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ダブルキャストの話

 皆さんは「ダブルキャスト」という言葉を聞いたことがあるだろうか?

 舞台をよく観る人なら知っているだろうが、つまり「一つの役を二人のキャストが交代で演じる」というものだ。

 僕にはこれにパッとしない想い出がある。

 それは幼稚園の頃。お遊戯会での話だ。

 今、そんなに遡る?と思っただろう。しかし自分にとっては忘れられない記憶なのだから仕方がない。

 ちなみに皆さんはお遊戯会での演目を覚えているだろうか?
 我が園では例に洩れず、童話の「白雪姫」だった。流石にあらすじは誰でも知っていると思うので割愛するが、今のうちに頭に浮かべておいてほしい。

 さて、お遊戯会よりも少し前のこと。
 まずはキャスト選びが行われた。

 園児たちがそれぞれ小人だとか魔女だとかに立候補していく。
 ただ、引っ込み思案な僕はそもそも舞台などやりたくなかったので残り物で良かった。その為最後まで手をあげずに待っていると、残った役はなんと「王子1」だった。

 その時点で「王子2」は決まっており、つまり主役級の役でもある「王子」のダブルキャストの一人になってしまったのだ。
 てっきり、目立つ役から決まっていき、台詞もないような役が残ると思っていた。
 そんな目論見もハズれ、こんなことなら他の台詞が無い役に手をあげておけば良かった。と、思ったが既に遅い。
 僕は渋々「王子1」を演じることになった。

 ここでもう一度ダブルキャストについて説明するが、本来は一つの役を時間や日程で交代するというものだ。
 まあ、あの頃にダブルキャストなんて言葉を知っているわけではなかったが、「1」「2」と分かれているということは二回以上の公演があると思う人もいるだろう。

 しかし実際は違う。
 お遊戯会での役「1」「2」は、物語の前半と後半で分けるというものだった。

 ここで皆さん。白雪姫の物語を思い出して頂けただろうか。
 そしてその物語の中で、前半の王子の見どころを言える人が居るだろうか。残念ながら自分は未だに思いつかない。

 実際、自分がどんな台詞を言ったかも覚えていないのだ。
 では何を覚えているのか。

 それは「王子1」から「王子2」にバトンタッチし、そのまま書き割り(背景のパネル)の後ろから見ている光景。

 後半の見せ場でもある「白雪姫2」と「王子2」のキスシーン。
 沸き起こる保護者たちからの拍手喝采。
 僕はそれを背景の影からこっそりと覗いている。当然照明の当たらない暗闇の中で。
 
 あの光景が今でも鮮明に残っている。

 僕は残り物の目立たない役で良かったと言いながら、心の奥底では見せ場のある「王子2」を羨ましがっていた。それに気が付いたのはずっと後のことだった。
 しかしきっと、魔法の鏡に「自意識過剰な奴は?」と聞いたら自分の顔が映ることだろう。なんでそんなことを聞くのかは置いておいて。
 毒リンゴを用意するのは魔女ではなく、王子1だったかもしれない。
 それぐらい、忘れられない光景だった。

 その後、大人になって芝居を初めたが、頑なに板の上には立たなかった。
 脚本だったり、演出だったり、音響照明のオペレーターだったり。必ず裏方をやってきた。勿論それも楽しいのだ。好きなのだ。
 しかし。自分の中には今でも「王子2」を羨む、書き割りの後ろから覗いている自分がいるような気がする。
 スポットライトに当たり拍手を浴びる。その瞬間を指をくわえて見ている少年が。

 そういえばあの時の「白雪姫1」はどんな気持ちだったのだろう。
 同じように前半後半で分かれ、ハッピーエンドは「2」に持っていかれる。
 彼女とだったら今の自分の気持ちを分かち合えるかもしれない。出会ったのかも定かではないが、なんといっても白雪姫と王子なわけだ。きっと通じ合える。

 いや、そうでもないか。
 王子と違って、白雪姫には前半の見せ場がちゃんとあった。なんといっても主役なのだから。

 そんなわけで、僕はこれからも最後のいいシーンを演じられるように、書き割りの後ろから覗き続けようと思う。

#創作大賞2023 #エッセイ部門

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