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【読書感想文】話題の著『南の国のカンヤダ』。「これ、よく出版したな…」と絶句した場面

 図書館で調べものをしていたら、最近、注目を集めていた本のタイトルが目に入ってきたので、借りて読み終えた。
 
スタジオジブリ代表・プロデューサーの鈴木敏夫氏が執筆した2018年出版の『南の国のカンヤダ』という本である。
 
最近、彼にまつわる不穏な報道があったので、好奇心で手を伸ばしてしまった。
 
身銭を切っていないのにこんなことを書いて申し訳ないが、読み終えて強く感じたのが「こんなセルフ暴露系“ノンフィクション小説”の出版を、なぜ周囲は誰も止めなかったのか」である。
 
彼の周りの利害関係者は、小説なのかノンフィクションなのかわからない、このハチャメチャな構成について、何も言えなかったんだろうか。
 
まず、内容をざっくりと箇条書きで紹介する。

恵比寿の明治通りの桜が満開の日、若き日に恋焦がれた女優に激似の美人をエレベーターで見かけて知り合いになる 。

タイ出身の美しい彼女は何を着てもファッションセンスが素晴らしく、貧しい育ちだけど品性があるとほめたたえる描写が繰り返される

※ 彼女はわがままで我が強い一面もあるが、昭和的な義理人情のあふれる人だという描写が繰り返される

帰国した彼女に会いにタイに行く。日本が近代化で失った「大切なもの」が、タイの農村部には残っている(あくまでも本人の主観)。古き良き昭和の日本の描写が繰り返される。
 
※ 「今」を必死に生きる彼女の幸せ
のために、いろいろチャレンジさせてみることにする

※  若いしっかり者の男性(通称ATSUSHI君)と彼女をなんとかくっつけようとする。彼も素敵な彼女を好きなはずだ、という思いのもとに
 
彼女にビジネスをさせると彼女の家族問題も紐ついてきて、なかなかうまくいかないが、彼女は「宮さん」(宮崎駿氏)に似ているところがあるかららサポートしたくなる。
 
※ 最後はタイでレストランを開いて、とりあえず大成功という感じで締めくくられる
。(結局そのレストランは閉店したと週刊誌に報じられる)

さらに、著者の「認知のゆがみ」を感じてちょっと鳥肌が立ったページがあったので、少し抜粋する。

浅草でタイ人女性「カンヤダ」と、若い男性「ATSUSHI君」がレンタル着物を着用する場面である。

 <ぼくが、自分の羽織っていた濃紺の半纏をカンヤダに着せて、後ろを振り向かせると、周りに小さな人垣が出来た。学生時代に観た映画で、藤純子が演じた緋牡丹のお竜さんがそこにいた。
 
 このふたりは何者なのか、振り返った人たちは、想像を逞しくしたに違いない。昭和の男と女が、現代にタイムスリップしてやって来た。となると、ATSUSHI君はさしずめ、健さん、高倉健なのか。ぼくにしても、ふたりを見てそう思った。
 
 後にぼくは、この写真を宮崎駿に見せる。新作のヒロインは“昭和の女”だ。宮さんは、着物姿のカンヤダをモデルにヒロインを描いた。>

『南の国のカンヤダ』(小学館)2018年出版

ご存じの方は多いと思うが、浅草では着物姿の観光客があちこちにいる。
 
昭和の女だ」とか「高倉健だ」みたいな特別な視点で見る人はまずいない。「ぼくにしても」そう思ったというが、そんなこと「ぼくしか」思っていないだろう。
 
そして、その小さな人垣は、本当に2人を囲んだものなのか。

自身のフィルターを通した「昭和」と「彼女」が過剰に賛美されていてかなり不気味である。古き良き日本を異国のタイに無理やり投影しているようにも見える。

宮崎氏の名が突如登場する最後の一文もなんとも言えない。ジブリの映画が好きな人にとっては、あまり聞きたくない情報なのでは……。
 
 この本では一貫して、自分の「好きの対象」を自分の土俵に乗せて勝手に過大評価し、周囲の人も自分の土俵に引きずり込み「お前も好きだろ」と無自覚の圧力をかけている様子が行間からにじむ。
 
自分の尺度で人の感情の動きを推察しているうちに、あたかも「事実」のように決めつける場面も多い。
 
そのため、例えば「2人は誰が見ても幸せそうに見える」という一文が出てくると、「そう見えていたのは、あなただけでは?」と突っ込みたくなるし、そういう箇所が多々ある。
 
というわけで、「ノンフィクション小説」と銘打たれた『南の国のカンヤダ』は、「書き手の思い」の裏で渦巻く登場人物たちの「本当の気持ち」を考えながら読むと、なかなか奥深い読書体験を得られると思う。

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【2023/7/18 追記】

2023年7月に出版された鈴木氏の新著『歳月』
鈴木氏がこれまで出会った人たちとの86のエピソードが収録されている。
読んでいないが、目次を見てビビった。

『歳月』目次より

黒澤明監督とダライラマの間…

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