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大学4年の夏、内定を辞退してドイツに渡った

初めまして、Mensch(メンシュ)のメンバーのKenです。
今回の記事は、私のプロフィール、ドイツに渡った理由、そして帰国後の話をみなさんに知っていただきたくて書かせていただきました。

自己紹介

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まず、簡単に自己紹介です。
秋山 健(あきやま けん)
生年月日は1994年6月20日 26歳です。
神奈川県横浜市で生まれ、育ちました。
サッカー歴は、約17年
・瀬谷FC(小学生)
・八ッ橋SC(ジュニアユース)
・麻布大学附属渕野辺高等学校(ユース)
・日本体育大学
→ドイツ(2017年4月) →帰国(2020年2月) という感じです。

私がドイツに渡航したのは、大学を卒業した直後の4月なんですが、
それまでのサッカー人生を説明したいと思います。

 サッカーを始めたのは小学2年生の秋。
友達も多くいた地元のサッカーチームに入団しました。
体験に行った翌日、練習試合の見学に行ったつもりが、少し出場させてもらえることになり、さらに点を決めたことで周りの父母から入団を迫られたと、母が言ってました。(笑)

 入団後は半年くらいフィールドプレイヤーをしていました。
ですが私はTVで見た川口選手の躍動する姿がかっこよくて憧れたので、
卒団まではゴールキーパーでした。(笑)

GKやります!って言ったとき周りに反対されたのを覚えています。
結果的には、神奈川県で6位になることもできたし、選択には満足しています。


 中学生、ここは問題でした。しかし一方で、今もある私のサッカー観が形成された場でもあります。

 そこは、家から近い地域のサッカークラブでした。
なんと入団した時の同期は私を含め7人!!
え、、、サッカーできない、、、卒団の時は4人になってました。(笑)
上の代と、下の代が人数多くてよかったです。。。

これ別にセレクションが厳しくて、少数精鋭軍団になったことではなく、
単純に人が来なかった、という結果です。😢

 ここではGKもフィールドプレイヤーもやり、なんでも経験できました!練習内容はひたすらミニゲームか、練習場として使っていた幼稚園の遊具を使いながらのリフティングか、みたいな感じで、サッカーのセオリーなんて言葉の「」の字も知りません。

ただひたすら毎日サッカーで遊んでたって感じです。
なので今でも相手や観客が「お~!」とか言ってくれるとテンション上がります(笑)
魅せるプレーが好きなんですね。

 そんな私ですが、セオリーを知らないのはサッカー外もそうでした。

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 高校年代、どこでプレーしよう?って考えたときは既に中学3年の冬間近でした。知り合いに協力してもらい、何校かの練習に参加できました。
しかし実際に進んだ高校である渕野辺には1回行ったのみ。

 渕野辺はレベルが高くて行けるところじゃないと思っていたのですが、「とりあえず電話してみるか。」という感じで監督に直接電話して練習参加の許可をもらえました。
あとあと聞くと、選手が直接監督に電話してってやったのは私だけらしいです。知らないって怖いですね(笑)

全国にも出場経験のある部活動は厳しく、よく吐いてる選手がいました。
私たちの代は高校サッカー選手権では、桐光学園に0-2で負けてベスト16でした。強かったなぁ~。コーナーキックの精度が高くて、それで2点取られました(笑)

結局その桐光は全国で4位になったので、まだ健闘できた方なのかなって自分たちを慰められます。。。

 大学の部活には半年ほど遅れて入部しました。
理由は、腰の手術です。サッカーをやる方も、そうじゃない方も怪我にはご注意ください。

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 高校の部活を引退(秋頃)+半年の入部遅れで合計1年くらいサッカーがフルで、できない期間がありました。
復帰後の大学サッカーには最初、目が追い付かない筋力が足りない走れない頭が追い付かないなど様々な困難に直面しました。

でも、大学時代あんなクレイジーな仲間達と一緒に時間を過ごせたのは良かったと思います。
よくも全国からこんなにも選りすぐりのクレイジーな選手達を集められたなと思います(笑)

 トップチームではプレーできませんでしたが、それでもかなりレベルが高い空間で練習できたかと感じています。こんな感じで日本でのサッカー人生は終わりました。

ドイツ渡航の理由

理由は3つ。
①恩師の強引な後押し
②夢の実現
③生活環境

①、これはこの記事の題名にもなっているんですが、内定をもらっていた大学4年生の夏に居酒屋でお世話になっているコーチや父母の方々に「行けよ!俺の友達がエージェントしてるから話を聞いて来い!てか今電話するから出ろ!」みたいな。。。

Yes,No言う暇もないくらいのアプローチ(笑)

 でもこれがきっかけでドイツに留学することになったんですね~。
自分の中にこのまま就職したらどうなるんだろうっていうのもあったかと思います。また、まだサッカーしたい気持ちもあり、挑戦できるかもしれない喜びに満ち溢れていました。

それで内定をお断りさせていただき(担当者の方は不意にビンタ食らったみたいなリアクションで驚いていました。ごめんなさい。)、渡航することを決めました。

 誤解がないように言っておきますが、結局私はエージェントなしで渡航しました。

②、他のMenschメンバーと同様に、私も小さい頃からの夢の実現に行きました。
 小さい頃は、高校卒業にはプロになる!って思っていて、そのあとは大学の後はプロだ!って思っていました。

この夢に挑戦できるのは今のうちだ!
って、決意したときは思いましたね~。

実際「サッカーに挑戦できるのは今だけだよ。就職は後からでもできる。」って人生の大先輩たちに言われると、今は夢を追って、将来後悔しないようにしようって思えました。
背中を押して頂いた方々、渡航を認めてくれた方々には感謝しています❕
ありがとうございます!!
結局「プロ」にはなれませんでしたが、後悔なく帰国しています。


③、なんでドイツなの?って思いますよね。
理由は、世界的サッカー大国で、アマチュアからもプロになれるチャンスがあること。経済的に安定していて、欧州のなかでは比較的に安全な国であること。の2つです。

正直、サッカーのスタイルで選ぶならスペインかなって考えもありました。
ただ、最初はアマチュアからのスタートだとアルバイトもしないとなぁ~
ってなり、スペインは雇用があるか、とか不安でした。

ドイツでサッカーのスタイルを理解するのは苦労しましたが、アルバイトを見つけるのは苦労しませんでした(笑)


ドイツでのサッカー生活やプライベートの時間の使い方に関しては、また別の記事にしますので、そちらをご覧ください。

現在

 日本に帰国したのは2020年2月上旬です。
そのころは日本でコロナウイルスが拡大傾向にあり、ドイツにもう少し留まったら?って言われていました。

ところが、帰国したタイミングは間違ってなかったです。
2月はヨーロッパでカーニバルがあり、それがトリガーとなり一気にウイルスが拡大しました。もし残っていたら…

 帰国後はお世話になったチームのコーチをしながら就職活動をしていました!!
日本での「コーチ」、「就活」お久しぶりです。
なかなか難しい状況ではありましたが、就職活動も無事に終了したので、Menschの活動にも関わらせていただくことになりました。

私の就職活動については、別の記事にしますので、
留学後の就職ってどうなるの?とか不安なあなた!
ぜひ、参考にしてください。

まとめ

今回の内容、特に「すごい参考になった!」とかはないかと思います。
ただ、「少し」でもなっていたら嬉しいです、、、
もしこれからMenschに相談したいという方に、いったいどんな人が相談に乗ってくれるのだろうっていう不安が解消されればいいかなと思います。
Menschではさまざまな経緯で留学を経験している仲間が、
全力で「あなた」の相談相手になり、サポートをします。
エージェントの人たちには聞きづらいことも、全力で聞いてきてください!
全力でお話させていただきます!!!!

長文になりましたが、最後までご愛読いただきありがとうございます。
皆様のご相談お持ちしております^^

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◾︎海外留学、キャリア形成、サッカー留学◾︎日本、ドイツ、セルビアのメンバー『人々に新たな選択肢を』ミッション掲げ、オンライン中心で留学の準備の相談やキャリアサポートしてます。 20代にして海外歴7年以上のメンバーや海外生活を経て自分したい仕事を見つけ就職をしたメンバーなど。