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就活生にとって「10年後のキャリア」はちょうど今の自分らしい

まさか本厄だなんて当時は気づいていなかったのだけど、それらしい気配を感じていないので、厄祓いに行ってよかったと思っておくことにする。

就活には本当に苦戦して「1年後の自分もわからないのに10年後なんてあるか!」と思っていたし、あのころは正直、30歳以降の自分の人生そのものを想像できていなかった。ロールモデルをたくさん見つけて、自分の理想をつくりあげることができていたら、違う方向に進んでいたかもしれない。

だからこそ自分より若い人たちには、よかったことも悪かったことも含め、参考にしてもらえるように経験談を喋っている。耳を傾けたり倣ったりしてもらわなくてもよくて、何か一言でも(そして選ぶときじゃなく選ばないときでも)役に立つことがあればうれしいなと願って生きている。

思い描いていたような大人に、すこしでも近づけているだろうか。こんな大人になりたい、と思ってもらえるような人間で居られているだろうか。

いつしか年齢にこころが追いついてこなくなり、毎年誕生日を迎える度に驚いてしまっている。思っていた以上に大人になりきれていない気がするし、そう思えていることが子供のままではないということの証明のようにも感じる。

最近は何故か同い年と知り合う機会が多いけど、30代の入口で、本当にさまざまなキャリアと生活の形がある。そこには意図せずとも「自分らしさ」が存在してしまっている。いいなぁ、と思うことも思われることもある。

具体的に何かになりたかった訳ではないが、当時からライターという職業には憧れがあった。その夢を言い訳のように使ってしまい、たしなめられたことを今でも覚えている。当時から本業にすることには難しさを感じていたが、曲がりなりにも書くアウトプットを続けているのは、自分のキャリアで好きなところのひとつ。

とは言え、学生の頃からもっと貪欲にチャレンジしてみればよかった。今ほどweb媒体やインターン制度は発展していなかったけど、何かできることはあっただろう。

それでも、その時々の自分の行動が今の自分の環境をつくっているので、やり直したいと積極的に思う分岐点は案外無い。ひとつ変えることで今の人生が変わるのはすこし寂しい。もちろん、望んだ出会いばかりではないけれど。笑

大きく始めなくても、小さく取り組み始めることは、きっと今でもできるはず。

生きてみたら結構たのしかったよ、と言える自分で在り続けたい。思い描けなかった分まで、いつかの未来である今を、全うして生きたい。

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