あの絵も、本も、きっと誰かが作ったもの
Jun.2024
絵画を眺めることが好きだ。
東京に住んでいた頃は、毎週のように美術館に足を運んでいたのを覚えている。わずかな休みのなかで、ひとときの非日常に浸ることもあったし、自分のなかになかった世界の見方を教えてもらったことも、一度や二度ではない。
わたしを作った大切なものの一つに、展覧会があった。
絵画は、世界へつながる「窓」だと思う。
わたしはそれを描いた画家と、実際に話すことはできない。けれどものを言わないその絵は、なによりも描いたひとを写している。
何に心が動いたか、どのように世界を見ているのか… どのように、世界を見ようとしているのか。
その「眼」を通して世界をみることが、美術館のなかで、いちばん面白いと感じることなのかもしれない。
わたしはアートが好きで、美術史などの知識もひととおりは好きで知っているけれども、作者がどういう人間なのかということには、あまり興味がなかった。
作者の性格や生い立ちなどは、たしかに絵画をみるときの助けになるかもしれない。けれどその人間性と創造された作品が、かならずしもリンクするとは限らない。
殺人犯として追われていても、奇跡のように美しい天使の絵を描く画家がいるかもしれない。わたしがいちばん好きな、カラヴァッジョのことである。
では、本はどうだろう?
これも、もしかしたら似たところがあるかもしれない。
人生のなかで影響を受けた本はいくつもあるけれど、そこには自己啓発のようなものもあれば、フィクションである小説や詩も、いくつか含まれていた。
本については、絵画ほどみてきた数は多くない。けれどわたしにとって、それも大切な一部だった。
アートにまつわる物語をいくつも描いている、原田マハさんの小説が好きだ。そのなかに『 20 CONTACTS 』という作品がある。マハさんが、もう亡くなっているはずの画家や作家 ─ たとえば、ゴッホやセザンヌなどに " 直接会いにいき、話をする " という物語である。
「 そうか。小説ならば、こうして作者に会いに行くことができるのか 」と、とてもワクワクしながら読んだことを思い出す。「作者に会う」なんて、美術館で絵をながめたり本を読んだりする自分には、考えもつかないことだった。
マスターの店にやってきて、もうすぐ一年が経つ。
東京を離れて、瀬戸内に来てからは もう二年になるけれど、こうして今年もまた同じ場所で過ごすのは はじめてのことだ。
四国遍路から戻ってきて、その旅で出会ったたくさんのひとたちが、ここに来てくれるようになった。海外の人、日本の人 … 老若男女問わず、たくさんの人との出会いがある この日々は、わたしにとって幸せだった。
その日 お店にやって来たのは、
透明感のある、きれいな 女のひとだった。
最近うちの近くにできたサウナに行ってきたようで、「本当に最高でした…」と嬉しそうに話していて、こちらも嬉しい。いつものように雑談をしていると、彼女が「お遍路に興味がある」ということで、わたしの経験にすごく興味を持ってくれたのだった。
ほかにお客さんもいなかったので、コーヒーを飲みながら、ふたりでお話させていただくことにした。
いまは東京に住んでいるけれど、もともとの地元は四国だったようだ。子どもの頃、家の前を歩いて通り過ぎてゆくお遍路さんに、おばあさまがお菓子などを手渡していたのを、いつも見ていたのだとお話してくれた。
お遍路のことや、様々のことをお話し、いつかわたしが四国遍路のことを「本に書きたい」と話すと、彼女は「素敵ですね!」と笑顔で言ってくれた。
「 じつは わたしも、小説を書いていまして… 」
小一時間ほど 談笑したのち、彼女がそう切り出した。
わたしは「えっ!」と嬉しくなり、矢継ぎ早に質問をする。様々な友人のなかでも、文章を書いている人は少ない。ましてや小説を書く人なんて、はじめてだった。
「 本当ですか! どんなものを書いているんですか?
ブログとか note をやっていたら、ぜひ読みたいです」
「 いえ、実は …… 」
「 お疲れさん。今日はどやった? 」
仕事が終わると、マスターが帰ってきた。
わたしは、今日のお客さんのことを話し始めた。
「 マスター。今日、すごいお客さんが、うちにきて 」
「 へぇ、そうなん? 誰がきたん 」
いつものように飄々としているマスターに彼女の名前を告げると、一瞬かたまり「え、嘘やろ?」と聞き返してきた。
そして「ほんとです」と頷き、彼女の作品の名前も告げると、びっくりするくらいの大声を上げて叫んだ。
「 ええ~!! ほんまか!? 知っとるに決まっとるやろ! おれは、その小説の 大ファンやねん!! 」
こんなに取り乱しているマスターをはじめて見た。が、無理もない。店にやってきたのは、小説家の女性だった。しかも、知らない人などいないほどの、ものすごく大きな賞を取った作家さんだったのだ。
そしてマスターは本好きなので、たくさんの作品を読んでは、どれが賞を取るかと楽しみながら読書をしていたようだ。
「 すごいですよね…! まさか生きてて、こんなことがあるなんて思いませんでした 」
「 ほんまやで! あーなんであんたが店番やったんや、おれが会いたかった…! 」
本気で悔しがっているマスターがおかしくて、わたしは思わず吹き出した。
けれど自分のお店で、まさか作家さんに会える世界線があったなんて、誰が想像できただろう。それこそまるで本みたいだ。人生、ほんとうに何が起こるかわからない。
「 " また来てくださいね " って ちゃんと言うたんやろうな! オーナーが会いたがってたって伝えてくれ!」
「 わかりましたよ、めっちゃ必死じゃないですか 笑」
そしてマスターは次の日には、彼女の本をすべて揃えて、店の本棚に置いたのだった。
本を読むこと。作品を鑑賞すること。
当然のことながら、その向こうには、それを生み出した作者がいる。けれど わたしは本当の意味で、はじめてそれを、理解したのかもしれない。
「 目の前で話しているこの人が、こんなにすごいものを生み出したんだ 」というリアリティーは、わたしにとって、言葉にはできないような、かけがえのない経験だった。
そして、こんなに穏やかで素敵なひとが、こんなに心がザワザワするような作品を生み出すのだということも。( 先日はじめて彼女のエッセイを読んだのだが、それは本当に、彼女の人柄がそのまま表れたような文章だった。)
" ただ 、楽しんで 作品を生み出すこと 。"
たった数時間の出会いだったけれど、わたしにとって、たくさんのことを学ばせてもらった、とても大切な出会いだった。
そして わたし自身にも、思いがけないような
とても嬉しい " 出会い " が あった。
なんでもいい、些細なことだっていい。
なにかを作ったり、書いたり、誰かに伝えたり…
なにかを表現してさえいれば、どこかでそれを見てくれるひとがいて、自分が思ってもみなかった、あらたな出会いが生まれるかもしれない。
ささやかな世界とのつながりを、わたしも今日、
紡いでいけたらと思う。
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お読みいただき、ありがとうございました。 あなたにとっても、 素敵な日々になりますように。