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英語詩の言葉遊び(6):「不思議の国のアリス」にインスパイアされて生まれた名曲

前回からの続きです。

前回紹介したアニメ映画の制作者たちがルイス・キャロルの愛読者だったかどうかは寡聞にして存じませんが、ルイス・キャロルの愛読者を公言していた世界的なミュージシャンがいました。

イギリスの世界的バンド、ビートルズ(Beatles 活動期間1960年‐1970年)の作曲家ジョン・レノンです。

ビートルズのレノンは相棒のポール・マッカートニーと作曲を共同名義で発表することにしていたので、ジョンだけの作曲、ポールだけの作曲、または二人の共作なども、二人の名前でクレジットされていますが、以下に上げる有名な音楽はジョンの作曲です。

作曲家ジョン・レノン John Lennon (1940-1980) は、Psychedelic Songs サイケデリック・ソング(麻薬の幻覚作用に影響を受けて書かれた音楽)として知られる代表作「Lucy in the sky with diamonds」と「I am the Walrus」を、「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」を愛読していたがゆえに書いたのだと語っています。

サイケデリックな音楽の特徴は、歌詞に「起承転結」な展開がないこと。

転転転で、前の部分を承けて、続きの物語を言葉が紡がないのです。

まったく結論に至らないのですが、ナンセンスならば、それでもいいのです。

わたしは長年、「ルーシー」や「ウォーラス」を意味も理解できずに聞いていましたが、おそらくそれでよかったのです(笑)。

「鏡の国のアリス」の中の物語詩「セイウチと大工」

さてルイス・キャロルの作品では、トゥィードルディーとトゥィードルダムというイギリス民話で有名な双子の兄弟が登場して物語詩を披露します。

これがビートルズの 「I am the Walrus」の由来となった「セイウチと大工」というお話。

お話は他愛無く、セイウチと人間の大工が海岸を歩いてて、空腹なところに牡蠣の大群に出会い、無垢な牡蠣たちを誘い出し、二人して牡蠣たちを食べてしまうというお話。

でも双子は詩など聞きたくもないアリスに対して長大な詩を勝手に読み上げるのです。

何で突然こんな話?となりますが、これがルイスキャロル流ナンセンス。

詩の内容もまた、当然ながらいろいろ狂ってます。詩のスタイルは見事な韻文になっているのだけれども。

The sun was shining on the sea, 太陽は海の上に輝いていた
Shining with all his might: 陽は与う限りの力を持って照らしていた
He did his very best to make 太陽は大波を最大限の力を持って
The billows smooth and bright— 穏やかに明るくさせた
And this was odd, because it was そしてそれは奇妙なことだった
The middle of the night. というのは、それが真夜中のことだったから

The moon was shining sulkily, 月は輝いていたが、すねていた
Because she thought the sun 太陽はそこにいるべきではない
Had got no business to be there と思っていたからだ
Tweedledum and Tweedledee トゥィードルダムとトゥィードルディー!
After the day was done -- 1日の終わった後
“It’s very rude of him,” she said, 「太陽はとても無礼だわ、こんな時に来て」

“To come and spoil the fun!” 「わたしの楽しみをぶち壊すなんて」と月は言った
The sea was wet as wet could be, 海は海らしく湿っていて
The sands were dry as dry. 海岸の砂はまったく乾いていた
You could not see a cloud, because 雲は見えなかった、というのは
No cloud was in the sky: 空には雲がなかったからだ
No birds were flying over head -- 頭上に鳥も飛んではいなかった

There were no birds to fly. 飛ぶ鳥はなかった
The Walrus and the Carpenter セイウチと大工は
Were walking close at hand; 寄り添うように一緒に歩いていた
They wept like anything to see 二人はひどく泣いていた
Such quantities of sand: こんなにたくさんの砂を見て
“If this were only cleared away,” 「ああこの砂を片付けてしまえたら」

They said, “it would be grand!” 「なんて広いんだ」と二人は言った
“If seven maids with seven mops 「七人のメイドが7つのモップを持って履いても
Swept it for half a year, 半年はかかるだろうな」
Do you suppose,” the Walrus said, 「そう思うだろ」セイウチは言った
“That they could get it clear?” 「全部片付けてしまうには」
“I doubt it,” said the Carpenter, 「どうだろうな」大工が言った
And shed a bitter tear. そして涙をポロポロと流した
“O Oysters, come and walk with us!” 「おお牡蠣たち、おいで、僕らと一緒に歩こうよ」
The Walrus did beseech. セイウチは乞うように誘った
“A pleasant walk, a pleasant talk, 「とても気持ちの良い散歩さ、
Along the briny beach: 塩辛い岸辺沿いのね
We cannot do with more than four, 四匹以上は連れてゆけないけど
To give a hand to each.” 片手に一つずつしか運べないからね」
The eldest Oyster looked at him 年長の牡蠣はセイウチを見た
But never a word he said: でも一言も喋らなかった
The eldest Oyster winked his eye, 年長の牡蠣はウィンクして
And shook his heavy head— 重たい頭を振った
Meaning to say he did not choose 縛りついている岩から
To leave the oyster-bed. 離れたくはないという意味だ
But four young Oysters hurried up, でも四匹の若い牡蠣は急いでついてきた
All eager for the treat: お誘いに喜んで
Their coats were brushed, their faces washed, 牡蠣たちのコートの殻は磨かれていて、顔も洗われていた
Their shoes were clean and neat— 靴もピカピカ
And this was odd, because, you know, そしてそれは奇妙なことだった
They hadn’t any feet.” というのは、牡蠣には足なんてないからだ」
“Four other Oysters followed them, 「四匹の他の牡蠣も最初の牡蠣たちについて来て
And yet another four; また別のが四匹も
And thick and fast they came at last, そして寄り集まって早足でついにやって来た
And more, and more, and more— もっともっともっと
All hopping through the frothy waves, 泡だらけの波を通って皆飛び跳ねながら
And scrambling to the shore. 岸まで這い上がった
The Walrus and the Carpenter セイウチと大工は
Walked on a mile or so, 一マイルかそこらを歩いた
And then they rested on a rock それでそれから岩の上で休んだ
Conveniently low: 都合いいように低い岩の上に
And all the little Oysters stood そして小さな牡蠣たちは
And waited in a row. 列になって立ったまま待った
歩くための足ある牡蠣たち
‘The time has come,’ the Walrus said, 「時は満ちた」とセイウチは言った
‘To talk of many things: 「たくさんことを語るべき時だ」
Of shoes—and ships—and sealing wax— 「靴のこと、そして船のこと、封蝋(手紙を閉じるのに使う蝋)のこととか
Of cabbages—and kings— キャベツや王様たちのことも
And why the sea is boiling hot— そしてどうして海が熱く煮えたぎっているかを
And whether pigs have wings.’‘ それからなんで豚に羽が生えているか」
‘But wait a bit,’ the Oysters cried, 「でもちょっと待ってよ」と牡蠣たちが叫んだ
‘Before we have our chat; 「お話しする前に、
For some of us are out of breath, 僕らの何人かは息切れだ
And all of us are fat!’そして僕らみんなはよく肥えているんだ」
‘No hurry!’ said the Carpenter. 「急ぐ必要はないよ」と大工が言った
They thanked him much for that. 牡蠣たちは大工の親切な言葉にとても感謝した

‘A loaf of bread,’ the Walrus said, 「パン一斤」セイウチが言った
‘Is what we chiefly need: 「が我々に必要なものだ:
Pepper and vinegar besides 他には胡椒に酢があれば
Are very good indeed— とても素敵だな
Now if you’re ready, Oysters dear さて、親愛なる牡蠣の諸君が準備出来ているならば、
We can begin to feed.’ 食事を開始することができる」

‘僕らはBut not on us!’ the Oysters cried, 「でも僕らを食べちゃダメ」と牡蠣たちは叫んだ
Turning a little blue. 少し青ざめながら
‘After such kindness, that would be 「散歩に誘うという親切が、後になって
A dismal thing to do!’ こんな惨めなことになろうとは!」
‘The night is fine,’ the Walrus said, 「夜はいいなあ」セイウチは言った
‘Do you admire the view?’ 「この景色を素晴らしいと思わないかい?」

‘It was so kind of you to come! 「君が来てくれて嬉しいよ
And you are very nice!’ 君はとてもいい奴だな」
The Carpenter said nothing but 大工は何も言わなかった、次のこと以外は
‘Cut us another slice: 「もう半分、パンを切っておくれ
I wish you were not quite so deaf— 耳があまり遠くないといいのだけど
I’ve had to ask you twice!’ 君には二回たずねないといけないからね」

‘It seems a shame,’ the Walrus said, 「残念だったな」セイウチが言った
‘To play them such a trick, 「騙さないといけなかったことは」
After we’ve brought them out so far,” こんなに遠くまで連れて来た後にね」
‘And made them trot so quick!’ 「それで牡蠣たちにとても速く駆けさせたし」
The Carpenter said nothing but 大工は何も言わなかった、次のこと以外は
‘The butter’s spread too thick!’ 「バターを厚く塗りすぎだ」
‘I weep for you,’ the Walrus said: 「君たちのために泣いちゃうよ」セイウチは言った
‘I deeply sympathize.’ 「深く同情するよ」
With sobs and tears he sorted out すすり泣きと涙で
Those of the largest size, 牡蠣の一番大きいのを選び出しながら
Holding his pocket-handkerchief ポケットのハンカチを握りながら
Before his streaming eyes.‘ 涙で滲む目の前で頬張った (君とは牡蠣のこと)。

‘O Oysters,’ said the Carpenter, 「おお、牡蠣よ」大工は言った
‘You’ve had a pleasant run! 「楽しかったよね!
Shall we be trotting home again?’ 家までまた駆けてゆこうか?」
But answer came there none— でも答えはなかった
And this was scarcely odd, because そして少しも奇妙でなかったのは
They’d eaten every one.” 二人は一つ残らず牡蠣たちを平らげてしまっていたから」
間抜けな大工と偽善的なセイウチのお話でした
食べられてしまった牡蠣たちは哀れ

ディズニー映画のセイウチ

この物語詩は「鏡の国のアリス」のエピソードですが、1951年のディズニー映画「不思議な国のアリス」の中にも採用されています。

映画は二つのアリスの物語がまぜこぜにされているのです。

‘Twas brillig and the slithy toves’ というJabberwockyのナンセンス詩も、映画の中に登場して笑う猫であるチェシャー猫によって歌われます。

The mome rathsも、Tulgie Woodにも、ムーミーンのニョロニョロみたいな姿で登場するし。

世間知らずの若い牡蠣たちを騙して、食べられてしまう牡蠣たちに同情しながら全部平らげてしまうのはなんともシュール。

この物語は明るい夜に牡蠣を見つけた二人が牡蠣を岩から剥がして食べてしまったというそれだけの話なのかも。でもこんなに面白く語れるのはすごいなと海岸の天然牡蠣を岩から剥がして食べるのが大好きなわたしは思います。

わたしは牡蠣の産地のそばに住んでいます。海岸にゆけばいくらでも食べられる。

さて、こんな牡蠣視点の悲劇なお話に惹かれたジョン・レノンは、この題材から何とも訳のわからない詩を書いて作曲したのでした。

ビートルズは20世紀の古典ということで、ここではOASISによるカバー版をどうぞ。

彼らは好んでこの曲をコンサートの最後に演奏したのでした。

1968年に書かれた曲が30年後の1998年に録音されたものです。

セイウチと大工たちのように泣いている自分。泣いているのは自分がなんだかわからないからか、牡蠣を騙して食べてるように生きている人間のさがゆえなのか。

I am he as you are he as you are me 僕は彼で、君は彼で、君は僕だ
And we are all together そしてみんな一緒なんだ
See how they run like pigs from a gun 見てみなよ、豚みたいに銃口から逃げ惑う様を
See how they fly 見てみなよ、あいつらは飛んでゆく
I'm crying 僕は泣いている
自分がわからない
自分のしていることがわからない
そんな感じ
無垢な牡蠣を食べてしまうのも、テロリストになって無差別殺戮するのも同じ
生きるために生き物を食べるのも、
都会でアンニュイ抱えて無意味に暮らしてテロリストになって
有名になりたいと思うのも似たようなこと
そんな存在でしかない自分に対して泣いている自分

牡蠣たちを騙して涙ながらに平らげてしまうセイウチは罪なき市民に銃口を向けるテロリストのようなもの?

歌詞のイメージは次にアリスを離れて別世界へ飛んでゆく。

Sitting on a corn flake コーンフレークに座り、
Waiting for the van to come 乗せてってくれるバンを待ってる
Corporation T-shirt, stupid bloody Tuesday 会社のロゴ入りTシャツを着て、超最低の火曜日に
Man you've been a naughty boy ああ、ふざけた野郎だな
You let your face grow long あんたは楽しそうじゃないな

I am the egg man 僕はエッグマン
They are the egg men あいつらもエッグマン
I am the walrus 僕はセイウチだ
Goo goo g'joob グー、グー、よくやった (G’joobはGood jobともただの鳴き声でもある)。
a long faceは浮かぬ顔、心配そうな顔という意味

謎めいた言葉の羅列。

アリスのセイウチから別世界を連想して、再びアリスの世界のハンプティダンプティへ。「グー、グー、グジョブ」はセイウチの鳴き声だと解釈されています。

アリスに難解な詩の解釈を教えてあげる物知りなエッグマン!
でも塀の上のハンプティダンプティはまさに上から目線な偉そうな奴

「自分が誰だかわからない、自分はエッグマンだ!俺はセイウチだ!」

深刻な政治メッセージが込められているという解釈もありますが、自分がわからなくなったときに、こんな現実逃避なナンセンスな世界の言葉が心に刺さります。

世界は狂気。そんな歌なのだとわたしは思います。

古典として歌い継がれるべき、ビートルズ屈指の名曲だと思います。

Mister City policeman sitting 警部様が座ってる
Pretty little policemen in a row 可愛らしい小さな警官たちも一列に並んで
See how they fly like Lucy in the sky, みんな空の上のルーシーみたいに飛んでゆく
see how they run 逃げ回るさまを見てみなよ
I'm crying, I'm crying 僕は泣いている、僕は泣いている
I'm crying, I'm crying 僕は泣いている、僕は泣いている
空の上のルーシーは次に紹介する曲で語られるルーシー
I am the Walrusの一年ほど前に書かれて
名作アルバム「Sgt Pepper’s  Heart Club Band」の中の曲

「空に浮かぶダイアモンドを付けたルーシー」

「Lucy in the Sky with Diamonds」もまた、アリスの物語(世界観)にインスパイアされた曲だと言われています。

ジョンは息子のジュリアンが幼稚園で書いた、空飛ぶ女の子の絵にインスパイアされたとも語っていますが。

きっといろいろ絡み合っているのでしょう。

歌詞は完璧なナンセンス詩だし。

こちらもサイケデリックですが、Walrusよりもこちらの方がカラフルで子供っぽくて分かりやすいかも。銃だとか政治的仄めかしに乏しいし。

万華鏡の目をした女の子のルーシーは、ダイアモンドを身につけて空を飛んで行ったという詩。歌詞はとても色彩感あふれる言葉でいっぱいです。

ボートに乗っているという設定は、アリスの作者ルイス・キャロルが、物語のアリスのモデルとなったアリス・リデルと彼女の姉妹たちと船遊びをした折に、アリスの話を船上で思いついて彼女らに語ったという実話を思わせます。

Picture yourself in a boat on a river タンジェリンの木やマーマレード色の空を思いながら
With tangerine trees and marmalade skies 川下りボートに乗ってる自分思い描いてごらん
Somebody calls you, you answer quite slowly 誰かが君を呼んでるよ、君は随分とのんびりと返事をするんだ
A girl with kaleidoscope eyes 万華鏡みたいな目をした女の子にね

Cellophane flowers of yellow and green 黄色と緑のセロハンでできた花をね
Towering over your head 君の頭の上に乗せて
Look for the girl with the sun in her eyes 目の中にお日様がある女の子を探してごらん
And she's gone そうしたら彼女はいなくなったんだ

Lucy in the sky with diamonds ルーシーはダイアモンドをつけて空にいるよ
Lucy in the sky with diamonds 飛んでゆくんだ
Lucy in the sky with diamonds 空の上にね
Ah

Follow her down to a bridge by a fountain 噴水のそばの橋のところまで彼女を追いかけていってごらん
Where rocking horse people eat marshmallow pies 揺り木馬でマシュマロパイを食べてる人たちのところでは
Everyone smiles as you drift past the flowers 誰もが笑っていて君は漂ってゆく
That grow so incredibly high 信じられないほど高く伸びてゆく花たちの中をね

Newspaper taxis appear on the shore 新聞のタクシーが岸にやってくる
Waiting to take you away 君を連れてゆくためにね、待っているんだ
Climb in the back with your head in the clouds 後ろに乗り込んで頭を雲の中にしまい込むと
And you're gone そしたら君もいなくなってしまう

Lucy in the sky with diamonds 
Lucy in the sky with diamonds
Lucy in the sky with diamonds
Ah

Picture yourself on a train in a station 駅の電車に乗ってる自分を思い描いてごらん
With plasticine porters with looking glass ties ガラスでできたネクタイをした粘土細工の駅の荷物係がいて
Suddenly someone is there at the turnstile 突然改札口に誰かが現れる
The girl with the kaleidoscope eyes 万華鏡の目をした女の子さ

Lucy in the sky with diamonds 
Lucy in the sky with diamonds
Lucy in the sky with diamonds
Ah
20世紀的なWonderlandの情景で繰り広げられる歌の世界でしょうか

子供の頃はあんな荒唐無稽なことなんてあり得ないと「不思議の国のアリス」を全然好きでもなかったのですが、大人になってアリスを読むと、こんなファンタジーの世界を思い浮かべる心の余裕は人生に大切なのだなとつくづく思えるのです。

ルーシーは20世紀版の不思議の国のアリスかも。

英語を喋れるようになって、アリスを理解できるだけ英語が上手になってよかったな、なんてことを思いながら、今では毎日アリスの詩を読みながら、ルーシーやウォーラスのメロディに詩句を乗せて口ずさんでいます。

非常にカラフルで視覚的な想像力を刺激する曲なので、世界中のアーティストがこの曲の世界を描写して発表しています。

面白いと思った絵のいくつかを貼っておきますね。

ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。