葵の隠密(シナリオ形式版)
⓵あらすじ:これは、戦国時代末期から、「パックス・トクガワ―ナ(徳川による平和)」と後世呼ばれし延べ二百数十年に及んだ天下泰平が確立された江戸時代初期に至るまで、戦なき平和の世実現の為に、己の生涯を捧げた偉人・中根正盛を主に題材にした歴史漫画である。
中根正盛こそ、江戸時代の歴史書・寛政重修諸家譜で、「在国の輩より国家の安否みな正盛について達す」と評された程、総じて徳川幕府スパイ機関・公儀隠密トップ・大目付等を歴任した、初代家康~四代家綱歴代将軍の下で大活躍した隠密(忍者)、それ即ち今で云う凄腕スパイであった。
未だ誰も知らない日本史上最強実在スパイ・中根正盛の偉業が、本作にて御開帳なり。
② :【葵の隠密】第一話シナリオ原稿
⑴第一話シナリオタイトル
運命の始まり!
⑵注意事項・略称記号一覧
◎ Ⓣ=テロップ
◎ Ⓝ=ナレーション
◎ Ⓜ=モノローグ
◎ Ⓡ=読みかた
⑶登場人物一覧表(順不同)
◎ 中根仙千代(後の中根正盛)=本作主人公。徳川家臣(徳川秀忠小姓組)/十一歳(数え年、以下略)。
◎ 酒井与七郎(後の酒井忠勝)=徳川家臣(徳川秀忠小姓組)/十二歳。
◎ 柳生又右衛門宗矩=徳川家臣(徳川家剣術指南役)/二十八歳。
◎ 本多正信=徳川重臣(相模国玉縄一万石大名)/六十一歳。
◎ 本多正純=徳川家臣・本多正信・長男(徳川家康側近組)/三十四歳。
◎ 鳥居(彦右衛門尉)元忠=徳川重臣(下総国矢作四万石大名)/六十歳。
◎ 榊原(小平太)康政=徳川重臣(上野国館林十万石大名)/五十一歳。
◎ 徳川家康=徳川家当主(武蔵国江戸二百五十万石大名)/五十六歳。
◎ 勝=本作ヒロイン。徳川家・本多正信直属奉公下女。/十一歳。
◎ 徳川家光=江戸幕府第三代将軍(アバンタイトル時のみ出演)/年齢・壮年頃。
⑷原稿第一話本編
◇アバンタイトル
天気快晴、江戸時代初期(明暦の大火以前の寛永年間が適切時期としてお勧めする)の大変賑わう日本橋とその周辺景色図。その同景色図奥に江戸城とその天守閣も背景図描写。
Ⓣ「江戸・日本橋」
Ⓝ「江戸時代の歴史書『寛政重修諸家譜』には、主人公・中根正盛をこう評している」
寛永年間頃の江戸城・天守閣とその背景図。
Ⓣ「江戸城」
江戸城内、某大廊下の真ん中を威風堂々と歩行する中根正盛とそれを立ち止まってお辞儀等している周囲の幕臣達。
Ⓝ「在国の輩より国家の安否みな正盛について達す」
江戸城内の将軍執務室にて、時の将軍(三代将軍・徳川家光が適切)に対して自らブリーフィングをする壮年時代の中根正盛。
Ⓝ「これは、初代家康~四代家綱歴代徳川将軍の下で平和の世を実現するべく活躍した、実在スパイ・中根正盛に関する歴史物語だ」
◇見開き
天守閣を含む江戸城を背景図に、少年・青年・壮年・老年計四時代の中根正盛を描く。
第一話題名よりタイトルを基本大きくする。
Ⓣ「葵の隠密(タイトル)」
Ⓣ「第一話:運命の始まり!」
◇慶長三年(西暦一五九八年)六月二十三日/山城国・伏見徳川大名屋敷
山城国並びに伏見城双方の位置情報を、各自地図で記載描写。
伏見城並びにその城下景色を俯瞰図で描写。
Ⓣ「慶長三年(西暦一五九八年)六月二十三日、山城国・伏見城」
上空視点の伏見徳川大名屋敷俯瞰図を描写。
京都・伏見城の城下町の一角にそびえ立つ伏見徳川大名屋敷正門前も描写。無論、葵の紋所を記した旗印等を付け加えるのも必須。
Ⓣ「伏見徳川大名屋敷」
◇慶長三年(西暦一五九八年)六月二十三日/山城国・伏見徳川大名屋敷・庭先稽古場
当日は梅雨時期なれども快晴日和で、伏見徳川大名屋敷・稽古場には、同屋敷所属の小姓・旗本等の面々が、各自切削琢磨しながら剣術稽古等に励んでいる。
当時は、竹刀はまだ実用化・普及されておらず、「袋竹刀(ふくろしない)」と呼ばれる鍔を外した通常の竹刀に、先端から全体の半分ほどの部分のみに革袋を被せた物が、主に徳川家剣術指南役の柳生宗矩が用いた柳生新陰流を中心に使用されていたと推定される。
剣術稽古をしている面々の中で、袋竹刀を携えた小姓と見受けられる少年が二人おり、互いに構えて剣術試合をしている模様。
片方の試合に勝った少年は、主人公である元服前の「仙千代」を未だ名乗る後の中根正盛で、負けた「与七郎」もまた同じく後の徳川幕府の老中・大老となる酒井忠勝である。
中根仙千代「与七郎さん、弱い」
Ⓣ「中根仙千代(後の中根正盛)、徳川家臣・小姓」
酒井与七郎「また負けた!仙千代が強いからだよ」
Ⓣ「酒井与七郎(後の酒井忠勝)、徳川家臣・知行三千石」
仙千代・与七郎両人の試合を遠目で見ていた徳川家剣術指南役の柳生宗矩が近づいてきて、両人にそれぞれ話しかける。
柳生宗矩「与七郎、漢たる者が見苦しいぞ」
Ⓣ「柳生又右衛門宗矩、徳川家臣兼同家剣術指南役・知行二百石」
柳生宗矩「それと仙千代、其方に用がある。供について参れ」
柳生宗矩の問いかけに当惑する中根仙千代。
中根仙千代「えっ!与七郎さんじゃなく、自分でございますか?」
柳生宗矩が、中根仙千代に含みのある口頭を述べた上で、酒井与七郎に素振りを申し付けて、仙千代を連れてその場から去る。
柳生宗矩「大事な話だ」
柳生宗矩「それと並びに与七郎、其方には素振りの練習を申し付ける」
柳生宗矩からの特別練習に驚く酒井与七郎。
酒井与七郎「本当ですか!最悪だ」
その場から周囲の面々が見守る中、中根仙千代を連れて屋敷邸内へと向かう柳生宗矩。
◇慶長三年(西暦一五九八年)六月二十三日/山城国・伏見徳川大名屋敷・某廊下
黙々と歩く柳生宗矩の後を真剣に黙ってついていく中根仙千代。人気のないところで宗矩が後ろを振り返る形で仙千代に問いかける。
柳生宗矩「仙千代よ、これから使い走りの主命が授けられる。大事なお役目だ」
中根仙千代「はい。しかと承知しました」
柳生宗矩が、真剣な仙千代の反応を見極めた上で、補足事項を内々に口頭で伝える。
柳生宗矩「使い走りの選抜条件は、元服前、京言葉ができる者、律儀な機転者の三つだ」
柳生宗矩が、厳しい顔になった上で、手にした扇子を中根仙千代の首元に突きつける。
柳生宗矩「推薦者はこのわしだ。未だ幼いとはいえそなたが適任と思ったからじゃ」
柳生宗矩は先の発言を述べた後、扇子で軽く中根仙千代の首元を軽く叩いて忠告した。
柳生宗矩「だがな。これは遊びではない。今からならわしの手で取り消すことができる」
柳生宗矩が再度手にした扇子で中根仙千代の胸元に突きつける。
柳生宗矩「どうする仙千代、今ここで選べ」
中根仙千代は宗矩からの問いかけに対して、毅然とした態度でこれを快諾する覚悟を示す。
中根仙千代「柳生様、このお話は中根仙千代と見込んだ上でのお話だと思います」
中根仙千代「僭越ながらこの中根仙千代、武士として覚悟はありますので、謹んでお受けいたします」
この中根仙千代の回答に感嘆した柳生宗矩が、態度を一転、高笑いして仙千代を褒める。
柳生宗矩「子ども扱いして済まなかった。これなら申し分ないだろう。仙千代よ、大殿達が待っている。ついて参れ」
柳生宗矩からの大殿こと徳川家康との対面という意外な言葉に驚愕する中根仙千代。
中根仙千代「大殿と御対面ですか!」
◇慶長三年(西暦一五九八年)六月二十三日/山城国・伏見徳川大名屋敷・徳川家康執務室
徳川家康執務室内にて、徳川家康を上段に、上下両段の間の左右に本多正信・正純親子、鳥居元忠、榊原康政が座り、下段に中根平十郎と柳生宗矩が顔を平伏しながら座っている。
家康は機嫌よく、優しい言葉で平伏する中根仙千代・柳生宗矩両人に顔を上げるよう命ずる。
徳川家康「二人とも来たか!面を上げよ」
Ⓣ「徳川家康 徳川家当主・武蔵国江戸二百五十万石大名」
中根仙千代&柳生宗矩「ははっ!」
徳川家康と中根仙千代・柳生宗矩両人を注意深く見ている此の場の徳川重臣達を読者諸兄に自己紹介。尚、本多親子と榊原康政・鳥居元忠両人は左右別々に配置して区別する。
Ⓣ「本多正信 徳川重臣・相模国玉縄一万石大名」
Ⓣ「本多正純 徳川家臣・本多正信嫡子」
Ⓣ「鳥居(彦右衛門尉)元忠 徳川重臣・下総国矢作四万石大名」
Ⓣ「榊原(小平太)康政 徳川重臣・上野国館林十万石大名」
榊原康政が。ごほんと喉を鳴らした上で、真剣な顔つきになって、中根仙千代・柳生宗矩両人がこの場に呼ばれた理由を説明する。
榊原康政「両人を呼び出したのは他でもない。仙千代、その方に用があり呼んだのだ」
榊原康政「実は、当家の使い走りとしての大事なお役目を、柳生宗矩の推薦もあり、元服前のその方に任せたのだ」
齢十歳ぐらいの分別の思慮を覚えたばかりの仙千代にとって、恥ずかしい程嬉しさの余りに、その問いに次の様に理路整然と答えた。
中根仙千代「これは望外の極みで、大変うれしゅう存じ上げます」
中根仙千代の即答ぶりに徳川家康以下室内の大人たちは異口同音に感心した態度を示す。
徳川家康「さすがは七之助、いや上野国厩橋三万三千石を任してある当家重臣・平岩親吉の孫よ。その正直さ、祖父に瓜二つだ」
中根仙千代は予想外の家康からの賞賛に顔を緩めて笑顔になった。
中根仙千代「大殿からの賞賛の御言葉、この仙千代、大変うれしく思います」
徳川家康が、中根仙千代の品定めで結論を決めた上で、室内の人間に口上を述べる。
徳川家康「決まりだな。与右衛門殿への使い走りは仙千代とする」
藤堂蔦の家紋と伊予国板島の地図を描写。
徳川家康「向こう側もこの真っ正直な骨のある若者ならば満足するだろう」
徳川家康の思いがけない発言に驚愕する一同。それを踏まえた上で家康がその理由を直々に周囲に言い聞かせる形で述べる。
徳川家康「恐らく宗矩から内々に話は聞いている模様だが、怖気もせず軽薄でもなく堂々と構えているのが、何よりの理由だ」
徳川家康は、手にした扇子をパタンと畳んで、傍らにいた本多正信に目配せする形で、中根仙千代に業務内容等の説明を始める。
本多正信「では、中根仙千代とやらに申し渡す。そなたのお役目は、当家と伊予板島八万石の藤堂家との使い走りである」
中根仙千代が、本多正信の発言を聞き漏らしまいと。その左右の袴に両手を握りしめて真剣な態度で聞いている、
本多正信「業務内容は、必要な場合を除いて口外無用。未だ元服前とはいえ、危険と隣り合わせであるのは承知の上だと覚悟すべし」
本多正信の先の問いかけに大声で覚悟を決めた回答をする中根仙千代。
中根仙千代「承知しました」
中根仙千代の堂々とした態度に改めて感心する素振りを見せる本多正信。
本多正信「子供故に恐れを知らないか、はたまた或いは覚悟を決めた上での器量者か」
本多正信「この童の行く末は頼もしいな。では話を続けて……」
本多正信が、徳川家康の命を受けて中根仙千代に業務説明を続けようとしたところを、本多正純が割って入る形で意見を述べる。
本多正純「やはり私はこの話気に入りません」
本多正純「確かに素質がある童には見えますが、如何せんお役目を考慮しても時期尚早でしょう」
この本多正純の横槍に中根仙千代が正純相手に反論しようと声を荒げる。
中根仙千代「正純様。これは大殿直々の御指示である筈です。それを三河武士たる者が主君に背くなどおかしくはございませんか」
この中根仙千代の僭越した言動に激怒する本多正純、逆に反論して仙千代に言い返す。
本多正純「別に自分は大殿の主命に背くにあらず、只時期尚早と申しているだけだ」
中根仙千代・本多正純両者の口論に対して、徳川家康が自席の肘掛け椅子を扇子で叩いて議論を中断させる形で解決策を提案する。
徳川家康「両人とも判った。では正純に申し渡す。どうすれば仙千代を認めるのだ?」
本多正純は、我が意を得たとばかり、無理難題を吹っ掛ける。
本多正純「童とはいえ、私を何かで打ち負かしたらこの一件を承知した上で、仙千代に先の詫びを入れます」
この本多正純の挑戦状に好機を見た中根仙千代は、以下の回答を威風堂々と述べた。
中根仙千代「では正純様、お互いに武士である以上、剣術勝負で決着は如何ですか?」
ここで議論を注視していた鳥居元忠が、感心した態度で中根仙千代への応援発言をする。
鳥居元忠「それはおもしろい。両者とも武士同士剣術ならば、互いに文句あるまい」
鳥居元忠と同じく議論を聞いていた本多正信が息子・正純を次のように窘める。
本多正信「馬鹿か。相手が童とはいえ、大人の其方が、文官で武道に通じてないにも関わらず、大殿の御前で恥をさらしたいのか?」
本多正信の先の忠告を聞かない本多正純が、中根仙千代に軽んじた態度で突っかかる。
本多正純「まさか、自分も武士の端くれ。父上が放浪中の幼少期に、今は亡き大久保の先代様より手習いとして剣術ぐらい習得しています」
本多正純「その自分がこんな童に負ける気などありません」
中根仙千代はニヤリとした不敵な笑顔で、先の本多正純の一連に及んだ失言を聞いた上で、こう挑戦状を突きつけた。
中根仙千代「正純様、武士に二言はござりませんぞ。今のお言葉を言質として受け取ってもよいですか?」
この中根仙千代の挑戦状に即答する本多正純。
本多正純「無論、異議なし」
議論の決着を聞いていた徳川家康が、結論を決めた上で室内の面々に次なる指示をした。
その指示に各自従家康除く室内一同。
徳川家康「では、決まりだな。目の前の庭にて内々だが、暫く後双方剣術試合をせよ」
中根仙千代&本多正純「ははっ!」
徳川家康「審判は子平太が取り仕切りせよ」
榊原康政「承知!」
一連の議論を無言で傾聴していた柳生宗矩が、神妙な姿勢で頷いて当場面終了。
◇慶長三年(西暦一五九八年)六月二十三日/山城国・伏見徳川大名屋敷・徳川家康執務室前庭先仮剣術試合場
場面一転し、徳川家康執務室の隣にある庭先にて、円を描いた試合場で互いに袋竹刀を持って向かい合う中根仙千代と本多正純。
試合場の真ん中には榊原康政が軍配を以て勝敗を決める審判の姿勢をとっている。
徳川家康以下残りの面々は、黙って試合が始まるのを、各々固唾を飲んで見守っている。
そのシチュエーション中に、「失礼します」と掛け声をした齢十歳程度の下女の勝が菓子類を手に持って家康執務室に入室してきた。
勝「失礼します」
勝が菓子類を持ってきたことに気がついた本多正信が手を招き寄せてこう述べた。
本多正信「よくきた、菓子類をここへ。其方も見物するか」
勝「本多の主様、あの見知らぬ童は何処の者ですか?」
勝の問いに説明する本多正信。
本多正信「あの童は、当家重臣・平岩殿の孫で確か名前は中根仙千代と申す者だ。これより例の使い走りを決める試合を行うのだ」
これに対して意外そうな顔をした勝がズケズケと呆れた顔でこう意見した。
勝「見たところ齢は私と同じぐらいか。それで一体どうやって若様(本多正純)相手に勝てると思うのかしら。阿保らしいですね」
以下のような勝の反応に対してクスクス笑って次のような問いかけをする本多正信
「そなたも物覚えは特段できるが、未だ子供じゃのう!勝よ、面白いからよく見ておけ」
勝は本多正信の言葉に半信半疑で聞きながら正信の隣に座って試合を見ようとする。
勝が座って暫くした後、試合場にて互いに向かい合う本多正純が中根仙千代に挑発した態度をとるが、仙千代は泰然と余裕を構える。
本多正純「仙千代よ、今からならば遅くはない。痛い目に遭いたくなければ、勝負をなかったことにしてもよいぞ」
本多正純は先の挑発に対して、余裕綽々の泰然と構えた中根仙千代もまた、正純相手にこう言い返した。
「どうぞお構いなく、正純様こそ自分も大切になされよ」
この中根仙千代の言動に激怒した本多正純が、手にした袋竹刀を上に挙げて勇猛果敢に仙千代相手に突っ込む形で試合はスタート。
本多正純「小僧、年長者を馬鹿にするか!よろしい、ならばこちらから仕掛けてやる」
激昂した本多正純の顔表情を描写
本多正純「後で泣いても知らんぞ」
思いっきり突っ込んで袋竹刀を振ろうとする本多正純の攻撃を数度に渡りかわした中根仙千代。
この後、仙千代は、反転して膝を屈める形で袋竹刀を正純のアキレス腱を勢いよく狙い突いた結果、体勢を崩して倒れ落ちる正純。
この勝敗を受けた榊原康政が、軍配を上げる形で中根仙千代の勝利を宣言し、家康以下聴衆一同も感嘆して各々拍手喝采をする。
本多正純「痛い!やられた」
榊原康政「勝者、中根仙千代。よってこの試合終わりとする!」
呆れた表情で痛手を被った本多正純を立ち姿で見つめている中根仙千代。
中根仙千代「だから言ったでしょうが!」
この直後に、庭先の隣接する執務室で試合を観戦していた徳川家康が席を立って中根仙千代に近づいてこう褒め称えた。
徳川家康「なるほど、弁慶の泣き所とは。さすがじゃ、仙千代よ、見事なり」
徳川家康の賞賛の御言葉に平伏した上で次のように答えて感謝する中根仙千代。
中根仙千代「はっ!ありがたき言葉を頂戴頂き、感謝申し上げます」
徳川家康・中根仙千代両者の会話を見守っていた本多正信もまた、倒れている倅・正純に対して近づいてこう苦言を呈した。
本多正信「倅よ、だから言ったではないか。お前はまだまだ甘いな」
そして、本多正信は、近くにいた勝に声を掛ける形で、正純相手の介抱を指示した上で、徳川家康・中根仙千代両人へ近寄った。
本多正信「勝よ、済まないが、馬鹿息子の介抱の為に人を呼んでくれ」
勝「主様、かしこまりました」
勝がその場を立ち去った後、徳川家康・本多正信・中根仙千代三者が互いに近寄った上で、次のような会話をした。
まず初めに中根仙千代に軽く会釈する本多正信。
本多正信「仙千代よ、先程は倅が済まないことをした。だが、其方の器量を試したことは許してくれまいか」
次に中根仙千代が本多正信に一礼して頭を下げる形でこう回答した。
中根仙千代「こちらこそ滅相もございません」
最後に徳川家康が、中根仙千代・本多正信相手にこう述べた上でその場から立ち去った。
「件の話、これにて解決したな。七之助の孫、いや中根仙千代よ。正信、其方が詳しい話を聞かせるように。ではわしは失礼する」
徳川家康が、榊原康政・鳥居元忠両人を伴いその場から立ち去る形で場面終了。
◇慶長三年(西暦一五九八年)六月二十三日/山城国・伏見徳川大名屋敷・本多正信執務室
本多正信に引き連れられて書類や本が乱雑して置かれているその執務室に共に入室する中根仙千代。
本多正信が、入室した中根仙千代に対して下座に座るよう言い、自分も机が置かれてある上座にゆっくりと腰を下ろす形で相対した。
本多正信「仙千代、まあまずは座れ」
中根仙千代「はい」
神妙な面持ちで座った中根仙千代に対して、本多正信が御役目について真剣な表情の厳しい姿勢でその説明を始める。
本多正信「中根仙千代、そちには既に述べたように、当家の隠密活動の為に使い走りとして今後働いて貰う」
本多正信「だが、只の使い走りと侮るな!」
伏見城内で寝込んで病芳しくない豊臣秀吉(太閤殿下)とそれを見守る取り巻き達。
本多正信「太閤殿下の芳しくない今、」
日本列島地図(沖縄除く)。
西暦一五九八年(慶長三年)時における東日本地域の主要大名達とその所在地図表。
本多正信「当家を含めた日ノ本の大名等各勢力が」
西暦一五九八年(慶長三年)時における中日本地域の主要大名達とその所在地図表。
本多正信「互いの野心と生き残りを賭けて、」
西暦一五九八年(慶長三年)時における西日本地域の主要大名達とその所在地図表。
本多正信「水面下で目に見えない駆け引きを既に始めておる」
本多正信の先の発言に緊張した面持ちでコクリと頷いた中根仙千代。すかさず恐る恐る次のように本多正信へ質問する仙千代。
中根仙千代「つまり、太閤が身罷ったら、再び世は戦国乱世に逆戻りになると?」
この中根仙千代の問いかけに肯定も否定もしない本多正信。只、それに対して次のような意味深な発言をぽつりと呟くように言う。
本多正信「世の中一寸先は闇だ。今日の味方が明日の敵ともなり、その逆もまた然りだ」
そして本多正信は、本作マンガのテーマ『天下泰平』について初めて確固たる意志を持って中根仙千代に問いかける形で述べる
本多正信「だがな、仙千代」
本多正信「これだけは心に留めておけ」
戦国乱世の合戦シーン、戦場で女子供が泣いている場面も含めて両方書く。
本多正信「血で血を争い醜き乱世が」
本多正信「未来永劫続く筈など絶対にない」
太陽を真ん中に、江戸時代の日本橋をイメージモデル例として明るく市井の大衆が町の大通りを活気よく笑いながら歩いている景色。
本多正信「戦なき平和な天下泰平こそが、本来あるべき世の正しき姿形なのだ!」
本多正信の先の衝撃発言に心底ビックリ驚きを隠せない中根仙千代もまた、同じセリフを繰り返し自問自答しながら呟く。
中根仙千代「天下泰平、天下泰平ですか」
本多正信は、ふと我に返った様子で、話題を変える形で、仙千代との会話を終わらせようとする。
本多正信「いや、つい熱弁をしたな。今の話は忘れてくれ!」
本多正信が一通の書状を中根仙千代の前に置く。仙千代に初仕事の説明を済ませた後、部屋から退出するよう正信が命じる。
本多正信「明日、同じ伏見にある藤堂佐渡守高虎殿のお屋敷へこの書状を持参せよ」
本多正信「既に先方には話を通してある。では下がれ!」
退出する中根仙千代を後ろで激励する正信。
本多正信「初仕事、期待しておるぞ」
中根平十郎「はっ、ご期待に添うよう一生懸命励みます」
◇エピローグ
本多正信執務室から退出して一礼した後黙々と自身顔で歩く後姿の中根仙千代を描写。
Ⓝ「この日、後に日本史を動かす史上最強スパイの誕生を、未だ誰も知る由はなかった」
Ⓣ「第一話 END」
③:【葵の隠密】第二話シナリオ原稿
⑴第二話シナリオタイトル
藤堂高虎
⑵注意事項・略称記号一覧
◎ Ⓣ=テロップ
◎ Ⓝ=ナレーション
◎ Ⓜ=モノローグ
◎ Ⓡ=読みかた
⑶登場人物一覧表(順不同)
◎ 中根仙千代(後の中根正盛)=本作主人公。徳川家臣(徳川秀忠小姓組)/十一歳(数え年、以下略)。
◎ 藤堂高吉=藤堂重臣(藤堂高虎養子)/二十歳
◎ 藤堂高虎=藤堂家当主(伊予国板島八万石大名)/四十三歳
◎ 島左近(島清興)=石田三成重臣(同家筆頭家老)/五十六歳頃?
◎ 島左近近習筆頭=石田三成家臣/年齢二十代頃と推測設定?
⑷原稿第二話本編
◇慶長三年(西暦一五九八年)六月二十四日/山城国・伏見藤堂大名屋敷正門前
曇り空の中、伏見城下町某通り。群衆の中を中根平十郎が緊張した面持ちで歩いている。
Ⓣ「慶長三年(西暦一五九八年)六月二十四日、山城国・伏見城下・某大通り」
京都・伏見藤堂大名屋敷正門前、門扉には藤堂家の家紋「藤堂蔦」が描かれている。
Ⓣ「伏見・藤堂大名屋敷」
目的地である藤堂大名屋敷に着いた中根仙千代だが、どう中に入ればよいか困惑する。
中根仙千代Ⓜ「着いたのはよいが」
本多正信から預かりし書状を懐から出してそれを見る中根仙千代。
中根仙千代Ⓜ「先方には通してあるとは本多様が仰せられたが」
初仕事を不安に思い始めた中根仙千代であったが、屋敷門前から供侍を数人連れた藤堂高吉が近づいてきて仙千代にこう質問した。
藤堂高吉「つかぬことを聞くが、其方が、徳川家重臣・平岩親吉殿の孫で中根仙千代なる使い走りか?」
藤堂高吉からの突然の問いかけに、心が安堵した中根平十郎が受け答えをした。
中根仙千代「おっしゃる通り、徳川家臣・中根仙千代であります。あなたのお名前は?」
年上相手に子供ながら毅然と対応する中根仙千代に好感を持った藤堂高吉が対応する。
藤堂高吉「藤堂高吉と申し上げる。文で書かれたように、律儀さが顔に出る若人よ」
Ⓣ「藤堂高吉 藤堂家重臣(藤堂高虎養子)」
藤堂高吉の誉め言葉に一礼する中根仙千代。
後から来た供侍からの伝言を小耳に入れた藤堂高吉が、中根仙千代との会話を打ち切り、伏見藤堂大名屋敷内へと招き入れる。
藤堂高吉「では、共に参ろうか、我が殿が直々にお待ちしておる」
藤堂高吉の誘いに神妙に頷いた後、一緒に屋敷内へ入っていく中根仙千代と高吉一行。
中根仙千代「はい、お願い申し上げます」
◇見開き
向かい合う中根仙千代と藤堂高虎のイメージ場面を背景描写の上で各自タイトルを挿入。
Ⓣ「葵の隠密/第二話:藤堂高虎」
◇西暦一五九八年(慶長三年)六月某日翌日/山城国・京都・伏見藤堂大名屋敷・庭先
庭先にて自由自在に長槍を振り回して稽古している藤堂高虎と傍で見守って近侍している藤堂家家臣数名。
Ⓣ「藤堂高虎 伊予国板島八万石大名」
中根仙千代を連れて廊下より庭先にいる藤堂高虎に面会を求める藤堂高吉一行。
藤堂高吉「義父上、徳川家より例の使いの者が参った次第であります」
長槍の稽古をやめて近侍する藤堂家小姓より、たらい皿を貰って顔を洗った上で中根仙千代・藤堂高吉らを見る藤堂高虎。
藤堂高虎「よく来て下さった。さあ部屋へ共に参ろう。話は中で」
◇西暦一五九八年(慶長三年)六月某日翌日/山城国・京都・伏見藤堂大名屋敷・藤堂高虎執務室
部屋で正座して待機している中根仙千代と藤堂高吉ら。
襖を開ける形で部屋へ入ってくる藤堂高虎とその近侍達数名。
上座に座った藤堂高虎が中根仙千代に口頭の挨拶の辞を述べる。
藤堂高虎「仔細は本多殿より聞いている。仙千代とやら、書状をこちらへ渡してくれ」
藤堂高虎の発言を聞いた中根仙千代が恐る恐る懐より取り出した書状を高虎に差し出す。
中根仙千代「これでございます」
中根仙千代から書状を渡された藤堂高虎は、一見して読んだ後、己の傍に置いてある季節外れの火鉢にその書状を投げ捨てて燃やした。
藤堂高虎「ふむ、左様の肚か。相分かった」
火鉢の中で書状が燃えていくのを見た中根仙千代が、顔を変えて藤堂高虎に詰問する。
中根平十郎「藤堂様、一体これはどういう御料簡か?」
この中根仙千代の態度に不敵に笑って説明する藤堂高虎。
藤堂高虎「今の様子を見たところ、書状の中身は知らぬようだな。」
藤堂高虎「律儀一筋の人柄はよき宝なり」
藤堂高虎の予想外の反応に困惑する中根仙千代。
中根仙千代「それは如何なる意味ですか、藤堂様?」
藤堂高虎が上座から中根仙千代の席に近づく形で、互いに相対する形で仙千代にこう問いかけた。
藤堂高虎「未だ童の面影が顔に残る其方は未だ知る必要がない。お勤め御苦労、下がってよい」
藤堂高虎の人を喰ったかの様な対応に困惑しながら、止む無く引き下がって退出する中根仙千代。
中根仙千代「では、失礼いたします」
◇西暦一五九八年(慶長三年)六月某日翌日/山城国・京都・伏見藤堂大名屋敷・某廊下
思案顔で廊下を歩いている中根仙千代。
傍で共に歩いている藤堂高吉が、中根仙千代をからかうように次のように諭す。
藤堂高吉「仙千代、気落ちする必要はないぞ」
中根仙千代「えっ?」
藤堂高吉は、中根仙千代の律儀な人柄を藤堂高虎が誉めた理由を述べる。
藤堂高吉「其方の前に来た使い走りは、三河武士にしては思慮が欠けた軽率者だった!」
藤堂高虎が、中根仙千代の前任者の前で先述の如く密書を火鉢で燃やした際、血相を変えて高虎相手に抗議する前任者のイメージ図。
この前任者の対応に立腹して激怒する藤堂高虎のイメージ図。
藤堂高吉「共に大事を為さるのに、あんな不適合者はいないと、義父上もお怒りでさ!」
真剣に聞き入る中根仙千代の顔色を見る藤堂高吉。
藤堂高吉「これに比べて、仙千代の対応は合格点だよ。義父上もそう思っている」
不安顔から一転欣喜する中根仙千代。
中根仙千代「そうですか。それはよかった」
中根仙千代の先述の反応に心を許した藤堂高吉が、からかった口調で、藤堂高虎が中根仙千代に好印象を抱いた理由を示唆する。
藤堂高吉「仙千代、使い走りたる其方は、己の身を弁え、無駄なしぐさを義父上の前で些かも振舞わなかったことがその証拠だ」
藤堂高吉が、さらに中根仙千代にこう話す。
藤堂高吉「ましてや、大事な書状を、天下の徳川家が、其の方のような童を使い走りとして持参させるとは誰も思わんよ!」
中根仙千代「よくはわかりませんが、褒められていたら自分としては嬉しいです」
◇西暦一五九八年(慶長三年)六月某日翌日/山城国・京都・伏見藤堂大名屋敷・正門前
伏見徳川大名屋敷へと帰宅する中根仙千代とこれを見送る藤堂高吉とその近侍達。
中根仙千代「では皆様、これにて失礼します」
藤堂高吉「道中帰路に気をつけるように。今後ともよろしく頼む」
藤堂高吉の先の発言に一礼する中根仙千代。
中根仙千代「こちらこそありがとうございました」
◇西暦一五九八年(慶長三年)六月某日翌日/山城国・京都・伏見城下町・某大通り
時刻は夕方、スタスタと人だかりを回避しながら伏見徳川大名屋敷へと急ぐ中根仙千代。
その帰り道中において、伏見城下某大通りを横切ろうとした乗馬姿の島左近とその供回り数名の一行と鉢合わせした中根仙千代。
島左近近習筆頭「おい小僧、前を見て歩け」
このトラブルを前に機転を利かして立ち去ろうとする中根仙千代。
中根仙千代「すいません、ではこれにて」
中根仙千代を一目見た島左近近習筆頭が、仙千代の服に葵の紋所を見て徳川家臣と見たのか、上司の島左近に直に報告する。
島左近近習筆頭「何だ、葵の紋所とは、徳川の者か?島様、この者どうなさいますか」
島左近「所詮子供だ、小僧、以後は気をつけろよ」
Ⓣ「島左近(島清興)、近江国佐和山十九万石四千石大名・石田家筆頭家老、知行二万石」
乗馬状態で立ち去る島左近に対して、その鋭い鷹の如き目に只ならぬ気配を察した中根仙千代はその場を呆然と見送るしかなかった。
中根仙千代「何者なのだ、あの人は!」
Ⓣ「第二話:END」
④ :【葵の隠密】第三話シナリオ原稿
⑴第三話シナリオタイトル 走狗としての覚悟
⑵注意事項・略称記号一覧
◎ Ⓣ=テロップ
◎ Ⓝ=ナレーション
◎ Ⓜ=モノローグ
◎ Ⓡ=読みかた
⑶登場人物一覧表(順不同)
◎ 中根仙千代(後の中根正盛)=本作主人公。徳川家臣(徳川秀忠小姓組)/十一歳(数え年、以下略)。
◎ 本多正信=徳川重臣(相模国玉縄一万石大名)/六十一歳。
◎ 柳生又右衛門宗矩=徳川家臣(徳川家剣術指南役)/二十八歳。
◎ 門番(伏見徳川大名屋敷・正門担当)=徳川家臣・下男/年齢設定は青年~壮年頃の間で作画担当者に一任する。
⑷原稿第三話本編
◇見開き
和室にて、幾つかの蝋燭が灯る中、互いに向かい合う形で密談する中根仙千代と本多正信のイメージ背景図に各自タイトルを挿入。
第一話題名よりタイトルを基本大きくする。
Ⓣ「葵の隠密(タイトル)」
Ⓣ「第三話:走狗としての覚悟」
◇慶長三年(西暦一五九八年)六月二十四日/山城国・伏見徳川大名屋敷・正門前
曇り空の夕刻において、無事に伏見徳川大名屋敷へ辿り着いた中根仙千代は、第二話ラストの島左近との遭遇について考えていた。
思案顔の立ち姿で伏見徳川大名屋敷正門前にいる中根仙千代に、同屋敷門番が不審に思い身元を確認するべく質問を投げかける。
門番「そこの小僧、見知らぬ顔だな。もうすぐ刻限故に身元を直ちに教えろ?」
中根仙千代は、先述の島左近について頭の中が一杯で、門番の質問を聞き流してしまう。
中根仙千代「あの島なるお方、恐らく相当の使い手か切れ者だろう。世の中は広いなあ」
中根仙千代が先の質問に返答しない為、不審者と勘違いした門番が、厳しい口調で近づいて忠告する。
門番「おいお主、話を聞いておるのか、改めて言う、名を名乗れ!」
この発言の直後に、伏見徳川大名屋敷正門前内側から、柳生宗矩がひょっこり出てきて、中根仙千代にこう呼びかけた。
柳生宗矩「仙千代、戻ってきたか!首尾は如何であった?早速共に本多様の元へ参ろう」
門番はこの柳生宗矩の発言に豆鉄砲をくらったような顔をして、中根仙千代の顔を見る。
門番「柳生殿、この童とご知り合いで?」
柳生宗矩は門番の問い合わせにこう答えた。 柳生宗矩「この者は、上野国厩橋三万三千石領主・平岩親吉様の孫に当たる中根仙千代なる者だ。以後顔を覚えていくように!」
門番は、中根仙千代が、徳川重臣・平岩親吉の孫であるのに驚愕してその場で平伏する。
門番「ははっ!以後気をつけ申し上げます」
柳生宗矩が中根仙千代に手を振る形で、門番達が見守る中、共に伏見徳川大名屋敷正門前から中へ一緒に入っていく形で当場面終了。 ◇慶長三年(西暦一五九八年)六月二十四日/山城国・伏見徳川大名屋敷・某廊下
並列して廊下を共に歩く中根仙千代と柳生宗矩。柳生宗矩が本日の一件について中根仙千代から簡単な報告を受けてフムフム頷く。
柳生宗矩「フムフム、使い走りの件は見事こなしたが、帰り道に鉢合わせしてひと悶着とは、以後気を付けるように」
中根仙千代は柳生宗矩からの忠告を苦笑いで聞き流してこう反論する。
中根仙千代「柳生様、確かにそれはそうですが、兎にも角にも先方の上役である島様のお情けで助かりました」
この中根仙千代の発言を聞いた柳生宗矩は、顔色を一転して次の如く仙千代に問いただす。
柳生宗矩「島様だと、まさか天下にその名を轟かすあの島左近殿ではないだろうな?」
柳生宗矩「それであれば、お主今頃首が危なかったぞ!」
柳生宗矩の様変わりした態度を見た中根仙千代が、島左近の一目見た姿形をこう述べた。
中根仙千代「その島左近なる者は存じ上げませんが、それは齢五十台頃の鋭い鷹の目をした中々お目にかかれない老人でした」
この中根仙千代の発言に確信を得た柳生宗矩が、険しい顔で仙千代を叱りつけた。
柳生宗矩「馬鹿、それは間違いなく、わしが知る限り、五奉行・石田三成様の懐刀たる島左近清興殿以外考えられん!」
柳生宗矩は続けて手にした扇子で中根仙千代の頭を数度叩く形で怒った。
柳生宗矩「迂闊にも程がある。このたわけ!」
当の中根仙千代は、訳が分からないまま、柳生宗矩の𠮟責に平身低頭を余儀なくされた。
中根仙千代「まさか、あの人が『治部少(石田三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城』の島左近様だったのですか?」
中根仙千代「本当に申し訳ありません」
柳生宗矩も己のイライラが鎮静化したのか、中根仙千代にこう諭して話を終わらせた。
柳生宗矩「確証はない話だが、さあ行くぞ」
こうして中根仙千代・柳生宗矩は、本多正信執務室へ一緒に向かうのであった。
◇慶長三年(西暦一五九八年)六月二十四日/山城国・伏見徳川大名屋敷・本多正信執務室
部屋で壺から食用味噌(八丁味噌)をつまみながら、思案顔をしている本多正信。部屋の襖から柳生宗矩の問いかけがあった。
柳生宗矩「本多様、中根仙千代只今屋敷に戻った次第です。共に入ってよいですか?」
つまみ食いを止めた本多正信が、柳生宗矩からの問いにこう答えた。それに従う宗矩。
本多正信「柳生か!入室は仙千代のみとする。其の方は下がれ。お勤め御苦労であった」
柳生宗矩「はっ!しかと承りました」
襖を隔てた廊下にて柳生宗矩が、中根仙千代へ一言口にして肩に手をかける形でその場を立ち去る。
柳生宗矩「では、わしはこれにて下がる。仙千代、後は頼んだぞ」
本多正信執務室から遠ざかる柳生宗矩の後ろ姿を見届けた中根仙千代は、反転して正信に入室の許可を伺った上で襖をあけて入った。
中根仙千代「本多様、それでは私一人で入らせて貰います。御免!」部屋に入った中根仙千代に、本多正信が手招きをして、下座に座るよう指示する。
本多正信「よく来た。その顔を見た限り初お役目はできたようだが、何があったか?」
中根仙千代「初お役目はできたのだけれども、確証はないのですが、帰り道に島左近様らしき鷹の目をした人物と遭遇しました?」
中根仙千代の正直な感想に頷く本多正信が、それについて次のような質問を問いかけた。
本多正信「道中に島左近と遭遇しただと?まさか追跡はありえまい。只の偶然か?」中根仙千代が本多正信にどけ座をする。
中根仙千代「本当に不覚にて申し訳ありません。その鷹の目をした島様らしきお方の威圧に負けて、一瞬体が凍り付きました」
この中根仙千代の謝罪に笑顔で励ます本多正信。その気遣いぶりに感謝する中根仙千代。
本多正信「その様子だと追跡はされていない模様だな。案ずるな。今日の件は忘れろ!」
中根仙千代「誠に勿体ない御言葉、痛み入ります」
本多正信が気を利かして、中根仙千代に本多正信執務室に隣接する庭先へと一緒に誘う。
本多正信「まあ、色々話したいことがある故、そこの目の前にある庭にでも行くか!」
◇慶長三年(西暦一五九八年)六月二十四日/山城国・伏見徳川大名屋敷・本多正信執務室前の庭先
刻限は推定夜十九時頃、夜空を見上げながら中根仙千代と本多正信が世間話をする。
中根仙千代「本多様は、かの島左近様を詳しく御存じでいらっしゃるのですか?」
本多正信「見たことはあるが、一度も話したことはない。だが警戒すべき強敵だ」
中根仙千代「強敵とは?」
本多正信が腕組みして思案顔でこう答える。
本多正信「あの銭勘定しか取り柄のない人望ゼロの石田治部少輔三成だけならば、仮にやりあうとしても手強くはない」
本多正信「だが、島左近という機知に富んで戦巧者がいれば話は別よ。油断したらやられるかもしれん、それが戦という魔物だ」
本多正信の独り言に話がついていけない中根仙千代が恐る恐る正信に質問をぶつける。
中根仙千代「本多様、いったい何をお話になさっているのですか?話の筋が読めません」
本多正信が不敵な顔でニヤリとこう答えた。
本多正信「仙千代、人間誰しもがいずれ死ぬ運命にある。太閤・秀吉も然りだ」
本多正信「その来るべき時が来たら、我が徳川に仇なす最有力候補は石田・島主従よ。仙千代、よく肝に頭の隅に覚えて刻むべし」
中根仙千代「つまり、太閤死後の政局において、石田派は徳川の御家にとって、目の上のたん瘤の最たる輩であると仰せですか?」
本多正信がげらげら高笑いして答える。
本多正信「仙千代、子供とはいえ其方は機転が本当によく利く奴だの!」
本多正信「まさしくその通り、覚悟すべし」
中根仙千代はこれらの本多正信の爆弾発言を前に、動揺を抑えながら胸に手を当て平伏する形で己の覚悟を正信相手に見せつける。
中根仙千代「この三河武士たる中根仙千代、御家の悲願たる天下泰平の為にその走狗として今後も忠節を尽くす所存であります」
Ⓣ「第三話:END」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?