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黒くぬれ

【これは、劇団「かんから館」が、2006年2月に上演した演劇の台本です】

男は言った。「世界は終わった。」ある日、突然世界は終わってしまったのだ。
残された5人の男女。
女は言った。「演劇をやりましょう。」
こうして、観客のいない世界の終わりで、世界を再生する演劇の練習が始まった。
それぞれの思いでそれぞれに稽古に打ち込む青年たち。
しかし、その順調に見えた取り組みは、意外な方向へ展開して行く。


     〈登場人物〉

      白河 真奈(27歳)
      沢田 留美(21歳)
      石野 早苗(27歳)
      吉村 秀樹(26歳)
      真田 和彦(19歳)


      暗闇。静寂。
      中央にスポットライト。
      吉村がライトに走り込んでくる。

吉村   だけど、みんな、愛してるぜ!

      音楽! 「スタート・ミー・アップ」(ローリング・ストーンズ)
      ダンス!
      派手なライティング。

      舞台全体に通常の明かり。

真奈   はい、オッケー。

      全員、脱力。

真田   どうすかね?
真奈   んー、ちょっとステップが遅れてるとこがあるんじゃない?
真田   そうすね。がんばります!
真奈   はい、がんばって。
早苗   ねぇ、私は? 私は?
真奈   あんたはねぇ、全体的に切れが悪いのよねぇ。
早苗   切れ?
真奈   そう。バシッ!ビュアッ!シュワッ!って感じがほしいのよ。
早苗   シュワッ?(ウルトラマンのしぐさ)
真奈   うん。
早苗   ?
吉村   まあ、こんな感じじゃないかな。‥‥休憩しよっか?
真奈   えー、もう休憩?
吉村   だって、ダンスは疲れるよ。
真奈   そんなの当たり前よ。このぐらいで疲れててどうすんの?
吉村   だって、ほら‥‥。

      バテているメンバーたち。

吉村   ね。
真奈   もう‥‥。だから素人は嫌なのよ。
吉村   そんなこと言ったって‥‥。
真奈   あなたもね、最初のセリフ、ちょっと段取りになってきてない?
吉村   なってないよ。
真奈   ほんと? 何だか、こう心からの叫びって感じがしないんだけど。
吉村   そんなことない。もう、心と魂が裏返るぐらい叫んでるよ。
真奈   かな?
吉村   うん。
留美   休憩でいいんじゃないですか?
真奈   え?
留美   だって、疲れてんのに、数だけこなしたって意味ないですよ。
真奈   ‥‥‥。だから、これぐらいでどうして疲れんのよ。
留美   実際、疲れてんだから仕方ないじゃないですか。
真奈   ‥‥‥。
留美   休憩にしましょ。休憩。
吉村   ‥‥‥。じゃ、そうしようか?
真奈   ‥‥‥。
吉村   じゃ、十分間、休憩。
真奈   もう。

      不機嫌そうに、真奈、去る。

早苗   あーあ、しんど。あたし、もう足がパンパン。
真田   俺も‥‥。それにしても、真奈さん、全然バテないっすね。
早苗   そりゃ、一応プロの役者さんだから。
真田   有名なんすか?
早苗   さあ‥‥?
留美   学校回りの劇団でしょ。
早苗   え?
留美   だから、中学とか高校の団体鑑賞であちこち回ってる劇団。
早苗   ‥‥ふーん。
真田   ああ、俺、高校の時見ましたよ。さすがプロの人は違うなあって‥‥。感動しちゃって、終わってから、サインもらいに行きました。
早苗   そういえば、私も見たような気がする。えーっと、なんだっけな? ほら、ほら、ヘレンケラーの話。知らない?
真田   ああ、何とかって言うんですよね。えーと。
留美   「奇跡の人」。
早苗   そーそー、それ、それ。ほら、何とか先生が井戸から水を出して、それをヘレンの手にかけて‥‥。
真田   ウォーター!
早苗   そう、それよ! あのシーンはよく覚えてるわ。
真田   俺も見たことあるんすよ。あのシーンは感動しました。
早苗   そうよねぇ。
留美   ま、普通、あのシーンしか覚えてないのよね。
真田   そっすよねぇ。ほんとに印象的ですからねぇ。
留美   ‥‥‥。
吉村   みんな、気を悪くしないでくれよ。別にあいつも悪気があって言ってるんじゃないからさ。でも、こと演劇になると熱くなっちゃうだよな。
真田   そんなのわかってますよ。ノープロブレム、ノープロブレム。そこが真奈さんのいいとこなんだから。
吉村   でも、みんな疲れてるだろ? ジュースでもおごるよ。
早苗   そんな。別に吉村君が気を使わなくてもいいのよ。
真田   そうすよ。‥‥でも、ジュースはいいっすね。
早苗   こら、あんたは現金なんだから。
真田   へへへ。‥‥俺、買って来まーす。皆さん、何がいいっすか? 
早苗   もう。
吉村   適当でいいんじゃない? どう?
早苗   そうね。留美ちゃんもそれでいい?
留美   うん。
真田   オッケー。じゃあ、適当に五本ということで。

      真田、去りかけて。

真田   あ、吉村さん、真奈さんは、ブラックコーヒーですよね。
吉村   え?
真田   こだわりの人だから。へへ。

      真田、去る。

早苗   それにしても、こんなにきついとは思わなかったわよねぇ。
吉村   え?
早苗   演劇の練習。
吉村   ああ、確かにね。俺も大学の学祭以来だからな。それに、あん時は、余興っていうか、そんなにマジでやってなかったし。
早苗   私は高校以来よ。それも、セリフ三つだけのチョイ役だったし‥‥。留美ちゃんは、高校の時、演劇部だったんでしょ?
留美   うん。
早苗   だったら、このぐらいの練習は慣れっこでしょ?
留美   慣れっこっていうか、引退してからけっこう経ってるから。それに、芝居のタイプが全然違うし。
早苗   どんな芝居やってたの?
留美   どんなって‥‥ちょっと説明しにくいな。まあ、あんまりリアリズムじゃないやつ。
早苗   ?
留美   そういう芝居、見たことないでしょ?
早苗   まあ‥‥ねぇ。
吉村   いわゆる前衛みたいなやつ?
留美   ‥‥そうでもないけどね。
吉村   ふーん。
早苗   ま、五人中、演劇経験者が二人もいるわけだ。‥‥留美ちゃんも思ってることがあったら、どんどん言ってくれていいのよ。
吉村   そうそう、別に真奈に遠慮しなくていいんだから。
留美   遠慮っていうか‥‥どうして、あんなに急ぐのかな?
吉村   え?
留美   上演日も決まってないのに。
早苗   ‥‥‥。そ、そりゃ、ほら、締め切りがないと、ダラダラしちゃうじゃない? だからさ‥‥。
留美   観客もいないのに?
吉村   ‥‥‥。留美ちゃん。それは言っちゃいけないよ。それを言ったら振り出しに戻っちゃう。
留美   ‥‥‥。

      気まずい沈黙。
      真田が戻ってくる。

真田   お待たせー! と、あれ? 何かまずかった?
吉村   い、いや、別に何でもないよ。ご苦労さん。
早苗   サンキュ。えーと、私、これね。(とジュースを取る)
真田   あ。
早苗   え、これダメなの?
真田   いや、そんなことないっすよ。いいっす、いいっす。どうぞ。
早苗   そう?
留美   じゃあ、これかな?(とジュースを取る)
真田   あ。
留美   え、どうかした?
真田   いや、何でもないっす。どうぞ、どうぞ。
留美   ふーん。
吉村   じゃあ、俺は‥‥
真田   ああ‥‥。
吉村   ‥‥俺は後でいいよ。真田、先に取れよ。
真田   え、いいんすか? マジで?
吉村   うん。
真田   そうすか。じゃあ‥‥これ!(とジュースを取る)
吉村   じゃあ、俺はこれだな。(とジュースを取る)

      真奈が戻ってくる。

真田   あ、真奈さん。
真奈   みんな、もうすっかり休憩モードなのね。
真田   あ、真奈さん、コーヒー買ってあるんすよ。吉村さんのおごりで。
真奈   ‥‥‥。
真田   真奈さん、ブラックでしたよね。はい。(とコーヒーを差し出す)
真奈   あ、そ。(とコーヒーを取る)

      みんな、それぞれにジュースを飲む。

早苗   それにしても‥‥
吉村   ん?
早苗   やれば、案外できるもんね。‥‥初めはどうなるかって思ったけど。
吉村   ああ、そうだな。
早苗   みんな声もだんだん出るようになってきたし、演劇らしくなってきたし。
吉村   ああ。
真奈   まだまだよ。こんなので満足してちゃダメよ。
早苗   わかってる。それは、わかってるんだけど‥‥真奈のおかげよね。
真奈   え?
早苗   やっぱり、プロの人の指導がないと、こうはできなかったって。
真奈   ‥‥‥。
真田   そうっすよね。素人ばかりじゃ、何していいか、わかんないし。正直、俺、演劇がこんなにおもしろいなんて思ってなかったし。もうハマっちゃいそうっすよ。
真奈   ‥‥‥。
早苗   だから、今になってみると、真奈が「みんなで演劇をやろう」って言い出したワケがちょっとわかったような気がするの。
真奈   ‥‥‥。さあ、いつまでもダラダラと休んでると、だれちゃうから、そろそろ再開しましょ。
真田   また、ダンスっすか?
真奈   そうね‥‥ダンスは一区切りついたから、別のシーンをやりましょ。
真田   どこします?
真奈   そうね‥‥えーとね(台本をめくる)、ここにしましょ。三三ページ、七場。

      全員、台本をめくる。

吉村   頭から?
真奈   二人の会話のシーンからでいいわ。‥‥じゃ、用意して。
吉村・早苗   はい。

      吉村と早苗、立ち位置に立つ。

真奈   ヒロシとサヤコが見つめ合う。はい!

      ドラマチックな音楽と照明。

吉村   サヤコ。
早苗   ‥‥ヒロシ。
吉村   ‥‥実は、君に言わなければならないことがあるんだ。
早苗   何?
吉村   今から僕が話すことは、君にとってとてもつらいことかもしれない。
早苗   ‥‥‥。
吉村   ‥‥でも、落ち着いて聞いてほしい。
早苗   ‥‥わかったわ。言って。
吉村   ずっと隠してたけれど‥‥君の体は普通じゃない。
早苗   ‥‥‥。
吉村   君は、君は‥‥。
早苗   ‥‥いいのよ。
吉村   え?
早苗   私、病気なんでしょ?
吉村   ‥‥知っていたのか?
早苗   なんとなくわね‥‥。だって自分の体だもん。
吉村   ‥‥そうか。
早苗   ‥‥で、何の病気なの?
吉村   実は‥‥君は‥‥血友病だ。
早苗   ‥‥そう。‥‥やっぱり。
吉村   知っていたのか?
早苗   だって‥‥だって、小さな頃から、私は友達とも自由に遊ばせてもらえなかったし、お父様もお母様も、まるで腫れ物にさわるようにしていたから‥‥。
吉村   そうなのか‥‥。でも、それだけじゃないんだ。
早苗   ‥‥‥。
吉村   残酷なことだけれど、君はエイズにもかかっている。血友病の治療に使った血液製剤で感染したんだ。
早苗   ‥‥そう‥‥やっぱり。
吉村   知っていたのか?
早苗   だって、自分の体だもん。
吉村   そうなのか‥‥。でも、それだけじゃないんだ。
早苗   ‥‥‥。
吉村   実は、君は‥‥ああ、僕には言えないよ。(頭を抱える)
早苗   ‥‥‥。いいから‥‥言って。
吉村   そんな‥‥僕には、とても言えないよ。君が、急性骨髄性白血病だなんて。
早苗   ‥‥そうなんだ。
吉村   あ。(口を押さえる)
早苗   私ね‥‥ひょっとしたら、そうじゃないかって思ってたんだ。
吉村   どうして?
早苗   だって、秋口ぐらいから、異常に疲れるようになってたし。「家庭の医学」で調べてみたの。
吉村   ‥‥そうだったのか。
早苗   ええ。
吉村   じゃあ、ひょっとしてBSEのことも?
早苗   え、私、BSEなの?
吉村   ああ‥‥中学の時、ピアノの勉強でロンドンに留学しただろ? あの時にかかったみたいなんだ。
早苗   ‥‥そっか。‥‥‥。
吉村   ‥‥‥。
早苗   ‥‥フフ。
吉村   ?
早苗   アハハハハハ。
吉村   サヤコ?
早苗   私って、まるで病気のデパートね。ねぇ、そう思わない?
吉村   ‥‥‥。
早苗   もう、こうなったら、なんにも恐くないわ。ヒロシ、いいから、包み隠さずに全部言って。
吉村   ‥‥‥。本当に‥‥いいのかい?
早苗   ええ‥‥覚悟はできてるわ。
吉村   じゃあ‥‥言うよ。
早苗   ‥‥ええ。
吉村   実は‥‥僕達は‥‥。
早苗   ‥‥うん。
吉村   僕達は‥‥兄妹なんだ。
早苗   ‥‥そう‥‥やっぱり。
吉村   知っていたのか!
早苗   ‥‥だって、自分の体だもん。

真奈   はい! そこまで!

      照明、戻る。

真田   ‥‥いいっす。いいっすよ。‥‥吉村さん、早苗さん、迫真の演技っすよ。(泣いている)
早苗   え‥‥そうかな?(涙をぬぐう)
真田   そうっすよ。演技も、台本も、演出も完璧っすよ。
吉村   ありがとう。

      真田、吉村、早苗、手を握り合う。

真田   ねえ、演出。よかったすよねぇ。
真奈   そうねぇ。悪くはないけど、まだちょっとリアリティが足りないわね。
真田   リアリティ?
真奈   サヤコは、本当は地獄に突き落とされそうな状況に陥ってるわけよね。それを懸命にこらえて、運命を受け入れ、さらに笑いさえしようとするけなげさ。早苗、そこんとこ、わかってる?
早苗   うん、やってるつもりだけど‥‥。
真奈   そう。それがさ、まだ足りないんだなあ。
早苗   あ、はい。
真奈   それからヒロシ。自分の最愛の人の悲劇に立ち会って、なんにもしてあげられない自分の無力さ。それから、運命に対するこみ上げるような憤り。そこんとこを表現してほしいのよね。ただ、落ち込んだり、泣いてるだけじゃダメ。薄っぺらくなっちゃう。
吉村   ああ‥‥難しいな。
真奈   ま、二人とも、まだまだ修行が必要ね。
吉村・早苗   はい。
真田   留美さんは、なんかあります?
留美   骨肉腫も入れたらいいんじゃないですか?
真田   え?
留美   血友病で白血病でエイズでBSEだったら、後足りないのは骨肉腫ぐらいでしょ?
真奈   それ、どういう意味?
留美   まあ、演技もだけど、台本なんとかならないんですかあ?
真奈   どこが気に入らないのよ?
留美   この台本でリアリティ出せって言われてもねぇ‥‥。
真奈   だから、はっきり言ってよ。何が気に入らないの?
留美   何がって‥‥ま、全部といえば全部ですけど、この台本のどこにリアリティがあるんですか?
真奈   ‥‥‥。
留美   セリフじゃないけど、これじゃ「病気のデパート」「悲劇のデパート」ですよ。韓流ドラマでもここまでやりませんよ。これじゃ、お涙頂戴どころかコントになっちゃう。
真奈   ‥‥‥。
留美   ねぇ、みんな、そう思わない?
全員   ‥‥‥。

      気まずい沈黙。

真田   ま、ま、そう感情的にならずに‥‥。話せばわかりますよ。話せば。‥‥留美さんだって、いいお芝居にしたいんっすよね。でも、お涙頂戴とかコントってのは、ちょっと言い過ぎじゃないかなあ‥‥。
留美   だって、事実じゃない。
真田   ま、ま、そういう見方もできるかもしれないけど、言い方がストレート過ぎるって言うか‥‥。
真奈   ああ、そう。真田君もそう思ってるわけ?
真田   いやいや、そんなことないっすよ。大マジでないっす。もう大感動してるんすから。‥‥ただ、世の中にはいろんな見方ってのがあるから‥‥。
留美   真田君。遠慮しないで、正直に言えば?
真田   いやいや、俺は正直に言ってますよ。マジで。‥‥でも、俺、演劇は素人だから‥‥。
真奈   だったら、ちょっと黙っててくれない?
真田   ああ、そうっすね。はい、そうします。
真奈   ‥‥留美さん。あなたの意見はわかったわ。でも、これだけは忘れないでよ。演出は私ですから。作者も私。どうしても気にくわないというのなら、あなたが代わりにやる?
留美   ‥‥‥。
真奈   それから、もう一つ。この芝居から降りることは認めませんからね。みんなもそこのとこは覚えといて。

      真奈、去りかける。

留美   真奈さん。

      真奈、振り返る。

真奈   ‥‥何?
留美   ‥‥‥。いや、別に。
真奈   ‥‥そう。

      真奈、去る。

      しばしの沈黙。

真田   ‥‥おー、こわ。‥‥こういう時の真奈さんの迫力ってすごいっすよね。
早苗   中途半端にご機嫌取りしようとするからよ。あなたの出る幕じゃないのよ。
真田   およびでない? これまた失礼致しやした。
早苗   ハハ、そういうこと。あなたのかなう相手じゃないわ。
吉村   あいつも気が張ってるんだよ。全部自分で抱え込んでるからさ。‥‥それにしても、留美ちゃん、そんなにダメかなあ、この芝居。
留美   ‥‥ダメですね。
吉村   真奈と二人で協力して手直しするってのは?
留美   無理です。‥‥それに、そんなことは真奈さんも望まないでしょう。
吉村   そこを何とか。俺からもちゃんと言うからさ、何とかならない?
留美   ‥‥根本的な問題ですからね。
吉村   そんなこと言わないで、頼むよ。
留美   ‥‥‥。残る方法は、二つですね。
吉村   え、何、何? その方法って?
留美   一つは、思い切って、本当にコントにしてしまうこと。
吉村   ‥‥それは無理だよ。それは、あいつのプライドが許さない。‥‥もう一つは?
留美   もう一つは‥‥。
吉村   もう一つは?
留美   この公演を中止すること。
吉村   え。
留美   それが一番現実的な方法だと思います。
吉村   そんな‥‥。今さらそんなことを言っちゃルール違反だよ。
留美   だから、ルール自体を見直せばいいじゃないですか?
吉村   そんなことができるなら、こんなに苦労はしないよ。そのことは、留美ちゃんもわかってるだろ?
留美   ‥‥‥。
吉村   オー・マイ・ガッ! 要するに、万事休す、か。

      吉村、頭を抱える。
      しばしの沈黙。

真田   ‥‥あのう。
吉村   え、何?
真田   今、何なんすかね?
吉村   え?
真田   休憩?
吉村   ああ‥‥そうだろ。
真田   いつまで?
吉村   さあ?
真田   さあ、って言われても‥‥。
吉村   よし! それじゃ、演出が戻るまで休憩!

      各々動き始める。

真田   ‥‥いつ戻るんすかね、演出。
吉村   さあ?
真田   さあ、って言われても‥‥。
吉村   知るか!

      早苗が近づいて来る。

早苗   真田君。
真田   何すか?
早苗   あんたはね。
真田   はい。
早苗   一言余計なの。
真田   そうすか?
早苗   そうよ!
真田   え、そっかなあ? どこが?
早苗   自分で考えなさい!

      真田、首をひねりながら去る。
      暗転。


      全員が中央に座っている。

吉村   要するに‥‥。
早苗   要するに?
吉村   つまり‥‥。
真田   つまり?
吉村   世界は終わった。
全員   え。

      一瞬の沈黙。

真田   終わったって‥‥。どういうことっすか?
吉村   信じられないことだが‥‥それが、事実だ。
真奈   核戦争?
吉村   ‥‥わからない。
留美   伝染病?
吉村   ‥‥わからない。
真田   インベーダー?
吉村   ‥‥わからない。
早苗   そんな‥‥わからないって‥‥。
吉村   わかっているのは‥‥

      一瞬の沈黙。

吉村   全てが終わってしまった、ということだ。

早苗   ‥‥世界が終わったって‥‥だって、私たちここにいるじゃないの?
吉村   それも事実だ。
早苗   どうして?
吉村   わからない。
早苗   吉村君の言ってることの方が、わからないわよ。‥‥ある朝目覚めたら、世界が終わっていたなんて‥‥そんなの誰も信じないわよ。
真奈   まるで「変身」ね。
真田   変身って、ヘンシーン?(変身のポーズ)
真奈   馬鹿。小説の題名よ。
留美   それじゃ、今度は太陽が黄色くなるわね。‥‥そして、誰かが殺される。
真田   え、これってサスペンスドラマっすか?
早苗   冗談はよしてよ。‥‥それじゃ、生き残ってるのは私たちだけってこと?
吉村   ‥‥おそらくな。
真田   そんなのわかんないじゃないっすか。探しに行きましょうよ。
吉村   行ったよ。‥‥この島には誰もいない。俺たち以外にはな。
真田   そんな‥‥。
早苗   でも、世界はこの島だけじゃないわ。他の場所はどうかわからないじゃない?
吉村   俺もそう思ったよ。だから、調べられる限り調べた。テレビも、ラジオも、ネットも、電話も、無線も‥‥。でも、反応するものはなかった。何一つなかったんだよ。
真奈   いったい何が起こったの?
吉村   だから、わからない。わかっているのは‥‥。
留美   世界が終わったってこと?
吉村   そう。
真田   で、でも、まだ、そうと決まったわけじゃないっすよね。まだ、いろいろ確認しなくっちゃ。
吉村   何を?
真田   だから、だからですよ。いろんな可能性を考えましょうよ。
吉村   どんな可能性があるんだい?
真田   いろいろあるじゃないっすか。ほら、例えば、えーと例えば‥‥えーと、そうだ!ほら、この島が何か特殊なバリアーとかで囲まれていて、それで電波が届かないとか?
吉村   何のために?
真田   それは‥‥。
早苗   何だか、昔のSF映画みたいね。
真田   だって‥‥。
真奈   荒唐無稽ね。
真田   でも‥‥。
留美   支離滅裂。
真田   そんな‥‥。
吉村   ‥‥‥。
真田   そんなこと言ったら、吉村さんの世界が終わったって話だって、昔のSF映画みたいだし、荒唐無稽だし、支離滅裂じゃないですか!
全員   ‥‥‥。
吉村   ‥‥確かに、そうだよな。
真田   え?
吉村   言ってる俺自身だって、信じられないし、事実を受け止めきれなくてとまどっている。
真田   ‥‥‥。
吉村   だから、みんなにこんな話をするのかもしれない。
真田   え‥‥それ、どういうことっすか?
吉村   だって‥‥だって、押しつぶされちゃうよ。こんな事実を一人で抱えきれるもんじゃない。
真田   ‥‥‥。
吉村   別にバリアーだって、何だっていいんだよ。とにかく、俺たちの置かれているこのやっかいな状況は動かせないものらしい。‥‥それだけは確かな事実だ。
早苗   でも、やっぱりそんなの信じられない! どうしてそんなことが起こるのよ?
吉村   ‥‥不合理故に我信ず。
早苗   え?
吉村   昔の偉い人がそう言ってた。今の俺はそんな気分だ。
早苗   どういうこと?
吉村   世界が終わるなんて、そんなことあるわけないじゃないか? 常識的に考えて。‥‥でも、余りにも非常識だからこそ、あってもいいのかなって‥‥。
早苗   え?
吉村   何だか、すんなり受け入れられるんだよ。理由もなくね。‥‥ああ、世界は終わったのか、ってね。
真奈   それって、まるで悟りの世界ね。
吉村   ああ、そうかもしれない。‥‥俺は宗教は信じないけど、もし、悟りってやつが本当にあるのなら、こういうことなのかな‥‥。
真田   ‥‥どうして、どうして、みんな、そんなに落ち着いてられるんですか! 世界が終わったか何だか知らないけど、俺たち、今、猛烈にピンチなんすよ!
真奈   ‥‥そうみたいね。
真田   そうみたい‥‥って、まるで人ごとみたいに‥‥。ねぇ、なんとかしようとか、どうしようか考えましょうよ!
留美   どうしよっか?
真田   もう! 真面目に考えて下さいよ!(頭を抱える)
早苗   ‥‥じたばた焦った人が死ぬのよ。
真田   え。
早苗   山で遭難した時はね、じたばたと焦ったり、パニックになった人から死ぬのよ。聞いたことある。
真田   ‥‥それって‥‥どういう意味っすか?
早苗   いや、別に‥‥。思い出しただけ。
真田   何で、山の話なんすか?
早苗   昔、映画でこんなシーンを見たような気がするのよ。山で何人かのグループが遭難して、毎日吹雪で、助けは誰も来なくって、時間が空しく過ぎて行く。それで、とうとうパニックになった人がテントを飛び出して行くのよ。
真奈   そして、死んじゃう。
早苗   そう。
真奈   なーるほどねぇ。
留美   じたばた焦ったやつが死ぬ‥‥か。
吉村・真奈・留美   なーるほどねぇ。

      全員、真田を見る。

真田   な、なんで、俺を見るんっすか!
吉村・真奈・留美・早苗 いや、別にー。
真田   い、言っときますけどね。俺、別に、パニックなんかなってませんからね。‥‥でも、このまま何にもしないわけにもいかないっしょ!
吉村   ‥‥それは、わかってるよ。
真田   じゃあ、考えましょうよ!
留美   どうしよっか?
真田   だから‥‥。
留美   焦ったやつから死ぬのよ。
真田   もう‥‥。
吉村   誰か、いいアイデアはないかな?
早苗   こういう時は、じっくり冷静に考えるのよ。きっと何か方法があるはずだから。
真田   じっくり、冷静にね‥‥。
早苗   そう、じっくり冷静に。
真田   うーん。(腕組みをして考える)
早苗   うーん。(腕組みをして考える)
吉村   うーん。(腕組みをして考える)
真奈   うーん。(腕組みをして考える)
留美   うーん。(腕組みをして考える)

      少し長い沈黙。

吉村   ‥‥誰か、ある?
早苗   そんな、急に思いつかないわよ。じっくり、冷静に。
吉村   ああ‥‥そうだな。
真田   うーん。(腕組みをして考える)
早苗   うーん。(腕組みをして考える)
吉村   うーん。(腕組みをして考える)
真奈   うーん。(腕組みをして考える)
留美   うーん。(腕組みをして考える)

      少し長い沈黙。

吉村   誰か‥‥。
早苗   だから、急がないで‥‥。
真奈   あ、そうよ!
全員   え?
早苗   え、何?
真奈   演劇しましょ!
全員   え?
真奈   だから、お芝居するのよ。みんなで。
全員   えー??
真奈   ねぇ、いいアイデアでしょ?
早苗   あの‥‥言ってることが、よくわかんないんだけど。
真奈   だからさ、ここにいるイチ、ニ、サン、シ、五人で、お芝居をするのよ。
早苗   だから‥‥どうして?
真奈   どうして? ‥‥別に理由なんかないわ。それが一番いいと思うから。
吉村   それじゃ、説明になってないよ。
真田   世界が終わるのに、どうしてお芝居なんすか?
真奈   だから、やるのよ。終わるから始めるのよ。‥‥世界が終わろうとしているのに、なぜだか私たちは生き残ってるわ。これって奇跡だと思わない?
真田   そういえば‥‥そうっすね。
真奈   そうなのよ。私たちは奇跡的に生き残っている。その意味を考えてもみてよ。ただ細々と生き延びて、それでおしまいにしていいわけ?
真田   よく‥‥ないっす。
真奈   でしょう? だったら、何かをしなければならないのよ。ただ、ゼロにしないために生き続けるんじゃなくて、プラスにする責任が私たちにはあるのよ。‥‥世界が終わるんだったら、私たちは、もう一度始めなければならないの。
吉村   ‥‥それはわかるような気もするけど、どうしてそれが演劇なんだい?
早苗   たとえやったとしても、見てくれるお客さんもいないのよ。
真奈   ‥‥フランスの文学者がこんなことを言っていたわ。飢えて死につつある子供の前で文学は有効か?ってね。これって、究極的にきつい問題よね。要するに、そもそも文学なんてものがこの世に必要なのかどうか、ってことだから。‥‥私も、同じ問いかけをしたいの。何もない、観客さえいない世界の終わりで、そもそも演劇なんて成立するのかってね。いったい人間は何を表現できるのかってね。
吉村   ‥‥君の答えは?
真奈   だぶんYES。でも、本当のところはやってみなければわからない。だから、やりたいのよ。
真田   俺、頭悪いからよくわかんないんすけど、それで、どうしてお芝居なんすか?
真奈   一番人間的で原始的な表現方法だから、かな? 体と声だけで勝負するんだから。
真田   人間的で原始的ねぇ‥‥そういえば、そうかな?
吉村   留美ちゃんはどう思う? さっきから黙ってるけど。
留美   ‥‥別に、いいですよ。
吉村   それだけ?
留美   ひょっとしたら‥‥おもしろいバクチかもしれませんね。
吉村   そうか‥‥。それじゃ、みんないいかな?

      全員、うなづく。

吉村   よし。それじゃ、決まりだ。
真奈   それから、もう一つ。
吉村   え?
真奈   もう一つ理由があるの。
吉村   何だい?
真奈   演劇っていうのは、元々神に対する呪術的な儀式なのよね。人間が神と世界を分かち合った出発点なの。だから、この世界の終わりで、もう一度世界を生み出した人間のプリミティブなパワーの源泉を追体験してみたい。そして、人間が人間になる瞬間、私が私になる瞬間を見てみたいの。
吉村   ‥‥‥。
真奈   みんな、準備はいい?
全員   ‥‥‥。
真奈   さあ、世界の始まりよ!

      音楽! 「紫の煙」(ジミ・ヘンドリックス)
      ダンス!

      暗転。


      吉村と早苗が立っている。
      吉村、歌う(「傷だらけのローラ」のメロディで)。

吉村   ♪ サーヤ(サーヤ) 君はなぜに
     サーヤ(サーヤ) 心を閉じて
     サーヤ(サーヤ) 僕の前で そんなにふるえる
     今君を救うのは 目の前の僕だけさ
     命も心も この愛も捧げる
     サーヤ

     サーヤ!

早苗   ゴホゴホゴホ。

      早苗、うずくまる。

吉村   サーヤ!

      吉村、早苗に駆け寄る。

吉村   サヤコ、大丈夫か?
早苗   ゴホゴホゴホ‥‥ヒ、ヒロシ‥‥。
吉村   サヤコ、僕はここにいるよ。
早苗   ゴホゴホ‥‥私、わかってるの。私、死ぬんでしょう?
吉村   何を言ってるんだ。きっとよくなるよ。
早苗   いいの‥‥わかってるから。だって、自分の体だもん。でも‥‥ゴホゴホ。
吉村   え? でも、何?
早苗   ゴホゴホ‥‥私‥‥こわいの。
吉村   え、何が?
早苗   私‥‥忘れられてしまうのが、こわい‥‥。
吉村   ‥‥‥。そんなことはないよ。何を弱気になってるんだ。
早苗   ゴホゴホゴホゴホゴホ‥‥ヒロシ‥‥。
吉村   サヤコ、無理して話さなくていいよ。
早苗   ゴホゴホ‥‥ヒロシ‥‥あなたに出会えてよかった‥‥。ほんとうによかった‥‥。
吉村   サヤコ‥‥。
早苗   だから‥‥あなたは‥‥あなたの人生を‥‥生きて‥‥。
吉村   そんな馬鹿なことを言うなよ! これからもずっと二人で生きて行くんだよ!
早苗   ゴホゴホゴホゴホゴホ‥‥。ガクッ!

      早苗、ぐったりとなる。

吉村   ‥‥サヤコ? ‥‥サヤコ。
早苗   ‥‥‥。
吉村   サヤコ!
早苗   ‥‥‥。

      吉村、早苗を抱えて立ち尽くす。

吉村   ‥‥助けて下さい。助けて下さい。助けて下さい!

      音楽。平井堅「瞳をとじて」。

真奈   はい。そこまで!

      吉村、早苗、呆然と立ちつくしている。

真奈   ‥‥‥あなたたち。
吉村・早苗   ‥‥‥。
真奈   ‥‥けっこう、がんばったわね。
吉村・早苗   ‥‥‥。あ、ありがとうございます!

      二人、最敬礼。

真田   う、う、う‥‥。
全員   ?
真田   うわーん! うわーん! うおおおーん!(号泣)
全員   ?
真田   うわーん、よかったす! まじで泣けたっす! 感動したっす! もう、二人とも、最高っすよ?!(崩れ落ちる)
全員   ‥‥‥。
早苗   (泣きながら)あ、ありがとう。真田君。
吉村   ありがとう。

      しばし、真田、むせび泣く。
      吉村、早苗、真田に駆け寄る。
      余韻にひたる三人。

真奈   ‥‥どう? 留美さん。
留美   ‥‥‥。
真奈   これでもコントだって言う?
留美   ‥‥そうですね。
真奈   ‥‥‥。
留美   いっそ、ヒロシも病気にしたらどうですか?
真奈   え?
留美   たとえば、若年性アルツハイマーとか、認知症とか。‥‥それで、ヒロシは、サヤコの死も、サヤコの存在さえも忘れて行くんです。‥‥そうしたら、もっと悲劇になるんじゃないですか? それに、「忘れられるのが恐い」というサヤコのセリフにもリアリティが出るし‥‥。
真奈   ‥‥馬鹿にしてるの?
留美   いえ‥‥別に。
真奈   ‥‥そう。
真田   留美さん、それいいっすよ! ナイスですよ! グッドですよ! ‥‥やっと留美さんもやる気になってくれたんすね! そうやって、二人で協力して作って行けば、もう、鬼に金棒っすよ! 絶対いいお芝居になりますよ! ね、演出もそう思いません?(涙ぐむ)
真奈   ‥‥‥。
留美   ‥‥‥。

      にらみ合う真奈と留美。

真田   さ、さ、仲直りのしるしに、二人で握手、握手。
真奈   ‥‥‥。
留美   ‥‥‥。
真田   ねぇ、二人とも、そんなに照れないで‥‥。
真奈   じゃ、休憩にしましょうか。
真田   え?
真奈   吉村君。
吉村   ああ‥‥それじゃ、みんな、十分間休憩。

      真奈、去る。

真田   あれ?

      全員、バラバラと座る。

真田   ねぇ‥‥。
全員   ‥‥‥。(無視)
早苗   ねえ、留美ちゃん。
留美   え?
早苗   そんなにダメかなあ?
留美   ‥‥‥。
早苗   私、けっこう泣けると思うんだけど‥‥。
留美   ‥‥そうかもしれませんね。
早苗   言葉はきついかもしれないけど、あれで真奈さんも本気でがんばってるんだし‥‥。
留美   ‥‥そうですね。
早苗   だったら‥‥。
留美   ‥‥‥。
吉村   そうだよ、留美ちゃん。あいつなりに一生懸命なんだよ。
留美   ‥‥‥。だから?
吉村   え?
留美   だから、何なんですか? 私が真奈さんに歩み寄れってことですか?
吉村   ‥‥まあ‥‥そうかな。
留美   申し訳ありませんが、それは無理です。
吉村   え。
早苗   ‥‥そこを何とかならないの? このお芝居が成功するかどうかは、あなたにかかってるのよ。
真田   そうっす、そうっすよ。何かよくわかんないけど、みんなでがんばりましょうよ!
留美   ‥‥‥。
早苗   ねぇ。
吉村   留美ちゃん。
真田   留美さん!
留美   ‥‥‥。ふーっ。(ため息をつく)みなさん、何か勘違いをしてるんじゃありませんか?
吉村・早苗・真田   え?
留美   私は別に真奈さんを嫌ってるわけでも、意地を張ってるわけでもありませんよ。
吉村・早苗・真田   ‥‥‥。
留美   何度も言ってますけど、あくまで演劇として認められないんです。
真田   だから、何がダメなんすか?
早苗   私にはわからないかもしれないけど、よかったら言ってちょうだい。

      しばしの間。

留美   ‥‥そうですか。
早苗   お願い。
真田   お願いしまっす。
吉村   留美ちゃん。
留美   ‥‥‥。それじゃ、逆に質問しますけど、何で演劇をするんですか?
吉村   それは‥‥。
早苗   だから‥‥。
真田   せ、世界をもう一度始めるんっすよ!
留美   そう、そうだったわね。‥‥もし、これが普通の芝居だったら、やってもいいと思うんです。それが、たとえお涙頂戴でも、三流のコントでも。
吉村・早苗・真田   ‥‥‥。
留美   でも、そうじゃないんですよね。これは観客のいない演劇。世界の終わりで行われる特別な演劇なんです。
吉村・早苗・真田   ‥‥‥。
留美   私は、初め真奈さんの話を聞いた時、興味を持ちました。彼女は言いましたよね。演劇でもう一度世界を始めようって。観客のいない世界の終わりで演劇が成立するのか確認したいって。人が人になる瞬間、私が私になる瞬間を見てみたいって。
吉村   ‥‥ああ。
留美   私ね、正直言って、ちょっと感動したんです。演劇ってそんなにすごいのか? それをこんなに情熱的に語れる人がいるのか?ってね。私、あの時、この人に懸けてみようって本気で思ったんです。でも‥‥。
早苗   でも?
留美   でも、私はあの人に裏切られたんです。
吉村・早苗・真田   え。
留美   真奈さんは、言ってることとやってることが違うんです。
早苗   それ、どういうこと?
留美   早苗さん、冷静に考えて下さい。今作ってる芝居が、終わりつつある世界を再生する芝居ですか?
早苗   ‥‥それは。
留美   吉村さん、この芝居が、演劇の存在意義を問う芝居ですか?
吉村   ‥‥うーん。
留美   真田君、こんなことをやっていて、本当に自分のアイディンティティを確かめられると思う?
真田   へへ‥‥難しくって、よくわかんないっす。
留美   少なくとも私にはできません。こんな芝居に自分の全存在を懸けるようなことは。‥‥私たちには時間がないんですよね、吉村さん?
吉村   ああ‥‥たぶん。
留美   だったら、その残された貴重な時間を、こんなことで浪費していていいんですか?
吉村・早苗・真田   ‥‥‥。
吉村   ‥‥それで、君はどうしたらいいと思うんだい?
留美   今すぐやめるべきです。
吉村   え。
留美   そして、今、本当に私たちがやるべきことを根本的に考え直すべきです。
吉村   それは‥‥。
早苗   ‥‥あの、留美ちゃん、私は専門家じゃないからよくわかんないんだけど、このお芝居のどこがそんなにいけないの?
留美   全てです。文字通り、お話になりません。
早苗   全てって言われても‥‥。
留美   そうですね。‥‥まず、第一にリアリティがかけらもありません。全てがご都合主義の設定です。それ以上に致命的なのは、オリジナリティが全くないことです。このストーリーは、典型的なお涙頂戴のパターンです。たとえば、戦後一九五〇年代に大流行した、三益愛子の「母もの映画」です。ご存知ですか?
早苗   いいえ。
留美   あれは、確かこんなキャッチフレーズでした。「泣けます。泣かせます。ハンカチを三枚、いや五枚ご用意下さい。」
(歌う)♪久しぶりに手を引いて
    親子で歩けるうれしさに
    小さい頃が浮かんできますよ おっ母さん
    ここがここが二重橋
    記念の写真を撮りましょね
             (「東京だよおっ母さん」)
あるいは、一九六四年の吉永小百合の「愛と死をみつめて」です。病気ものの王道という意味では、むしろこのドラマのコピーと言えるでしょう。
(歌う)♪マコ 甘えてばかりでごめんネ
    ミコはとってもしあわせなの
    はかない命と知った日に
    意地悪言って泣いた時
    涙をふいてくれた マコ
              (「愛と死をみつめて」)

      陶酔している留美。

吉村・早苗・真田   ‥‥‥。(呆然)
早苗   ‥‥留美さん。
留美   え?
早苗   あなた、本当はいくつなの?
留美   ‥‥‥。

      真奈が戻ってくる。

真奈   さあ、休憩は終わり。始めるわよ。
全員   ‥‥‥。
真奈   吉村くん。
吉村   あ、ああ‥‥。
真奈   ‥‥みんな、どうしたのよ? 何かあったの?
吉村   い、いや、別に。‥‥さあ‥‥始めようか?
真田   (小声で)♪マナ 甘えてばかりでごめんネ
真奈   何?!
真田   いや‥‥別に。
真奈   ? ‥‥何よ、何よ、みんなおかしいわよ!
全員   いや、別に。(笑いをこらえて)
真奈   ?

      暗転。


      早苗、留美、真田がいる。

早苗   根本的に考え直すって言ってたけど、留美ちゃんが台本を書き直すの?
留美   いいえ、違います。
早苗   じゃあ、どうすんの? 何かアイデアでもあるの?
留美   アイデアは‥‥。
早苗・真田   アイデアは?
留美   ありません。
早苗   なーんだ。
真田   そうっすよー。ガッカリっすよー。
留美   ‥‥でも。
早苗・真田   でも?
留美   もっとほんとに根本的に考えた方がいいと思うんですよね。
早苗   と言うと?
真田   と言うと?
留美   そもそも。
早苗・真田   そもそも?
留美   ほんとに世界は終わったんでしょうか?
早苗・真田   え?
留美   そう思いませんか?
真田   それを言っちゃあおしめぇよー。
早苗   そうよ。振り出しに戻っちゃう。
留美   だから、振り出しに戻すんです。
早苗・真田   え?
留美   だから、「根本的に」って言ったでしょ?
早苗   あっ、そうか!
真田   なーるほどねー。
早苗   留美ちゃん、そこまで戻すんだ。
真田   なーるほどねー。
留美   だって、変だと思いません?
早苗   と言うと?
留美   世界がある日突然終わって、それで、私たち五人だけが生き残ってる。しかも、以前と何ら変わりもなく。‥‥そんなことってあるでしょうか?
早苗   そう言われれば、そうね。
真田   なーるほどねー。
留美   確かに、吉村さんの話にも説得力はあるんです。あの日以来、私たちは誰にも出会ってないし、何の連絡もできないし、何の情報も入らない。
早苗   それは、そうよね。
真田   なーるほどねー。
留美   でも、私、思うんです。世界は終わってないんじゃないかって。
早苗   え、どうして?
真田   なーるほどねー。
早苗   (真田に)こら、うるさい!
真田   (小声で)なーるほどねー。
留美   そう考える理由は‥‥。
早苗・真田   理由は?
留美   私たちがいるからです。
早苗・真田   え?
早苗   それ、どういうこと?
留美   私、小さい頃、宇宙が好きで、夜になるといつも星を見てたんです。それで思ったんです。「宇宙人ってほんとにいるのかなあ」って。それで、ある日、学校の先生に聞いてみたんです。
「宇宙人っているんですか?」
「いるよ。」
「え、どこに?」
「ほら、そこに。」
そう言って、先生は、私を指さしたんです。私は怒りました。
「真面目に答えて下さい!」
「真面目に答えてるよ。」
「だって‥‥。」
先生は笑いながら言いました。でも、目は笑っていませんでした。
「君は宇宙人じゃなかったら、何なんだい?」
「地球人です。」
「地球は宇宙の星じゃないのかい?」
「星だけど、私が言ってるのは、地球以外の星の人間です。」
「ほう、どうして留美ちゃんは、そうやって地球を他の星と分けて特別に考えるんだい?」
私は答えに困って、何も言えませんでした。先生は話を続けました。
「地球が特別な星じゃなかったら、地球人だって特別な人間じゃないはずだろ。この広い広い宇宙の中で、地球だけに特別に人間がいる方が不自然じゃないのかい?」
‥‥今の私たちって、何だかこの話に似てるって思いません?
真田   なーるほどねー。
早苗   こら!
真田   へへ。
留美   だから、私たちだけが特別に生き残ってるって考える方が不自然なんですよ。
早苗   つまり、どこかに私たちと同じように生き残ってる人がいるはずだってことね。
留美   そうです。
真田   なーるほどねー。

      三人、笑う。

早苗   そっか。
真田   そっか。
留美   そうです。
早苗   それで、留美ちゃんは、どうしたらいいと思う?
留美   ハックルベリー・フィンの冒険をやりましょう!
早苗・真田   え?
留美   ハックルベリー・フィンは、いかだに乗って、自由を求めて旅に出るんです。そうして、親友のトムソーヤと出会うんです。
早苗   その話は知ってるけど‥‥。
真田   その話は知りませんけど‥‥。
留美   だから、私たちも、いかだに乗って旅に出ましょう。そして、まだ見ぬトムソーヤを探すんです。
早苗   ああ、なるほどね。
真田   なーるほどねー。
早苗   こら!
真田   へへ。
早苗   でも、そんなにうまくいくかな?
留美   それは、やってみなければわかりません。だから冒険なんですよ。
早苗   それは‥‥そうだけど。
留美   それとも、この島に残って、お涙頂戴芝居をやって、終わりを待ちますか?
早苗   それは‥‥。
真田   吉村さんと真奈さんも誘いましょうよ。
留美   それは無理よ。‥‥無理っていうより、あの人たちに知られたら、計画はつぶされてしまうわ。
真田   え? どうして?
留美   だって、世界の終わりを宣言したのは吉村さんなのよ。この冒険は、それを否定することじゃない? そして、真奈さんは、芝居に命を懸けてるし‥‥。
早苗   それに、あの二人は、あれだしね。
真田   あれって?
早苗   恋人よ。
真田   えー、そーだったんですかー!
早苗   何で気づかないの? あんたって、ほんとに鈍いのね。
真田   なーるほどねー。
留美   だから、この話は、二人には絶対秘密ですよ。
早苗   わかった。
真田   ガッテン承知の助!
早苗・留美   こいつが問題なのよね!
真田   こいつって、ひょっとして、あちきのことで?
早苗・留美   そう!
真田   なーるほどねー。
早苗・留美   馬鹿!

      暗転。



      吉村と真奈がいる。

吉村   真奈。
真奈   何?
吉村   本当に信じてる?
真奈   何を?
吉村   だから‥‥演劇で世界をもう一度始められるって。
真奈   ええ。
吉村   どうして?
真奈   どうしてって‥‥理由なんかないわ。
吉村   え。
真奈   前にも言ったでしょ。これは理屈じゃないのよ。信じるか、信じないか、それだけ。‥‥あなたは信じてないの?
吉村   ‥‥そんなことは‥‥ないけど。
真奈   うそ。‥‥ほんとは、演劇なんかやって何になるんだって思ってるでしょ?
吉村   ‥‥‥。
真奈   ‥‥別に演劇でなくてもよかったのよ。
吉村   え。
真奈   演劇でなくても、他の何かでもよかったのよ。‥‥ただ、みんながそれを信じられて、全てを懸けて打ち込めるものだったらね。
吉村   ‥‥‥。
真奈   ドリームズカムトゥルーって言葉があるでしょ? 私、昔からこの言葉が大好きなの。‥‥でも、よく考えてみると変な言葉よね。「夢は必ずかなう」なんて。そんなに都合よく行くんだったら、誰も苦労なんてしないわ。むしろ、かなわない夢の方が多いんじゃない? かなわないから夢なんじゃない?
吉村   ああ、そうだな。
真奈   それでね、どうしてドリームズカムトゥルーなんて言うのかなって考えたの。そしたら、考えれば考えるほどわからなくなったの。それで気づいたのよ。ああ、これは理屈じゃないんだってね。ドリームズカムトゥルーって、確率の問題じゃないのよ。これは、夢見る力の問題なのよ。夢をどれだけ信じられるか? そこが問われているんだって。
吉村   ふーん。
真奈   ほら、キリスト教だからさ、「信じる者は救われる」なのよ。別に一生懸命信仰したからって、報われるとは限らない。でも、救われようとか、報われようとか、そんなことは考えずに、ただ無心に人々は神を信じるの。その信じる力によって、人々は救われるのよ。‥‥ドリームズカムトゥルーもおんなじじゃないかな?
吉村   ‥‥‥。
真奈   ‥‥それが私の場合、演劇だったの。
吉村   演劇を信じてるの?
真奈   ‥‥演劇を信じるって言うより、演劇には信じられるだけの力がある。それを信じてるのかな?
吉村   ふーん。
真奈   どう、秀樹はそう思わない?
吉村   ‥‥信じてるかどうかはわからないけど、演劇の魅力というのはわかってきたような気がする。
真奈   ‥‥そう。
吉村   うん。
真奈   それでいいのよ。ただみんなが無心に演劇に打ち込めばいい。報われるか、救われるかは、それこそ、神のみぞ知る、よ。
吉村   そんなものかな?
真奈   そんなものよ。
吉村   そっか。
真奈   そう。

      二人、ほほえみ会う。

吉村   ‥‥お前‥‥変なやつだな。
真奈   ‥‥え、どうして?
吉村   女のくせにやけに理屈臭いし、一本気だし、男勝りでおっかないし。
真奈   私、おっかない?
吉村   ああ、特に演出やってる時のお前はすっごくおっかない。
真奈   理屈っぽい女は嫌い?
吉村   さあ‥‥どうかなあ? ケースバイケースかな?
真奈   私は?
吉村   うーん‥‥ケースバイケースかな?
真奈   何よ、それ!
吉村   ハハハハ‥‥。
真奈   もう、嫌い!

      二人、笑う。

真奈   ‥‥あのさ、秀樹は何を信じてるの?
吉村   俺は‥‥別に宗教とか信じてないからな。
真奈   そうじゃなくって、ほら、好きな言葉でも、夢でも、尊敬する人でも、何でもいいからさ。
吉村   うーん‥‥そう言われても、急には思いつかないなあ。
真奈   理想とかないの?
吉村   理想ねぇ‥‥そうだなあ、世界の終わりかな。
真奈   え? 何、それ?
吉村   だから、こんな世界なんて終わっちゃえーって。
真奈   くらーい。‥‥それって、理想じゃなくって、絶望じゃん。
吉村   かな?
真奈   そうよ。
吉村   じゃ、絶望でいい。
真奈   えー、絶望を信じてるのー?
吉村   悪い?
真奈   別に悪かないけど‥‥夢がなさすぎ。
吉村   俺、夢見ない人なの。
真奈   へー、そうだったんだー。
吉村   俺って、案外ネクラなの。
真奈   そーなんだー。
吉村   嫌いになった?
真奈   いや、別に、嫌いにはなんないけど‥‥。
吉村   なんないけど、何?
真奈   ちょっとびっくり。
吉村   ふーん‥‥。
真奈   ‥‥‥。
吉村   わっ!
真奈   わ! ‥‥何よ?
吉村   ちょっとびっくり。
真奈   なーによ、それー。おやじぃー!
吉村   おやじだよ。もう二十六だしね。
真奈   ‥‥何よ! それ、私への当てつけ?
吉村   女はおやじにはならないっしょ。おばさんにはなるけどね。
真奈   もう、こいつー!(こぶしを振り上げる)
吉村   うわっ、やっぱり真奈さんはおっかないっす!(真田のマネ)
真奈   もう! だーいきらい!
吉村   ハハハハ‥‥。

      二人、笑う。
      そこへ留美が通りかかる。

吉村・真奈   ‥‥‥。
留美   ?
真奈   ああ‥‥留美ちゃん。
留美   え‥‥何ですか?
真奈   今じゃなくていいんだけど、今日か明日、時間取れるかな?
留美   はあ‥‥まあ。
真奈   じゃ、空けといて。一時間ぐらいでいいから。
留美   はあ‥‥何ですか?
真奈   いや、別に何ってことはないんだけど、前からあなたとお話をしたいと思ってたから。
留美   はあ‥‥何の話ですか?
真奈   まあ、よもやま話よ。‥‥ほら、お芝居のこととか、あなたの意見も聞かせてほしいし。
留美   はあ‥‥。
真奈   じゃ、お願いね。
留美   ‥‥はい。

      留美、去る。

吉村   ‥‥いよいよ、巨頭会談ですかな?
真奈   そんなんじゃないけど‥‥あの子はどうしても心を開いてくれないしね。コミュニケーションが必要だと思うのよ。
吉村   机をバーンとたたいて、「あなた! どうして私の言うことがきけないの!」ってやるんじゃないの?
真奈   そんなことしないわよ。むしろ逆効果よ。
吉村   じゃあ、「言うこときいてくれたら、かわいがってあげるわよ」って?
真奈   バカ。やるわけないじゃん。
吉村   だったら、どうするの?
真奈   だからコミュニケーションって言ってるでしょ。あの子の思ってることを話してもらって、私も、私の考えを聞いてもらうの。
吉村   ほう、平和主義ですか。真奈さんは、案外心が広いんですな。
真奈   それ、どういう意味? ‥‥茶化さないでよ。真面目に言ってるんだから。
吉村   ごめん、ごめん。‥‥でも、ほっといたら? あの子を引き入れるのは無理だよ。
真奈   さっきも言ったでしょう? みんなで力を合わせて夢見る力を蓄えることが必要なの。そのためには、あの子にも心から協力してもらわなくっちゃ。
吉村   なーるほどねー。
真奈   そうなの。
吉村   でも、これは一番の難題だよ。
真奈   わかってる。それは十分わかってるわよ。

      暗転。



      吉村と真田がいる。
      あたりを眺めている。

真田   ここって何だったんすかね?
吉村   たぶん、劇場だろ。
真田   公民館じゃないんすかね?
吉村   いや、やっぱり劇場だよ。
真田   でも、こんな小さな島に劇場なんか必要あるんすか?
吉村   それは、そうだな。
真田   ‥‥どんな芝居をやってたんだろ? ‥‥村芝居とか?
吉村   いや、案外本格的なやつをやってたんじゃないかな。シェークスピアとか。
真田   えー、そうかなあ?
吉村   そんな昔の芝居のかきわりみたいなのが置いてあったよ。
真田   へぇ。‥‥でも、そんなの誰が見るすか?
吉村   さあ、それは今となってはわからないな。でもさ‥‥。
真田   え、何すか?
吉村   そこの舞台袖にこんなのが落ちてた。

      吉村、ピストルを取り出す。

真田   それって、拳銃じゃないすか?
吉村   ああ、そうだな。
真田   かなりリアルなやつですね。
吉村   ああ。
真田   じゃあ、西部劇とか、アクションドラマとかもやってたんすかね?
吉村   ‥‥かもな。
真田   ‥‥へぇ‥‥こんなとこでねぇ。
吉村   ‥‥そうだな。
真田   吉村さん、それ、ちょっと貸してもらえませんか?
吉村   ああ、いいよ。

      吉村、真田にピストルを渡す。

真田   うわ、けっこうズッシリしてるんすね。
吉村   だろ?
真田   すげーな。本物みたいだ。(ピストルをいじっている)
吉村   ‥‥‥。
真田   バーン! バーン! ドキューン!(客席に向けて撃つしぐさ)
吉村   ‥‥‥。
真田   (ピストルを吉村に向けて)貴様、手を挙げろ! 挙げないと撃つぞ!
吉村   ‥‥‥。
真田   こら、本当に撃つぞ!
吉村   ‥‥‥。撃てば?
真田   あ‥‥すんません。こういうのを持つと、つい‥‥。

      真田、吉村にピストルを返す。

吉村   ‥‥わかるよ。男の子はみんなそうだ。
真田   男の子‥‥。そうっすよね。
吉村   俺も、昔、モデルガンに凝ってた頃があってさ‥‥。
真田   へぇ。
吉村   中でもリボルバーが好きだったな。
真田   ‥‥‥。
吉村   弾倉にタマを一発だけ入れてさ、それをカラカラって回して、こうやって。(ピストルを自分の頭に押しつける)
真田   ロシアン・ルーレット?
吉村   そう。‥‥一人で、あれをやって遊んでた。
真田   へぇ。
吉村   あれを何度もやってると、たまに当たるんだよな、あたりまえだけど。そしたら、爆発音で耳がツーンとしてさ、火薬のにおいがして‥‥あの感覚が好きだったな。
真田   へぇ‥‥でも、あれって、一人でやるもんじゃないでしょ? 普通。
吉村   そうだよ。‥‥でも、俺は一人でやるんだ。それで、「ああ、俺は死んだんだ」って思うの。
真田   へぇ‥‥吉村さんって案外暗いんすね。
吉村   あれ、知らなかったの?
真田   ええ、俺はてっきり吉村さんは明るいリーダータイプの人かと思って。
吉村   それはないない。俺って、昔からどっちかと言うと一人ぼっちだったから。‥‥まあ、一人っ子だしね。
真田   へぇ、そうなんすか。
吉村   それで、遊ぶのもだいたい一人遊びだったね。テレビゲームとかプラモデルとか、本読んでたりとか。
真田   スポーツとかやらなかったんすか?
吉村   やらないねぇ。
真田   吉村さんって、もしかしてオ、オタクなんすか?
吉村   オタク? こういうのもオタクって言うのかなあ?
真田   アイドルとかアニメとかにはまってたりして‥‥?
吉村   それはないなあ。
真田   そうすか。‥‥それで楽しかったんすか?
吉村   楽しくないよ。
真田   え。
吉村   全然楽しくなかったね。
真田   ‥‥そう‥‥なんすか。
吉村   ああ。
真田   ‥‥でも、今は楽しいでしょう? みんなでお芝居作ったりして。
吉村   いや、別に。
真田   え。‥‥楽しくないんすか?
吉村   まあ‥‥あんまり変わんないなあ。
真田   ‥‥‥。
吉村   どうもね、俺って楽しむ才能がないみたい。楽しいってのがどういう感じなのか、イマイチわかんないんだ。
真田   へぇ‥‥。
吉村   それからさ、愛するって才能も欠けてるみたいなんだ。芝居の中で「だけどみんな愛してるぜ」ってセリフがあるだろ?
真田   ああ、吉村さんの決めゼリフっすね。
吉村   あれだって、実感がわかないんだ、悪いけど。だから、真奈にリアリティを出せって言われても、ほんとのところは無理なんだよ。
真田   ‥‥吉村さん‥‥人を好きになったこと、ないんすか?
吉村   たぶん‥‥ないと思う。
真田   ‥‥真奈さんも?
吉村   よくわかんない。‥‥あれが愛って言われれば、そうかな、とも思うけど。
真田   それじゃ、真奈さんがかわいそうじゃないっすか?
吉村   ああ、そうだな。
真田   「そうだな」って、他人事みたいに‥‥。吉村さん、何かに熱くなったこととかってないんすか?
吉村   それは‥‥あるよ。
真田   え、何なんすか? それ?
吉村   死ぬこと。それから、世界が滅びること。
真田   え‥‥。
吉村   何かね、うまく言えないんだけど、昔から、自分と現実の間にオブラートみたいなのがあるような気がしてるんだ。‥‥みんなは平気で現実に直接タッチして、笑ったり、怒ったり、泣いたりしてるんだけど、俺だけ無菌室に閉じこめらてるみたいで、ガラス越しにそれを見ている感じなんだ。‥‥生まれて初めからそうだったから、それを特別に悲しいとかは思わなかったけど、そのガラスをいつかたたき割ってやりたいとは思ったね。
真田   ‥‥‥。
吉村   他のやつらは、少なくとも自分の人生の主人公なんだ。でも、俺だけがそうじゃない。
真田   そんな‥‥。
吉村   ‥‥真田君、君は、ボロボロな人生の主人公になるか、それとも、フカフカのシートで見物してるだけの観客になるか、どっちがいい?
真田   それは‥‥ちょっと難しいっす。
吉村   俺は、たとえどんなにみじめな人生であっても、自分の人生の主人公になるのがいいね。見てるだけなんてまっぴらだ。それじゃ、何のために生きてるのかわからない。いや、生きてるなんて言えやしない。
真田   だったら‥‥だったら、主人公になればいいんすよ。
吉村   そんな簡単になれるくらいなら苦労はしないよ。君に俺の気持ちはわからないよ。
真田   吉村さん、今度の芝居の主人公じゃないっすか!
吉村   そうかもしれない。しれないけど、そんな実感はやっぱりないんだよ。舞台の上で演技している自分さえ、何だか他人事のように思えるんだ。
真田   だったら、どうしたらいいんすか?
吉村   だから‥‥こんなつまらないゲームは終わらせるんだ。ゲームオーバーさ。
真田   え‥‥それは芝居をやめるってことっすか?
吉村   いや‥‥それだけじゃ何の解決にもならない。
真田   ‥‥じ、じゃあ、もしかして、死んじゃうってことっすか?
吉村   自分が死ぬだけじゃ割が合わないからね。俺を受け入れてくれないこんな現実も、一緒に終わらせるんだ。
真田   ‥‥それが、ひょっとして世界の終わりってことっすか?
吉村   ‥‥そうかもしれない。
真田   そんなの無茶苦茶っすよ。
吉村   無茶苦茶でも何でもいいんだよ。どうせ終わるんだから。
真田   どうして、そんなに悲観的に考えるんすか?
吉村   別に悲観的でも何でもないよ。俺にとって、生きるとはそういうことでしかないんだ。
真田   ‥‥そ、そうだ!
吉村   え?
真田   ねぇ、吉村さんも冒険に出ましょうよ。自由を求めて。
吉村   え、冒険?
真田   そうすよ。ハックルベリーフィンの冒険すよ。こんな小さな島から脱出して、いかだに乗ってトムソーヤを探しに行くんすよ!
吉村   トムソーヤ?
真田   そうすよ。外の世界に生き残ってる人たちを探すんです!
吉村   外の世界‥‥。誰と?
真田   だから‥‥あっ!
吉村   だから、誰と探しに行くの?
真田   いやー、そのー‥‥。
吉村   まさか一人で行くんじゃないだろう?
真田   だからー‥‥あの、そういう冒険をしたら楽しいかなって。
吉村   ‥‥‥。
真田   お、俺‥‥そういう童話とか冒険話が好きなんすよ。
吉村   ふーん‥‥。
真田   吉村さんは、好きじゃないっすか?
吉村   いや、別に。
真田   ああ、そうっすか。そうっすよね。馬鹿だね、俺も。
吉村   ‥‥‥。
真田   ああ、そういえば、そろそろ食事の時間じゃないっすか?
吉村   ああ、そうだな。
真田   じゃ、そろそろ行きましょうか?
吉村   そうだな。
真田   ♪今日のご飯は何だろな‥‥。
吉村   ‥‥‥。

      吉村・真田、去る。
      入れ替わりに、真奈と留美がやって来る。

留美   申し訳ないけど、どうしても無理なんです。
真奈   だから、どうしてなの? みんなのために譲ってくれてもいいじゃない?
留美   でも、そういうのは真奈さんはイヤなんでしょう?
真奈   それは‥‥そうだけど。
留美   じゃあ、やっぱり無理ですよ。どこまで行っても平行線です。
真奈   無理だと思うから無理なのよ。
留美   だから、私を無視してやってもらえばいいんです。それを妨害しようなんてつもりは全くありませんから。
真奈   それじゃ意味がないって言ってるじゃないの。
留美   別に私はあなたを嫌ってるわけでも、拒否してるわけでもないんです。これは価値観の違いです。あきらめて下さい。
真奈   いや、あきらめるのはまだ早いわ。話せば分かり合えるはずよ。
留美   もう、十分話したじゃありませんか?
真奈   まだまだ話し合う余地はあるはずよ。だって、私のこと、あなたは何も知らないでしょう? 私もあなたのことをもっともっと知りたいから‥‥。
留美   世の中には、分かり合えないこともありますよ。
真奈   いや、そんなことはないわ。二時間で足りないのなら四時間話しましょう。一日で足りないのなら、一週間話しましょう。一週間で足りないのなら、一年話しましょう。
留美   ‥‥フフッ。(笑う)
真奈   え、どうしたの?
留美   ‥‥真奈さんて、不思議な人ですね。
真奈   え。
留美   どうして、そんなに信じられるんですか?
真奈   え。
留美   どうして分かり合えるって信じられるんですか?
真奈   ‥‥だって‥‥だって、私たちが人間だからよ。
留美   え?
真奈   だって、そうでしょう? 分かり合えるから人間なのよ。愛し合うから人間なのよ。‥‥そうでなきゃ、私たち、この世に生まれてきた意味がないじゃないの?
留美   ‥‥生まれてきた意味?
真奈   そうよ、私たちが他の動物じゃなく、植物じゃなく、人間に生まれてきたことには意味があるはずなのよ。
留美   ‥‥それが、分かり合うこと? 愛し合うこと?
真奈   そうよ。そうなのよ。
留美   でも、人間は憎み合いますよ。戦争をして殺し合いますよ。
真奈   そう。確かにそういう愚かさも人間は持っているわ。でもね、パンドラの箱の話をあなたも知っているでしょう?
留美   ええ。
真奈   あらゆる愚かさや醜さの果てに、人間がつかんだのは希望なのよ。だから、希望だけは捨ててはいけないの。‥‥だから、私は希望を捨てない。あなたと分かり合える希望をね。
留美   ‥‥‥。
真奈   私のプライドなんてどうでもいいの。あなたが本を書いて、あなたが演出してもいいのよ。
留美   ‥‥でも‥‥それじゃ、真奈さんの夢でなくなってしまいますよ。みんなで同じ夢を見るんでしょう?
真奈   だったら、私があなたの夢を見ればいいのよ。あなたの夢をみんなの夢にすればいいのよ。
留美   ‥‥でも‥‥私には、あなたのような夢を見る力はありません。
真奈   夢を見る力は、誰でも持ってるわ。ただ、それに気づいていないだけ。
留美   でも‥‥。
真奈   だったら、その力を育てればいいのよ。あなたは一人じゃないのよ。みんなで育てればいいのよ。
留美   ‥‥‥。
真奈   ね。
留美   ‥‥真奈さん。
真奈   何?
留美   真奈さんは、いい人ですね。
真奈   ‥‥‥。
留美   でも‥‥。
真奈   でも?
留美   私は、そんなにいい人じゃないんです。それに‥‥。
真奈   それに、何?
留美   あなたがいい人すぎるのが、ちょっと心配です。
真奈   ‥‥‥。

      暗転。


      中央に、早苗が横たわっている。
      それを取り巻いて、吉村、真奈、留美、真田が立ち尽くしている。
      賛美歌が鳴っている。

真田   サヤコさん!(泣く)
真奈   サヤコ!(泣く)
留美   サヤコさん。
吉村   サヤコ‥‥。

      号泣する者、涙をぬぐう者、天を仰ぐ者。

真田   どうして‥‥どうして‥‥どうして逝っちゃったんだよ!そんなの勝手すぎるよ!
真奈   そうよ、私たちを残して‥‥。早すぎるわよ!
留美   サヤコさん。
吉村   ‥‥‥。
真田   こんな悲しい窓の中を、雲は知らないんだ。どんなに空が晴れたって、それが何になるんだ。大嫌いだ。白い雲なんて。‥‥信じるもんか、君がもういないなんて。僕たちのサヤコの命を返してくれ。返してくれよ。バカヤロー!

      音楽。「花はおそかった」(美樹克彦)

      かおるちゃん おそくなってごめんね
      かおるちゃん おそくなってごめんね
      花をさがして いたんだよ
      君が好きだった クロッカスの花を
      僕はさがして いたんだよ
      かおるちゃん おそくなってごめんね
      かおるちゃん おそくなってごめんね
      君の好きな
      花は 花は 花はおそかった

      真田、早苗の胸に、クロッカスの花を置く。

真田   ‥‥さようなら。(泣く)
真奈   さようなら‥‥。(泣く)
留美   さようなら。
吉村   ‥‥‥。

      しばしの間。

真奈   ‥‥ヒロシ君。
吉村   ‥‥‥。
真奈   あなた、悲しくはないの?
吉村   ‥‥‥。
真奈   何か言ってあげなさいよ! あなたの恋人のサヤコが死んじゃったのよ!
吉村   ‥‥‥。
真奈   ねぇ、ヒロシ!
吉村   ‥‥‥。
真奈   そんなの、あんまりじゃないの! あなたにさよならを言ってもらえなければ、サヤコは、サヤコは、あまりにかわいそうよ!(泣く)
吉村   ‥‥‥。サヤコは‥‥かわいそうなんかじゃないよ。
真奈   え。
吉村   こんなに仲間たちに守られているんだから、ちっともかわいそうなんかじゃない。それに‥‥。
真奈   ‥‥‥。
吉村   それに‥‥サヤコは‥‥死んでなんかいないさ。
真奈・留美・真田   え?
吉村   サヤコは‥‥僕たちの心の中に生きている。
真奈・留美・真田   ‥‥‥。
吉村   みんな、目を閉じてごらん。
真奈・留美・真田   ‥‥‥。

      全員、目を閉じる。

吉村   ほら‥‥サヤコの笑顔が見えるだろ? サヤコの明るい声が聞こえるだろ?

      全員、うなづく。

吉村   僕たちが忘れない限り、サヤコは僕たちの心の中に永遠に生き続けるのさ。
真奈・留美・真田   ‥‥‥。
吉村   それから、サヤコは言ってたよ。あなたはあなたの人生を生きてってね。‥‥そうなんだよ。僕たちは、生きなければならないんだ。サヤコの分まで精一杯生きなければならないんだ。それが、サヤコに対する僕たちの責任なんだよ。

      しばしの間。

真田   そうだ。生きよう!
真奈   生きよう!
留美   生きよう!
吉村   生きよう!
全員   生きよう!

      全員、空を見上げる。決意に満ちた明るい笑顔。

真奈   はい! ここまで!

      メンバー、緊張を緩める。

真田   よかった、よかったっすよ、マジで。俺、ほんとにウルウル来ちゃいました。
早苗   私は苦しかったわよ。ピクリともできないんだから。
真田   えー、早苗さん、そんなこと言っちゃ興ざめですよ。
早苗   だって、ほんとだもん。
真田   でも‥‥。
吉村   よーし、今日はここまでにしようか? いいかな?
真奈   いいわよ。
吉村   それじゃ、解散! お疲れ様!
全員   お疲れ様でした!

      メンバー、バラバラと動き出す。
      真奈が去る。
      吉村が去る。
      真田が去りかける。

留美   (小声で)真田君、ちょっと。
真田   え? ‥‥なんすか?

      真田、戻ってくる。

留美   早苗さんも。
早苗   え? 何?

      三人、集まる。

留美   (周囲を見回して)‥‥今日、やります。
真田   え? 何を?
留美   だから、あれですよ。
真田   えー! ハックルベリー・フィンの冒険?
早苗   こら、声が大きい。
真田   すんません。‥‥でも、準備は?
早苗   留美と私で済ませてあるわ。
真田   え‥‥俺にも言ってくれればよかったのに。
早苗   あんたがやると、ドジを踏みそうだから。
真田   ひどいなあ。‥‥留美さん、そうなんすか?
留美   さあね。
真田   もう!
留美   それでね、ボートは桟橋の近くの松の木の下に隠してあるから、そこに集合して下さい。
早苗   時間は?
留美   今から、三〇分後。
早苗   わかった。
真田   俺にも何かさせて下さいよ!
早苗   そうね、あんたは絶対遅刻しないこと。ドジを踏まないこと。
真田   ‥‥それだけっすか?
早苗   じゃあ、ボートを出してもらうわ。力仕事だから。
真田   アイアイサー!
留美   じゃあ、三〇分後に会いましょう。
早苗・留美   はい!

      三人、去る。
      誰もいない舞台。
      しばらくして、真田が走り込んでくる。

真田   ♪わすれもの、わすれもの。

      真田、あたりをごそごそ探している。
      吉村が入って来る。

吉村   何してるの?
真田   あ、吉村さん。‥‥いや、ちょっと忘れ物しちゃって。
吉村   それは大変だ。探すの手伝おうか?
真田   いや、いいっすよ。大した物じゃないっすから。
吉村   そう。でも、持って行かなくちゃならないんだろ?
真田   はあ、まあ、そうっすけど‥‥。え?
吉村   ‥‥ハックルベリー・フィンの冒険、いよいよ今日出発らしいね。
真田   ‥‥‥。
吉村   ボートなんかで海を渡れるのかな?
真田   ‥‥き、聞いてたんすか?
吉村   いやあ、若い人はチャレンジ精神があっていいね。それが暴走にならなきゃいいんだけど‥‥。
真田   ‥‥ど、どういう意味っすか?
吉村   いや、そのままだよ。ケガをしないように祈ってるよ。
真田   よ、吉村さん、どうするつもりっすか?
吉村   さあ‥‥どうしようかなあ‥‥?
真田   ねぇ、吉村さんも一緒に行きましょうよ! そうすよ! 真奈さんも説得してみんなで行きましょう!
吉村   ご厚意はありがたいけど‥‥そういうわけにもいかなくってね。
真田   じゃ、じゃあ‥‥とめるんっすか?
吉村   そんな無粋なことはしないよ。
真田   え‥‥じゃ、じゃあ?
吉村   成敗する。
真田   え?
吉村   裏切り者は‥‥処刑だ。
真田   えー?

      吉村、ピストルを取り出す。

真田   え?
吉村   真田君、死んでもらうよ。短い付き合いだったね。
真田   ‥‥じょ、冗談でしょ?
吉村   そう思う?
真田   だって、それ、モデルガンでしょ?
吉村   そうかな?
真田   えっ、ち、違うんすか?
吉村   ‥‥さあ、どうだろ?
真田   ねぇ、どっちなんすか?
吉村   ‥‥‥。

      吉村、黙ったまま真田に近寄り、真田の額にピストルを突きつける。

真田   え。
吉村   さあ‥‥これは、おもしろいゲームだよ。俺の大好きなロシアンルーレットだ。
真田   ‥‥‥。
吉村   もし、これがモデルガンだったら、君を逃がしてあげよう。でも、本物だったら‥‥。
真田   本物だったら?
吉村   君は死ぬ。
真田   ‥‥そ、そんな。
吉村   さあ、君はどっちに賭ける? モデルガン? 本物?
真田   そんな‥‥。
吉村   さあ、選びたまえ。
真田   ‥‥‥。
吉村   さあ!
真田   ‥‥モ、モデルガン。
吉村   じゃ、俺は本物だ。
真田   ‥‥‥。
吉村   さあ、ゲームを始めよう。準備はいいかい?
真田   ‥‥‥。
吉村   それじゃ、テンカウントで行くよ。いいかい?
真田   ‥‥‥。
吉村   じゅう、きゅう、はち、なな、ろく、ご、よん、さん、に、いち‥‥。
真田   !
吉村   バーン!

      しばしの間。

吉村   あれ?(ピストルを見る)
真田   ‥‥よ‥‥よ‥‥よして‥‥下さいよ。‥‥悪い‥‥冗談は‥‥。

      真田、ヘナヘナと座り込む。

吉村   あ、引き金引くの忘れてた。
真田   え。

      銃声!
      銃弾は真田の腹部に命中する。

真田   ‥‥そ、そんな‥‥ウソでしょ‥‥?
吉村   ‥‥俺の、勝ちだな。

      真田、自分の腹部に手をやる。手に血がべっとりと付く。真田、血の付いた両手をじっと見る。

真田   ‥‥ウ、ウオーター?

      真田崩れ落ちる。

早苗の声      真田君!

      早苗が駆け込んでくる。

早苗(吉村に)   あ、あなた、何をするの!

      早苗、真田に駆け寄る。

吉村   これは、これは、ようこそいらっしゃいました。
早苗   真田君、大丈夫?
真田   ‥‥さ‥‥早苗‥‥さん。
吉村   こいつは、手間がはぶけたな。

      吉村、ゆっくりとピストルを早苗に向ける。

留美の声      早苗さん! あぶない!

      銃声!
      銃弾は、早苗の肩をかすめる。
      留美が駆け込んで来る。
      早苗の手をつかむ。

留美   早苗さん!
早苗   で、でも、真田君が‥‥。
留美   とにかく、逃げるのよ!

      二人、走り出す。
      吉村が銃口を向ける。

早苗(吉村に)   あなたは悪魔なの!?

      銃声!
      二人、去る。

吉村   ちっ。‥‥俺も、まだまだだな。

      しばしの間。

吉村   ‥‥悪魔‥‥か。(笑う)

      音楽。「悪魔を憐れむ歌」(ローリング・ストーンズ)。
      長い沈黙。

      真奈が入って来る。

真奈   さっきの音は何だったの? あ!

      真奈、真田に駆け寄る。

真奈   真田君! 真田君! しっかりして!
真田   ‥‥‥。
真奈   真田君!

      真奈、吉村のピストルに気づく。

真奈   ! ‥‥あなたが、やったの?
吉村   ‥‥‥。
真奈   ‥‥どうして?!
吉村   ‥‥あいつらは、逃げようとした。
真奈   え?
吉村   あいつらは、この島から逃げ出そうとしたのさ。‥‥だから、処刑した。
真奈   え‥‥処刑‥‥。
吉村   そうだ。
真奈   ‥‥‥。
吉村   裏切り者は、処刑する。それがおきてだ。
真奈   ‥‥あなたは、狂ってるわ。
吉村   いや、俺は狂ってはいない。
真奈   あなたは自分がしたことがわかってるの?
吉村   わかってる。
真奈   あなたは、人殺しをしたのよ。
吉村   いや、処刑だ。
真奈   いくら裏切りをしたって、殺すことはないじゃないの?
吉村   それがおきてだ。
真奈   おきて? ‥‥それって、誰が作ったの?
吉村   俺だ。
真奈   え‥‥。
吉村   俺がおきてを作り、俺がおきてを守る。ただ、それだけだ。
真奈   ‥‥‥。
吉村   俺が、この世界の法律だ。
真奈   秀樹‥‥。
吉村   ‥‥さあ、行くとするか。
真奈   え‥‥どこへ?
吉村   まだ、続きが残っているからね。
真奈   まさか、あの二人も‥‥?
吉村   そうだ。
真奈   ダメよ! 馬鹿なことはやめて!
吉村   馬鹿なことじゃないさ。
真奈   そんなことをして何になるの?
吉村   そうしなければ、世界は終わらない。
真奈   え‥‥今、何て言ったの?
吉村   だから、世界を終わらせるのさ。
真奈   あなた‥‥それ‥‥本気で言ってるの?
吉村   ああ、もちろんだ。

      真奈、秀樹の前に立ちはだかる。

真奈   ダメ。行っちゃダメよ!
吉村   邪魔をするな。どけ!
真奈   ‥‥世界を終わらせてはいけないわ。
吉村   ‥‥何を言ってるんだ?
真奈   あなたに、世界を終わらせはしない。
吉村   いいから、どくんだ!
真奈   いいえ、私は、ここを動かない。
吉村   裏切り者は処刑だぞ。真奈、たとえお前でも容赦はしない。
真奈   処刑でも何でもすればいいわ。
吉村   ‥‥真奈。
真奈   ‥‥‥。

      にらみ合う二人。

吉村   真奈、わかってくれ。‥‥世界は終わらなければならないんだ。
真奈   どうして?!
吉村   ‥‥復讐だ。
真奈   復讐?
吉村   ‥‥俺という存在を受け入れようとせず、俺の存在を否定する世界は、俺の手で葬ってやる。
真奈   ‥‥秀樹?
吉村   これは俺の全存在を賭けた闘いなんだ。‥‥この世界が終わる時、初めて俺は自分の存在を確認できるんだ。
真奈   ‥‥‥。
吉村   エアクッションを一つ一つつぶして行くように、俺は世界の断片を一つ一つ黒く塗りつぶしてきた。‥‥そして、それがようやく完成するんだ。
真奈   ‥‥何を言っているの?
吉村   真奈、わかってくれ!
真奈   ‥‥わからないわ。
吉村   え‥‥。
真奈   あなたがいくら苦しくたって‥‥だからといって、世界を終わらせてはいいってことにはならないわ。
吉村   真奈!
真奈   ‥‥そうよ。始めるのよ。もう一度世界を。だから‥‥だから、あなたに、今、世界を終わらせるわけにはいかない。
吉村   真奈! ‥‥俺は、お前を愛しているんだ!
真奈   ‥‥‥。
吉村   愛しているんだよ。‥‥だから、二人で‥‥二人で終わりを迎えよう!
真奈   ‥‥‥。いやよ。‥‥私は、終わりなんか迎えない。
吉村   ‥‥‥。
真奈   さあ、撃ちなさいよ。それで気がすむなら。‥‥そして、知ればいいわ。それでも世界は終わらないことを。
吉村   ‥‥‥。
真奈   人間はね‥‥あなたが望むほど、弱くないし、愚かでもないのよ!
吉村   真奈‥‥どうしてわかってくれないんだ?!
真奈   ‥‥‥。
吉村   真奈!

      吉村、真奈を抱き寄せ、口づけをする。

真奈   !

      音楽。「悲しみのアンジー」(ローリング・ストーンズ)
      しばしの間。
      銃声!

真奈   !
吉村   ‥‥‥。

      真奈、ゆっくりと崩れ落ちる。
      長い沈黙。

吉村   ‥‥真奈。

      吉村、ゆっくりとピストルを自分の頭に押し当てる。

吉村   ‥‥だけど‥‥みんな‥‥愛してるぜ。

      吉村、引き金を引く。
      しかし、銃声はしない。
      吉村、笑い顔とも泣き顔ともわからない表情で、ピストルをじっと見つめる。

      吉村の背後から激しい逆光!
      音楽! 「黒くぬれ」(ローリング・ストーンズ)

      やがて、ゆっくりと暗転。

                             おわり


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