カエサルのガリア遠征
今日はこちらの問題!
「カエサルはガリアのケルト人を征服した」○か✕か?
正解は○です!
ユリウス・カエサルは前58年から前51年までローマ軍を率いてガリア(現フランス)遠征を行い、ケルト人と戦い勝利しました。この際彼自身によって書かれたとされる『ガリア戦記』はラテン語の名文として有名です。
三頭政治の一角、ポンペイウスはガリア遠征で名声をあげるカエサルと対立し、元老院に接近し、これによってカエサルvs元老院+ポンペイウスという図式は避けがたいものになります。ポンペイウスは前54年に最愛の妻ユリアを亡くし自暴自棄になっていたともされています。
前49年カエサルはルビコン川を渡りイタリア侵入を強行、この際に生まれた言葉が有名な『賽は投げられた(Jacta alea est)』であったとされています。
両者はギリシア西部において衝突し(ファルサロスの戦い)、カエサルが完勝、逃亡したポンペイウスはプトレマイオス朝エジプもにト庇護を求めますが暗殺されてしまいました。
三頭政治の一角、クラッススはすでにパルティア遠征で戦死していたため、カエサルの天下となるわけですが、彼の急進的改革について行けない共和主義者らによって前44年に暗殺されてしまいます。
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