水の性質を生かした栽培方法
<水の性質を生かした栽培方法>
アンデス山脈で行われている伝統農業にチナンパスがある。
標高3000~4000mの山間地で行われる地域では赤道付近のため、昼間は暑く、夜は寒くなる寒暖差の激しい地域である。ここでは畑の間に溝を掘り、水を引いて蓄える。水は温めやすく冷めにくい性質を持つことから、昼間に太陽熱で温められると夜間に農家はその水を畑に撒くことで大地へ放熱をし、霜の発生を防ぐ。乾燥に強いジャガイモでも昼間の強い乾燥は強いストレスになる。しかし夜間の水撒きのおかげで過乾燥を防ぐことができる。
日本にもチナンパスに似たような仕組みを利用した栽培方法がある。たとえばエダマメ(ダイズ)は昔、畦豆と呼ばれるように田んぼの畔に植えて育てていた。これはイネ科とマメ科の共生関係と栄養関係の繋がりを生かした農法でもある。(ほかにもアズキの栽培の奨励されていた)
ダイズは発芽時から花を咲かすまでの栄養成長の間は乾燥の方がよく育つ。しかし、花が咲いてから種子をつけるまでの生殖成長の間は多くの水を必要とする。つまり、栄養成長の間は乾燥している畔の上で育ち、生殖成長の時は田んぼの水の利用できる。もともとダイズの原種は乾季と雨季がはっきりしている地域で自生する植物であることから非常にに理にかなった農法であることが分かる。
また「半田」と呼ばれる栽培方法では、田んぼの一部の土を盛り上げて水を抜いて畑状(畝)にして、そこにワタを栽培する。つまり田んぼの中に水が溜まる低い溝と、溜まらない高い畝を作り出して、それぞれ違う作物を栽培する。現代でも「溝にコメ、畝にサツマイモ」による栽培を実践している農家もいる。
水の温めやすく冷めにくい性質は静かな水面ほど効力が高い。それを島全体で生かしているのが、静かな瀬戸内海に浮かぶ淡路島である。淡路島の特産である玉ねぎは冬に栽培する野菜で、暖かく乾燥した気候を好む。淡路島は中国山地、四国山地、紀伊山地に囲まれているため一年を通して雨が少なく、昔から大きな山と川がないため水不足に陥りやすく、貯水池をたくさん作ってきたのだ。これらの地域には弘法大使が作った伝承が残る天水池や前方後円墳などの大型の濠を持つ貯水機能がある古墳があり、古代からずっと大切に扱われていた。それゆえに信仰も厚かったのだろう。それと同様に雨乞いの神事や祈願の文化は今でも地域や神社に残る。
石川県など北日本の日本海側には海沿いに棚田が拓かれている。これもまた海の蓄熱を利用した稲作である。海は昼間に温められ、夜は大地よりも暖かい。そのため寒さが厳しい北国でも海沿いは山間部に比べて暖かくすぐに雪が溶ける。短い夏を海からの放熱を利用して、イネはもちろん夏野菜の栽培を可能とする。
愛媛県で栽培されるミカン栽培もまたその蓄熱を利用するが、さらに海面からの反射光も利用する。ミカンは太陽光を十分に浴びると緑から綺麗な橙色に染まる。この地域のミカン畑は石垣を用いた段々畑がぎっしり並ぶが、この石垣の蓄熱と反射光もまたミカン栽培に利用される。また、太平洋側の地域は夏の間に台風やスコールのような大雨が降るが、柑橘系の果樹は暑い夏に大量の水を必要とする。しかし、大雨は大災害につながりやすい。しかし、水を受け止めつつ適度に流していく石垣による段々畑は災害を防ぎつつ、雨水を十分に活かし、ゆっくり流れる地下水を井戸水から引き出して農家を生かしてきた。
大きな湖や海は水の蓄熱と反射を期待できるが、小さな川や沢では逆に涼しさを利用できる。静岡や長野など山間地の小さな沢では田んぼを作ることができないほど狭いところが多い。そのため、そこでは夏に涼しさが必要なワサビが栽培されてきた。綺麗な水を好むワサビだが、それと同じくらい涼しさが必要だ。日本の生魚文化を支えてきたのは日本の入り組んだ山間地に多くある沢のおかげである。
北国は固体の水つまり雪すらも活かす。富山などで行われるチュールップ栽培や東北地方の雪菜は冬の間、雪の中で育つ。夜の雪の中は暖かい。かまくらを作って遊んだことがある人は分かると思うが、雪の屋根が放射冷却を防ぎ、雪の壁が風を防ぐことで、雪の中は外よりも暖かく快適だ。同じようにチューリップも雪菜も快適な雪の下で育ち、春にならば綺麗な花と葉を見せてくれる。
水がない場所にも微気候が生まれ、農家はそれを利用してきた。海の近くの平野は海のおかげで湿度の高い暑い夏になるが、内陸部は寒暖差の激しい乾燥した夏となる。高原や山間地では乾燥を好む野菜や寒暖差で美味しくなる野菜が栽培される。湿気が多い日本の気候に関わらず高山や砂漠地帯出身の野菜が栽培できるのは、そのためだ。また盆地ではフェーン現象による高温で乾燥した風が吹くが、そのおかげで湿気がたまりやすいにも関わらず、虫が抑えられ気温も上がり、さまざまな野菜や穀物ばかりか果樹類も多く栽培される。
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