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ナツイロノオモイデ

【これは、劇団「かんから館」が、2003年8月に上演した演劇の台本です】

学生時代の演劇サークルの仲間が自殺した。急な知らせにサークル仲間達が4年ぶりに集まった。葬儀の後のホテルのロビー。追悼のような、あるいは同窓会のような、不思議な時間が過ぎてゆく。そして、意外な事実が浮かび上がる。


  〈登場人物〉

    渡辺 洋介
    相川 三郎
    桐島 理恵
    南 佐江子
    島内 由美


     夏の夜。
     東京のとあるビジネスホテルのロビー。
     渡辺、理恵、佐江子、由美がソファに座っている。

理恵  それにしても、今日は暑かったよねぇ。
由美  そうね。
佐江子 日陰でも全然涼しくなかったし。
由美  そうそう。
理恵  三十五度はいってたんじゃない?
由美  かもね。
渡辺  三十六・三度。
理恵  え?
渡辺  東京は三十六・三度。京都は三十七・八度。
理恵  え?
渡辺  そやから、今日の最高気温。
佐江子 やけに詳しいのね。
渡辺  電気屋のテレビのニュースでゆーてたもん。
佐江子 そんなのいつ見たの?
渡辺  帰りしな。
佐江子 え?
渡辺  帰り道。
由美  そんなのあったっけ?
理恵  さあ?
渡辺  あったの。
由美  ふーん。
佐江子 ナベちゃん、ヒマねぇ。
理恵  ほーんと。
渡辺  勝った。
佐江子 それにしてもさ、今年は異常に暑いと思わない?
理恵  うん、梅雨もまともになかった‥‥
渡辺  勝った!
理恵  え? 何よ?
渡辺  そやから最高気温。京都の方が暑かったの。
理恵  それがどうしたの?
渡辺  東京に勝ったんや。
理恵  ‥‥。だから?
渡辺  ‥‥。それだけ。
理恵  もう、なんなのよー!
由美  へーんなの。
佐江子 ほーんと。
渡辺  お前ら、京都のほんまの暑さ、知らんやろ。
女三人  え?
渡辺  毎日毎日三十五度超えてなあ、湿気でベトベトしてなあ、風も吹かんし、クーラーもきかへんし、セミがジージー鳴きよってなあ、昼間にバタバタ人が倒れてなあ、救急車が一日中走り回っとんねんぞ。
由美  マジ?
理恵  ウッソー?
渡辺  ‥‥。ウソや。
理恵  何よ、それ!
渡辺  救急車はちょっとオーバーやけど、まあ、それほど暑いっちゅうことや。それに比べたら、東京の暑さなんかヘーみたいなもんや。
由美  ふーん。
佐江子 そういえば、真夏の京都って行ったことないよね。
由美  うん。
理恵  ちょっと待って。
由美・佐江子 え?
理恵  ナベちゃんさあ、確か夏に弱くなかったっけ?
渡辺  ‥‥‥。
理恵  いつも夏公演の前に夏バテしてさあ、稽古休んだりしてなかったっけ?
渡辺  ‥‥‥。
由美  そういえば、してた、してた。
理恵  でしょ? それで、暑い暑いってオーバーに騒いで、聞いてるだけで暑苦しくなかった?
由美  なった、なった。
佐江子 うんうん。
理恵  それがさ、東京の暑さなんか‥‥何て言ったっけ?
由美  えーっと‥‥
佐江子 ヘーみたいなもんや。
理恵  そうそう、それ。‥‥それって、おかしくない?
渡辺  ‥‥‥。
由美  うん、おかしいよね。
理恵  どういうことなんですかね、渡辺  さん?
渡辺  うん、それはやね‥‥。
理恵  それは?
渡辺  それは‥‥みんなビンボが悪いんや。
女三人  へ?
渡辺  ほんまはこんなことあんまり言いとなかったんやけど‥‥大学ん頃、うちはごっつ貧乏でなあ。四畳半一間の風通しの悪いアパートに、クーラーも扇風機もなかったんや。その上、食費も切りつめてたさかい、精つくもんも食えへんでなあ、来る日も来る日も大根飯で、授業に出るだけでフラフラやったんや。それでもサークルの仲間だけには迷惑はかけられへんって、必死のパッチで顔出してた、というわけなんや。
女三人  ‥‥‥。(顔を見合わせる)
佐江子 それ‥‥本当?
由美  大根飯って、マジ?
理恵  まさか‥‥。
渡辺  なんや。俺のゆーことが信じられへんのか?
女三人  うん。
渡辺  俺の目を見てみい。この目が、うそついてる目か?
女三人  うん。
渡辺  ‥‥ひどい‥‥ひどいわ。ひどすぎる?。
理恵  ナベちゃん、無駄な抵抗はやめて、いいかげんにあきらめたら?
佐江子 そうよ。ごめんなさいって言えば、それで楽になるのよ。
由美  そうそう。
渡辺  ‥‥しどい‥‥しどいわ。しどすぎる?。
理恵  はいはい。‥‥ごめんなさいは?_
佐江子・由美  ごめんなさいは?
渡辺  ‥‥‥。なあ、それにしても、三郎のやつ、やけに遅いと思わへん? どこほっつき回っとんのやろ?
女三人  ごまかすな!
渡辺  ‥‥くそう、そんなんいじめやん。わいは、わいは負けへんで?!
理恵  今度は開き直り?
佐江子 相変わらず意固地ねぇ。
由美  ほーんと。
渡辺  (ブツブツと)それでも地球は回ってる。それでも京都は暑いんや。
佐江子 はいはい、わかりました。京都は暑いんでしょ。もう、あなたには負けるわ。
渡辺  わかればええんや。わかれば。
女三人  もう!

     喪服姿の相川が入ってくる。

相川  ごめん、ごめん、遅くなっちゃった。
由美  何してたの?
相川  いや、橘のやつと話し込んじゃってさ、バスに乗り遅れちゃったんだ。
理恵  橘君は、帰ったの?
相川  ああ、明日朝からどうしてもはずせない会議があるんだって。
由美  ふーん。
相川  それにしても、今日は暑かったよな。三十五度はいってたんじゃない?
全員  ‥‥‥。(顔を見合わせる)
相川  え? みんな、どうしたの?
佐江子 相川君、その話題は、禁句。
相川  え? どうして?
佐江子 どうしてでも、ダメなのよ。
相川  え?
由美  ややこしくなるから。
相川  え?
理恵  それより、服着替えてきたら? そんな格好じゃ、よけいに暑いでしょ。
相川  ああ‥‥だけど、その前にビールが飲みたいな。‥‥自販機とかないの?
由美  フロントの横にあったよ。
相川  みんなはどうする? 飲む?
佐江子 いいわね。
相川  じゃあ、買ってくるよ。
理恵  うん、お願い。
相川  三五〇でいい?
理恵  いいよ。‥‥でも持てる?
由美  じゃあ、私も行く。(立ち上がる)
相川  ナベは?
渡辺  ええけど‥‥三郎、お前の席はないで。
相川  え?
渡辺  満杯や?。
理恵  ‥‥それじゃ、パイプ椅子とかも借りてきたら?
由美  そんなのあるかな?
理恵  あるでしょ。
相川  じゃ、フロントに聞いてみる。
佐江子 あ、お金は?
相川  後でいい。‥‥じゃ。
由美  行ってきまーす。(手を振る)

     女二人、手を振る。
     相川と由美、去る。

理恵  そっかー、橘君来ないのか。‥‥木村君とか、あっちゃんとか、佐伯さんとか、明日も来るのかな?
佐江子 どうだろ? 来ないんじゃない?
理恵  え、どうして?
佐江子 だって、普通、お通夜か葬式か、どっちかしか出ないよ。明日来れないから、今日来たんじゃない?
理恵  そっかー。でも、さびしいね、そんなの。
佐江子 仕方ないよ。仕事とかあるんだからさ。
渡辺  俺は仕事休んで来たんやで。
佐江子 だから、ナベちゃんみたいな遠くの人の方が、思い切って休んで来るのよ。なまじっか近くだと、早引きとかで来れるから。
理恵  でも、そんなの冷たくない? なんか、義理で来てるみたいじゃない。‥‥会社の付き合いじゃないんだからさ。
渡辺  会社かて学校かておんなじちゃうかな。大方のやつは、義理や付き合いで来てるんやて。‥‥まあ、それが現実やね。
佐江子 そうかもしれないわねぇ。
理恵  でもさ、知り合いのおじいちゃんやおばあちゃんのお葬式じゃないのよ。
佐江子 それはそうだけど。
理恵  だったら‥‥。
佐江子 ‥‥だったら?
理恵  ‥‥‥。
渡辺  葬式も出ろってか?
理恵  ‥‥うん。
渡辺  そうかなー?
理恵  え?
渡辺  それやったら、葬式に出るやつは偉くて、通夜しか出えへんやつは偉くないみたいやん。
理恵  そんなこと言ってないじゃん。
渡辺  言うてる、言うてる。
理恵  言ってない。
渡辺  言うてる。
佐江子 まあまあ、やめなさいよ。
渡辺  ‥‥‥。
理恵  ‥‥‥。
渡辺  ‥‥そやけどな、通夜に来るやつがお義理で、葬式に来るやつがほんまもんとは限らへんで。
理恵  ‥‥‥。
渡辺  今日かて見たやろ。最初から最後までずうっと泣き続けてる親戚の人もいたら、最初から最後まで大声で笑いながら商売の話をしてる会社関係の人間もおる。葬式かておんなじや。
理恵  ‥‥‥。
渡辺  その両極端の間で、それぞれの人のポジションみたいなのんがあるんやわ。
理恵  ‥‥それは、その人への親しみの違いっていうこと?
渡辺  それもあるやろうけど、それだけとも違うような気がするな。‥‥とにかく、通夜や葬式に出ることだけが、親近感のバロメーターとは言えんと思うわ。
理恵  ‥‥それはそうだけど‥‥。

     由美が缶ビールを五つ抱えて戻ってくる。

佐江子 あ、由美、大丈夫?
由美  平気、平気。
渡辺  三郎は?
由美  やっぱり着替えて来るって‥‥あっ!

     缶ビールが一つ落ちる。

佐江子 あーあ。
渡辺  ‥‥それは三郎のやな。

     由美、缶ビールをテーブルに置く。
     渡辺、落ちた缶ビールを拾う。

佐江子 ご苦労様。
理恵  お疲れ様。

     渡辺、落ちた缶ビールを振る。

由美  何してんのよ?
渡辺  これは三郎の。へへ。
佐江子 もう、あんたって人は。
理恵  もう、子供みたい。
渡辺  これでよし、と。(と、ビールを置く)‥‥さあ、乾杯しよか?
佐江子 相川君待たなくていいの?
渡辺  かまへん、かまへん。待ってたらぬるうなるで。さ、乾杯、乾杯。
理恵  乾杯じゃないでしょ。
渡辺  え? ‥‥ああ、そうか。‥‥ほなら‥‥ご愁傷様でした。
理恵  何よ、それ。
佐江子 お疲れ様でしょ、こういう時は。
渡辺  ああ、そうか。‥‥ほな、みんな空けて。

     全員、缶ビールを空ける。

渡辺  ほな、ご愁傷様でした。
全員  お疲れ様でした。

     全員、ビールを飲む。

渡辺  あー、こういう暑い日は、やっぱりビールが最高やね。
佐江子 ほんとね。
理恵  へーみたいな暑さだけどね。
渡辺  もう、お前、しつこいぞ。

     全員、笑う。

由美  そう言えば、杉下君、ビール好きだったよね。
佐江子 そうそう、どんなに寒い日でもビールしか飲まなかった。
渡辺  そやけどな、あいつは、ほんまはバドワイザー専門やってんで。‥‥けど、バドワイザー置いてる店なんか滅多にないやろ。それで、しゃあないからスーパードライとか飲んどったけどな、いつもブツブツ言うとってんで。
理恵  え、そうなの?
渡辺  それからな、サンドイッチ。
佐江子 そうそう、お昼はいつもサンドイッチだった。
由美  いつもイズミベーカリーのサンドイッチばっかり食べてたよね。
理恵  ローストピーフのサンドイッチ。
佐江子 そうそう、そうだった。毎日毎日あればっかり食べてた。
由美  よく飽きないなと思ったわよ。
理恵  売り切れてると、機嫌悪かったもんねぇ。
佐江子 そうそう、午後の稽古が急にきつくなったりしてさ、私、よく泣かされたわよ。
由美  えー、佐江子が泣くの?
理恵  佐江子が泣かすんでしょ?
佐江子 誰を?
理恵  演出を。
佐江子 何よ。人を鬼ババみたいに言わないでよ!
理恵  鬼ババじゃなくて、お局様かな?
佐江子 何言ってんのよ。あんたたちだっておない歳じゃん。
由美  それはそうだけど‥‥存在感っていうか、貫禄がねぇ。
理恵  そうそう、私たち、影薄かったもんねぇ。
佐江子 もう、好きに言ってればいいわ!
理恵  はい、言ってまーす。
由美  お言葉に甘えて。
佐江子 もう!
渡辺  さて、ここで問題です。杉下忠彦は、どうしてバドワイザーとサンドイッチにこだわってたのでしょうか?
由美  え?
理恵  どうして?
佐江子 わかんない。
渡辺  ヒント。彼の愛読書。
理恵  何だろ?
佐江子 いろんな本読んでたからねぇ。
由美  あ! わかった!
理恵  え? 何、何?
由美  村上春樹!
渡辺  ピポピポビンポーン!
由美  なーるほどねー。
理恵  え? どういうこと? どういうこと?
由美  えー、理恵、村上春樹読んだことないの?
理恵  あるわよ。「ノルウェイの森」とか。
由美  それから?
理恵  それからって‥‥「ノルウェイの森」とか‥‥「ノルウェイの森」とか‥‥。
由美  なーんだ、結局「ノルウェイの森」しか読んでないんじゃん。
理恵  うるさいわね。雑誌のエッセイぐらい読んでるわよ。
由美  そ・れ・じゃ・わ・か・ら・な・い。
佐江子 ねーねー、私けっこう読んでるけどわかんないよ。
由美  そーねー、「風の歌を聴け」とか読んだ?
佐江子 ずいぶん昔のやつねー。読んだと思うけど‥‥忘れた。
由美  そ・れ・じゃ・わ・か・ら・な・い。
理恵  何よ。自分だけでわかんないでよ。
渡辺  村上春樹の初期の作品にはな、バドワイザーとサンドイッチがいっぱい出てくるんや。
理恵  へぇ。
渡辺  それでな、主人公が、思いっきりうまそうにサンドイッチを食べて、バドワイザーを飲むんや。それがごっつかっこええねん。‥‥あれ読んでたらな、無性にバドワイザーとサンドイッチが食べたくなるんや。
佐江子 そういえば、そんなのあったような気がしてきた。
渡辺  俺、昔から思うんやけど、バドワイザーの宣伝に、ケバいバドガールの姉ちゃんなんか使わんと、村上春樹使うた方がよっぽどええで。

     相川が戻って来る。

相川  え、村上春樹がどうかしたの?
渡辺  忠彦が村上春樹フリークやったっちゅう話。
相川  ああ。
理恵  え、相川君も知ってたの? バドワイザーとサンドイッチの話。
相川  うん。‥‥けっこう有名だったよ。
理恵  えー、そんなの初めて聞いたよ。‥‥由美、知ってた?
由美  知らない。‥‥佐江子は?
佐江子 由美が知らないんなら、あたしが知ってるわけないじゃん。
相川  え、そうなの?
渡辺  あいつ、男の前と女の前とでけっこう態度違ごたからな。
相川  そうだっけ?
渡辺  そやて。女の前では、クールちゅうか、渋い芸術家路線みたいなのやってたやんか。
相川  そう言えばそうかな。
理恵  え、じゃあさ、男の前ではどんなだったの?
渡辺  なんちゅーのかなあ‥‥まあ、熱い男やったね。とにかく議論が好きで、熱く語るんや。
相川  俺、何度も徹夜で話に付き合わされたよ。途中で眠たくなってウトウトしたりすると、「人の話を聞いてるのか、人の話を」って怒るんだよね。
渡辺  そやそや。「人の話を聞いてるのか、人の話を!」(缶ビールを床にたたきつけるしぐさ)
理恵  (指さして)それって、バドワイザー?
渡辺  そうそう。
理恵  へぇー、そうなんだ。
渡辺  それでな、酔っぱらったら勝手に寝るんやで。ほんま、勝手な奴やで。「人の話を聞いてるのか、人の話を!」

     相川、渡辺、笑う。
     相川、ビールを手にとって、開けようとする。

由美  あ!
相川  え?

     相川、缶ビールのプルタブに指をかけたまま。

理恵・佐江子 あ‥‥。
相川  え?
女三人  ‥‥‥。
相川  どうかしたの?
佐江子 う、うん‥‥別に。
相川  何だよ?

     と、言いながら、缶ビールを開ける。
     泡が吹き出す。

相川  うわ。

     相川、あわてて、ビールの缶を口に運ぶ。
     全員、笑いをこらえている。

相川  ‥‥もう、何だよ、これ。
全員  ‥‥‥。
相川  ナベ、お前だな。
渡辺  な、なんで分かるんや!
由美  そんなの誰でも分かるわよ。
理恵  ほんと。ばっかみたい。
相川  もう‥‥ガキみたいなことやってんじゃねーよ。
渡辺  ガキで悪かったな。ガキで。はいはい、ガキでございますよー。
理恵  また、開き直ってる。
由美  ナベちゃん、ほんとに意固地ねぇ。

     女三人、笑う。

佐江子 ‥‥それにしてもさあ、ほんとに人は見かけによらないよねぇ。
理恵  え‥‥何が?
佐江子 だから、杉下君よ。
理恵  ああ。
佐江子 あれだけ長い間付き合ってたのに、けっこう知らないものなんだなあって。
由美  ほーんと、そうよねぇ。
理恵  あんたが感心してどうすんのよ。
由美  だって、知らないものは知らないんだもん。しょうがないじゃん。
理恵  あんたたち、どういう付き合い方してたのよ?
由美  ひ・み・つ。
理恵  ケチ!
佐江子 ねぇねぇ、それでさ、杉下君、熱く語るって、何を語るの? やっぱり演劇論とか?
渡辺  まあ、それもあったけど、仕上げはやっぱり村上春樹かな?
相川  そうだね。最後はいつでも村上春樹。
佐江子 え、結局そこに戻って来るの?
渡辺  戻るも何も、メビウスの輪やね。
佐江子 ‥‥‥。それ、何のたとえなの?
渡辺  わからんか? こう村上春樹に始まって、ずうっと行って、最後もやっぱり村上春樹なんや。
佐江子 わかんない。
相川  俺もわからんぞ。
渡辺  えー? わかるやん、なあ?
理恵  それを言うなら金太郎飴じゃない? どこを切っても村上春樹。
渡辺  えらい古風なこと言うな。まあ、ええやん、おんなじようなもんや。
理恵  全然おんなじじゃないわよ。
渡辺  まあ、細かいことにはこだわらんときよし。
由美  ナベちゃん、全然変わんないわね。
渡辺  何が?
由美  その、いいかげんなところが。
渡辺  おおらかとゆーて。‥‥もしくは、包容力があるとか。
理恵  それも、ちょっと意味が違うんじゃない?
渡辺  まあ、似たようなもんや。
由美  それがいいかげんなのよ。

     女三人、笑う。

相川  あのさ、村上春樹で思い出したんだけど‥‥。
理恵  ‥‥何を?
相川  杉下はさ、鼠になったんじゃないかな。
理恵  鼠? ‥‥何それ?
相川  「羊をめぐる冒険」のさ‥‥。
渡辺  ‥‥‥。ああ‥‥あの鼠か‥‥。なんや、いきなりシビアな話やな。
相川  なあ、そう思わないか?
渡辺  ‥‥そやけど、まだ自殺って決まったわけやないしな。
相川  決まってるよ。バイクで一二〇キロだぜ。
渡辺  まあ、それはそやけどな‥‥。
佐江子 やっぱり自殺なの?
相川  家の方では、あくまで事故ということにしてるんだけど。
理恵  ねぇ、その鼠って何なのよ。
相川  村上春樹の小説に「羊をめぐる冒険」っていうのがあってさ、そこに登場してくる男。
理恵  人間が鼠なの?
相川  そういう名前の人間でさ、首を吊って自殺するんだ。
全員  ‥‥‥。

     しばしの沈黙。

理恵  ‥‥でもさ、それと杉下君がどう関係あるのよ。
相川  その小説の中で、鼠は主人公に会いに来るんだ。
理恵  死ぬ前に?
相川  いや、死んだ後で。
理恵  え、それじゃ幽霊なわけ?
相川  いや、それはよくわかんない。‥‥わかんないけど、とにかく、主人公に会いに来た鼠は、自分が自殺したことと、自分の死体を羊男が埋めてくれたということを告白するんだ。
理恵  羊男?
渡辺  村上春樹のいろんな小説に出てくるやつや。何かな、ようわからんけど、羊の着ぐるみみたいなのをかぶったやつやねん。
佐江子 村上春樹のキーパーソンの一人ね。

     しばしの間。

理恵  ‥‥それで?
相川  え?
理恵  それで、その鼠というのと杉下君とが、何の関係があるの?
佐江子 そうよね。どうして杉下君が鼠なの?
相川  ああ‥‥それね、それだけどね‥‥。
理恵  うん。
相川  言おうか、どうしようかと思ったんだけどね‥‥。
渡辺  なんや、もったいぶんなよ。
相川  実は‥‥こんなのが来たんだ。

     相川、カバンの中から一枚のハガキを取り出す。

理恵  何これ? 羊の絵よね。年賀状?
由美  あ。
理恵  あ、杉下君からだ。
渡辺  ちょっと見せて。‥‥あ、羊男や。
佐江子 ほんと。羊男よね。
相川  ‥‥それが、先週の土曜日に来たんだ。
渡辺  え。‥‥ちゅうことは、忠彦が死んだ前の日やん。
相川  そうなんだ。

     しばしの間。

理恵  ‥‥どういう意味なんだろう?
由美  きっと何かのメッセージよね。
佐江子 相川君は、これが「羊をめぐる冒険」に関係があるって思ってるの?
相川  ‥‥ああ。
佐江子 どういう風に?
相川  つまり‥‥羊男になってほしいって‥‥。
渡辺  つまり、自分は自殺した鼠で、お前に葬ってほしい、ちゅうことか?
相川  まあ、だいたいね。‥‥葬ると言うか、看取ると言うか、まあ、そんな感じかな。
渡辺  ふーん‥‥なるほどなあ。

     しばしの間。

渡辺  ‥‥そやけど、何で忠彦のやつ、三郎に送ったんやろな。
相川  ‥‥‥。
佐江子 ‥‥そうよね。何でだろ?
由美  うん。

     しばしの間。

理恵  ‥‥何でだろ?
佐江子 ‥‥羊男ねぇ。
理恵  いや、そうじゃなくて‥‥。
佐江子 何?
理恵  何で死んじゃったんだろうって。
佐江子 ああ。
由美  そんなのわかんないよ。
理恵  わかんないって‥‥理由があるはずでしょ、理由が。
佐江子 ‥‥理由ねぇ。
理恵  相川君、心当たりとかないの?
相川  心当たりねぇ‥‥そうだねぇ‥‥。
理恵  ないの?
相川  うーん‥‥ないこともないけど‥‥。
理恵  何、何?
相川  でも、それほど確信があるわけじゃないし‥‥。
理恵  いいから、言って。
相川  だから‥‥やっぱ、仕事じゃないかなぁって。
佐江子 ‥‥杉下君って、確か、工場みたいなところに就職したのよね。
相川  ああ。
佐江子 どんな工場?
相川  なんか金型とか作ってるところらしいよ。詳しいことは知らないけど。
佐江子 何でそんなとこに就職したの? 杉下君、マスコミ志望だったでしょ?
相川  ああ。テレビのディレクターになりたいって。
理恵  それが、どうして?
相川  いくつも受けたんだけどね、全部ダメだったみたい。
佐江子 ‥‥それでも、全然ジャンルが違うじゃない。
相川  それが俺も不思議だったんだけどね。‥‥それに、だいたい、大卒はほとんど採ってない会社らしいんだ。
佐江子 高卒ってこと?
相川  うん。
佐江子 そんな会社にどうして?
相川  なんでも、幹部候補だとか。
佐江子 ‥‥でも、それだけで行く?
理恵  そうよ、おかしいよ。
由美  だいたい、マスコミ志望の人なんかは、就職浪人とかけっこうフツーじゃないの?
理恵  そうよね。私の友達にもいたわ。‥‥杉下君、どうして浪人しなかったんだろう?
相川  ‥‥二回留年してたからなあ。
佐江子 だから‥‥?
相川  ‥‥ああ。
佐江子 親に気兼ねして‥‥?
相川  まあ‥‥そんなんじゃないかってね。
理恵  でもさ、親に気兼ねするような人ならさ、そもそも芝居のために留年なんかできないでしょ?
佐江子 そうそう。
相川  うん‥‥。それは‥‥そうなんだけどね。
理恵  だいたい、そういうタイプじゃないじゃん。
佐江子 そうそう。
由美  いや、案外そうでもないかもよ。
理恵  え‥‥どういうこと?
由美  彼、けっこう家のことは気にするところあったから。
理恵  親御さんのこと?
由美  ううん、親だけじゃなくて、兄弟とかも。
理恵  ふーん。
佐江子 なるほどねぇ‥‥由美が言うんなら、そうかもしんないわね。
相川  そうそう、俺も聞いたことある。‥‥あいつ、妹のことになるとすっげえムキになるんだよ。
佐江子 杉下君、妹いるの?
相川  うん。兄貴と妹。‥‥今日見なかった? 妹さん、斎場にいたよ。
佐江子 ‥‥だって、顔知らないもん。
相川  あ、そっか。
佐江子 うん。
相川  俺、挨拶したよ。
佐江子 へぇ。‥‥どうだった?
相川  どうだったって?
佐江子 やっぱり、泣いてたの?
相川  うん‥‥泣いてはいなかったけど、目は真っ赤だったな。
佐江子 ふーん。やっぱり、そうか。
相川  うん。
佐江子 かわいそうだねぇ。
相川  ああ。‥‥そうだね。
理恵  ‥‥ねぇ、話は戻るけど、やっぱり仕事なのかなあ?
相川  え? ‥‥ああ、その話?
理恵  職場の人間関係とか‥‥。
相川  ああ‥‥それはあるかもな。
理恵  こんな言い方したら何だけど、高卒の人とかとは、話題とか合わないんじゃない?
佐江子 うん‥‥でも、それだけで死んじゃったりするかな?
理恵  たとえばよ、たとえば。‥‥他にもいろいろあったんじゃない?
由美  うーん、人間関係っていうより、やっぱり夢が捨てられなかったんじゃないかな?
理恵  夢って?
由美  だから‥‥テレビとか、演劇とか。
理恵  でもさ、それじゃ、どうして金型の会社なんかに就職しちゃったわけ?
由美  だから‥‥それはよくわかんないんだけどさ。
佐江子 杉下君、あなたに話したりしなかったの?
由美  うん。‥‥全然。
佐江子 ‥‥そうなると、本当のところはわかんないよねぇ。

     しばしの間。

理恵  ‥‥ねぇ、ナベちゃんは、何か心当たりとかないの?
渡辺  ない。‥‥というより、どうでもええやん。
理恵  え?
渡辺  そんな自殺の理由なんか詮索しても意味ないやん。
理恵  ‥‥別に詮索なんかしてないわよ。‥‥でも、友達が自殺したのよ。それを、どうしてなのかって考えるのは自然じゃないの。
渡辺  だから、それが詮索やって言うてるんや。
理恵  なんで?
佐江子 まあまあ。‥‥ナベちゃんの言うのもわかんないわけじゃないけどさ、詮索ってのはちょっと言い過ぎじゃない? ‥‥別に興味本位で言ってるわけじゃないんだからさ。
由美  そうそう、私たちは本当のことを知りたいのよ。
渡辺  本当のこと?
由美  うん。
渡辺  本当のことなんか、わかるわけないやん。
佐江子 そりゃそうかもしんないけどさ、でも、少しでもそこに近づきたいわけよ。
由美  友達が死んで、わけもわかんないなんて悲しいじゃん。
渡辺  そうかな。
由美  え‥‥ナベちゃん悲しくないわけ?
渡辺  ああ‥‥別に悲しないな。
理恵  ‥‥あなた、それって、ちょっとひどいんじゃない?
佐江子 ちょっとナベちゃん、それは言い過ぎよ。
渡辺  ‥‥なんか、日本語が通じてへんみたいやな。
佐江子 え? ‥‥それ、どういう意味?
渡辺  そやな‥‥たとえば、自殺の理由がわかって、それで本当のことがわかるんか?
女三人  え‥‥。
渡辺  お前らが言うてる自殺の理由ってなんやねん? 仕事に行き詰まったとか、借金が返せへんとか、失恋したとか、結局そういうことやろ?
女三人  ‥‥‥。
渡辺  そやけどな、それは、あくまできっかけに過ぎひんのとちゃうか?
理恵  きっかけ?
佐江子 それって、どういう意味?
渡辺  きっかけは、きっかけや。‥‥まあ、つまり‥‥引き金みたいなもんや。
理恵  引き金‥‥。
渡辺  わからんか?
由美  ‥‥それだけじゃ、よくわかんないよ。
佐江子 うん。
相川  ‥‥つまり、それは表面的な理由で、本当の理由が別にあるってことか?
渡辺  まあ‥‥そんなとこかな。
理恵  え‥‥それじゃ、本当の理由って何なのよ?
渡辺  わからん。
理恵  え‥‥。
佐江子 それじゃ、答えになってないわよ。
渡辺  ‥‥答えなんか必要あるんか?
佐江子 え‥‥。
理恵  ‥‥どうして?
渡辺  つまり‥‥忠彦は死にたかったから死んだ。それだけでええやん。
全員  ‥‥‥。
由美  ‥‥それだけでいいって。
理恵  だから、どうして死にたかったのかって考えてんじゃん。
佐江子 そうよ。
渡辺  だから、それが無意味なんやって。
理恵  どうして?
渡辺  ‥‥‥。
相川  なあ、ナベ、そんな禅問答みたいな言い方じゃなくて、もう少しわかるように話してくれよ。
由美  そうよ、ナベちゃん。

     しばしの間。

渡辺  ‥‥なんちゅーのかな‥‥たぶん、世の中には、強い人間と弱い人間ちゅーのがいるんやと思う。
由美  強い人間と弱い人間‥‥。
佐江子 それって、強者と弱者ってこと?
渡辺  それはちょっと違う。‥‥その強い弱いは、権力があるとかないとか、金持ちやとか貧乏やとかとは違うんや。
全員  ‥‥‥。
渡辺  まあ、ゆーたら、強い人間は「生きてる人間」で、弱い人間は「死んでない人間」ちゅーことになるかな。
佐江子 「生きてる人間」と「死んでない人間」?
渡辺  そや。生きることに何の疑いも持たんで前向きに生きてんのが「生きている人間」。大多数の人間がそうやと思う。‥‥それから、これはたぶんごっつ少数派なんやろうけど、死んでないからとりあえず生きてるやつ、これが「死んでない人間」や。
全員  ‥‥‥。
渡辺  そら「生きてる人間」にしてみたら、死ぬっちゅうことは、全てが断絶して消滅してしまうわけやから、恐怖以外の何物でもない。だから、たとえば自殺なんかは、完全に理解の範疇の外にあるわけや。そやから、なぜ? どうして? と考えんわけにはいかん。ちゃうか?
全員  ‥‥‥。
由美  ‥‥それって、私たちが「生きてる人間」ってこと?
渡辺  ちゃうか?
由美  ‥‥‥。
佐江子 ‥‥じゃあ‥‥その「死んでない人間」はどうなのよ?
渡辺  「死んでない人間」にとっては、自殺は、生きるのをやめるだけや。
佐江子 苦痛も恐怖もないわけ?
渡辺  そら、あるやろ。
佐江子 だったら‥‥。
理恵  ほんとに、そんな人間っているの? ‥‥誰だって、生まれたからには生きようって思うじゃない? 誰だって死ぬのが恐いじゃない?
渡辺  そうかな? ‥‥たとえば、太宰治が言うてるやん。「生まれてすみません」って。
佐江子 太宰治の場合は特別よ。
渡辺  どこが特別やねん?
佐江子 ‥‥‥。じゃなかったら、彼一流のレトリックよ。
渡辺  そうかな? 俺は、そうは思わんな。「生まれてすみません」ちゅーのは、太宰の本音やで。
佐江子 ‥‥‥。
渡辺  それで、太宰は何遍も自殺未遂を繰り返したあげくに、結局最後にはほんまに自殺しよった。その理由は何や?女性問題か? 仕事の行き詰まりか? ‥‥そんな疑問は無意味やと思わんか?
全員  ‥‥‥。
相川  ‥‥それで、杉下と太宰治はおんなじだと言うのか?
渡辺  おんなじかどうかはわからん。‥‥でも、少なくとも弱い人間の側にはいたと思うんや。
理恵  杉下君が弱い人間? あんなに強い人が?
佐江子 ‥‥そうよね。
渡辺  人間を表面だけで判断したらあかんで。さっきも言うてたやろ、人は見かけによらんって。
理恵  それとこれとは別よ。‥‥それとも、私たちがそんなに表面だけの付き合いだったって言うの?
渡辺  ‥‥‥。
佐江子 (由美に)ねえ、あなたはどうなのよ? あなただったらわかるでしょ?
由美  うーん‥‥そうねぇ。
佐江子 どうなの?
由美  ‥‥よくわかんない。
佐江子 え。
由美  ‥‥強い人だったといえば、そんな気がするし、弱い人だったといえば、そんな気もする。
理恵  何よ、はっきりしなさいよ。
由美  だから、わかんないものはわかんないのよ。
理恵  あなた、それでも杉下君の元カノなの?
由美  ‥‥そういう言い方はないんじゃない?
理恵  だってそうじゃない!
由美  何もかも全然わかんないって言ってるわけじゃないじゃない。それに、わかってたって言わなきゃならない義務なんてないでしょ!
理恵  そういう言い方する?
佐江子 まあまあ、やめなさいよ、二人とも。‥‥こんなことでケンカしてどうするのよ?
理恵・由美  ‥‥‥。

しばしの間。

相川  それで、ナベ、お前もか?
渡辺  え?
相川  お前も、その弱い側の人間だって言いたいのか?
渡辺  ‥‥‥。
相川  なあ、そうだろ?
渡辺  ‥‥そやったら、どやねん?
相川  ‥‥さみしい人間にはさみしい人間の気持ちがよくわかる。
渡辺  え?
相川  弱い人間には弱い人間の気持ちがよくわかる。‥‥違うか?
渡辺  ‥‥‥。
相川  そう言いたいんだろ?
渡辺  ‥‥だから‥‥そやったら、どやねん?
相川  ‥‥‥。
佐江子 え‥‥それ、どういうこと? ‥‥杉下君の気持ちはナベちゃんにしかわからないってこと?
相川  まあ‥‥そういうことだよな。ナベ。
渡辺  ‥‥‥。
佐江子 ‥‥じゃあ、教えてよ。杉下君の本当の気持ちを。
渡辺  だから‥‥そんなん、わからんて言うてるやんか。
佐江子 だって、あなたには彼の気持ちがわかるんでしょ? それじゃ答える責任があるんじゃない? 杉下君はどうして死んだのよ?
渡辺  だから、そういう質問自体が意味ないって言うてるんや。
佐江子 はぐらかさないでよ。
渡辺  別にはぐらかしてへん。
理恵  はぐらかしてるよ。‥‥じゃなかったら、ナベちゃんだって私たちとおんなじということになるんじゃない?
渡辺  何で?
理恵  だって、杉下君の自殺の理由がわかんないんでしょ?
渡辺  だから、何遍言わせるねん。理由なんて意味ないんや。
理恵  じゃあ、何がわかるのよ?
渡辺  ‥‥思いや。
理恵  え?
佐江子 思い?
渡辺  思いちゅーか、気分ちゅーか、そういうやつや。
佐江子 ‥‥それって、気持ちとはどう違うの?
渡辺  思いは思いや。気持ちとは違う。
佐江子 違うって‥‥それじゃわかんないわよ。
理恵  そうよ。わかんないよ。
渡辺  わからんかったら、わからんでええやん。
佐江子 そんな。‥‥投げやりにならないでよ。
渡辺  別に投げやりやない。事実を言ってるだけや。‥‥結局、どう言うてもわかり合えんことなんかもしれん、てな。
佐江子 ‥‥それって、さっきの弱い人間同士にしかわからないってこと?
渡辺  ‥‥‥。

     しばしの間。

由美  ‥‥じゃあさ、これだけ教えてよ。ナベちゃんにわかる杉下君の思いって、どういう思いなの?
渡辺  ‥‥‥。
由美  聞いてもわかんないかもしれないけどさ、言うだけ言ってよ。お願い。
渡辺  ‥‥言葉ではうまく説明できひんわ。なにせ、気分の話やからな。‥‥そやな、なんちゅーのかな、俺にわかるんは、それは、死にたいっていう積極的な思いとはちゃうねん。‥‥生きていたくないていうか、生きてることから下りたいていうか、そういう思いやと思う。
全員  ‥‥‥。
渡辺  ‥‥ほら、わからんやろ。

     しばしの間。

相川  ‥‥ナベはさ、
渡辺  ん?
相川  芸術家なんだよな。
渡辺  ‥‥‥。
相川  さっきの弱い人間、強い人間の話は、正直言ってよくわかんないけどさ、それは、弱い、強いって言うより、むしろ、感性の問題みたいなもんじゃないのかな。
渡辺  ‥‥‥。
相川  それで思い出したよ。昨日、俺がお前に電話した時。ほら、杉下が死んだって。
渡辺  ああ。
相川  あの時、三十分だっけ、四十分だっけ、電話しただろ?あの間中、お前、何度も何度も「すげえ」「すげえ」って言ってただろ?
渡辺  ああ‥‥そうやったかな。
相川  そうだよ。‥‥あの時は、正直、変なやつっていうか、不謹慎なやつだと思ったけど、今話を聞いていて、ちょっとわかったような気がする。
渡辺  ‥‥何がわかったんや?
相川  お前と俺たちは感性が違うってね。
渡辺  ‥‥‥。それって、ほめてんのか? 馬鹿にしてんのか?
相川  馬鹿になんかしてないさ。ナベには、芸術家の感性があるって。
渡辺  ‥‥‥。
由美  うん‥‥それって、わかるような気がする。
佐江子 そう言えば、そうかもしんない。
理恵  そうよ、ナベちゃん、芸術家なのよ。
渡辺  ‥‥‥。そういうの、何て言うか知ってるか?
全員  え?
渡辺  ほめ殺し。
全員  え?
渡辺  芸術家やとかなんとか言うて、結局、俺のことを異分子として排除してるんや。理解不能の異分子としてな。
相川  おい、それは被害妄想だよ。俺は率直に言ってるんだぜ。
佐江子 そうよ、ナベちゃん、どうしてそんな風にねじ曲げるのよ?
渡辺  いや、それは無意識かもしれんけど、お前らはそうやって排除することによって自分を安全な場所に置こうとしてるんや。自殺とかとは無縁な安全な場所にな。
由美  そんなの考え過ぎよ。
理恵  ナベちゃん、もっと素直になりなさいよ。
渡辺  いや、お前らの気持ちはようわかった。‥‥ええんや、どうせ俺はひとりぼっちなんや。

     渡辺、一気にビールを飲み干す。

渡辺  さてと‥‥。

     渡辺立ち上がる。

理恵  どこ行くのよ?
渡辺  ちょっと夜風に吹かれて来ます。
理恵  え?
渡辺  ‥‥選ばれし者の恍惚と不安、我にあり、か。
理恵  何よ、それ?

     渡辺、去る。

理恵  ちょっと‥‥。止めなくていいの?
相川  いいだろ。ほっとこ。
理恵  でも‥‥。
佐江子 いいわよ。‥‥そのうち戻ってくるわよ。
理恵  そうかなあ?
相川  来るよ。
佐江子 ‥‥それにしても、ナベちゃんてやっぱり意固地ねぇ。
相川  ああ、そうだな。

     しばしの間。

由美  今の‥‥。
相川  え?
由美  選ばれし者のなんとか、って?
相川  ああ、あれはね、確か誰か哲学者の言葉でね、太宰治が好きだった言葉なんだ。
由美  ふーん、そうなの。
相川  ‥‥ナベもダザイストだったのかな?
由美  ダザイスト?
相川  太宰治オタクのこと。
由美  へぇ‥‥。
相川  ‥‥杉下が村上春樹フリークで、ナベがダザイスト、か‥‥。どいつもこいつも‥‥。

     しばしの間。

相川  ‥‥選ばれし者の恍惚と不安、我にあり。

     相川、ビールを飲む。

     暗転。


     相川、佐江子、理恵、由美がソファにすわっている。

由美  ねぇ、どうしても行ってしまうの?
相川  ああ。
由美  行くって、どこへ?
相川  さあ‥‥。
由美  さあって‥‥。
相川  ‥‥‥。
由美  そこに誰が待っているの? 何が待っているの?
相川  ‥‥‥。
由美  ねぇ、黙ってないで答えてよ。
相川  そいつは風のやつにでも聞いてくれ。Blowin' In The Wind だ。

     音楽。ボブ・ディラン「風に吹かれて」。

由美  ‥‥あなたが行ってしまったら、私はどうすればいいの?
相川  ‥‥‥。
由美  ねぇ、どうすればいいの?
相川  ‥‥‥。
由美  だって私‥‥私はあなたを、
相川  ストップ! ‥‥その先は、胸のポケットにでもしまっておくんだな。
由美  ‥‥‥。
相川  (軽く笑って)ほら、そんな顔をしてたら、せっかくのべっぴんさんが台無しだぜ。

     相川、ハンカチで由美の顔をふく。

由美  ‥‥‥。
相川  つらいのはお互い様さ。
由美  え。
相川  覚えておくんだな。‥‥男ってやつは、顔で笑って心で泣くのさ。
由美  ‥‥‥。
相川  やせがまんだけがとりえの、生まれついての不器用者なのさ。

     相川、さみしく笑う。

由美  ‥‥じゃあ、どうして?
相川  ‥‥‥。
由美  どうして行ってしまうの?
相川  ‥‥‥。
由美  ねぇ、どうして?
相川  ‥‥‥。
由美  つらいのなら‥‥別れが本当につらいと思っているのなら、行かないで! お願い!
相川  ‥‥‥。
由美  ねぇ、どうして黙ってるの!
相川  ‥‥‥。
由美  何か言ってよ!

     しばしの間。

相川  ‥‥誰かが言ってたぜ。
由美  え。
相川  さよならだけが人生だ、ってな。
由美  え‥‥。

     相川、口笛を吹く。
     しばしの間。

理恵  えらく格好をつけるじゃねぇか。ジョージ。
由美  あ、あなたは‥‥。
理恵  忘れてもらっちゃ困るぜ。呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンのハクション大魔王、もとい! アクション荒川様だぜ。
由美  あ、あなたなんか、呼んでないわよ!
理恵  お呼びでない? これまた失礼致し‥‥ませんのことよ。そっちに用がなくても、こっちには用があるんでね。
相川  いったい何の用だ?
理恵  フフフ、とぼけてもらっちゃ困るぜ。おめえとの決着がまだ着いていねえだろうが。‥‥それとも、恐くなってとんずらするつもりだったのかい? その手は桑名の焼きはまぐりよ。
相川  ‥‥相変わらずだな。
理恵  何がだ?
相川  相変わらず、ギャグが寒い。
理恵  何だと!
相川  夜風が身にしみるぜ。
理恵  この野郎、言わせておけば! ‥‥さあ、とっととかかってきやがれ。
相川  あいにくだが、俺はお前と闘う気はない。
理恵  何!
相川  俺はこれから旅に出るんでな。‥‥それに、無益な殺生はしないのが、俺の主義でな。
理恵  何を言ってやがる! 逃げるのか?
相川  命を粗末にしちゃあいけないぜ。‥‥俺には、お前が冷たい地面を枕に眠りにつく姿が見える。
理恵  ふん、どこまでも格好をつける野郎だぜ。それを言うなら、俺にはおめえの頭がマグナムで吹き飛ぶ姿が目に浮かぶぜ。
相川  ‥‥‥。
由美  ジョージ、やめて! 決闘なんて無意味よ!
理恵  ‥‥お嬢ちゃん。どいてな。これは、男と男の勝負なんだ。女の出る幕じゃねぇ。いらぬおせっかいをするとやけどするぜ。
相川  ‥‥‥。どうしても‥‥やるしかなさそうだな。
理恵  フフフ、そうこなくっちゃ。‥‥二十一世紀に生き残れるのは‥‥。

     渡辺が現れる。
     渡辺の声が、理恵の声と重なる。

渡辺  二十一世紀に生き残れるのは、俺かおめえか。二人に一人だ。
佐江子 あ、ナベちゃん‥‥。
渡辺  南部式なんて前代の遺物は、この二十世紀でジ・エンドだ。そして、おめえのような前代の遺物もな。

     相川、立ち上がる。
     相川と渡辺、向き合う。

由美  ジョージ!
渡辺  ‥‥おめえは幸せ者だな。泣いてくれる女がいるんだからな。‥‥俺はフェミニストだから、ちょっぴり心苦しいがね。
相川  相変わらず口の減らないやつだな。‥‥まあ、不安は人を饒舌にさせるというが。
渡辺  何を言ってやがる。おめえこそ、この世の名残に別れのあいさつでもしておいた方がいいんじゃねぇか。そのぐらいの時間は待ってやるぜ。‥‥それと、もし遺言でもあったら聞いといてやろう。
相川  せっかくだが‥‥その必要はない。
渡辺  何故だ?
相川  お前はもう死んでいる。
渡辺  ケッ‥‥。どこまでも格好を付けるやつだぜ。だがな、それも、そこまでだ。‥‥それじゃ、冥土のみやげに教えてやろう。

     しばしの間。

渡辺  冥土のみやげに教えてやろう。

     しばしの間。

渡辺  冥土のみやげに教えてやろう。
佐江子 どうしたの?
渡辺  ‥‥忘れた。
佐江子 何よ!
由美  せっかくかっこいいところなのに。
理恵  教えてあげようか‥‥ええっとね‥‥。
渡辺  もうええよ。おしまい。
佐江子 なーんだ。

     相川、渡辺、席に戻る。

相川  けっこう覚えてるもんだな。
由美  そうね。
理恵  ちょっと危ないとこもあったけどね。
佐江子 「風に吹かれて」は、杉下君の代表作だからね。
渡辺  めちゃめちゃ気合い入ってたしな。
佐江子 私、何度も泣かされたわよ。
理恵  誰に?
佐江子 演出に。
理恵  誰が?
佐江子 私が。
理恵・由美  佐江子が泣かすんでしょ?
佐江子 ‥‥もう! 声そろえてまで言う? しつこいわね。

     理恵、由美、笑う。

渡辺  ‥‥俺も言われまくって、何回も切れそうになったわ。
理恵  そのわりに覚えてないじゃん。
渡辺  うるさいな。
相川  とにかく無国籍物になると目の色変わってたもんな、あいつ。
佐江子 そうそう、「夜霧の第三埠頭」と「夕陽のギター野郎」と、それから「風に吹かれて」。あの無国籍三部作は、力の入れ方が違ったわね。
理恵  どうしてあんなのが好きだったんだろ? 私は、どっちかというと「静かな演劇」? ああいうタイプの方が好きだったけどな。
渡辺  まあ、無国籍の方が客が入るしな。
相川  それもあるけど、日活の無国籍映画が、あいつの青春だったからな。
由美  えーっと、誰だっけ? 石原裕次郎と‥‥。
相川  ‥‥小林旭と赤木圭一郎と宍戸錠。‥‥あいつ、どちらかと言うと、裕次郎よりも、エースの錠とか、マイナー好みだったけどな。
理恵  だから、それって、相当昔の映画なんでしょ?
相川  ああ、一九五〇年代から六〇年代くらいだな。
理恵  そんなの全然生まれる前じゃん。‥‥だから、どうしてそんなのが好きだったんだろ?
相川  さあ、どうしてだろうな? ‥‥とにかく、あいつの部屋の本棚には、日活アクション映画のビデオがずらっと並んでたよ。‥‥俺もよく見せられたよ。
渡辺  そうそう、それで、ちゃんと見てへんと怒りよるんや。
佐江子 「人の話を聞け!」って?
理恵  「人のビデオを見ろ!」でしょ?

     全員、笑う。

由美  ‥‥そう言えば、私もしょっちゅう見せられたわよ。
佐江子 杉下君の部屋で?
由美  ‥‥うん。‥‥ビデオだけじゃなくて、たまに映画館とか学祭とかでフェアーとかあるじゃない? 懐かしの日活アクション映画祭りとか。そういうのにも付き合わされたわ。
理恵  そういうのがデートなわけ?
由美  ‥‥まあね。‥‥そればっかじゃないけど。
理恵  洋画とか見に行かなかったの?
由美  うん‥‥あんまりハリウッドの新作とか話題作とか見ないのよね、あの人。見ても、しぶーいフランス映画とか。‥‥ほら、トリュフォーとかゴダールとか。
理恵  ふーん。
渡辺  まあ、基本的に渋好みちゅーかマイナー好みやね。
佐江子 でも、村上春樹はメジャーじゃない?
渡辺  いや、そうでもないで。あいつ「ノルウェーの森」は、全然評価しとらへんかったしな。あれは、駄作や、カスやって。‥‥それに、だいたい、今時、文学自体がマイナーちゃうか? ‥‥そういうたら、演劇なんか一番マイナーやで。
相川  おいおい、ナベ。それを言っちゃおしまいだよ。
佐江子 そうよね。

     全員、さみしく笑う。

理恵  ‥‥そっかあ、マイナー好みかあ。‥‥何だかわかるような気もするなあ‥‥ねぇ、由美ちゃん。
由美  え? どうして私に振るわけ?
佐江子 ‥‥ああ、そういうことか。なるほどねぇ。
由美  え? え?
渡辺  にぶいやっちゃなあ。忠彦はマイナー好みやって、その忠彦がつきあってたんが由美っちゅうこっちゃ。
由美  ‥‥それって、ひょっとして、私がマイナーだっていうこと?
渡辺  ピポピポピンポーン。
由美  ひっどーい。

     由美以外、全員、笑う。

相川  ‥‥まあ、マイナーかどうかはわかんないけど、確かに渋好みっていうか、通好みって感じはするよね。
由美  ‥‥それって誉めてんの? けなしてんの?
相川  別にけなしてはいないよ。‥‥まあ、由美  には、他の人にはない不思議な雰囲気というか、個性があるってことだよね。
佐江子 そうそう、個性的ってこと。
由美  ‥‥‥。
理恵  由美、それって贅沢よ。‥‥おかげで杉下作品のほとんどであなたが主演女優だったじゃない?
佐江子 そうそう、贅沢、贅沢。
渡辺  俺も、自分の彼女を主役にすえるなんて、あいつも露骨なことをやりよるなあ、って思ってたけど‥‥。
相川  でも、個性に惚れたから主役にしたのか、個性に惚れたから彼女にしたのか、何だかニワトリと卵みたいな感じがするな。
佐江子 ‥‥うーん、そこのところは難しいわねぇ。今になって思うと。
理恵  でもさ、演出家とかテレビのディレクターと主演女優がくっつくって、よくある話じゃない?
佐江子 それは、そうよね。
理恵  それも、やっぱりニワトリと卵なのかなあ‥‥。
佐江子 うーん‥‥。
渡辺  演出家は、女優に惚れるねん。少なくとも、作品を作ってる間はな。‥‥つまり、作品作りっちゅーのは、作者と女優の一種の疑似恋愛みたいなもんやねん。それはディレクターでも、映画監督でもおんなじや。‥‥そういう話を聞いたことがあるわ。
相川  ‥‥疑似恋愛、か。わかるような気もするな。
理恵  え‥‥それじゃ、私たちも惚れられてたの?
渡辺  そういうことになるな。
理恵  それにしては、ひどい扱いを受けてたような気もするけど。
渡辺  まあ、それも愛情や。‥‥そんなん言うたら、由美  の演出が一番きつなかったか?
理恵  ‥‥まあ、そういえばそうだけど。
渡辺  演出家っちゅーのは、自分の劇団の女優は、全部自分の女やと思うらしいで。
理恵  自分の女、ねぇ。‥‥かなり傲慢よね。
佐江子 ほんとね。
渡辺  その代わり、自分も全員に惚れられんとあかんと思うらしい。
理恵  ふーん。‥‥佐江子、惚れてた?
佐江子 まあ、由美は惚れてたでしょう。
由美  だから、何で私に振るのよ?
佐江子 だって、付き合ってたんだから。
由美  ‥‥それはそうだけど‥‥。でも、それは別にして、彼の作品はけっこう好きだったな。
理恵  そりゃ、主演女優だもんね。
由美  じゃなくてさ。‥‥それじゃ、みんなは杉下作品が嫌いだったの?
理恵  え‥‥別にそんなことはないけど。
佐江子 そりゃ、やってる時は、それなりに楽しかったよ。
由美  でしょ?
渡辺  つまりは、それが惚れられるってこととちゃうか?
理恵  ふーん。‥‥じゃあさ、じゃあさ、男優の場合はどうなるわけ?
渡辺  え?
佐江子 そうそう、男優はどうなるの? やっぱり惚れるの? それとも、どうでもいいの?
渡辺  うーん、どやろなあ? ‥‥三郎、どう思う?
相川  ‥‥どうなのかなあ? ‥‥でも、やっぱり惚れるんじゃない?
理恵  え‥‥それじゃ、相川君は、杉下君のホモ達だったの?
相川  そういう意味じゃなくてさ、何て言うか、ちょっとキザな言い方になるけど、才能に惚れるっていうか‥‥お互いにね。
渡辺  三郎、お前、なかなかうまいこと言うやんか。
理恵  ‥‥才能に惚れる、か。ふーん。
佐江子 なるほどねぇ。
渡辺  ‥‥まあ、惚れて、惚れられて‥‥あいつは、けっこう幸せ者やったんやな。
佐江子 そうよねぇ。あの頃が、杉下君が一番輝いてた時代だったのよねぇ‥‥。
渡辺  忠彦だけとちゃうで。俺らも一番輝いてた時代ちゃうか?
佐江子 ‥‥そうかもしれないわねぇ。

     しばしの間。

理恵  何言ってんのよ。そんな年寄りみたいなこと言って。私は、これからまだまだガンガン輝くわよ。
渡辺  ‥‥理恵‥‥お前は、若いのう。おっちゃんはもう疲れたわ。

     全員、笑う。

相川  だから、杉下は、もう一度輝きたかったのかもしれないな。
理恵  だからって?
相川  ほら、あの劇団結成の話。
理恵  え?
相川  え‥‥みんなのとこには連絡なかった?
理恵・渡辺  え?
相川  あ‥‥そうなのか。
理恵  え‥‥何なのよ? 劇団結成って。
相川  いや、何でもない。
渡辺  おい、何でもないとちゃうやろ。言いかけたんやったら、ちゃんと言えよ。
相川  ‥‥‥。
理恵  ねぇ、はっきり言ってよ。気になるじゃない。
相川  ‥‥‥。
渡辺  三郎、お前らしないぞ。話せよ。
相川  だからさ‥‥。
渡辺  うん。
相川  ‥‥劇団を作ろうって、さ。
渡辺  ‥‥誰が? ‥‥忠彦、か?
相川  ‥‥ああ。
渡辺  ‥‥いつ?
相川  ‥‥おととしの秋だったかな?
渡辺  ‥‥それで?
相川  ‥‥それでって?
渡辺  それだけやったら、わからんやん。詳しく話せよ。
相川  ‥‥‥。‥‥じゃあ、言うよ。
渡辺  ああ。
相川  ‥‥確か、おととしの十月に、杉下から手紙が来たんだ。‥‥中身は、プロを目指した劇団を作らないか、っていう誘いだった。‥‥そこには、旗揚げ公演の台本もできていて、劇団名も決まってるって書いてあった。
渡辺  ‥‥ふーん。‥‥それで?
相川  それでって?
渡辺  それで、その話はどうなったんや?
相川  ‥‥その後、三回ほど手紙が来てさ‥‥その最後の手紙に、劇団の話は打ち切りって書いてあった。
渡辺  それは、いつの話?
相川  去年の一月‥‥。
渡辺  ‥‥ふーん。
相川  ‥‥‥。
渡辺  ‥‥それで、どうなん? みんな、その話知ってたん?
全員  ‥‥‥。
渡辺  ‥‥なあ、正直に言うてぇな。
全員  ‥‥‥。
渡辺  ‥‥別に、責めてるわけやないんやし。
全員  ‥‥‥。
渡辺  ‥‥そやな、言いにくいんやったら、手挙げよか。‥‥ほな、手紙をもろてた人、手挙げて。ハイ!

     相川、由美、佐江子が手を挙げる。

渡辺  ‥‥ふーん、三人、か。‥‥微妙やねぇ。
佐江子 ‥‥ナベちゃんはさ、ほら、京都だから。
理恵  ‥‥‥。
佐江子 ‥‥理恵はさ‥‥ほら、理恵は公務員だから。
理恵  ‥‥公務員だったら、何なの?
佐江子 ‥‥ほら‥‥だから、辞めたりすんのもったいないじゃん。
理恵  ‥‥そんなの関係ないよ。
佐江子 ‥‥‥。
理恵  ‥‥‥。
渡辺  ‥‥おい、理恵、すねんなよ。俺かてショックのパー子やで。ハミったもん同士、元気出そうや。
理恵  ‥‥別に、すねてなんかないわよ。
渡辺  ‥‥‥。‥‥それで、その劇団の名前はなんちゅー名前やったんや?
相川  ウインド。
渡辺  ウインドって、風のウインドか?
相川  ああ。
渡辺  ふーん。‥‥やっぱりこだわっとったんやな、「風に吹かれて」に。
相川  ‥‥そうかもしれないな。
渡辺  それで、作品の題名は?
相川  ええっと、何だっけな‥‥マンチェスター‥‥
由美・佐江子 マンチェスター十二番街に陽は落ちて。
相川  そうそう、それ。
渡辺  えらい長い題名やな。
相川  だろ?
渡辺  それって外国の話?
相川  うーん、どうかな?
渡辺  台本もろたんやろ?
相川  ああ、まあ‥‥。
佐江子 あのね‥‥舞台は一応イギリスみたいなんだけど、基本的に、やっぱり無国籍物なのよ。‥‥それにシャーロック・ホームズが出てきて推理ドラマになったり、ベッカムが出てきてたりすんの。
渡辺  ベッカムねぇ。
佐江子 だって、マンチェスターだから。マンチェスター・ユナイテッド。
渡辺  ああ‥‥。で、それってコメディなん?
佐江子 まあ、コメディって言えばコメディなのかもしれないけど、けっこうシリアスなシーンとかラブシーンなんかもあるのよ。‥‥特に、ラストシーンなんかはけっこう泣けたわよ。ねぇ?
由美  うん、泣けた泣けた。
渡辺  ふーん。そっか。‥‥それで、いけそうやった?
佐江子 ‥‥いけそうって?
渡辺  一応プロ目指してたんやろ? ‥‥そやから、プロとして売れるかっちゅーこっちゃ。
佐江子 うーん、それはどうかなあ? ‥‥いい線はいってたと思うけど‥‥。
由美  芝居は舞台にのせてみないとねぇ‥‥。
渡辺  三郎。お前はどやねん?
相川  そうだなあ‥‥ひょっとしたら、杉下の最高傑作になったかもしれないな。
渡辺  ふーん。そこまで言うか。
相川  ああ‥‥ひょっとしたらだけどな。
渡辺  ‥‥そこまで書いとって、なんでやめよったんやろ?
相川・由美・佐江子 ‥‥‥。
渡辺  金か?
相川  ‥‥かもな。
渡辺  なあ、どこまで話が進んでてん? 公演日程とか、劇場とかまで決まってたんか?
相川  ‥‥さあ。
渡辺  さあって‥‥。
相川  ‥‥‥。
渡辺  お前ら、顔合わせとかしてへんのか?
相川  ‥‥ああ。
佐江子 ‥‥うん。
渡辺  それって、どういうことやねん?
相川・由美・佐江子 ‥‥‥。
渡辺  ‥‥なあ、お前ら、忠彦にどういう返事してん?
相川・由美・佐江子 ‥‥‥。
渡辺  おい、黙ってんと、何か言えよ。‥‥三郎。
相川  だから‥‥考えさせてほしいって‥‥。
渡辺  佐江子は?
佐江子 今は、ちょっときびしいって‥‥。
渡辺  由美は?
由美  プロでやるのは無理だって‥‥。
渡辺  ‥‥‥。

     しばしの間。

理恵  ‥‥あんたたち、冷たいわよ。‥‥杉下君がかわいそうじゃないの。
相川・由美・佐江子 ‥‥‥。
理恵  ‥‥劇団を作るのが彼の夢だったのよ。昔の仲間を集めて、プロとしてやっていきたかったのよ。
相川・由美・佐江子 ‥‥‥。
理恵  ‥‥その夢を、杉下君の夢をあんたたちがつぶしたのよ。
相川・由美・佐江子 ‥‥‥。
理恵  ‥‥彼が自殺したのだって、きっと夢を失って、絶望したからなんだわ。‥‥ええ、きっとそうよ。‥‥あんたたちが彼を裏切ったからよ!
渡辺  おい、理恵、落ち着けって!
理恵  それなのに、何で死んだんだろうなんて、白々しいことをよくも言えたものね。‥‥あんたたち、それでも友達なの? それでも仲間なの?
相川・由美・佐江子 ‥‥‥。
理恵  どうなのよ? 何か言ってみなさいよ!
相川・由美・佐江子 ‥‥‥。
理恵  ‥‥何にも言えないわよね。‥‥そりゃ、そうだわ。事実だもんね。‥‥あんたたちが杉下君の夢を踏みにじって、それで杉下君は死んだのよ。‥‥あんたたちが杉下君を殺したのよ!
渡辺  理恵、それは言い過ぎや!
理恵  言い過ぎなんかじゃないわよ!
渡辺  理恵!
理恵  ‥‥‥。

     しばしの間。

由美  ‥‥それじゃ、
理恵  ‥‥‥。
由美  ‥‥それじゃ、あなたならどうなの?
理恵  え?
由美  あなたは、仕事も生活も捨てて、プロの道を目指せるの?
理恵  ‥‥‥。
由美  全てを捨てて、かなうかどうかわからない夢にかけられるの?
理恵  ‥‥できるわ。
由美  ‥‥それは、仮定の話だから、言えるのよ。‥‥実際には、そう簡単にはいかないわ。
理恵  私はできるわ。
由美  全てを捨てて、夢にかけるなんて‥‥そんなのきれい事よ。
理恵  私はできるって言ってるでしょ!
由美  夢だけじゃ食べられないのよ! 夢だけじゃ生きていけないのよ!
理恵  ‥‥‥。‥‥そうやって、杉下君も捨てたんでしょ?
由美  え?
理恵  杉下君が夢見る人だから、あなたは、彼を捨てたんでしょ?
由美  ‥‥‥。
理恵  そして、今度は、彼の夢自身も捨てたんでしょ!
由美  ‥‥‥。
理恵  ねぇ、どうなのよ? 答えなさいよ!
由美  ‥‥そんなの答える必要はないわ。
理恵  あるわ!
由美  あなたには関係ないじゃない!
理恵  関係あるわよ!
由美  どうして!
理恵  だって! ‥‥だって、あなたはいつも選ばれてるじゃない!
由美  え。
理恵  ‥‥あなたはいつも杉下君に選ばれてるじゃない。
由美  ‥‥‥。
理恵  ‥‥私は選ばれてない‥‥。

     理恵、泣き出す。

由美  ‥‥‥。
渡辺  理恵‥‥。
由美  ‥‥‥。
理恵  ‥‥杉下君が‥‥杉下君が‥‥かわいそうよ‥‥。
全員  ‥‥‥。

     暗転。


     ソファに、相川と渡辺がすわっている。

相川  お前、明日は?
渡辺  葬式がすんだら、新幹線で帰る。
相川  何時の?
渡辺  指定席は取ってへんから。‥‥夕方頃ちゃう?
相川  何なら、もう一泊していかないか? うちの家に泊めてやるよ。狭いけどな。
渡辺  ‥‥そやけど、三日も休めへんしな。
相川  ‥‥授業か? ‥‥夏休みだろ?
渡辺  休みでも、補習とかあるねん。
相川  そうか。
渡辺  ああ。
相川  ‥‥そういえば、学校って、教師が休んでる時は、どうなってんの?‥‥休講?
渡辺  高校に休講はないわ。
相川  そっか。‥‥じゃ、どうすんの?
渡辺  代行の教師が行くねん。
相川  代わりに授業をするのか?
渡辺  いや、プリントとかやらすねん。‥‥ほら、問題集とかのプリント。
相川  ああ‥‥そう言えば、そんなのあったな。
渡辺  そんなのって、まだ十年も前の話とちゃうぞ。
相川  そうなんだよな。‥‥うそみたいだな。高校時代なんて、すっげー大昔の話みたいに思える。
渡辺  まあ、俺もなりたての頃はそうやったけどな。
相川  でも、大学の時のことは、ついこの間みたいに思えるんだよな。
渡辺  そうやな。つい昨日みたいな感じがするな。
相川  もう、卒業してから、大学生やってた時とおんなじだけの時間が経ってるのにな。
渡辺  そうやなあ‥‥。不思議やな‥‥。
相川  ナベなんか、杉下とはずいぶん会ってないだろ?
渡辺  そやなあ‥‥もう、二年か、二年半ぐらいになるわ。
相川  俺だって、もう半年以上会ってないよ。それでも、学生時代の友達は、すごく身近に感じるんだよな。
渡辺  ついこの間会ったような感じ、か?
相川  まあ、そうだな。
渡辺  そういえば、お前とも久しぶりやもんな。
相川  そうそう。
渡辺  確かに、そんな感じはせんな。
相川  そうだろ?
渡辺  うん。
相川  ‥‥ところでさ、相変わらず演劇部やってんの?
渡辺  ああ、やってるよ。ぼちぼちな。
相川  強いの?
渡辺  強いとか弱いとか‥‥運動部やないんやし。‥‥そやなあ、まあ、中の上ってとこかな?
相川  京都でどのくらい?
渡辺  ‥‥ベスト5ぐらいかな。
相川  すっげぇじゃん。
渡辺  別にすごないよ。‥‥演劇部のある学校自体がそんなに多ないし、どこの学校も演劇部なんかにそんなに力入れてへんし。
相川  へぇ、そうなの。
渡辺  どこに行ってもマイナーなの、演劇は。
相川  ハハッ、そっか。
渡辺  そや。

     佐江子、由美、理恵がやって来る。
     手に手にビールや、ジュースを持っている。

佐江子 あーあ、いい湯だった。
由美  あなたたちも入ってきたら? ビジネスホテルにしてはお風呂広いわよ。
渡辺  あー、自分らだけ飲んで、ずるいわ。何で俺らのも買って来いひんねん。
理恵  そんなの、自分で買って来なさいよ。
渡辺  あ、さっき泣いたカラスが、もういばりよる。
理恵  うるさいわね。
佐江子 私たち、お風呂で友情あたためあったのよねー。
由美・理恵  ねー。
渡辺  ‥‥まあ、女の友情なんてその程度のもんや。
佐江子 それ、どういう意味?
渡辺  すぐにこわれたり直ったりする。
由美  何よ、失礼ね!
理恵  まあ、勝手に言わしとけば?
佐江子・由美  そうね!
理恵  さあ、どいてどいて。私たちすわるんだから。

     佐江子、由美、理恵、ソファにすわる。

佐江子 ねえねえ、男二人でしっぽり何話してたの?
渡辺  学生時代は遠くなりにけり。
佐江子 え?
相川  ナベの演劇部の話。
由美  ああ、そう言えば、ナベちゃん演劇部やってたんだ。
佐江子 え、そうなの? ナベちゃん演劇部の顧問なの?
理恵  あれ? 佐江子 、知らなかったの?
佐江子 うん。
渡辺  実はそうなんどすえ。
佐江子 へぇ。
理恵  演劇部かあ‥‥懐かしいなあ。
由美  ああ、そっか。理恵  は高校の時から演劇やってたんだ。
理恵  うん。
佐江子 その意味じゃ、ベテランよね。演劇一筋十ウン年。
理恵  そういう言い方しないでよ。なんか、私がおばさんみたいじゃない?

     全員、笑う。

理恵  他に高校演劇出身の人っていなかったっけ?
全員  ‥‥‥。
渡辺  シーン。
理恵  ‥‥みんな何部だっけ?
佐江子 私、バレー部。
由美  ブラバン。
相川  軽音部。
渡辺  うちは帰宅部どす。
理恵  ‥‥ふーん、そっか。
佐江子 杉下君は、たしか映画部だったよね。
相川  そうそう。
佐江子 だいたい、大学の演劇サークルって、高校演劇出身の人は少ないんじゃない?
由美  そうねぇ。
理恵  なんでだろ?
渡辺  うーん、なんちゅーか、ちょっと雰囲気が違うんちゃうか。
理恵  どういうこと?
渡辺  ほら、高校の演劇部は、女の子ばっかしやし、いかにも文化系って感じやん。大学のは、どっちかいうと体育会系みたいな。
由美  そう言えば、そうよね。
理恵  ああ‥‥確かに、そういう違和感みたいなのはあったわね。
渡辺  な、そやろ。
佐江子 そういえば、高校の演劇部って、校舎の隅っこで、あめんぼあかいなとかやってて、なんか暗い感じだったわよね。
理恵  そんなの大学だっておんなじよ。‥‥バレー部だって、馬鹿みたいにファイト、ファイトって言ってるばっかりじゃん。
佐江子 馬鹿みたいって何よ。
理恵  事実よ、事実。
渡辺  ほら、やっぱし女の友情なんて、その程度のもんやん。
佐江子 何よ?
渡辺  もうケンカしてるやん。
佐江子 ‥‥ケンカじゃないわよ。議論してるだけよ。
理恵  そうよ、議論よ。
渡辺  へぇー、そうですか‥‥。
由美  ねぇ、ねぇ、ナベちゃんとこの演劇部って、どんなのやってるの?
渡辺  ん? ‥‥まあ、いろいろやね。
由美  プロの台本なの? オリジナルなの?
渡辺  それも、まあ、いろいろやね。
理恵  そう言えば、私たちの時は、キャラメルボックスとか、すっごい流行ってたけど、今でもやるの?
渡辺  まあ、やってる学校もあるよ。流行ってるほどではないけど。
理恵  今は、何が流行ってんの?
渡辺  流行ってる‥‥ていうのは特にないなあ。‥‥最近は、オリジナルが増えてきたかな?
理恵  へぇ‥‥すごいじゃん。
渡辺  別にすごないで。‥‥ほら、演劇部って女ばっかしで、既成の台本で人数が合うのがなかなかないんや。それで、自分らで書いた方が早い、っちゅー発想やね。それに、オリジナルの方がコンクールの審査員受けもええし。
理恵  ふーん、そっか。
佐江子 へぇ、そうなの。
相川  オリジナルって‥‥生徒が書くのか?
渡辺  まあ、生徒が書いたり、顧問が書いたり、いろいろや。
由美  え‥‥それじゃ、ナベちゃんも書いたりするわけ?
渡辺  まあ‥‥時々な。
由美  すっごーい。ナベちゃん、劇作家なんだ。
渡辺  そんなええもんとちゃうよ。
佐江子 でもさ、ナベちゃんが書いた作品が、地区の大会とか、インターハイとか‥‥
渡辺  全国大会。
佐江子 その全国大会とか行ったら、表彰とかされるわけでしょ?
渡辺  そこまで行けたらな。
佐江子 それで、新聞とかテレビとかに出たら、うまく行ったら作家デビューできるじゃない。
渡辺  そんなに甘ないよ。‥‥だいたい演劇部はマイナーやしな。‥‥まあ、そんなんを目指してる人もいるにはいるみたいやけど。
由美  ナベちゃんは目指してないの?
渡辺  私は、しがない平凡な教師どす。
由美  目指せばいいのに。
渡辺  ‥‥‥。
佐江子 でも、いいなあ。趣味が仕事になるなんて。
由美  そうよねぇ。
渡辺  おいおい、別にクラブばっかしやってるわけやないで。
由美  そりゃ、そうだけど。
理恵  でも、クラブの片手間に授業をやってるみたいな先生っているじゃん。
佐江子 うん、いたいた。
由美  ナベちゃんは、そうじゃないの?
渡辺  俺は授業命やで‥‥というのはウソ。‥‥ちょっと片手間かな。
由美  ほーら。
理恵  あーあ、うらやましいなあ。私も教師になればよかった。
佐江子 理恵は、教員免許持ってるんじゃないの?
理恵  持ってるけどさ‥‥それで、就職の時も、どっちにしようかって迷ったんだけど。公務員か教師か。
佐江子 それで、公務員にしたんだ。
理恵  そう。
佐江子 後悔してる?
理恵  してないと言えばウソになるかな‥‥。でも、教師の採用枠がほんとに少なかったしね。
佐江子 その意味じゃ、ナベちゃんは優秀だったわけね。
渡辺  ‥‥おい、なんかやけにほめるやんか。どうしてん? また、ほめ殺しか?
相川  ほめるっていうより、みんなうらやましいんだよ。
渡辺  なにが?
相川  だから、ナベが今でも演劇やってるのが。
渡辺  ‥‥だから、そやったら、お前らもやったらええやん。
相川  そうもいかないよ。仕事があるから。
渡辺  社会人サークルみたいな形でもでけへんのか?
相川  そういうのも考えたこともあったけどね‥‥。
由美  やっぱり無理なのよ。休みの日なんかも違うし、住んでるとこもけっこう離れてるし。
佐江子 お金も相当かかるし‥‥公演の時にはまとめて休み取らなきゃならないしね。
渡辺  ふーん。そっか。‥‥それで、やるんやったら、思い切ってプロを目指すっちゅー話になるわけやな。
佐江子 ‥‥だろね。
相川  おい、その話はやめよう。理恵がまた泣くぞ。
理恵  泣かないわよ。‥‥もう、大丈夫。
相川  ‥‥ほんとか?
理恵  しつこいわね。‥‥それ以上言ったら、泣くわよ。

     全員、笑う。

佐江子 だから、ナベちゃんがうらやましいのよ。青春をずーっと続けてるみたいで。
由美  ほーんと。一人だけでずるいわよ。
渡辺  ‥‥そんなん、あんまり考えたことなかったな。
佐江子 そりゃそうよ、歌にもあるじゃない。♪青春時代が夢なんて後からほのぼの思うもの、って。‥‥ナベちゃんはその夢の中にいるから、ありがたみがわかんないのよ。
渡辺  お前らは、青春ちゃうんか?
相川  もう、青春なんて言葉を使うのは、ちょっと照れくさいよな。
由美  やっぱり、学生時代が青春だったよね。
佐江子 今じゃ、後からほのぼの思ってまーす。
渡辺  なんや、お前ら、年寄りくさいな。‥‥まだ卒業してから四年しか経ってへんやんか?
佐江子 そうなのよねぇ。それが不思議な感じがするの。‥‥まだ四年しか経っていないんだ、とか、もう四年も経ったんだとか‥‥。
由美  月日の問題だけじゃないと思うよ。生活っていうか、生き方の中身が変わっちゃったのよ。
佐江子 あ、それは言えてる。
相川  それで、今度の杉下のことで、完全にピリオドって感じがするな。‥‥一つの時代が終わったって。
佐江子 一つの時代か‥‥そうよねぇ‥‥。

     しばしの間。

佐江子 ‥‥杉下君は、私たちの時代の、私たちの青春の旗手だったのよねぇ。
由美  きしゅ?
佐江子 旗振り役。
由美  ‥‥ああ。
佐江子 今度は誰が旗を振るんだろ?
由美  そうねぇ。
理恵  ‥‥誰も振らないわよ。
佐江子・由美  え。
理恵  旗なんか誰も振らない。‥‥自分で振るのよ。
佐江子・由美  え‥‥。
理恵  どうしてみんなそんなに後ろ向きなの? 青春は終わったとか、一つの時代が終わった、とか。
佐江子・由美  ‥‥‥。
理恵  あの頃のエネルギーはどうしたの? あれは、振り向いて懐かしむためだけのものじゃないわ。‥‥明日への力よ。
佐江子 明日への力‥‥。
理恵  そうよ。‥‥今日のお通夜の時に、杉下君のおばさんが言ってたでしょ? 「みなさんは、忠彦の分まで生きて下さい。」って。‥‥そうなのよ。私たちは、杉下君の分まで生きる義務があるのよ。それが杉下君への恩返しなのよ。
佐江子 恩返しねぇ‥‥。
渡辺  そや、理恵の言う通りやと思うわ。一つの時代が終わったとか、ゴチャゴチャ言うとらんと、次の時代を生きることを考えたらええと思う。
相川  次の時代って‥‥どんな時代なんだ?
渡辺  それはわからん。人それぞれちゃうか? ‥‥それを考えるんも次の時代を生きることになるんちゃうか?

     しばしの間。

由美  次の時代ねぇ‥‥。
理恵  次の時代‥‥。
佐江子 次の時代か‥‥仕事も一通り覚えたし‥‥次は‥‥結婚かな?
全員  え?
由美  佐江子、結婚するの?
佐江子 ‥‥いや、そういう意味じゃなくて‥‥順番に考えたら、そういうのもそろそろありかなって‥‥。だって、私たち、そういうトシでしょう?
由美  ああ、そういうこと。
佐江子 うん。
渡辺  そう言うたら、俺らの回りで結婚話は聞かんなあ。
佐江子 私は去年二つ行ったよ。高校の同級生と大学のゼミの子の結婚式。
渡辺  そんなんやったら、俺も行ったよ。そうとちごて、サークルの連中の結婚式。
佐江子 ああ‥‥そうよねぇ。‥‥でも、お見合いとかしろって、親が言ったりするよ。
渡辺  彼氏いいひんの?
佐江子 残念ながらね。‥‥女ばっかりの職場だからねぇ。
渡辺  理恵は?
理恵  ‥‥私、たぶん、結婚はしないと思う。
佐江子 え‥‥。仕事に生きるの?
理恵  そういうことでもないけど‥‥。
渡辺  ふーん。‥‥まあ、この頃、そういう女の子は多いしな。‥‥由美は、どうなん?
由美  え‥‥。
渡辺  結婚とか考えてへんの?
由美  え‥‥。
渡辺  だから‥‥どうなん?
由美  ‥‥‥。(笑う)
渡辺  え‥‥ひょっとして。
由美  ‥‥その‥‥ひょっとなの。
佐江子 えーっ!
由美  十二月に結婚しまーす。
佐江子 えー、誰と誰と? 知ってる人?
由美  ‥‥‥。(相川の方を見る)
佐江子 えっ、まさか?
由美  ‥‥その‥‥まさかなの。
佐江子 相川君?

     由美、うなずく。

渡辺  おい、三郎、お前ら付きおうてたんか?
相川  ‥‥ああ。
渡辺  いつからやねん?
相川  いつからって‥‥四回の頃かな?
渡辺  え‥‥学生時代なんか?
相川  ‥‥ああ。
渡辺  ‥‥まさか、忠彦と二またなんてことはないやろな?
由美  それはないわよ。別れてからよ。
渡辺  へぇ。‥‥そうやったんか。
佐江子 全然気づかなかった。
渡辺  理恵、知ってたか?
理恵  ‥‥‥。
渡辺  ふーん。‥‥びっくりしたなあ。
佐江子 ほーんと。
渡辺  灯台もと暗しやな。
佐江子 ほーんと。
由美  みんなにも招待状出すから、その時にまた集まりましょ。
渡辺  ‥‥葬式の次は結婚式か。‥‥なんか微妙な感じやな。
佐江子 そうね。
渡辺  ‥‥それで、二人には悪いんやけど、今日は場合が場合やし、お祝いの言葉は‥‥。
相川  わかってる。また、今度でいいよ。
渡辺  そうか‥‥。ほな、そういうことで。
相川  ああ。

     しばしの間。

     暗転。


     ビジネスホテルのロビー。
     誰もいない。
     しばらくして、相川、佐江子、理恵、由美が荷物とジュースを手に入ってくる。
     全員、ソファにすわる。

相川  あーあ、ホテルに入ると生き返るね。
理恵  そうね。
相川  もう、出たくないって感じ。
理恵  そうよね。
相川  今日は、一段と暑かったよなあ。
佐江子 そうね。
相川  今年で一番暑かったんじゃない?
佐江子 ‥‥かな。
相川  着替えてたら、もう、ワイシャツも下着も汗でグッショリ。‥‥みんなは、どうだった?
理恵  ‥‥そんなこと、女の子に聞くもんじゃないわよ。
由美  そうそう。
相川  すみませんね。‥‥それにしても、どうしてだろね。お葬式の時って、必ずものすごく暑かったり、ものすごく寒かったりするじゃん。
佐江子 ‥‥そういえば、そうかな?
相川  そうだよ。‥‥春とか、秋とかの気候のいい時の葬式って、記憶ある?
佐江子 ‥‥そんなの急に言われても‥‥。
由美  ‥‥ないかな?
理恵  そういえば‥‥ないね。
相川  だろ?
佐江子 っていうより、喪服着てるから、よけいに暑く感じるんじゃない?
相川  ‥‥それもあるだろうけど‥‥じゃ、冬はどうなのよ?
佐江子 冬は‥‥コートとか、あんまり着ないし。
相川  コートは着るっしょ。
佐江子 ‥‥でも、式の最中とか着ないじゃない?
相川  まあね。‥‥でも、それじゃ、やっぱ、寒いんじゃん。それは。
佐江子 まあ、そうだけど‥‥。

     渡辺が、荷物を持ってやって来る。

理恵  ナベちゃん、遅かったじゃない?
渡辺  ああ、すまん。‥‥防虫剤入れててな。
理恵  防虫剤?
渡辺  今日、あほほど汗かいたやろ。それで喪服に防虫剤入れててん。
由美  そんなの、帰ってから入れたらいいじゃん。
渡辺  そうかもしれんけど、早よ入れといた方がええやろ。
佐江子 え‥‥クリーニングしないの?
渡辺  え?
佐江子 普通、クリーニングしてから入れない? 防虫剤?
由美  ああ‥‥そうだね。
渡辺  そんなん、一々クリーニングせえへんで。一回か二回着ただけやん。
佐江子 するよ。
理恵  うん、するする。
渡辺  えー、そうか? ‥‥三郎、するか?
相川  まあ、ケースバイケースだよな。今日みたいに汗かいた時はするな。
佐江子 ほらあ。
渡辺  ‥‥‥。
理恵  ナベちゃん、よくわかんないね。マメなのかルーズなのか。
渡辺  うるさいな。
相川  ‥‥ナベ、パイプ椅子借りてくる?
渡辺  ええわ、もう帰るんやし。
相川  そうだな。‥‥何時に帰るの?
渡辺  別に決めてへんけど。‥‥東京駅行って、適当に来てる新幹線に乗るわ。
由美  自由席? ‥‥混んでない?
渡辺  そんなに混んでへんやろ。‥‥盆休みも終わってるし。
由美  ああ‥‥そうだね。
渡辺  ‥‥それにしても、今日は暑かったな。
理恵  あれ? ナベちゃんどうしたの?
渡辺  何?
理恵  へーみたいな暑さじゃなかったっけ?
渡辺  ‥‥うるさいな。

     女三人、笑う。

相川  え‥‥何? ‥‥それ、何なの?
理恵  あれ? ‥‥あの時、相川君いなかったっけ?
佐江子 そうそう、いなかったよ。
由美  そ・れ・じゃ・わ・か・ら・な・い。

     女三人、笑う。

相川  おい、何だよ、教えてくれよ。
理恵  ナベちゃん、教えてあげて。
渡辺  いやや。
理恵  もう‥‥。あのね、昨日、私たちが暑かったって言ってたら、ナベちゃんがさ、京都に比べたら、東京の暑さなんかヘーみたいなもんや、って言ったのよ。
相川  ‥‥それで?
理恵  それでって‥‥それだけ。
相川  ?
佐江子 だめよ。説明したって。‥‥あの場にいなきゃ、あのおもしろさはわかんないわよ。
由美  そ・れ・じゃ・わ・か・ら・な・い。

     女三人、笑う。

相川  ‥‥‥。
渡辺  ‥‥それにしても、ちょっと、びっくりしたな。
理恵  え‥‥何が?
渡辺  忠彦の顔‥‥目のとこ以外、ほとんど菊で覆ってあったやろ?
理恵  ああ‥‥そうね。
渡辺  あんなん見たの初めてやわ。
佐江子 ‥‥衝突事故だからねぇ。
渡辺  え?
佐江子 だからさ‥‥包帯でぐるぐる巻きだったんじゃないの?
渡辺  ‥‥ああ。
相川  ‥‥事故の後、半日ぐらいは生きてたそうだよ。
渡辺  え?
相川  ‥‥それで、時々意識が戻って、お母さんとかと話もしたそうだよ。
渡辺  それで、何話したん?
相川  ‥‥それは詳しくは聞いてないけど‥‥。
渡辺  ‥‥そうか。
相川  ‥‥うん。
渡辺  ‥‥そういえば、骨拾いまでさせてもらえるとは思わんかったな。
佐江子 そうよね。
理恵  あれって、普通、親族だけよね。
由美  私、友達のお葬式は初めてだからよくわかんないけど‥‥。
相川  いや、やっぱり親族だけだよ。
理恵  それじゃ、ほんとに特別なのよね。
相川  そうだよ。‥‥親御さんが、俺たちによっぽど拾ってほしかったんだよ。
渡辺  それにしても、ごっつきれいやったな。
相川  え?
渡辺  あいつの骨、ほんまに真っ白できれいやった。
理恵  そうよねぇ。‥‥やっぱり、若いからかな。
由美  そうよ。‥‥私、昔、おばあちゃんの骨を拾ったことがあるけど、茶色くてボロボロだったもん。‥‥あんなのじゃなかった。
渡辺  ほんまに舎利って感じやったな。
由美  しゃり?
渡辺  仏舎利の舎利や。お骨のこと。それで、すしのご飯も舎利って言うやろ? 白くて、つやつやしてて、似てると思わへんか?
由美  ああ‥‥。
渡辺  それでな、あんまりきれいやから、俺、途中で箸使うのがめんどくさなって、手で拾たろか、っちゅう衝動押さえんのに苦労したわ。
全員  ‥‥‥。
渡辺  それからな、なんか知らんけど、食いとなったんやな。‥‥ほら、外国の小説か実話か知らんけど、恋人の骨を食ってまうちゅー話があるやんか? ‥‥今までは、変な猟奇的な話やと思ってたんやけど、今日の忠彦の骨見てたら、なんか分かるような気がしてん。‥‥あんだけきれいやったら、食ってもええな、って。
全員  ‥‥‥。
相川  ‥‥ナベ。
渡辺  ん?
相川  お前、やっぱり芸術家だよ。
渡辺  え‥‥。
佐江子 うん‥‥確かにそうかもしれない。‥‥ナベちゃん、芸術家かもしれない。
理恵  ‥‥確かに、そうかもね。
由美  ‥‥そうね。
渡辺  ‥‥何や‥‥また、ほめ殺しか?
佐江子 違うわよ。‥‥きれいだって感動したのは分かるのよ。でも、食べちゃおうって発想はね‥‥。
相川  それが、芸術家の感性だって。
渡辺  ええねん、ええねん、どうせ俺は理解されへんねん。そうやってみんなから疎外されて、ひとり寂しく京都に帰るねん。
理恵  何、また、勝手にいじけてんのよ。
渡辺  ‥‥お嬢さん、流れ者には情けは無用だぜ。‥‥フッ、夜風が身にしみるぜ。
理恵  夜風なんか吹いてないわよ。‥‥吹いてくれたら涼しくていいんだけど。
由美  ほーんと。

     全員、笑う。

渡辺  ‥‥さてと、ほな、ぼちぼち、ほんまに帰るわ。
佐江子 え‥‥もう帰るの? もうちょっと、ゆっくりしていけばいいのに。
渡辺  明日は朝イチから補習やさかいな。‥‥予習もせんとあかんし。
理恵  ナベちゃん、ちゃんと予習なんかしてるの? ‥‥らしくないなあ。
渡辺  失敬な。うちは真面目でしがない教育公務員どす。
理恵  マジ?

     全員、笑う。

渡辺  ‥‥ほな、行きまっさ。
相川  それじゃ、東京駅まで送ってやるよ。
渡辺  情けはいらん。情けは。
相川  いや、俺も方向が一緒だし、用事もあるから。
渡辺  さよか。
相川  由美はどうする?
由美  うん‥‥私も行く。
相川  それじゃ、行くよ。
由美  うん。

     相川、由美、荷物を持って立ち上がる。

渡辺  それでは、みなはん、ご機嫌よろしゅうに。
佐江子 それじゃ、ナベちゃんお元気で。
理恵  また会いましょ。
由美  今度は、十二月ね。
理恵  ああ、そうよね。
佐江子 お幸せにね。
由美  ありがと。
相川  じゃ。
佐江子 それじゃ。
理恵  またね。

     渡辺、相川、由美、去る。
     佐江子、理恵、ソファにすわり、黙ってジュースを飲む。

佐江子 ‥‥行っちゃったね。
理恵  ‥‥行っちゃった。
佐江子 ‥‥何だか寂しいね。
理恵  ‥‥そうだね。

     しばしの間。

佐江子 ‥‥祭りの後の寂しさ、か。
理恵  祭りじゃないでしょ。お葬式なんだから。
佐江子 いや、祭りよ。冠婚葬祭って、全部まつりごとなのよ。
理恵  ああ‥‥そっか‥‥。
佐江子 そうよ。

     しばしの間。

佐江子 ‥‥でも、不思議な二日間だったわね。
理恵  ‥‥そうね。
佐江子 同窓会みたいなお葬式で、お葬式みたいな同窓会で。
理恵  そうよね。
佐江子 それで、杉下君だけがいなくて、でも、やっぱり彼を中心に話が回ってて。
理恵  ‥‥ほんと。
佐江子 ‥‥月並みな言い方になるけど、杉下君がみんなを集めてくれたのかなあ。
理恵  ‥‥そうかもねぇ。

     しばしの間。

佐江子 ‥‥それにしても‥‥。
理恵  え?
佐江子 ‥‥由美って、ほんとにくせ者よね。
理恵  え‥‥ああ。
佐江子 ちょっと、ひどいと思わない?
理恵  ああ。
佐江子 怒っていいのよ。もう、いないんだから。
理恵  うん‥‥でも、もうわかんなくなっちゃった。
佐江子 え‥‥何が?
理恵  考えてみたら、もう、ずいぶん昔の話なんだなあって。
佐江子 え?
理恵  気持ちがリアルタイムじゃないのよ。なんか、オブラート越しに見てるみたいでさ。‥‥自分で自分の気持ちがよくわかんない。
佐江子 へぇ、理恵って大人ねぇ。‥‥私は今でもリアルタイムよ。
理恵  え?
佐江子 ‥‥昨日言おうかどうか考えてたんだけどさ‥‥。
理恵  うん?
佐江子 今でもちょっと考えてるんだけどさ。
理恵  何よ、もったいぶらないでよ。佐江子らしくないわ。
佐江子 やっぱりそう思う?
理恵  うん。
佐江子 じゃあ、言っちゃおうかなあ‥‥。
理恵  言っちゃえ、言っちゃえ。
佐江子 じゃあ、言うね。
理恵  うん。
佐江子 私も好きだったのよ。杉下君のこと。
理恵  え。
佐江子 おかしい?
理恵  え‥‥。
佐江子 やっぱ、おかしいよね。私らしくないよね。
理恵  ‥‥そんな。全然おかしくないって。ちょっとびっくりしただけ。
佐江子 ほんと?
理恵  ほんとにほんと。‥‥へぇ、そうだったんだ。
佐江子 うん。
理恵  いつ? ‥‥やっぱりサークルの時?
佐江子 うん。
理恵  ‥‥そっかあ‥‥そうなんだ。
佐江子 ‥‥うん。

     しばしの間。

理恵  ‥‥じゃあさ、ナベちゃんの言ってた通りじゃん。
佐江子 え?
理恵  ナベちゃん言ってたでしょ? 劇団の女優は、全部演出家の女だって。
佐江子 ‥‥ああ。
理恵  演出家は、女優に惚れられなければならないって。
佐江子 うん。
理恵  ‥‥由美 が惚れて、私が惚れて、佐江子が惚れてたんなら、そのまんまじゃん。
佐江子 そういえば‥‥そうよね。
理恵  なーんだ、みんな、杉下君が好きだったんだ。
佐江子 ‥‥‥。
理恵  そう考えると、なんか、私たちって孫悟空みたいね。
佐江子 孫悟空?
理恵  ほら、あるじゃない? お釈迦様の手のひらの中で、飛び回ってる孫悟空の話。
佐江子 ああ‥‥あったね。
理恵  だから、自由に飛び回ってるつもりだったのが私たちで‥‥。
佐江子 杉下君がお釈迦様ってこと?
理恵  そうそう。‥‥結局、彼の手のひらの中で踊ってたんじゃないかなって。
佐江子 うーん‥‥そっかあ。
理恵  ‥‥恐るべし。杉下忠彦。
佐江子 そうだね。(笑う)

     しばしの間。

理恵  ‥‥こりゃあ、踊らされていた者同士、きゃつに一矢報いねばなりますまい。
佐江子 そうですな。
理恵  行きますか?
佐江子 追善供養!
理恵  いざ、行かん!
佐江子 ‥‥そうだ、新宿の東口に、いいお店があるのよ。
理恵  何てお店?
佐江子 それが、ウソみたいな名前のお店なんだけど‥‥。
理恵  何?
佐江子 ウインズ。
理恵  ‥‥ウッソー!
佐江子 それが、ほんとなのよ。
理恵  行く行く!
佐江子 じゃ、行こう!

     理恵、佐江子、立ち上がり、荷物を持つ。
     歌いながら、去る。

   The answer, my friend, is blowin' in the wind,
   The answer is blowin' in the wind.

     しばしの間。
     暗転。

                            おわり


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