小匙の書室340 ─レイクサイド─
子供の受験合宿で訪れた湖畔の別荘。
並木俊介はそこに愛人が現れたことで穏やかならざる気分になるのだが、彼女が変わり果てた姿で発見されることで事態は急変する。
「あたしが殺したのよ」妻の告白から、完全犯罪への一歩を踏み出すのだが──。
〜はじまりに〜
東野圭吾 著
レイクサイド
著者の作風は、『ミステリ要素を内包しながらも、胸に迫る人間ドラマが見もの』というのが私のイメージだ。
事実『容疑者Xの献身』や『新参者』、『秘密』、『人魚の眠る家』、『白鳥とコウモリ』……など、数々の作品において胸を打たれてきたのだから。
しかしながら時に、がっつりミステリを盛り込んでくる作品と出会うこともある。
例えば『どちらかが彼女を殺した』や『私が彼を殺した』、『マスカレード・ホテル』、一部ガリレオシリーズ……などである。
こうした作品も、もちろん私の大好物だ。
では今回手に取った『レイクサイド』はどちらに属するかと問われれば、(読む前から判断するよは早計かもしれないが)後者にあたるのだろう。
なぜならば、
と銘打たれているのだから。
さっとあらすじに目を通してみたところ、どうやら倒叙ものを一つの側面として楽しめるらしい。
ページ数も250弱と短めで、サクッと読むにはもってこいではないか。
そして、『あなたは“真相”にたどりつけるか⁉︎』である。
書籍を手に取った時点で(編集者側が)挑戦状を叩きつけているのだから、これは相当に自信に溢れた内容なのだろう。
というわけで早速、怪しげな湖畔へ足を運んでいきたいと思います。
どんなミステリが待ち受けているのでしょう──。
〜感想のまとめ〜
◯別荘地で行われている中学受験のお勉強会。
そこに参加する四世帯の家族の中で、並木の大黒柱・俊介だけが『子供の進路』に懐疑を抱いている。(親でないから十二分にとはいかないが)そこにある親心には私も共感を覚えたわけだが、「教育熱心な姿勢はポーズではないか」という周りの並木への評価に、不穏なものを感じていた。
そればかりかどうも集った男女はそれぞれ腹に一物を抱えており、序盤から緊張を強いられた。
◯並木の不倫相手・高階が現れてから、いっそう、場の空気は(表面上は取り繕っているが)穏やかならざるものになる。
男性陣は彼女の放つ魔性に少なからず心を動かされたり、並木は不審な行動を取ったり、女性陣は鋭い観察を働いたり、子供たちは勉学に身が入っているとは言えなかったり……。
主役は子供のはずが、実のところ一番前に出ようとするのは大人という点に気味の悪さを覚えた。
◯「あたしが殺したのよ」という妻の発言で、事態は一気に倒叙ものとしての空気を纏い始める。
子供の受験を思えば、警察に通報することはできない。その場にいる全員が共犯であり協力者であることの幸運。
この二つに背中を押されて隠蔽に取り掛かることになるわけだが、「さあ果たして完全犯罪は達成されるのか」と手に汗握ることになった。
◯昨夜と違う現場の様子や、思わぬ目撃など、親たちの犯罪計画に生まれていく綻び。一つ一つの問題をどう切り抜けるのか、彼らの切羽詰まる様子に私も息が苦しくなった。
そればかりか大人同士の歪んだ機微の交錯なんかもあって、一筋縄ではいかぬドラマを構成していた。
取り沙汰されるのは主に、並木俊介と美菜子の夫婦仲だ。ここでさらりと綴られる、『家庭とは努力ではなく自然と芽生える愛で構成されている』という諫言が響いた。
◯『殺人行為』により、心に重くのしかかる『罪』。
侃侃諤諤、完全犯罪を達成させるのは簡単ではない。何が不測の事態になるのかわからない状況の心理が、ひしひしと伝わってきた。
そして何より、築かねばならない『信用』の前に立ち塞がる大人の愛憎が、さらなる疑心を植え付けてくるのだった。
彼らが集まる目的は、子供に受験勉強をさせるため。だけのはずなのだが──。
◯殺人の真相が露わになると、私はある意味俊介と同じ立場になって(現在不倫しているというのではなく)歯噛みした。
ネタを割ってしまうので詳述は避けるが、「まさか“その考え”が結びついていたなんて」と物悲しくなった。
こうして関係者がとっていた不審な動向の目的ははっきりしたわけだが、だからといって“すっきり”はしない。
なぜ、愛人は死ななければならなかったのか。
私もまた、湖畔に囚われたままなのだろう。
〜おわりに〜
子供たちには窺い知ることのできない、大人の愛憎劇。あんな最後を迎えるとは想像だにしなかった。
人生は一度きりで、失敗が許されないことも多いからこそ、生まれてしまう悲劇もあるのだろう。
大人という立場、親という心。
水底を浚う勇気は、私にはない。
ここまでお読みくださりありがとうございました📚