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名前のない木 16章 仮説


インスタントカメラ

「インスタントカメラはどこだ?」

これだけ行方不明になっていることに気付く。

思い起こせば、たしかにあの台風の後日、カメラを探し回った記憶があった。夏休みのサマーキャンプに一緒に参加した学校の同級生から、撮った写真を「見せて」と頼まれたときだ。
『そういえば、まだ現像さえしてなかった』とカメラを必死に探したのだ。
ところが、自室にあるはずなのに散々探しても見つからず、どこかでなくしてしまった、と諦めたのだった。

私は「どこでなくしたのか」を今回の母の話から仮説を立てることにする。

カメラも、傘、懐中電灯と一緒にくぬぎの木付近に落としたのではないか?

祖父の傘は目立つところにあり、回収されている。
懐中電灯は梯子を照らしていたためその場で回収されたのだろう。
ただ、カメラを木の下の茂みに落としたとしたら、見つからない可能性が極めて高い。
しかも、そこにカメラが落ちているとは私含め誰も知らないのだ。

おそらく、私はカメラ、傘、懐中電灯を持って外に出て、庭で双眼鏡を回収した。傘と懐中電灯を片手ずつに持っているとしたら、カメラと双眼鏡はズボンの両ポケットに入れたことで間違いないだろう。

そして、枝から転倒したときに、茂みにカメラを落としたのではないか?

あれから28年も経っているが、私の実家は人の出入りが極めて少ないことを考慮すれば、見つかる可能性はある。

そう決断し、ほとんど口をつけないまま冷めてしまった目の前のコーヒーを一気に流し込み、席を立った。リビングで洗濯物を取り込んでいた母に、

「ちょっとさっきの話を聞いて、気になることがあるんでくぬぎの木があったところに行ってくるよ」

と声を掛けた。

母は怪訝な表情になったが、「それなら一緒に行きましょ」とついてくることになった。
また私が何かをやらかして、怪我をするのでは?と勘繰ったのだろう。


跡地

玄関から私と母が外に出ると、トタン屋根とむきだしの柱で構成された庭仕事の用具置き場兼作業小屋に父がいた。
今回の台風で折れた太い枝をのこぎりで切っていた。
父は会社を定年退職後は、もともと日曜大工が趣味だったこともあり、庭の木、枝、竹を切ると、その廃材を利用して色々なものを作成していた。
味があるテーブル、椅子、棚などから、スピーカーまで創りだした。

「お父さん、また創作活動始めちゃってね。ああなると食事も忘れて没頭しちゃうのよね。本当は手入れをしてほしいところがまだまだあるんだけど」

たしかに、アイディアが生まれて没頭してるのだろう。こちらには全く気付かない。玄関脇に建て替えてある柄が長いスコップを私は手にし、そのまま、父をスルーし、くぬぎの木があった場所に向かう小道を進んだ。

「何を確認しにいくつもりなの?木を切っちゃってから、あの付近は手入れしてないから、雑草が多い茂ってるだけよ?」

母の質問も当然だった。

「さっきの話聞いてさ、あの日ポケットにインスタントカメラを入れてたはずなんだ。枝から落ちたときにそのカメラも茂みに落としたんじゃないかって」

小道で私の後ろを歩いている母の方には振り向かずに、早口で説明する。

「何か思い出したの? ――たしかに木を切ってくれた業者さん以外は近寄ってないはずだけど、ずっと昔のことでしょ?」

母の疑心暗鬼な声が背後から聞こえてくる。

「まぁ見つからなければ単なる勘違いだから、宝探しみたいなもんだね」

と私はわざと明るい声を出した。

木を切った跡地に到着する。
たしかに『雑草が生い茂ってるだけ』と表現した母が正しかった。
膝上、中には腰あたりまである、よく目にはするが名前はよくわからない色々な種類の雑草の群れ。
これらを踏み出す足で根元から横に押しやるように進んだ。
後ろから母が「ズボンが汚れるわよ?」と呆れた声で話しかけくる。

それでも、位置的に切り株があるところは感覚的に分かる。
あれだけ夢を見たのだから。
すると、直径70cm以上はある切り株を見つけた。
切り株の断面は真ん中が裂けており、長く自然に晒されたので黒く変色していた。上から足をそっと置いてみると、表面がボロッと崩れた。

そこから自宅の方向に90度体を回した。5mぐらい離れたところから母が私を見ている。その後ろの私の家の二階の自分の部屋だった窓を目視する。

切り株がここなら、あの枝があったのは左側に3mぐらい、と目測で歩く。その地点が私が倒れていた場所である可能性が高い。
となれば、『3~4mの高さにあった枝の上からカメラを落とした』と仮定しても、半径5mぐらいが捜索範囲だろう。

「冬なら草も減って探しやすかったわね」と母が口を挟む。

数十年の間に草が土に戻ることで積層していることから、土に埋もれてるはず・・・
と雑草でほとんど見えない土の感触をスコップの先で突っつくように確認した。

「そこまで固くなさそうだから、今立ってるところを中心にまず2~3mを掘ってみるよ。」

と母へ伝える。
母は呆れた表情をしたが、見守ることにしたようだ。



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