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フジテレビの炎上対応:発信者情報開示(一部認容)


ポイント

 本件は、フジテレビ(原告)が、「ステマ疑惑」炎上後に起きた女子アナへの誹謗中傷に対して、アクセスプロバイダであるNTTコミュニケーションズ(被告)に対してプロバイダ責任制限法(※2024年改正法で情報流通プラットフォーム対処法[略称「情プラ法」]に名称変更)に基づき、発信者情報開示請求を行った事案です(東京地判令和4年2月15日令和3年(ワ)第28780号)。

 東京地裁は、氏名・住所については、開示を認めましたが、電話番号及びメールアドレスについては、開示を認めませんでした。

 本判決からの示唆は、以下の4点となります。

・企業の「炎上」時に従業員を守るために、発信者情報開示の積極的な活用が考えられる。
・本判決後、令和3(2021)年改正(2022年10月施行)により、発信者情報開示の開示対象がログイン情報にも拡大し、活用可能性は増大している。
・ただし、誹謗中傷者が、不特定多数者が利用できる環境の回線を使用していた場合には、なお、実際の投稿者の特定が難しい場合がある。
・「炎上」時には、ユーザの反応や法的手段の実効性等、先を見据えた対応が必要である。

1.事実関係

関係図

 2021年にフジテレビの女子アナウンサーらがインスタグラムの美容室等のアカウントに出演したことが「ステマ疑惑」として週刊文春により報じられ、「炎上」しました。その後、原告は、「社員就業規則に抵触する行為が認められた」と発表し、関係する女子アナらが、自らのアカウントに謝罪投稿を行ったところ、誹謗中傷コメントが投稿(本件投稿)されました。

 フジテレビは、本件投稿のログイン時IPアドレスを入手後、アクセスプロバイダであるNTTコミュニケーションズに発信者情報開示請求を行いました。これを受けて、NTTコミュニケーションズは、IPアドレスを使用していた契約者(本件契約者)に対して照会をしたところ、以下の旨の回答がありました。

・本件投稿を行ったかは「不明」であり、開示請求に同意しない。
・本件契約者は、法人として自己の契約回線を不特定多数者の者が利用できる環境としていた。
・本件契約者は、投稿者の発信者情報を保持していない。

 これに対して、フジテレビは、アクセスプロバイダであるNTTコミュニケーションズに対して、該当アカウントについて発信者情報開示を求めました。
 なお、プロバイダ責任制限法(「法」)の令和3(2021)年改正前の事件であり、改正前の法令が適用されています。ただし、判決当時にすでに改正法は成立しており、施行を待つ状態でした。

2.具体的な投稿内容

 フジテレビが発信者情報開示を求めた投稿は、身体・生命・財産に危険を及ぼしかねない以下の3つの投稿です。

(投稿1)「オマエら特権階級のゴミクズどもは、……処刑してやる」
(投稿2)「……自殺してイイからな……」
(投稿3)「……クズ集団フジテレビに火を放つぞ。」

 なお、投稿2と投稿3は同一アカウントからの投稿であり、投稿1を投稿したアカウントと投稿2・3を投稿したアカウントは、同一のメールアドレスであることが判明していました。

3.論点と判示

 判決は、本件投稿により、原告が警備体制の強化に追われたとして、営業権侵害の明白性を認めました。また、主に以下の2点が争われましたが、いずれも法改正における論点でもありました。

(1)「投稿時」の情報だけでなく、「ログイン時」情報も開示対象か

 本判決では、「第三者がログインして投稿をすることは容易に想定し難い」とした上で、「ログイン時」情報も発信者情報開示の対象となることが肯定されました。本判決時点において、プロバイダ責任法の改正(2021)は成立していましたが、未施行でした。
 
 近時のSNS等は、いわゆるログイン型サービスが主流であり、かつ、アクセスプロバイダは、ログイン時情報しか保有しません。ログインと投稿は時的に異なる行為であることから、特に共有アカウント等では、ログイン時と投稿時の「発信者情報」が異なり得ます。

 旧法では、開示対象となる情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(旧法4条1項柱書)とのみ規定されていました。旧法下では、ログイン時情報を発信者情報として開示することが想定されておらず、ログイン時情報を「権利の侵害に係る」発信者情報と言えるかについて、裁判所の判断も分かれていました。

 法改正において、ログイン情報は発信時の情報ではないが一定の場合に開示が必要、との議論がされました。改正法では「特定発信者情報」・「侵害関連通信」というカテゴリーが新設され、ログイン情報はここに含まれるものとされました。改正後の整理は以下の通りです。

・「特定発信者情報」は、発信者情報であって専ら「侵害関連通信」に係るもの(現法5条1項柱書)をいう。

・「侵害関連通信」は、侵害情報の送信に関するログイン・ログアウト情報等をいう(現法5条3項)。

・ログイン情報は、投稿時情報をプロバイダが保持していないこと等の追加要件を満たすことを条件に開示が認められる項目となった(現法5条1項柱書、施行規則3条、2条9号、現法5条1項3号)。

(2)氏名・住所だけでなく、電話番号とメールアドレスは、開示対象か

 本判決では、被告の「発信者」ではない旨の反論が認められ、電話番号、メールアドレスの開示は認められませんでした。

 改正前の法4条1項に対応する総務省令は、開示対象となる「発信者情報」を以下のように定めていました。旧条文上、電話番号及びメールアドレスについては、「その他侵害情報の送信に係る」の文言がなかったことから発信者以外のものを開示する根拠がなかったことが大きいと考えられます。

改正前総務省令
一 発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称
二 発信者その他侵害情報の送信に係る者の住所
 発信者の電話番号
 発信者の電子メールアドレス(電子メールの利用者を識別するための文字、番号、記号その他の符号をいう。)

平成14年総務省令第57号
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第4条第一項の発信者情報を定める省令

 これに対して、法改正後は、氏名・住所と電話番号・メールアドレスで取り扱いに差はなくなりました。本件は、現行法下であれば、電話番号・メールアドレスまで、かつ、それがログイン情報についてのものであっても開示された可能性が高いと思われます。

改正後の関連規則は以下の通りです。

現施行規則
(発信者情報)
第2条 法第二条第六号の総務省令で定める侵害情報の発信者の特定に資する情報は、次に掲げるものとする。
一 発信者その他侵害情報の送信又は侵害関連通信に係る者の氏名又は名称
二 発信者その他侵害情報の送信又は侵害関連通信に係る者の住所
三 発信者その他侵害情報の送信又は侵害関連通信に係る者の電話番号
四 発信者その他侵害情報の送信又は侵害関連通信に係る者の電子メールアドレス(電子メール(特定電子メールの送信の適正化等に関する法律(平成14年法律第26号)第2条第1号に規定する電子メールをいい、特定電子メールの送信の適正化等に関する法律第2条第1号の通信方式を定める省令(平成21年総務省令第85号)第一号に規定する通信方式を用いるものに限る。第6条第1項第1号において同じ。)の利用者を識別するための文字、番号、記号その他の符号をいう。)

令和4年総務省令第39号
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律施行規則

4.さいごに

 企業の「炎上」時には、従業員への誹謗中傷が行われる場合があります。

 このような場合、一般論として、①事前の対策として、広報内容・手段や、コメント欄の設定等の戦略的な検討が必要となります。②また、ひとたび、「炎上」となった場合には、削除請求・発信者情報開示等の対応等があり得ます。

 発信者情報開示の分野は、令和3(2021)年改正により、発信者情報開示の開示対象が拡大し、活用可能性は増大しています。その一方で、本件のように、誹謗中傷者が、不特定多数者が利用できる環境の回線を使用していた場合には、なお、実際の投稿者の特定が難しい等の固有の難しさがあります。

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