリアム・モリス。生活と芸術を一致させようとした「アーツ・アンド・クラフツ」運動でも有名ですね。  

中世に憧れた彼は多くの美しいデザインを生み出し、その多くは今も壁紙やステンドグラスなどで目にする機会も多いですが、そのモリスが晩年取り組んだのが「理想の書物」をつくることだったのでした。  

そうして設立された出版社「ケルムスコット・プレス」からモリスは合計53冊の私家版の書物を発行、装幀はもちろんのこと字体や紙にいたるまであらゆるこだわりを詰め込んだのでした。  

ケルムスコット・プレスが発行した本の中で最も有名なのは「チョーサー著作集」ですが、モリス自身もまた多くの中世風のファンタジーや詩集を書きました。  

本書「世界のかなたの森」はそんなモリスによるファンタジーです。騎士道物語やロマンス、妖精物語を混ぜ合わせたようなこの中篇は、解説によると、「ユートピアだより」ほどには多くの読者を獲得しなかったということです。つまり、あまり売れなかったし、評価もされなかったのですね。  

ところが一方で本書を愛読していた人も多くいたらしく、そのように公言する後世の作家には例えばオスカー・ワイルド、W.B.イエイツ、さらにはC.S.ルイス、ラフカディオ・ハーン、芥川龍之介などがいたとのこと。

彼が生きた時代のイギリスというのは、日本でいうなれば文明開花の明治時代のようなもの。同時代を生きた作家にはディケンズやコナン・ドイル、ロバート・ルイス・スティーブンソンなどがいます。彼らが描いたような都会的で近代的な小説などには目もくれず、「昔の方が良かった」と言わんばかりに中世風の物語を描き続けたモリスはマクドナルドと並んで「ファンタジーの始祖」とも呼ばれるようになるのです。  

ということで、本書のあらすじを少しだけご紹介。  

あらすじ

それは中世のどこかの国。富裕な商人の息子ゴールデン・ウォルターはとても美しい若者でした。  

彼には同じく美しい妻がいましたが、この妻は浮気をしてしまうのです。それでもウォルターの妻への思いは変わりませんでしたが、そのことがあって以降、妻は彼を憎み、つれなくするのでした。 (この展開はちょっと「え?」って思う人もいるかもしれませんね。「普通は逆じゃないの?」って。まあ、その辺りはもしかしたら、モリス自身の経験がもとになっているのかもしれません)

悩んだウォルターは思います。自分がここにいることが憂鬱の原因なのだ、と。  

ちょうどその時、彼は父が所有する大きな船を見つけます。その船は海の向こうの国へ行き、そこで品物を調達するのでしょう。  

自分もその船に乗り、外の世界へと飛び出したい、と彼は父に頼みます。そして父もそれを了解するのでした。  

さて、出航する前日、ウォルターはある三人連れを見かけます。それはとても美しい貴婦人、そして彼女に付き添うように美しい侍女の乙女と、醜い小人でした。  

三人が気になるウォルターですが、見失ってしまいます。まるで消えたように。あれは幻覚だったのでしょうか。  

さて、そうして旅に出たウォルターですが、とある港町で彼は自分を迎えにきた船と出会います。話によると彼が旅立った後、妻は実家に帰されたのですが、そこであらぬ話を聞かされた実家側が大激怒、彼の町に戦争を仕掛けてきたというのです。  

その戦で父が死んだという話を聞き、ウォルターは国へ帰る決心をします。  

ところがこの船が座礁してしまい、ウォルターたち一行はとある陸地へとたどり着いたのでした。  

そこには人間は一人しかいず、ほかには熊族などの野蛮な者たちがいるというのです。そして彼らはある一人の女性には忠誠を誓っているといいます。  

その女性こそが、ウォルターがかつて見かけたあの美しい貴婦人だったのでした。  

ウォルターはその貴婦人に会うため、森のむこうの館へと向かうのですが……。  

地理のある物語

C.S.ルイスはこの美しい物語についてこう語っています。  

「モリスは風景を描くことに関心がない、ただ土地の形勢を伝えるだけだ。他の人の物語は景色があるだけだが、モリスのには地理がある」と。  

本書をお読みになればわかることですが、その文体は確かに小説を読んでいると言うよりはむしろ、ギリシャ詩人の叙事詩やあるいは日本の古事記などのような神話を思い起こさせます。

今の僕たちにとって文学と絵画はまったく別のものですが、そもそも他の芸術と切り離されて独立した文学というものは近代が生み出した概念なのですよね。源氏物語が絵巻物であったように、かつては世界中でそうでない時代があった。

モリスが彼の文筆活動において成し遂げたかったものは、まさにそういった「近代小説以前の物語」だったのでしょう。そしてまた、どのような言葉を用いるのかという問題に際して、モリスはまるで彼のデザインと同じように装飾的であることと実用的であることの美しい調和を狙っていたのだと思います。

いつの日か、ケルムスコット・プレス版の本書を手に取って眺めたいものだなあ、なんてため息をついて、本書をそっと閉じるのでした。  

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