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「今こそ読んで考えたい本当の理想郷~絵本『桃源郷ものがたり』~」【YA81】

『桃源郷ものがたり』 松居直 文  蔡皋(さいこう) 絵 (福音館書店)       
                           2003.1 読了

突然ですが、“理想郷”と聞いて、どのようなところを思い浮かべられるでしょうか?
他にも古くから、“ユートピア”とか“シャングリラ”とか“エルドラド”など、その地域の言い伝えによって、表現も内容も様々だと思います。
 
中国では“桃源郷”という言葉で昔から言い伝えられていますが、案外というかやっぱりというか、日本人の感性にもしっくりくるのはこの絵本に描かれているような理想郷ではないでしょうか。
 
 
児童文化研究の権威であり、数々の絵本の著者でもある松居直氏が、中国の絵本画家とともに作ったのがこの絵本です。
昔から伝わる理想郷の物語を、自分の幼少の頃の思いを込めて、あらためて絵本という形に表してくださいました。
 
松居氏も言っておられますが、彼の子ども時代に読んだ漢文に出てきたというこの桃源郷の話は、昔の人々でなくとも興味をそそられます。
陶淵明の『桃花源記』という文献にどうやら出て来るらしいので、松居氏が読んだ漢文はこのことだと思われます。

桃源郷
とうげんきょう

世俗を離れた仙郷、別天地。理想郷、ユートピアと同意で、武陵桃源ともいう。中国、東晋(とうしん)の太元年中(376~396)武陵の漁師が舟で川をさかのぼってモモの花が咲きにおう林に迷い込み、林の尽きる水源の奥の洞窟(どうくつ)を抜け出ると、そこには秦(しん)の戦乱を避けてこの地に隠れ住んだ人々が、漢・魏(ぎ)・晋(しん)と数百年にわたって世の中の推移も知らず、平和な別天地での生活を営んでいた、と記す陶淵明(えんめい)の『桃花源記』による。

出典:日本大百科全書(ニッポニカ)より

外部とはいっさい交流なく、平和なくらしを続けられる理想郷とはいったいどのような場所なのでしょう。
 
 
最近よく耳にするきな臭い話題が、なんだか世の中がいやな方向にむかってはいないかと、子を持つ母親として心配でなりません。
(この記事を最初に書いた2003年は戦闘下のイラクへ自衛隊を戦後はじめて派遣するという事が起きました。その当時もかなりの反対意見や問題提起がなされたはずですが、令和の時代になった今やもう軍縮の話はどこへやら、逆にかつて聞こえた軍靴の足音が鳴り響くことになりはしないか、疑念と恐怖がじわりじわりと近づいているように思えて恐ろしいです)
 
 
この絵本に描かれる桃源郷に移り住んだ人たちも、繰り返される内乱から逃げるようにして、この平和な村を作り上げました。
争いも諍いも貧困も、頭を悩ませるような事柄はいっさいありません。
村人はみな、大変幸せに平和に永遠に暮らし続けています。
 
でも、この桃源郷の言い伝えは手の指からこぼれ落ちる水のように、村外の者にはつかむことのできない夢のような場所なのです。あとで訪れるのにはっきりわかるようにこの村の場所に目印をつけようとしても、なぜだかすぐにわからなくなってしまうのです。
 
それだからこそ、この村の平和は保たれていたのです。

本当に、こんな理想郷はあったのでしょうか。
 
この絵を手がけた蔡皋氏は、伝説の村をご存知だそうです。
松居氏をそこへお連れする約束までされました。
本当に本当でしょうか?
松居氏は実際に訪れることができたのでしょうか?それはその後明かされることがなかったように思うので、やはり簡単に村に部外者が入ることは無理というか、許されないのかもしれません。
 
しかしながら、はたしてどのような所かは、それぞれの心の中で想像した方がいいのでしょう。
 
あくまでも理想郷ですが、本当に私たちのこの世界がそのような平和でみな分かり合える世の中になればいいですね。
 
ちなみに、蔡皋氏の絵もとてもすばらしく、咲き乱れる桃の花が美しく、やはり平和の象徴のようです。
ちなみに当時の中国の暮らしぶりもよくわかります。
 
図書館でも児童向けの絵本棚に排架されていると思いますが、大変重要なテーマだと思いますので、やはり感受性の強い中高生にも読んで欲しいなと思い、ここではあえてYA向けとさせていただきました。やや大きめのサイズの絵本で読みごたえもあると思います。


 

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