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浅草紀行

5月31日の朝8時に、私はこっそりと自宅を抜け出した。
そうでもしなくても旅には出れたが、すべて大事なのは機を捉える事であるから。
天気は曇り。初夏の涼しき朝風に羽織物は長袖を選んだ。
先日「あなたは寺町が好きねぇ」と母に言われた。
幼少期に住んでいた仙台の北山は、伊達家由来の寺町である。
浅草で電車を降りた。

学生と外国人が半数ずつを占めた浅草寺は、さながら「人類の理想郷」であった。
言葉も人種も違う多国籍の人々が、争いも無く境内で融和している。
聖観世音菩薩もお喜びであらう。
伝法院通りは、時間が早く、まだどの店も開いてはいない。
しかし、店ごとにひとつひとつ違う木製の看板の独自性に目を見張る。
ヨーロッパ旅行で目にした美しき看板を思い出しながら、それらが私同様に、
外国人旅行者に「忘れがたき異国の記憶」として焼き付くさまを想像した。

昼時はもんじゃ屋に入った。人生初。
観光客相手の土地柄だから店員さんも話してくれる。
ついつい麦酒が二杯。
見ず知らずの人が丁寧に会話に応じてくれる大切さを、
普段粗雑なチェーン店しか使わなくなった自分は痛い程感じた。
何気ない会話でも命を救うことは出来るだらう。

浅草では、尊き老人たちも多く目にした。
日中、身なりに気を遣わず、老人たちがほろ酔いで路中を歩ける街は、犯罪も鬱病も少ないハズだ。
なぜなら、街の余裕や寛容さは、人のココロの荒廃と繋がっている気がするから。
建物も風情も美しいからか、スマホを凝視し、歩いている人がほぼ居ないのも特徴だ。
偽物の玩具には、ここらで御退散頂こう。

普段と異なるものを目にすると、思考が刺激され、俄然自身の中に真理が湧いてくる。
結果、非日常こそが最も日常を開花させる。
帰宅時、陰雲から花弁が舞い落ちたのは言うまでもない。

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