見出し画像

小匙の書室174 ─蠟燭は燃えているか─

 次々に燃え上がる、京都の文化財。
 謎を前に立ち上がるのは、宇宙還りの女子高生で──。


 〜はじまりに〜

 桃野雑派 著
 蠟燭は燃えているか

 講談社さんのサイトで発売予定表をみたとき、「あ、桃野先生の新刊だ〜」と軽く思うだけだったけれど、やがてプルーフの画像をXで目にしたとき『宇宙還りの女子高生』という惹句に心臓が大きく跳ねたのを覚えています。
 宇宙還りのって……そりゃあ、もう、あれしかないじゃないか!!
 私が初めて読んだ桃野先生のデビュー2作目『星くずの殺人』に登場した真田周ではないか!!
 つまり続編。
 こいつは読まねば。
 しかも京都が大炎上だって??
 宇宙に次いでまたしても壮大なことをやってるなあと思いながらページを捲っていきました。

ぺらり

 〜感想のまとめ〜

 ◯待ちに待った真田周が主人公のミステリ。前作『星くずの殺人』でもっと活躍を見たいと思っていただけに、これは嬉しかった。
 彼女の、スジの通らない大人に対する果敢な態度とか舌鋒鋭くも心地よい京言葉とか、不器用ながらも持ち寄ろうとする気遣いや優しさが存分に魅力を放っていた。
 一方、不意に見せる弱さは物語のキーとなり、単純に前作からキャラを引っ張ってきたわけではないのだと理解できたのです。

 ◯次々に燃える京都の文化財。これはもう小説だからこそできる展開ですよね。実際にこんなことが現実に起きたら、どれだけのパニックと混乱に見舞われることか。想像するだけで恐ろしい。
 ではいったい、犯人はなぜ燃やしまくるのか
 息つく暇もないほどに進む展開で、文体もとても読みやすい。放火と並行して周にとって他人事にならない事態(現場には行方不明の友人の姿が!)も起こり、混迷を極めていく様は身に迫ってくるようでした。
 ※ちなみに京都を舞台にしているだけあって、作品の本筋とはズレた感想になるけれど観光地巡りをしている気分になります

 ◯炎上事件の通奏低音にある、被害者家族と加害者家族のこと理不尽や不条理。これが本作を語る上で絶対に忘れてはならないテーマです。
 周自身が脱出ポッドからのピアノ演奏配信で「不謹慎だ」という謗りから炎上しており、『配信を行った加害者/迷惑な配信者に付き纏われる被害者』という立場に陥っています。
 事件の調査で出逢う少女──芽衣もまた身内の行いでそうした被害加害の累が及び、投擲される理不尽不条理に懊悩する人生を歩んでおり、軽めの文体とは裏腹の重たいテーマが全身にのしかかってきました。
 罪を犯したわけでもない。被害者であるはずなのに。
 他人の冷たさに埋もれていく彼女たちの叫びは、決して無視できるものではありません人は誰しも、いつでも被害者と加害者に転ぶ白線の上に立っているのです。どうして他人事として突っぱねられるだろうか?
 だからこそ、周と芽衣の交わす痛み分けにも似たやり取りが心を震わせたのです。

最後に立っていた者が勝ち、は素晴らしい名言です。

 ※時事ネタを汲み取っているので、物語は非常に肉薄してきます。

 ◯予想のつかない展開。『次はお前だ』という犯行予告から一気に緊迫感が増し、いよいよ犯人を追い詰めねばマズイことになるんですよね。どこに行っても安心できず、極まっていく孤独感は周が抱えている「強いと言われるほど強くない」機微によって深まり、さあどうなるんだと先が気になって仕方がなくなる。
 そして色んな意味で意外なことが起こり、面白さも倍増。結末まで一気に突き進むので、ついつい時間を忘れてしまいました。

 ◯炎上後に残った真実。そこに横たわっているのは望み通りにはいかない現実で、犯人の吐露したホワイダニットは遣る瀬無さが募るばかり。
 きちんとその人その人を見分けながら偏見をなるべく排しながら接せねばならないのだと、強く強く教えられました。
 このことは返し鉤となって心の柔らかい部分に突き刺さっています。
 物騒に思えていたタイトル『蠟燭は燃えているか』が、あんな風に形を変えるのかと吐息が溢れました。

 果たして私は、蠟燭となり、燃えているだろうか?


 〜おわりに〜

 読む前に予測を立てていたことと全く真逆の読後感がありました。
 京都大炎上なんて壮大で物騒な舞台装置は人の心の奥底にある本音を炙り出し、ままならない現実に対する叫びが鼓膜を震わせるのです。

 面白かった、と一言呟いて本を閉じてはいけない。
 そんな風に終わらせてはいけないんじゃないかと、周をはじめとした登場人物たちが語りかけてくるのです。

 前作を知らなくても、この一冊だけでも読んでほしいです。

 ここまでお読みくださりありがとうございました📚

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?