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小説の起源を、翻訳研究で探る

「仕事・学問・研究をたのしむ」というコピーを掲げたウェブサイトsoyogoですが、テーマとしてはニッチでありながら、カバーする領域は無限に広がります。

学問や研究の分野で面白い人はいないだろうか、といろいろと調べていたときに、こんな本を発見しました。

「在野研究ビギナーズ 勝手にはじめる研究生活」荒木優太著(明石書店)

本の紹介をのぞいてみると、

「在野研究者」とは、大学に属さない、民間の研究者のことだ。
卒業後も退職後も、いつだって学問はできる!
現役で活躍するさまざまな在野研究者たちによる研究方法・生活を紹介する、実践的実例集。
本書は、読者が使える技法を自分用にチューンナップするための材料だ。

と書かれており、この中に意中の研究者の方がいるのでは! 
と期待して購入してみたのです。
本書にはさまざまな分野の研究者が登場しており、
政治学、法学から民俗学や生物学など、全14章で構成されています。
章の合間に「インタビュー」という項目が3つ挟まれているのですが、
その中に「ゼロから始める翻訳術」というタイトルを発見しました。

「翻訳」。
なんだかsoyogoと相性が良さそうです。

著者である荒木優太さんがインタビューしているのは、
翻訳家の大久保ゆうさん。
大久保さんのプロフィールを見ると、
初期より青空文庫にボランティアとして関わり、
大学院在学中からフリーランス翻訳家として活躍。
文芸翻訳、サブカル関連の画集・絵画技法書などの訳書、幻想文学と古典にまつわる評論やデジタルアーカイヴ・著作権についての批評もされる、
とのことで、守備範囲の広さに驚かされます。

大久保さんは、著作権切れで商業出版される翻訳書を眺めていて思うところがあったようで・・、

下手な訳が世に氾濫するっていうのがどうにも納得できなくて、ちょっと合法的な破壊活動として、インターネットに一番乗りでフリーの翻訳を上げてみたらどうなるんだろうっていう興味も少しはあったりしました。
(「在野研究ビギナーズ」 p251)

出版社で発刊される翻訳書も手がけている大久保さんですが、
出版産業とは距離を置いた場所でも、独自のご活動を続けられてきたのです。
大久保さんが多くの翻訳作品をご紹介している青空文庫は、
パブリックドメイン、つまり著作権切れの作品を掲載しているウェブサイトです。
今、誰も訳さないような、しかし今訳すことに意味のある、
そんな作品がどこかに埋もれているのでは・・・、
大久保さんとなら、何か面白い作品を生み出せそうだと考えたのです。

大久保さんにそんな思いを伝えて原稿依頼をしたのですが、
soyogoへのご参加をご快諾いただきました。
早速、大久保さんからいくつかの企画案が届きます。
どれもとても面白そうなのですが、
そのなかで特に興味をひかれたのが、大久保さんのこのコメント。

お話をいただいて、研究と物語の両面で面白そうな作品としてまず思い浮かんだのは、ウィリアム・ボールドウィンという作家の『猫にご用心』(William Baldwin, Beware the Cat, 1561)という作品です。
よく「猫には9つの魂がある」とは申しますが、その伝承の大元となるらしい作品で、今から450年ほど前に成立した「英語で書かれた最初の小説」とも言われるものです。
今ではおとぎ話として知られているのですが、原作は少し怪奇味と風刺もあります。

「英語で書かれた初めての小説」!
そんなこと、これまで考えたこともありませんでしたが、
たしかに、どこかの誰かが、ある時、最初に英語で小説を書いたわけです。
それはいったい誰なのか、どんな作品なのか。
考えるだけで、ちょっとワクワクしてきます。
しかも「猫にご用心」というタイトルもキャッチーで素敵です。
「これだ!」と思い、さっそく連載の第1弾として取り上げることにしたのです。

連載タイトルは、「知られざる物語 - 小説の源流をたずねて」。
ちょっとミステリアスな雰囲気が漂う、歴史的な資料としても価値のありそうな連載になりそうです。

ウィリアム・ボールドウィン。
1526年ごろに生まれ、ロンドンで印刷工をしながら編集や物書きのような仕事をしていた人物とのこと。あまり多くのことは分かっていないようですが、中世という時代背景も相まって、ちょっと謎めいたところがまた興味をそそられます。

大久保さんの解説によると、英語で書かれた小説は、ルネサンスの中心地で用いられていたイタリア語などと比べると登場が少し出遅れたようです。英語で書かれた最初の小説とは何か、諸説あるようですが、今回の企画で取り上げることにしたのが、「猫にご用心」です。

大久保さんの解説を少し抜粋します。

〈小説〉という文芸形式の源流をたずねる試みが続けられるなか、さまざまな候補が現れましたが、今回はその説のひとつとして、かつては稀覯書(きこうしょ)として知る人ぞ知るものであった物語をご紹介いたします。

 その作品こそ ― 魔女迫害が高まる前の1553年に書かれ、そのあと〈血まみれメアリ〉の治世を手稿回覧などされながら生き延びて、エリザベス朝の1570年に死後刊行された ― ウィリアム・ボールドウィン『猫にご用心』です。日本だと戦国時代にあたる時期に書かれた一種の幻想怪奇小説で、出版時のタイトルは『「猫にご用心」と題する驚異の物語 ― 様々なる驚くべき信じがたい事柄をも含む ― 読んでまさに愉快痛快』というものでした。
(ウェブサイトsoyogo「知られざる物語」より)

動物にも思考や会話の能力があると信じる主人公の男が、錬金術の書物をひもときながら動物の言葉が聞き取れる秘薬を作りだし、ついに猫たちの会話を盗み聞きすることに成功する、というのが「猫にご用心」のざっくりとしたストーリーです。
独特の文体で展開されるこの作品にはキリスト教や魔術の話題も盛り込まれ、最初はとっつきにくい部分もあるかもしれませんが、おどろくような残虐な描写があったり、コントのようなドタバタ劇があったりと、「読んでまさに愉快痛快」とは、言い得て妙なキャッチコピーと言えそうです。

さて、この作品にとある猫が登場するのですが、
この猫が現代のカルチャーにまで影響を及ぼすことになるのです。
そのおはなしは次回にゆずりたいと思います。

サイト連載のサムネイルイラストは、幻想的な作品を数多く描かれている樋上公実子さんにお願いしました。樋上さんの作品をいろいろと拝見して、今回の企画にぴったりだと思っていたので、企画にご参加いただけてとてもうれしかったです。小説家の女性と謎の動物が描かれた、少し妖しい雰囲気を醸し出す素敵なイラストに仕上げていただきました。(原画は樋上さんの個展でも好評で、無事に売れたそうです!)

というわけで、次回はとある猫のおはなしに絡めた、この連載の書籍化プロジェクトがテーマとなります。

(第5回 おわり)

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