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一週遅れの映画評:『交換ウソ日記』世界を裏返すコンテキスト、あるいは私的な事情。

 なるべく毎週火曜日に映画を観て、一週間寝かして配信で喋る。
 その内容をテキスト化する再利用式note、「一週遅れの映画評」。

 今回は『交換ウソ日記』です。

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 これねぇ、複雑な状況をわかりやすく整理して描きつつ、現代性のある人格/キャラの問題を取り扱って、最後には言葉と信念の大切さに着地するっていうことをやっていて。ちょっと自分の境遇と重なる部分があるからすげぇ刺さったんだけど、それを差し引いても正直めちゃくちゃ名作だと思ってます。いやもうホントに『どう生き』のついででいいから、映画館行ったらはしごして見て欲しい! マジのマジで。
 
 主人公は放送部に所属している女子高生で、お昼休みに校内放送とかでちょっと喋ったり曲を流したりしてる子なのね。
その子が移動教室で座った席の中をフト見ると、「移動教室でこの席に座ってる人へ」って手紙が置いてあることに気がつく。それを開くと「好きだ!」とか書いてあるわけですよ。
 本来その机は、学校でアイドル的な人気を誇る超イケメンの男子生徒で、何人もの女の子が告白しては撃沈している……そんな男の子が何の接点もない私を!? って感じで半信半疑だから、じゃあとりあえずこうやって手紙というか交換日記だけでお互いのことを知っていきましょう、ってなるわけ。
 で、その交換日記をはじめて割とスグに主人公は、その男の子が好きなのは自分の友人で、それと勘違いされていることに気がつく。それでちゃんと「人違いです」って伝えようとするんだけど、その男の子が交換日記にすごく喜んで返事を心待ちにしていることを「交換日記相手の友人」として聞かされてしまい、ついその関係を続けてしまうことになる。
 
 というのが導入シーンなんだけど、ここから作中での描写が3つのレイヤーに分かれるんですよ。
・まず主人公含めた周囲の友人やクラスメート、あと件の男の子ね。それらの人たちが普通に生活している、いわば実体のレイヤー
・その中で主人公と男の子の交換日記は、空中に書き文字で表現されたり、実際にノートが写される。こっちはテキストのレイヤー
・さらに主人公は放送部員だから、定期的に校内放送するシーンが挟まれている。実在とテキストの中間とも言える音声のレイヤー
 これがね、めちゃくちゃ上手いんですよ。実体のレイヤーだと男の子は主人公の友達と交換日記してると思ってるから、それがバレないように立ち振る舞わなくちゃならない。そこにスリルがまずあって、そこから主人公は自分だけが男の子の内面を知っているっていうドキドキ感がある。
 一方でテキストのレイヤーでは自分の正体を偽ったまま、より本心に近いコミュニケーションが行われている。交換日記をする条件として主人公は「実際の学校とかでは、無関係を装いましょう」としてて、これがアイドル的人気のある男の子のとしては「変に騒がれたくない」って思ってるのと合致してるのもあってその条件を受け入れてるんですね。
だからそこでは、実体とは離れた場所で「中の人」を隠したままのやり取りが続き、お互いの内面だけを知っていくようになる。
 それでね、この交換日記がやり取りされる場所が「放送部へのリクエストボックス」なんですね、主人公がリクエストボックスの担当だから一番目立たない(生徒がリクエストボックスに何か入れるのも、担当者がそこから何かを取り出すのも当然のことなので)って理由なんですけど。
そうやって使われることで、実体のレイヤーとテキストのレイヤーが入れ替わる場所がこの放送室だよ、と示している。主人公はマキシマムザホルモンのファンで、その楽曲を流したいんだけど躊躇している。だけどリクエストがあれば流すことができる。本心をいつでも解放したくて、その時を待ち続けている……けど自分からは動かない/動けない。テキスト(リクエスト)を待ち望んでいる。

 で、この3つのレイヤーって私(よりはこの作品の対象であるもっと若い子なんだけどw)にとって「実生活」「SNS」「動画」なわけですよ。もっと具体的に言うと、学校/Twitter/TikTokで。まあ実生活レイヤーはそのままだからいいとして。
テキストのレイヤーは匿名で文字でのやり取りが中心になるSNS、そこでは自分の素性を隠して、そして隠しているからこそ実生活のレイヤーでは口にすることのできないことを表明できる。
その間にあるのがTikTokであったり、YouTubeでの動画配信/アップロードだったりするわけですよ。生身の自分を知って欲しい、でも積極的に何かを開示なんて怖いわけよ。だってそれがウケなかったら、まるで「自分には価値が無い」ことを突き付けられるようなものだから。代わりに流行っている曲やダンスや企画をひたすら模倣する、そしていつか自分を出せる機会が来ることを望んでいる
 もうこの構造がさぁ! フィクションってものがどう現実を写し取って、その上でそこに現実では起こらないような出来事をぶつけることでどうなるか? ということを描くのに、どれほど優れているかをあらわしていてすげぇ良いんですよ。それを実写映画にすることで「実体のレイヤー」がすべてのベースにあることを強化していて、これを実写で映像化する意味がちゃんと出てるんですよね。
 
 それで作品終盤、その嘘はバレるんですけど。実はこの男の子が好きになったのは、その移動教室で使っていた机にこっそり書いていた苦しい心情の吐露に、主人公が勇気を与えてくれる返答を書いてくれたからだ。ということが判明する。
じゃあなんで主人公の友人に告白したのか? っていうと、男の子はその席に座っていたのが主人公ではなく、その友人だと勘違いしていたから。だから本当は最初から、姿形を知らない主人公のことを好きだったということがわかる。
 つまりここまで、いままでは嘘を意味していたテキストのレイヤーが、一気に「実はずっと本当のことを言っていた」へと反転するんですよ。
 で、ここから主人公は校内放送で勇気を出して自分の好きなマキシマムザホルモンの曲をかけるし、しかもそれが男の子の気持ちに対する返事になっていて、マキシマムザホルモンの「KAMIGAMI-神噛-」がめちゃくちゃロマンティックな効果を発揮するっていうw

いやでもここがすごく良くて、わからない人からは激しい攻撃的な曲が二人にとってはめちゃくちゃロマンティックな意味を持つようになる。つまりテキストじゃなくてコンテキスト(文脈)によって世界はいくらでもその意味を変えるってことじゃないですか
それが「交換ウソ日記」だったんのが、実はウソでもなんでもなかったと。最初から男の子が主人公を好きだったという文脈が発生することで、意味がひっくり返ることと同期しているわけですよ!

 でね、私が一番好きなのは「やっぱり実体のレイヤーが大事だよね」って話では無いことですよ。まずテキストのやり取り(机のメッセージとその返答)があって、それが3つのレイヤー全てを動かしている。実在の前に言葉があって、それがフィクションへの信頼を語っているようで感動するし、それを取り持つのが実在とテキストの中間にある音声のレイヤーってのが素晴らしいんですよね。
 いや、もう、すごい作品だと、名作だと言っていいですよ。この『交換ウソ日記』は。
 
 ……でね、まぁこの配信を聞いてる人にとっては「自分の境遇と重なる」部分ってどこかわかると思うんですが。今年、私にはこんな出来事があったわけですよ

 もう実在/テキスト/音声のレイヤー、そして嘘。完全にこの話じゃあないですかぁ!!
 
 ここでね、私は、そりゃあ実在のレイヤーについて嘘をついてましたよ。だけでテキストのレイヤーとして、その嘘以外はすべて本心からの表現をしていて……その結果として、こうやって私はまだ「すぱんくtheはにー」として活動している、させてもらってる
そういうことが嬉しいし、それを認めてくれる(まぁ看過してくれている、というべきかもしれませんが)ことを、本当にありがたいと思うわけです。
 そういった個人的な事情と想いが重なって、もうねこの作品。たぶん一生レベルで記憶に残るものになっています。それはこうやって私の書いたものを読んでくれてる人のおかげでもあると、心から思います。本当にありがとうございます。

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 次回は映画評ですが作品は”未定”とさせていただきます。すいません、い色々と、色々と事情がございまして……!

 この話をした配信はこちらの13分ぐらいからです。


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