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名前のない木 19章


父視点

あの日のことを母さんから聞いたんだろ?
ってことは順番云々の話も聞いたんだよな?

「聞いたよ、自分のうわごとで気付いた様子だったって」

そうなんだよなぁ
最初に聞いたときは「意味がわからん」と思ってたんだが、
『順番、順番』と繰り返すのを聞いてるうちに気づいたんだわ。

お前は覚えてるか?あの夏、おやじが足骨折しただろ?

「あぁ覚えてるよ、祖父ちゃん、足にギプスしたまま庭仕事してたからね」

そうだな、おやじ(私にとっての祖父)は毎年墓参りの担当だろ?
あの年はギプスしてたんで、さすがに山を昇るのは無理だってことになって、俺が墓参りの担当を引き継いだんだ。

ーそうだった。墓までの道は急斜面を昇る坂が連なっており、屈強な祖父でもさすがに無理だった。祖父が健在の間では、「唯一の自宅待機」だった。

それでよ、俺はガキの頃からおやじの墓参りを見てきたからな。
墓参りの順番も全部分かったつもりでいたんだが、あの墓石の数だろ?
いざやってみたら、途中で分からなくなったんだわ。
中盤の順番が滅茶苦茶になったんだよなぁ。。

それをお前のうわごと聞いたとき思い出してよ。

「!?」

かあさん(私にとっての祖母)は、途中で順番が違うことに気付いたんだが、俺がそのまま進めたんで、”もう仕方がない”ってことでその場は黙ってたみたいでよ。
墓参りから戻ってから、かあさんに怒られたんだよな。
次の日に、わざわざ墓参りの順番が書かれた紙を渡されてたんだわ。

その後に、お前が木の下で倒れてよ、うわごとで「順番が大事」って言い出しただろ?
最初は『かあさんがお前を使っておれに嫌がらせしてんのか?』って思ったぐらいだわ。
でもよ、あの時のかあさん、ものすごい驚いた表情してたからな。

『あぁ、これは仕組んだことじゃないのか』って気付いたんだよ。

父は一息ついて、グラスに入っているウイスキーを喉でグビリと飲み干す。

――んでよ、今年の墓参りなんだが、

おまえの祖母ちゃんが足が悪いってことで参加しなかっただろ?
祖母ちゃんがいるときは真面目にやってたんだが、今年は前日に酒呑みすぎたせいで、順番をまた間違えたんだよな。

私は「えっ?」っと声を出してしまった。

それでよ、台風直撃で庭がこれだけ荒れて、そこにお前が帰ってきてよ、
今日この話だろ?・・・さすがに思い出すよな。

「それであの台風の日、私がしつこく聞いても、何も答えなかったのね!」

突然、キッチンにいたはずの母が急に声を挟んでくる。
父と私はその声の大きさにビクッとし、声が聞こえた方に顔を向ける。
コップを両手に持った母が開いたままのリビングの引き戸の位置で、
文字通り仁王のような表情で、仁王立ちをしていた。

「こいつが倒れたのが俺の責任だとしたら、余計にまずかったからな」

母の方に顔を向けながら苦笑する。

母は呆れた表情で何かを言いかけたが、『酔っ払っている状態の父に追い打ちをかけても仕方がない』と悟ったような、皮肉のような溜め息をつく動作をし、コップに入った水を2つ、リビングのテーブルに粗雑に置く。
そしてキッチンに戻っていく。

それを確認してから、父は私の方に顔を戻し、話を続ける。

しかもよ、お前が死体を見たって騒いだクヌギの木は、昔は〇〇(先祖の名前)の木だったらしいんだよ。

叔父さん(※私の祖父の弟にあたる人物)から聞いた話なんだが、

叔父さんが子供の頃、あの木で実際に首を攣った人がいた。
その人は親族ではなく、知り合いでもない全くの他人だった。
それで縁起が悪い、ということになった。
〇〇(先祖の名前)の木は、新たに別の場所に木を植えた。
これで、あのクヌギの木は「名前のない木」ってことになった。
その首を攣った人は身許不明だったので、一族で管理をする無縁仏の墓
――埋葬したが、しっかり毎年供養しないと化けて出る

叔父さんからこんな『怪談』みたいな話をおれが子供の頃に聞かされてたんで、さすがに驚いたよ。

でもよ、さっき言ったように、俺は無縁仏の墓にお参りする順番をよ、
あの台風の年と今年で、2回間違えてるんだわ。
あの無縁仏の順番は。墓の位置がトビトビで一番ややこしいからな。
他の家のことはよく知らないけどよ、

『一般的には、親族全員の墓参りをしてから、最後に無縁仏の墓』

って坊主から聞いたことあったんだよな。
うちがそうじゃないのは「理由があった」ってことだったんだろうな。

「お前がこの話を知っている訳がないから、偶然にしても出来すぎだろ?」



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