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あなたと春を待ちたい


例えば、チョコレートの最後の一切れを譲るとか、ずっと前に話した好きなものの話を覚えているだとか、眠っている身体にそっと毛布をかけるとか。

そういう、そういうやさしさって、きっと、愛なんだと思う。


彼とまだ友人だった頃、何度も、何度もそんなことを思った。

付き合い始めて、彼の恋人になってからのこの二ヶ月間、もっと、もっとこれまでよりずっと、何度もそんなことを思った。


彼のことを好きだと感じる瞬間が、瞬きをする速度で積み重なっていく。

次に目を開けた瞬間に、彼はもうそこにはいなくなってしまっているんじゃないかと、とてつもなく恐ろしくなって、それならいっそのこと先に消えてしまえばいいのかなんて、馬鹿馬鹿しいことを考えた。

そうして恐る恐る開いた目の先にいる彼の、無邪気で純真無垢な笑顔は、そんな私の愚劣ささえも霧消してしまう。


例えば、私が目線を逸らした瞬間に彼の目線が私に向けられていることとか、私の背にあった荷物がいつの間にか彼に背負われていることとか。

それってちゃんと愛だよねって、思わず口に出してしまいそうになるほどに不器用で繊細な彼の愛情が、いつか、私ではない他の誰かに注がれてしまうことを憂えて、臆する私はいったいどれほどに愚かだろうか。


不慣れなメッセージも、不恰好な好きも、きっと、ちゃんと彼なりの愛情表現で、それは私にとっての安寧で、ただその温もりだけで、私は冬を越えられる気がする。


彼はまるで純水のように綺麗で、底が見えてしまうくらいに透き通っていて、時々、その純粋さに呑み込まれてしまいそうになる。

不純物なんてどこにも見当たらないから、ただ私の穢れが彼に流れ込んでしまわないことだけを強く願った。


久々に会った友人に突然、浮気をした事実を聞かされても、それほどに驚かなかった。そんな自分自身に驚いて、なんだか少しだけこわくなった。

大人になるって、こういうことなのかな。

犯した過ちを後悔していると言いながら「正直、この一年間はマンネリ化しててさ」なんて言い訳を続ける友人の姿を見ても、どこか他人事のような感情しか湧いてこなくて、そんな自分の冷酷さを実感して、また少しだけ悲しくなった。

諦めることにはもう十分に麻痺しているはずなのに、どうしてこんなにも惨めな気持ちになるのだろうか。

その答えを頭の片隅で探しながら、へらへらと笑う友人の話を聞いた。


彼が綺麗な顔をくしゃっとさせながら笑うのを見て、涙が出そうになった。

その瞬間、私の中でどんどん大きくなる彼への感情を頭で認識して、またどうしようもないほどにこわくなる。

くだらない独占欲が、後からしつこいほどに追いかけてきて、無粋なことを囁いてくる。


愛される感覚を、満たされる感覚を知ってしまった人間ほどに脆く弱い生き物なんて、私は知らない。


彼のどこが好きなのかと友人が私に聞くから、一緒にいると眠たくなると答えた。

彼の隣だと、私、安心して眠れそう。

らしい答えだねって言われて、ただ嬉しかった。



季節が何度巡ろうと、彼の隣にいたい。

春を、もうじき訪れる春を、あなたと待ちたい。

夏を越えて、秋の彩りを楽しんで、また訪れる冬を隣で迎えたい。


私って、実は欲張りなのかな。












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