救いの御子は 御母の胸に #8
とめどなくいろんな思いが頭の中を駆け巡っていた。
唐突に、いや、と思った。
──いや、もう助けなくていい。
僕自身が思った声だったか、誰かの声だったかわからないけれど、はっきりと聞こえた。
──もう、助けなくていい。
静かだった部屋が、いっそう静かになった気がした。
まるで誰かがずっと僕のことを見張っていて、ばれそうになったからとっさに身を隠したかのようだった。そんなことはあるはずがないのに、誰かが思わず息を呑んでこちらの様子をうかがっていると思った。
すると、それにならって病院の外の街路樹や、風や、家や、人や、何もかもが一斉に動きを止めて、注意深く耳を澄ませた感じがした。呼吸を止めたような緊張と、静けさがもたらす穏やかな弛緩は、凪(な)ぎの訪れに似ていた。
静まりかえった世界で、自分の呼吸音と、心臓の鼓動だけが音をたてているようだった。音楽のように、とても小さく微かなビートを刻んでいた。そのビートにツェッペリンの歌が重なった。歌はちょうどリフレインにさしかかっていた。
Ooh, it makes me wonder.
Ooh, Ooh, it really makes me wonder .
まばたきしないで天井を見ていた。
涙がこぼれて目尻からこめかみへと伝っていった。こぼれ落ちた涙 は、とても熱く、耳のあたりを濡らした。
病院の診察室のベッドで、俺は死体のマネしてるんだな、と思った。
それは、とても神聖な夜だった。
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