見出し画像

音楽が織りなす人生―『夜想曲集』

タイトル:夜想曲集 著者:カズオ・イシグロ 早川書房刊

・あらすじ

 「音楽」をめぐる5つの短編と、そこで語られる人々の人生の断片。
 
音楽家たちが主役のそれぞれの物語は、おもに「人と人の間の不和(特に夫婦間)」を主題としている。特に一編の『老歌手』では、妻に対して歌を送ることで「愛している」と告げながらも結果的に別れることになった。
 また、二編『降っても晴れても』ではお互いが、相手に対してもっといい人になるはずだ、と期待していながら、自分では自分自身に見切りをつけている。
 あるいは五編『チェリスト』では、才能ある若手が、同じく高い才能を持った人に出会い、その指導を受けるうちに、その人に入れ込みすぎた。自分の才能を高く見すぎたためか、結局有名になることはなかった。7年後、ただの人として、かつて所属した楽団の演奏を聴きに来たところをわずかに残った当時のメンバーが偶然見つけ出す話だった。

・感想

 愛し合った夫婦も中年になり、時がたてばお互いの関係も冷めて、やがて心は別々になるのだろうか。そう思ってしまう小説だった。私はまだ、中年と言われる歳になるのはまだ先のことで、そもそも配偶者もいないのでそういう「実感」として読むことはできなかったが、登場人物たちがその中でお互いの在り方をそれぞれ模索し、苦悩する気持ちが伝わってくる小説だった。
 また、「相手に自分の思いを込めて演奏する」という場面が何度もあった。私は同じく音楽をテーマにした映画「リズと青い鳥」を思い出した。その映画でも、主人公二人が、演奏する曲の物語に自分たちを重ねて、「誰の気持ちを奏でるのか」模索して、最後に二人の在り方を見出し、お互いに素直な気持ちを込めることで、素晴らしい音色を奏でることができた。やや抽象的な言葉になってしまうが、これは「音楽の持つ力」というものを表しているのではないか、と思った。

・私個人が感じた作者からのメッセージ

①人生に対して、人それぞれに成し遂げたいこと、相手に期待することがあって、その違いから軋轢が生じる。
 四編『夜想曲』の中で、離婚報道のあった有名人が、売れない音楽家に対して「人生って、誰か一人を愛するには大きすぎる」という言葉をかけているのが心に残った。その音楽家も整形して有名になろうとするが、結末はぼかされていて読者に任せるというものだった。また二編『降っても晴れても』では、「おれは並の人間で、それなりにちゃんとやってる。だが、エミリ(不仲の妻)はそうは思わん。それが問題の根っこにある」というセリフがある。図らずも相手に期待してしまい、自分はできる限りのことをやっていると考えてしまう人間の心理と不条理を描いている。

②人生とは、うまくいかないことの連続だ。それに対してどう在るのか、その違いによってすれ違いが生まれる。
 三編『モールバンヒルズ』で、音楽家夫婦が成功のために目指している方向性にお互いに違いが出てきていることに気が付きながらも、夫のほうは明るくそれを乗り切ろうとし(実は悲観しているのかもしれない描写はあった。)、妻は悲観的に考えている。それによって行動の違うのが原因で二人の心も離れていく・・・。現実でも夫婦に限らずバンドやクラブの解散の原因としてよく聞く話だ。

③「音楽」は、相手に伝えること。そこにドラマが生まれる。人生がある。
 
賑やかな曲を聴けば明るい気持ちになるし、静かな曲で物思いにふけることもある。5つの物語で語られた人生の断片たちは、作者が「五楽章からなる一曲」としているように、音楽を通して、人間の多様な在り方、そしてその内面を表したのではないかと、読み終わった後に登場人物たちそれぞれの在り方を思い返しながら感じた。

この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?