【小説】ラヴァーズロック2世 #35「西陽」
西陽
純白の巨大建築物の入り口には〈悲心会文化会館〉と書かれていた。
それまで頻繁に坂道を行き来していたダンプトラックにかわって、今度は大勢の老人を乗せた送迎バスが何台も施設に出入りするようになっていた。
お忍びなのだろうか、黒塗りの高級車でひっそりとやって来る政府の要人や、有力代議士たちも頻繁に目撃された。
日曜日の午前中から、ロックはオータム・インに涼音を迎えに行かなければならなかった。
あの白い会館に入ってみたいと言い出したくせに、当の涼音が約束の時間にやってこなかったからだ。
業を煮やしたロックが涼音に接続してみると、彼女は約束をしていたことすら忘れており、興味自体もとうの昔になくなっているような口ぶりだった。
広い坂道を蛇行しながら上る送迎バスを何台も見送りながら、かれは涼音を待った。
「もう昼だ」
「入れるかなあ」
「あんなに大勢いるんだから、紛れ込めば大丈夫」
「年寄りばかりだから目立つにきまってる」
坂道を登るふたりを何台ものバスが追い越していく。
「やっぱり金と暇よね。あと、思うように身体が動かないことも……」
「悲心会のこと?」
「私たち、お金以外は全部ある」と涼音が笑う。
会館の入り口についたふたりは、バスから溢れ出る信者たちがエントランスに吸い込まれていくのを見た。
白いブレザーを着た係員たちの、妙に元気のよい挨拶が響きわたる。
涼音の提案で門をくぐらずに少しだけ待つことにする。
全ての信者が入館すると、辺りは閑散として係員さえもいなくなってしまった。
ふたりはエントランスへ向かった。
「思った以上にセキュリティが甘い」
下駄箱の空きを探しながら涼音がいった。
「脱出できない罠ほど入りやすいっていうよ」とロックが返す。
両開きの防音ドアの片方をそっと開けて大ホールの中を覗き込む涼音。狭い隙間に身体を滑らせ、そのまま中に入ってしまう。
ロックも慌てて後を追う。
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